第8話、二人といないはずの身の毛のよだつ美人がそこにいて
SIDE:『スピリッツ』
がたんっ。
「ぎゃふっ」
セリアは、唐突に目を覚ます。
どうやら椅子から転げ落ちたらしい。
カズが聞いたら赤点だと怒られかねない悲鳴に赤くなりつつも、そそくさと居住まいを正す。
目線を下げれば、カズから借りた本が顔を地べたにつけるみたいに広がって落ちている。
タイトル部分には『夜に生まれて』の文字。
図書館や店で見かけたことはないのでカズの自伝なんじゃないかって睨んでいるセリアの大切な預かりものだ。
「いけない。折り目とかついてないわよね。もうすぐカズも帰ってくるっていうのに……」
今セリアが世話になっているのは。
この夢の世界での一番の親友、カズ・カムラルの家の客間だった。
今頃カズは、元々セリア自身の通っているラルシータスクールにて、盛大な送別を受けて送り出されてるとこだろう。
そもそもセリアが、ここにいるのは。
そんなカズと交換留学という形でお互いの家を間借りしていたからだった。
短い期間ではあるが、セリアが実家でもあるラルシータスクールでなく、その姉妹校のユーライジアスクールに通うこととなったのは、一重に思い出作りの意味合いが大きい。
これ以上気持ちが大きくなる前に、帰らなくてはならなかったから。
帰ることを、自信に納得させるために。
それは、矛盾した行動。
一緒にいれば、余計に帰りづらくなることくらい分かっていたのに。
でも、止められなかった。
現実では成就できない想いを、少しでも味わっていたかったのだ。
ただ、カズはセリアより一週間早く留学を終えることになっている。
彼女は今日の夜帰ってくるはずだった。
どうしてカズだけ早いかと言えば理由は単純。
セリアが帰るための方法に目処が立ち、その準備をするためだ。
もっともセリアとしては、カズとも残りの日々を楽しみたいって意味合いもあったのだが。
「あ、そうだお手伝いしなきゃ」
いつもならば、カズの祖父であるカムラル老と就寝前の楽しいおしゃべり兼、お茶会の時間だ。
そのお茶会は、カズが帰ってきてからということになっているが。
いつまでも客人であることもないので率先して手伝おう。
セリアはそう思い立ち、伸びをして部屋を出た。
(まぁ、手伝わせてはもらえないんだろうけどね……)
セリアは優遇されていた。
セリアに対してのカムラル老の態度は客人なんてレベルを遙かに超えていたのだ。
カムラル老曰く『友は至宝』、らしい。
加えて、『愛しい孫娘の親友なら尚更』だそうだ。
『オレは男だ』が口癖の彼女が聞いたらムキになって癇癪を起こすだろう事を分かっていてのあえての言葉なのだからなかなかな人物である。
お茶目というか、セリアから見れば見た目の渋い壮年のイメージとは真逆の印象を持つ人物だった。
セリアのこの世界での父、ルレインとも親交が深いらしく、『殺してやりたいほど憎いからだらだらと生かしてやっている』なんて真面目に父に脅された日には一体どんな人物なのだろうと恐々していたセリアだったが。
よくよく考えてみればカズを育てた人がそんな怖い人なわけがないのだ。
今となっては、そこまで言えるくらいに仲がよかったのだろうと認識していた。
日がなお茶会を催すくらいの、ある意味乙女チックな人物。
見た目は全く違うのにどこかの誰かさんとそっくりだと。
知らず知らずのうちにセリアは苦笑を浮かべていて。
ガシャァンッ!
その瞬間、それは起こった。
茶器がこぼれ落ち、割れる音。
道具とお金を大切にする人にしてみれは通常ではあり得ないことで。
「っ!」
はっとなり、セリアは駆け出す。
音の聞こえた、カムラル家自慢のサロンへと。
「失礼しますっ、だいじょ……っ」
慌てて……それでもノックと声だけはかけて部屋に入ると。、
格調高くも、豪奢すぎない品の良い部屋には、蒔かれた紅茶の香りと、いくつもの魔力の奔流が吹き溢れていた。
爆ぜるのは『雷(ガイゼル)』の魔力だろうか『光(セザール)』の魔力だろうか。
その発信源に、手に持ったトレイを落とし、胸を……心臓の部分を押さえて倒れ伏す人物がいる。
「カズっ!?」
そこにいるのはカムラル老ではなかった。
無意識のままに、悲鳴のような声を上げてセリアは駆け寄る。
そして散乱した茶器を越え、そっと抱き起こした。
「だ、大丈夫……?」
尋常じゃない、初めて見るカズの姿だ。
でも、思い当たる節がないわけじゃなかった。
お茶会の時にカムラル老に聞いたことがあったからだ。
カムラル家のものは、その半数が重い病にかかるという。
症状によっては死に至ることもあるが、カズは軽い方だと。
それを聞いたとき、セリアは話半分で聞いていた。
冗談めかした口調だったし、カズはもう大丈夫だと太鼓判を押されたからだ。
でも今はどうだろう、どう贔屓目に見ても大丈夫そうには見えない。
「待ってて、今誰か呼んで……っ」
取り敢えずベッドに運ぼう、混乱でわやくちゃになりつつもセリアはカズを抱えたまま立ち上がろうとする。
「……っ」
だが、それを折れよと細い手が止めた。
カズの、紅髄玉の輝き潜む瞳と目が合う。
見ているだけで泣きたくなるほどきれいな瞳だ。
その深底にある炎は、絶望を垣間見たものが有するもの。
無二のそれは訴えている。
平気だ、大丈夫だと。
かっとなった。
それを無視するようにして立ち上がろうとして。
「ただいまーっと」
横合いから聞こえてきたのは何とも場違いで脱力する、カズの声で。
「か、カズがふたり……」
「あ? いやいや、そんなわけねえだろ」
「……じゃない?」
確認するように聞くと。
「オレに角や尻尾はねえっ!」
きっぱりはっきり否定される。
「あ、ほんとだ……」
確かに、よくよく見れば違う。
カズのような、身の毛のよだつといった表現に相応しい美貌を持った人物など二人といないと思いこんでいたからカズだと思ったが。
倒れ伏すのはカズによく似た少女だった。
まだ絶賛あどけなさを保ち続けるカズよりわずかに年かさだろうか。
そのカムラル家の娘を表す三色、紅、金、茶色の髪。
その割合もカズと比べると紅の色が強い気がする。
一卵性の双子の姉、といった感覚。
セリアだからこそ分かる程度の違いだが、目を離して見てみればもっと決定的な違いがある。
それが……今カズが口にした角と尻尾だ。
竜に似たそれ。セリアには見覚えがあった。
自分は一体何者なのか。
これが夢と気付かず、そう思っていた頃に図書館で調べた資料の中にあった、
人ではない異種族の一つ。
―――魔人族。
かつてユーライジアを混沌におとしめたもの。
今は人と交わるうちに消えたはずの種だ。
そんな彼らの本性と呼ぶべき姿。
家族と、大切なものと。
(後もう一つあったはずだけど……)
彼らが本性を現すその瞬間が。
しかし、セリアはそれを思い出すことできなかった。
かなり衝撃を受けた記憶があるのに、何故かそこにはもやがかかっている。
「おい、辛そうだぜっ、だれだか知らないけどとりあえず看ようっ!」
「あ、う、うんっ」
今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
セリアはカズの言葉に我に返り、二人で昏睡状態に入った少女を運ぶことにして……。
(第9話につづく)
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