第10話、白ねこの勇者は悠久の時を超えて姫との邂逅を果たす
SIDE:『スピリッツ』
宣言通り、夜のうちに家を出て行ってしまったカズ。
夜更かしは美容の大敵なのよと脅しつつ、申し訳なくもしっかり睡眠を取った次の日。
セリアはここ数日続いている通りに、カリスとともにカムラル邸を出た。
それは、カズが出発する前に何気なく口にした悪戯めいた提案。
『せっかくだから、カリス、オレの代わりにスクール行けばいいんじゃね?』
その言葉に、一夜のお喋りで気の置けなくなったカリスが一にも二にも飛びついた結果である。
「ええと、どうかな? バレない?」
「そうね、私としては結構いけると思うんだけど……」
ただし喋らなければ、と言う但し書きがつくが。
セリアとしては手応えはあって。
これは、面白いことになりそうかも、なんて思っていたのに。
「やべっ、カズ! 逃げろっ!」
冬支度を始めたユーライジア元町の空の下。
今日も今日とて暑苦しい、何かものすごい危機が迫っているかのような、そんな叫びが聞こえてくる。
「あら?」
何事かと顔を向けると、弾丸のごとき早さで迫ってくる真っ白い小さなものが近付いてくる。
彼の名前はヨース。ヨース・オカリー。
ユーライジア四王家に仕える、由緒正しき『月(アーヴァイン)』の魔精霊とのことだが。
セリアからすれば、つやつやもふもふで可愛らしい、黒い靴下を履いた猫にしか見えなかった。
まっしぐらに近付きつつもぴんと立った尻尾の先だけチョコ色に染まっているのがチャームポイントで。
白も黒も変わらず、少女らしくも可愛いものに弱いセリアが、自然と眦を下げていると。
彼を追ってきたのか、余計なものまで視界に入ってきた。
一人は現在進行形で暑苦しい声をあげていたヨースの主である、トール・ガイゼルだ。
セットしてるわけでもないのに、にツンツンの黒髪と、燃え盛る炎を幻視するような黒目が特徴の、無駄に熱血な割に女の子が苦手だと、比較的付き合いの長いセリアやカズに対してもいつだって一歩引いている、そんな難儀な少年。
そして、もう一人。
天邪鬼に視線外そうとも、どうしても外れてくれない存在。
この世界にやってきて、便宜上セリアの『兄』である、タカ・セザールがそこにいた。
白とも銀ともつかぬ、不思議な色合いをもったいなくも短めに刈り、同じ色の激しく自己を主張する眉と、蒼色の月の光を瞳に棲まわす……どこか、人智を超えた気配を纏わす、そんな少年。
幼い頃この世界に迷い込んで。
命の危機に颯爽とやってきて、セリアを救ってくれた……彼女にとっての、英雄(ヒーロー)。
その一方で、その身を守るためにと辛い過去を忘れてしまっている、脆さを持っている。
現実にない、帰りたくないと思わせる、ただ一つの存在。
だけどセリアは、そんな態度をおくびにも出さない。
兄であるということすら、全くもって認めようとしない。
それが、『もう一人の自分』の普段通りであるとともに。
今ここにいる自分が場違いの偽物であることを、重々承知していたから。
彼が何もかも忘れるほどに傷ついたその原因が。
この白い自分であることを……身に沁みて理解していたから。
「みゃぉ~んっ」
と、そんな事を考えているうちに、何だか凄く嬉しそうなヨースの鳴き声がする。
どうやら彼は、いつものようにカズを狙うつもりだったらしい。
普段からタカに対してきつめのセリアもヨースには甘いが。
逆にカズはそれ以上にヨースが苦手らしく、予想以上に嫌がる。
泣きそうな……世にも珍しいカズの顔を見るのがヨースにとってはおもしろくたまらない(トール談)そうで。
あ、そう言えば今ここにいるのはカズじゃなかったんだっけ、なんて思ったのはその瞬間。
それから起こったのは、一見普通だけどしかしあり得ない光景だった。
目を見開き、感動めいた喜びに身体震わせながらしゃがむ美しき少女。
自ら小さき猫を受け入れて。
全身で抱きしめ、顔を寄せる。
そして……。
「生きてたんだね。……よかったぁ」
カリスはそう呟き。感動の再会の涙すらこぼしていて。
それは、迂闊に触れられぬほどの聖域(サンクチュアリ)を作り出す絵画のようで。
「ぐへはっ……」
普段のカズならばありえない、見た目相応の美少女らしさ。
それは、トールには衝撃が強すぎたらしい。
変な声を漏らして大地に沈んでいて。
「誰だよ? あのカズなのに絶対カズじゃないのは……」
「あはは。まさか会っていきなりばれるなんてね」
その場には。
呆然と言葉漏らすタカと。ばつの悪そうなセリアの呟きが響き渡って……。
SIDEOUT
(第11話につづく)
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