第7話、夢と現実は、白と黒のはざまでわやくちゃになって


SIDE:『スピリッツ』




セリア・セザールはいつも夢を見る。

ひとたび眠りに落ちれば、当たり前のように目の当たりにする……そんな夢を。


それはもう見慣れてしまった、いつもそこにある悪夢だ。

それが本当の現実だと思ってしまう、そんな悪夢。


ギラリと光る無数の銃口を構え、鉄の服で身を固めた理(ことわり)の士。

殺意を武器に、憎悪を糧に獲物を絶望の闇に落とす虚ろなあやかし。


二つに対する、自然の使徒である……蒼の魔女と呼ばれる少女は。

その力を借り、相容れぬ二つの種と戦い続ける。

死と隣り合わせの、永劫に続くその戦いを。

同じ志を持った、仲間たちとともに。



だが、しかし。

ある日を境に、セリアの夢は大きく変容を遂げる。

激しく苛烈な戦いに染まる日々は、無色な停滞の世界へと取って代わった。


それは、白く広いベッドで眠り続ける、セリア自身の姿だ。

長い長い、夢の中でさらに眠気を誘われるほどの寂蒔。


白く厚いカーテンは、昼夜の陰影の差をつくるのみ。

見舞いに来る人もいない。

唯一の変化は、定期的にやってくる看護士だけ。

それは、数え追うのも億劫なほど、終わりない停滞。


セリアには、考える時間だけがいくらでもあった。

まさしく、眠る自分を見つめながら、自分を見つめ直すかのように。



その悪夢からは今はもう抜け出したはずなのに。

どうしてまだ自分はここにいるのか。

目の前で長い眠りについている蒼い髪の少女の名こそが、セリア・セザール。


だとしたら、それをただ見つめている自分は一体何者なのだろうと。

それは、視点だけで浮かぶ彼女が、ユーライジアの世界を夢見るようになってからあえて考えずにいた疑問だった。


禁忌な事なのだと、そう言い聞かせてきたこと。

しかし、停滞したその世界は、彼女を……セリアを禁忌に触れねば耐えられなくなるほどにその精神を磨耗させていた。



(私だってセリアよ……)


そう、それは間違いない。

自分自身も、目の前で眠る彼女もそれは理解している。

見た目そっくりな二人が違うのは二つだ。


一つはその性格。

誰かに頼らなければ生きていけない弱い自分と、誰かのために自分を犠牲にすることを厭わない強い自分。

引っ込み思案で夢見がちな自分と、生まれながら他人に無頓着な現実主義者。

好きのためなら大胆になれる自分と、激情とも言えるその好意を必死で隠し続けている彼女。


どちらもセリアで、二つで一つ。

なのに決して単一で解け合うことがないのは。

お互いが住む世界が違っていたという事なのだろう。


それが二人の違いを表す、二つめの理由だ。



(たぶん、この動かない世界が私の世界……)


ならば、セリアがこのユーライジアという、幻想の世界を夢見始めたのはいつだっただろう?


それは最近のようで物心つく前からにも思え曖昧だった。

ただ、夢の世界にも自分と同じセリアと呼ばれる別個の意志があることに明確に気づかされたのは最近だった。


そんな別個の意志、もう一人のセリアと意志疎通できるようになったのはいつだったのか?


確かそれはこの夢の世界にやってきて、命失いかけたところを助けられた、後に兄となる少年、タカ・セザールへの想いに気付いた時だろう。


白黒の正反対のようであり、同じ個である二人。

自身の思いを遂げるためにとしたことは、互いに遠慮し一歩引くことだった。


二人のセリアはいつもお互いで、相手のほうが優れていると。

相手のほうが幸せになるべきだと、そう思っていたのだ。


それが今、片方は眠り続けるだけの現実に。

もう片方が夢の世界を享受し続けているのは。

ひとえにお互いの力の差、故だった。


二人のセリアはお互いが好きで。

であるからこそ、主導権を握る黒のセリアは、白のセリアに夢の世界を譲ったのだ。


この夢の世界こそが、黒のセリアの本当の故郷であるのにも関わらず。

白のセリアの気持ちなど考えもせずに。

長い長い思考の海の底で辿り着いたのは……そんな答えで。



(このままじゃ駄目だよね……)


いい加減甘んじたままであることに、我慢ならない。

現実と見つめ合わなくてはならない。

現実に起きている自分自身の問題を解決するために、帰らなければならないのだ。


親友……カズ・カムラルはそのための力は惜しまないって、そう言ってくれた。

結局のところ誰かに頼らなくてはいけない自分がひどく嫌になったけれど。


『全く頼ってもらえないのも嫌なもんだ』

なんて親友は笑ってくれる。


それは、どちらにしろセリア自身にダメージが返ってくるのだから反応に困る言葉であったが。



(……)


だけど。本当は帰りたくない、目を覚ましたくない。

そう思い、心残るものは確かにある。

いる、といった方がいいのかもしれない。


それは、白のセリアがユーライジアを夢の世界だと位置づける一番の理由でもある。


現実には存在しないのだ。

ピンチの時には必ず助けてくれる大好きなヒーローは。

時には兄のように、悲しみの涙を止めてくれる愛しい存在は。


だから心残る。

理解はいっても納得はいっていない、そんな感覚。



そして結局。

この世界の自分を妬むのだ。

何で自分だけ、と。

そんなことを考えること自体どう考えても烏滸がましい事など重々承知なのに。



……と。


その訪れないかと思われた変化は、不意にやってきた。

看護士さんではあり得ないだろう時間の、ノック音。

いつの間にか闇に包まれし時分の不意の来訪者。



(あっ……)


まるでそれがスイッチか何かであったかのように。

突然白のセリアは眠る黒のセリアに吸い込まれてゆく。

眠っているため、当然今まで見えていた病室の光景にはブラインドがかかる。



(誰……?)


ひたひたと近づいてくる気配。

小さなものじゃない。

歓迎する気を殺ぐ、大きなものだ。

声をかけたつもりだったが、それはセリアの口からついて出てはくれない。



(誰なのっ……!)


それは見ている。眠ったままのセリアのことを。

起きなければ。逸る気持ちでセリアはそう強く思って。



「二人いたらたまらない、か……。確かにそうだな」


笑い声とともに聞こえてくる言葉。

それは、セリア以外に知るものの限られる、この上なくセリアを傷つけるその言葉で。


終わりなき高さから落ちてゆく悪夢にも似ていて……。



              (第8話につづく)






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