第13話、本当の自分を曝け出そうとすれば、月が起こりざわめきす
SIDE:『In this arm』
カワダ・フレンツは勇気が欲しかった。
自身のひた隠し続けていた本音を、吐き出せる勇気を。
いつか本当の自分を曝け出して。
大切な人を命駆けて守れるような、生きる価値を見いだしたい、常にそう思っていた。
それができない自分はなんて役立たずの臆病なのだろうと、ずっと思い続けていた。
それは、ユーラシイジアの英雄……『ステューデンツ』の一人としてその地位を確立してもなお、変わっていない。
何故ならば、カワダがその地位を勝ち取ったのは、一般的に想起される世界を守り助ける強き力があったから、ではなかったからだ。
剣の腕前も、魔法の実力もからっきし。
体は弱い方で、性格も荒事には向かない。
子供の頃から、外で遊ぶようなことはほとんどなく、ぬいぐるみやおもちゃを作っては自分の世界に浸っていた。
スクールでの成績も、目立つこともなく決してよいとは言えない。
優れた点を上げるとすれば人より少しだけ手先が起用で、悪知恵が働く、といったところだろうか。
カワダが認められたのは、元々そういう生まれだったからに他ならなかった。
かつて、カムラル王家に仕えた一族、フレンツ。
『金』の根源ヴルックの一翼。
ただそれだけだ。
それだけで自分はステューデンツに選ばれたのだと、カワダは確信を持っていた。祖先が残した莫大かつ価値のあるマジックアイテム達の記録書、古文書。
それを組み上げて見せただけ。
フレンツ家の特権。
それを利用して披露して見せたことで、カワダは今の地位を築いた。
故に、自身の人生は全て他力本願によって形作られた虚構であると、カワダは思っている。
ただ運が良かった、といってもいいのかもしれない。
たまたま発明した一品が、偶然の中で国のお偉方の……カムラル家の目に留まって。
若くして優れた技術者と持ち上げられ、本家のヴルックで働くようになって。
あれよあれよという間に、ユーラシイジア地方のマジックアイテムを統括する責任者になってしまった。
自分はただ、門外不出だった過去の遺物を披露しただけなのに。
たまたまその作り方を知っていただけなのに。
周りは手放しにカワダを評価する。
自分の力でも何でもないのに。
本当の自分すら隠し続ける臆病者なのに。
英雄だと周りはほめそやす。
カワダはそれが嫌でヴルック本家を飛び出した。
しかし、一人でじっくり研究開発をするための場所が欲しいと曲解され、故郷のサントスールにカワダだけのラボを作られる始末。
誰かが見えない手で自分を操っている。
もしかしたらそれは、神のような存在なのかもしれない。
そう考えたら、何もかもどうでもよくなって。
―――人や魔精霊と同じように、意思や魂をもつ人形を作って欲しい。
そんなことをヴルック家から頼まれて。
カワダは二つ返事で承諾してしまった。
少し冷静になって考えれば、無理に決まっている無謀なことを。
ゾンビや、魔法守護生物(ガーディアン)を作るのとは訳が違う。
未だ何でできているかも解明されていない魂……魔精霊の元ともいわれるものを無から作り出す方法など、どこを探しても載っていなかった。
当然カワダにそんな知識があるはずもなく。
調子に乗った報い。
暴かれた価値のないものとして、全てを失うのが常套だったはずなのに。
やはりカワダには、なにか憑いていたらしい。
ある時夢で会った白金の髪に、蒼月色の瞳を持つ美貌の女性は、自分の事を『月の根源(アーヴァイン)』と名乗りあげたのだ。
「カワダ・フレンツさんですね?」
「そうですけど……アーヴァイン様が何故私の夢に? ヴルック様ならまだ分かりますが」
「すみません。ヴルックはまだこちらの世界にはこられませんので、わたしが代わりを仰せつかったのです」
夢であるからこそ、軽い気持ちで聞いてみただけだったのに。
真面目に受け取って頭を下げるアーヴァイン。
「い、いや、謝らないでくださいよ。ただ、あなたのような美女が私なんかの夢に出てくるなんて思いも寄らなかったから……」
「まぁ、お上手ですわね人間族の方は皆そうなのかしら」
戸惑うカワダに、上品に笑みを漏らす月の根源。
気品は感じたが、とてもじゃないが神の一人だとはカワダには思えなかった。
物理的にではなく、距離が近い。
種族の間にありがちな壁のようなものはそこにはなかった。
「そ、それでな、なんの用でしょう?」
それがかえってカワダの緊張を助長しつつも、そう聞いてみる。
「実は……」
彼女は、どうやらカワダに頼みたいことがあったらしい。
ずいぶんと迷ったあげく、口を開く。
「もうすぐ十年に一度の祭りがあるのは知っておいでですか?」
「ええ、もちろん。あなた方神を迎えるんですよね。次回は確か『木(ピアドリーム)』の神だったかと」
ずいぶん俗なことを聞くものだと思ったが、よく考えればそれは彼女たちに直接関係していることだったし、カワダは無難に頷く。
「そうです。よくご存じで。それなら話は早いです」
だが、カワダは次の言葉で嫌な予感を少しばかり覚えた。
買い被りによる助長。
また訳も分からず身の丈に合わぬ大事を押しつけられそうな、そんな予感だ。
「実は……ピアはもう、現世に足を踏み入れている、と言うことにして欲しいのです」
「なんですって?」
カワダは耳を疑った。
これから何年もかけて神を招き入れるための準備などがあるというのに。
もう来ている事にするとは一体どんな了見かと、相手が誰であるかも忘れて眉を寄せるカワダ。
アーヴァインはそれを察したのか、僅かに首を振り言葉を続ける。
「根源は、祭りの日……この世に具現した時が一番危険なのです。世界の理はご存じですか?」
カワダはそう言われてはっとなり、そう言えばと頷く。
十二の根源により構成され、均衡を保たれるユーライジア世界。
一人でも欠けようものなら、世界は滅ぶと言われている。
「前回の時もその前も、邪なるものにわたしたちは狙われました。何故ならば、自分は根源であると自らが公言するわけですからね」
今はいいのかと思ったカワダだったが。
どうせこの人も自分のことを勝手に買い被っているのだろうと自己完結する。
「危険なら、わざわざ祭に呼ばれて顔を出すことないんじゃないですか?」
その代わりに、カワダは実はその答えを知っている……誰もが考えるだろう疑問を口にした。
理由は単純。
その理由を当事者本人の口から聞きたかったのだ。
「そうもいきません。均衡を保っている、と言ったでしょう? 十年の周期で我らは世界を行き来しているのです。……そう、たとえるなら時計と同じように。その歯車が一つでも崩れれば、やはり世界は滅ぶのです」
「勉強になります」
なるほどだから十二の根源なのかとカワダは違うところで納得していた。
わざわざ自分の命と世界を危険に晒してまで祭の来賓として迎えられなければいけない理由が、やっぱり世界の平穏を保つためだとは難儀な話だ。
少なくとも、具体的にどう世界が壊れ滅びゆくのか興味津々な研究者に言っていい類の話題じゃないだろう。
「それで、貴女は私に何をさせたいのですか? その方の護衛……ならば私に頼むのもお門違いかと」
もっと別の、ふさわしい勇者や英雄はいくらでもいるだろう。
そろそろ本題に入ってくれないと目が覚めると言わんばかりにカワダが問いかけると。
「そんなことはありません。私は、あなたの願いを聞いたのです。……勇気を、世界に自分の価値を見いだしたいと」
思いも寄らぬ言葉が返ってきて、カワダは固まる。
「何故それを?」
妹にすら口にしたことのない本意。
そこをつかれて、カワダはうろたえるしかない。
「わたしは月です。ひとたび出番が来ればいつでもあなたを見ています」
「あぁ、なるほど」
聞きようによっては対応に困る言葉だが。
そもそも彼女は神と呼べる存在であり、これは夢ではないかと自分を納得させるカワダ。
「つまり、その子の代わりとなって死ねと、そう言うことですね?」
望みを聞いてここへ来たのならと。
カワダは皮肉げな笑みを浮かべる。
本当の自分になって。
大切な誰かのためにその身を捧げられるような自分になりたい。
それがカワダの願いだ。
「確か……そう、あなたが来た次の次の祭の年だ、たしか三十年くらい前。時の根源リヴァの代わりにその身を捧げたひとがいましたね」
ユーライジアの至宝。
かつてそう呼ばれていた人。
スクールにいた頃は新聞部にいたこともあるカワダは、よくその見出しを引用させてもらっていた。
「そんなこと……言わないでください。決してそんなつもりじゃっ」
あろう事か、いきなり涙目だった。
ひどい罪悪感というか、罰当たりな感じ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、調子に乗りましたっ! つまり私を、本当の私を曝け出せるってことですよね! 待ってたんですよこんな状況!」
慌てふためき頭を下げて、カワダはそうまくしたてる。
それが本音であることは彼女にも伝わったのだろう。
見た目より幼くなってしまった彼女は何とか自分を落ち着かせた後、何事もなかった風を装って頷いてみせて。
「……はい。何でもカワダ様は人や魔精霊と変わらぬ似姿をおつくりになられるとか」
「ええ、まぁ。姿を似せるだけなら。といっても人形は人形です。その魂までは作れません。命狙う邪なものを騙せるとは思えませんが……」
つまり、影武者を作れということなのだろう。
納得しつつも、カワダはその話には無理があることを指摘する。
だが彼女は、それすら知っているとばかりに頷いて。
「分かっています。ですから最初にこう言ったのです。あなたの真の願いを聞き入れたと」
先ほどとはまるで違う、厳粛な空気すら纏わせてアーヴァインは語る。
「それはつまり?」
どういう意味なのか?
真意を問うように、カワダが再度問いかけると。
「あなたに、救世主になってもらいたいのです。誰にも気づかれずに。密やかに語り継がれるような」
「……」
まっすぐにそう言われて。
カワダは返答に困った。
そんなおいしい話がろくでなしの自分にいきなり転がって来るものかと。
月の根源なんてのは嘘で、本当は自分を騙しているのではないかと。
願ってもやまなかった言葉に惹かれれば惹かれるほど、いろいろな思考が交錯する。
「嫌だ、と、そう言ったら?」
心にもないくせに。
カワダはアーヴァインを見据え、そう聞いてみる。
「それなら仕方がありません。別の方法を考えるしか……」
動揺。別の方法にあてなどない。そんな雰囲気。
少なくともカワダには、嘘を言っているようには見えなくて。
「話を聞きましょう。……具体的に私は何をすればいいんですか?」
気づけばカワダは彼女を受け入れるような、そんな言葉を紡いでいた。
後悔はなかった。
たとえそれがどちらに転ぼうとも。
自分で掴んだ機会ではないとしても。
自分が生きた価値を得られると。
カワダは、強い確信を抱いていたからだ。
(第14話につづく)
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