第9話、親友ふたりの、最後になんかしたくない掛け合い



SIDE:『スピリッツ』




そうして。

少女の訴えていたものが正しかったのか、余っていた客間の一室で休ませてしばらく。


「先生、すぐに来るってさ」


カズがユーライジアスクールの保険医に連絡し終えた頃には。

カズによく似た少女は角も尻尾も消え、規則正しい寝息をたてていた。



「ねえ、本当にカズの親戚とかじゃないの? 生き別れの姉さんとか」

「そんなに似てるか? めちゃくちゃ美少女じゃねえか」

「カズが言うと自慢か皮肉にしか聞こえないよね」

「……うっさいよ」


自分が口にしたことを自覚したのか、むすっとした様子のカズ。

相変わらずの、いつものカズだ。

健康に太鼓判を押されているだけあって、病の陰など微塵も感じられない。


だが、深き闇に耐えた……凄絶ともとれる瞳は健在だ。

二つとないと思っていた永遠の輝きを持つ輝石。

やはりそれが二人を強く結びつけているような気がして。

羨望もあって飽きることのないそれをじっと眺めていると、ふいにカズは視線を逸らした。


……どうやら恥ずかしくなったらしい。

思わず漏れる笑み。



「な、なんだよ」

「べつに? 相変わらず腹立つくらいかわいいなって思っただけ」

「かわいいゆーなっ!」


思った通りのことをセリアが口にすると、半ば本気にいがいがしだすカズ。

そういう分かりやすいところがその小さな親友の美点なのだろうが。


「そ、それよりっ、じいちゃんは? じいちゃんならこの子の事知ってるかもしれない」


相手が長い付き合いのセリアである以上、この話題は続けていてもドツボにはまるだけなことに気付いたのだろう。

わざと咳払いなんぞしつつ、カズは話題を変える。


「それなんだけど……。どこにもいらっしゃらないみたいなのよね」


セリアはそれに頷き、カズによく似た少女と出会った時のことを話す。

本来ならカムラル老がいるべき『場所』に、彼女がいたことを。



「まさか、彼女がじいちゃんだなんて言わないよな?」

「……どうかしら」


それはない。

すぐにそう否定できないのは、ある意味ユーライジアではよくあることだからなのだろう。


例えば、魂ごと別人格になるレスト族。

人ならざる権化封じると言われるユーライジア四王家筆頭のエクゼリオ家。

仕えるものためにその身を変えると呼ばれる月の使いオカリー。

上げればきりがないだろう。

セリア自身のことを含めても、それこそ。



「カズが分からないなら、私には分かりようもないわよ」


カズが知らないというのならば、彼女はカムラル家とは無関係なのかもしれない。そう思って何気なくセリアがそんな言葉を返すと、カズはちょっと困った顔をした。


「オレ、じいちゃんの事って実はあんまりよく知らないんだよ。昔話はよくしてくれるけど、ほとんど奥さんとかの話ばっかりでさ。自分のことはあまり教えてくれない。どんだけ徹底してるかって言えば、じいちゃんのほんとの名前だって知らないくらいだからさ」

「……ごめん、余計なこと聞いたかしら」


あっさりとしたカズの口調。

他の誰かは騙せてもセリアは騙されない。

少なからず気にしていたことに触れたことに気づき、セリアは素直に頭を下げる。



「……いや、オレもさ、じいちゃんはじいちゃんでいいかなって思ってたとこはあったし」


全くやりずれえぜこいつは。

そんな苦笑を浮かべるカズ。

セリアは、返すように笑みを浮かべて。


「つまりは、本人に聞いて見るのが一番って事ね」

「身も蓋もないけどまぁ、そうだな。……いや、ちょっと待てよ。この子の事見ててくれ」


意味のないようである、そんなお喋り。

別に何か進展するわけでもない、いわば暇つぶし。

そんな体で言ったセリアの言葉に、カズは気づいたことがあったらしい。

そう言い置いて、颯爽と部屋を出ていく。

カズと少女を明確に隔てる角や尻尾といった身体的特徴が消えてから、少女の眠りは随分穏やかなものだった。

まるでそれらが枷であったかのように。

見守る以外に掛け布団を整える事くらいしかやることはなかったが、当のカズは思ったよりも早く帰ってきて。



「おまたせっ、やっぱりじいちゃん急用みたいだ」


そういうカズの手には、言づてなのだろう手紙のようなものが握られている。


「じいちゃんが黙っていなくなるなんてないはずだからさ。ほら見て、オレとセリア宛だ」


カズの示す先には、確かに二人の名前。

手紙を綴る暇があるのならば一言おっしゃってくれても、なんて内心思うセリアだったが。

何か用事があっていない時は置き手紙する事が多いんだって、ちょっぴり得意げなカズを見ていると、口にするのも野暮な気がしてしまうセリアである。



「えっと、なになに……この手紙を読んでいると言う事は、世界の中枢に由々しき自体が起きた、ということだろう。私はそこへ向かう。有事の際は、私が契約している魔精霊の力を借りるといいだろう。追伸、『カリス』は、私の理想の姿をとっているので、くれぐれも優しくしてやってくれ。…………だって」


敢えて口調を変えて、淀みなく言い切るカズ。

それにより、取りあえずの状況は飲み込めたわけだが。


「理想か、よかったじゃないカズ」

「わざわざそこだけにつっこむなよ……」


まずはそこだろうとセリアが笑みを浮かべると、言葉とは裏腹にカズは口元が緩んでいて。


「じゃあ世界の中枢ってのは?」

「……さぁ? 知らんね」


本題を切り出すと、とたんにへの字になるカズの唇。


「異世界人の私には話せないと?」


知らないなんてすぐに嘘だとセリアは気づいてしまった。

全くもって、カズは嘘が下手だ。

ついでにいつもキスをせがんでいるような可愛らしい唇が歪むのが気に入らなかったので、思わずむっとなってセリアはそんなことを言う。


「そういう言い方やめろよ、卑怯だぞ。……わかったわかった。知ってます。うちが代々守ってきた場所だよ。なくなれば世界が壊れるんだと。場所が知りたきゃ後で詳しく教えてやるよ。まぁ、今はうちのいるんだかいないんだか分からない母さんが逃げたとかで、セリアんちが管轄してるはずだけどな」


ぶっきらぼうに、明らかに言いたくないことを口にしている様子のカズ。


「そうなんだ。後で聞いてみる」

「ああ、そうしてくれ……」


別にカズを困らせることがしたいわけじゃないので、それ以上話を広げることはせず、無難にまとめる。

すると、カズはセリアそっちのけでなにやら考え出した。


「どうかしたの?」

「嫌な予感がするんだ。ぎりぎりでいいやって思ってたけど、ちょっくら明日出かけてくる。鏡を取りにさ」


鏡。

それは『幻夢』という名の魔法道具(マジックアイテム)で、セリアが帰るために必要なものらしい。



「そっか。……寂しいな、なんか」

「真面目な顔して言うなよ。会えなくなるみたいじゃないか」


不意に出たセリアの言葉を。

ばっさり切って一笑に伏そうとするカズ。

セリアが一日すら惜しいことを分かっていての、あえての言葉だ。

元気づけようとしてくれる事はとにかく嬉しいセリアであったが。


寂しいのは……その時にはもう予見していたからなのだろう。


カズの言葉か真実になるかもしれない、その可能性を。



             (第10話につづく)






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