第12話、太陽の花のごとき彼女が主のお株を奪う



SIDE:共通




「みんな~っ! おはよ~っ」


何だか気まずくなりそうな雰囲気を吹き飛ばしたのは。

太陽のように明るい、歌うような少女の声。

タカが声のした方に顔を向けると、そこにいたのはマニィだった。


マニィ・ヴァーレスト。

腰ほどまであるだろうハニーブロンドの髪が自慢の、周りをほんわかとさせるの雰囲気を持った、ある意味タカの周りにいるお姫様達の中では一番らしい少女だ。


ただし、その頭上をふらふらと舞う……まるで気球の風船のようにくっついて離れない金銀色の魔精霊を目にしなければ、だが。



「あいつ、また」

「あら、いいじゃない。あの子はもう自由なんだから」


眉を寄せて近寄ろうとするタカを制したのは、金色の体躯に白銀の髪に隠れるは犬のような耳。

ラルシータ特製の魔法袈裟を身に纏う、『神型』の魔精霊、ラウル。



そんなラウルの本来の主は、セリアだった。

意外にも口調が柔らかい。

いつもいつも、その姿を見れば怒っている風だったのに。


それが少し、タカの調子を狂わせる。

だが確かに。

ラウルは今、一時よりは自由の身であるのは確かなんだろう。

セリアが、交換留学でユーライジアに来る前に。

ラウルにある一つの命を与えたからだ。



『誰を守りどう生きるかは、あんたに任す』と。


二人の従属の契約が解かれたわけではない。

だが、ラウルは今までセリアの命を受けて秘密裏にタカの事を守っていた。

タカ自身も、ルナカーナスピアにふさわしい努力をしてきたことを話さなかった。


お互いの秘密。

それが秘密でなくなった今、ラウルは自由になったのだ。

タカはそれを、セリアとの距離が近くなったのだと認識していたが。


「何? それともマニィちゃんがあれに取られるのが嫌なの?」

「嫌に決まってるだろ。つーかありえん」


またそれか、とは思ったけれど。

別に何を言われたわけではないが、タカにしてみればマニィを任された責任がある。

単純に怒られるのが怖くなって。タカはぶんぶんと首を振る。



「……そうなんだ」

「おいタカ、セリアの奴が勘違いしておかんむりだぞ」


低い呟きのセリア。

それを耳ざとく聞いていたトールが、タカをつつく。


「ん?」

「言ってやれ! 俺は! お前だけを! あっ……」



ドガッシャアッ!


「いい加減死にたいらしいわね」

「安心しろ俺も命は惜しい。お前の時にしかこんな無茶はせん」

「あんたは、またっ……!」


ふいに取り出したお互いの得物、円月輪と黒刀の鍔迫り合い。

どちらも本気ではないのかいい感じに拮抗が続いている。

それは、セリアがユーライジアに通うようになってからはよく見る光景なのは確かで。


タカは、その自身の知れぬところで分かりあってる感じに、内心ため息をつく。

カズともそうだけど。

実にセリアは多種多様で、タカの知らない一面を持ち合わせる。



(そんなんだから……)


タカは迷うのだ。

自身が心に秘める想いが、はたして正しいことなのかと。



「おはよータカくん、セリアちゃん。ヨースくんとトールちゃんも」


と、そんな思考を追い払うみたいに。

マニィが再度朗らかに挨拶してくる。


「おはよ」

「みゃん」

「うっす」

「……おはよう」


未だマニィに慣れないのか、ちゃん付けが堪えるのかトールだけは憮然とした様子だったが、それより先にマニィの視線はカリスの方を向いていた。

じっと。何かを見極めるみたいに。



「ええと……カズのお姉さんですか?」


ヨースという外的要因がない状態で。

マニィは目ざとく彼女がカズでないことを言い当てる。

タカはそれに、内心で驚きを隠せなかった。

その性格の違いさえなければ、カリスとカズの相違点などないに等しかったからだ。

それでも敢ええて言うなら、わずかに大人びてる程度、だろうか。



「うーん。カズの当ても外れたわね。やっぱり分かる人には分かるみたい」


セリアはしみじみと頷き、カリスがここにいる経緯をマニィにも説明する。


「カリス・カムラルです!」


紹介されたカリスは、溌剌と名乗る。

ついぞ見せた懷愁のこもる笑みを浮かべながら。

その視線は、マニィに向けられていて。


「えっと、わたし、マニィです。マニィ・ヴァーレスト」


よろしくお願いしますと律儀にマニィが頭を下げると。

カリスはやっぱり、といった顔をする。

だがそこで、不思議そうにラウルのことを見やった。



「むむむっ、やるかなのだっ」


するとラウルは自分が注目されていることに気付いたのか、へんてこな構えを取る。


「ライルーダさんだよね? 雷の第二位の」


伺うように呟いたのは、魔精霊を人間目線で序列化したもの。

『雷(ガイゼル)』の根源を第一位と考え、一般的には第二位までが『神型』の魔精霊とされる。


名前だけで判断すれば、ラウルはかなり高位の魔精霊であることが伺える。

最も、魔精霊であるはず? のカリスが口にするのは、どこか違和感があった。

元よりタカ自身人間と魔精霊の違いをはっきりとは理解していないのだが、本当に魔精霊なのだろうかとちょっと思ってしまう。



「だ、だったらなんなのだっ」


そんなタカを脇目に、なんだかうろたえ、緊張しているようにも見えるラウル。

それはラウルにしては珍しい光景だった。

魔精霊だろうが人間だろうが、態度が大きいのがラウルであるはずなのに。


(いや、そうでもないか……)


奔放な怖いもの知らずに見えるラウルだが、頭の上がらない人物は少なくない。

ルコナはもちろん、ユーライジアスクールの理事長にして、闇(エクゼリオ)に類する『神型』の魔精霊であるマイカなどを前にすると、本物の子犬みたいに大人しくなる。



「あのさ、ルッキーの事、知らない? ヴァーレストさんちにいたはずなんだけど」「ルッキー? ルッキーならうちにいるよ。一番下の妹がまだ小さいから見てもらってるの」


ルッキーは、ヴァーレスト家の守り手兼愛玩動物と化している魔精霊のことだが。


「そっか。……よかったぁ」


うろたえるラウルの代わりに答えたマニィの言葉に、安堵の息をつくカリス。

それは、先程ヨースを抱きしめた時にも口にした言葉でもあった。


よくよく考えてみればそれは不思議な反応だとタカは思う。

相手のことを知らないわけじゃない。

なのに、現状を知って安心する。


まるで、ずっとずっと、音信不通だったみたいに。




「あ、そうだ。それじゃ今度の新しい転校生って、カリスちゃんのことなの?」「ううん。違うんじゃないかしら。だってバレるとは思わなかったし、転入の許可なんてもらって……」


そこまで言いかけ、セリアはしまった、という顔をする。


「ほう。風紀長の前でよく言えたものだな」


低い、だけど本気じゃないトールの声。


「私じゃなくてカズに言ってよ。何せ急だったから手続きなんかしてる暇なかったし」

「だとして、決まりは決まりだ。スクールに入る許可証もない人間を勝手に入れるわけにはいかないだろう?」


スクールの中でも外でも自由に見えるラウルやヨースとて例外ではなかった。

それぞれがその許可のための手続きを行っている。

まぁ、ヨースはトールの愛玩動物扱いになってはいるが。


「変なとこで堅いよねトールって」

「仕方ないだろ。スクールは世界で一番安全な場所でなければならないんだから」



トールはそれを、償いだと称する。

ガイゼル家の過去の汚点。

それが、トールに頑なさを押し付けるのだ。

そんなトールを、やはりカリスは懷愁ある瞳で見つめていた。

なんだかとても、悲しげに。

だけどすぐに花開くように表情を改めて。



「許可って、これじゃ駄目かな?」

「ライジアバッチか? 『ステューデンツ』の。なんか形がちょっと違う気もするけど」


カリスが差し出して見せたのは、スクール最高学級であるハイクラス以上の、特に優秀なものが所有することが許される……言わば世界の英雄、『ステューデンツ』の証だ。


それを持っていると、在籍中でも課外活動、世界のあらゆる事件を解決するための冒険が許可される。

例外はあるが、どんなに優秀でもまだセントレアクラス(中等部)のタカ達には手の届かないものだった。

当然、タカにとって目標の一つでもある。



「ええと、個人認証の仕方は確か……」

「ちょっと貸してくれっ」


それは、悪用されないために魔法による個人認証ができるようになっている。

タカがそのやり方を思い出すよりも早く、トールが横からかすめ取るようにバッチに微量の魔力を送った。


パチッと、『雷(ガイゼル)』の魔力が爆ぜて。

やがて地面に文字の描かれた明かりが照射される。

そこには、『カリス・カムラル』の名前と、『特別クラス№1』の文字が書かれていた。



「……№1だって?」


険しく眉を寄せ、深く考え込むような仕草をするトール。

あまり見ないトールの顔だ。


「駄目かな?」


不安げに、トールを伺うカリス。


「おい、トールどうしたんだ? なんかやべえ事でもあんのか?」


思わずタカも声をかけると。

トールははっと我に返り、もったいぶって一同を見渡した後、言った。


「これは特別クラスの生徒の認証バッチだな」


特別クラスなんて名前のクラスなどあっただろうかとタカは思ったが、話の腰を折りそうだったのでそのまま先を促す。


「『ステューデンツ』であることはもちろん、あらゆるものの導師の資格を合わせ持ってる」

「どうし? それってどういうこと?」

「……つまり、セントレアの俺たちがユーライジアで習う全ての教義を教えられるって事だ。分かりやすく言えば、理事長やルレインさんと同じって事。今は教師用のバッチだしな、これ」


マニィの反芻に、言葉紡ぐトールですら信じられない様子だった。

呆れている、と言った方がいいかも知れない。


「それってすごい事じゃない。許可とかそれ以前の問題じゃないの?」

「ああ。……数々の無礼な言動、失礼いたしました! カリス先生!」


セリアが言うと、トールは重々しく頷き、熱い勢いでがばっと土下座する勢いで頭を下げる。

潔いって言えばそうなのかも知れないが……。



「や、やめてよっ。別にそんなんじゃないってば!」


どうやら敬われたり尊ばれたりするのは非常に苦手な人種らしい。

おろおろとうろたえ、カリスは泣きそうになっている。


「まぁ、カムラル老様ならカズの考えそうなことくらいお見通しよね。ぬかりないってとこかしら」


逆に、ひれ伏すようなトールを見下ろすがごとく胸を張るのはセリアだった。

なんだか満足げだ。


「おい、トール。もういいって。……あんまり熱苦しすぎるのもうざかられて嫌われるぞ」


タカは苦笑し、トールにそんな耳打ちをする。

何に、とは言わない。

ようは、カズが本当はもふもふしたいくらいヨースが好きなのに体質で触れないのと同じだ。


当たり前と言えば当たり前だが、確かに女の子は苦手だが嫌われたくはないのだ。失礼、なんてかっこつけて、トールは何事もなかったかのように立ち上がる。


「改めまして。我ら、スクールへようこそ。カリス・カムラルさん」


憮然として(本人はそのつもりはないだろうが)そんなことを言い、手を差し出すトールに。


「よろしく~」


にぱっと笑って。

カリスはトールの手を取ったのだった……。


SIDEOUT



             (第13話につづく)






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