第6話、遥か彼方過去の、再会の美しき光景に撃沈
SIDE:『In this arm』
「しっかし当たり前に使ってるけど、すげえよな虹泉って。どんなアタマがあればこんなもん作れるんだろ?」
そんな当たり前のことでも。
歩きがてらの話題にはなりうる。
「さぁなぁ。確か元々は古代文明の遺物なんだろ。今を生きる俺たちには理解しろってのが無茶な話だ」
世界に蔓延する数多の『魔法道具(マジックアイテム)』。
十二種の魔法と魔精霊、魔物たち。
それらは、ずっとずっと昔からあったものらしい。
少なくともスクールが建つ前からあったそうだから、それだけ考えても気が遠くなるほどの過去だろう。
「ここにも番人がいるんだよな? 『クリッター』とかいう」
「ああ、魔物だか魔精霊だかよく分からんあれか」
時空の狭間に浮かぶと言われる、たくさんの異世界。
『虹泉』は元々それらを結ぶ道であり、そこにはみだりに人が足を踏み入れぬよう、世にも恐ろしい怪物が棲んでいるという。
だから、夜遅くに虹泉をくぐってはいけません。
クリッターに食べられてしまいます。
よくある、子供に言って聞かせるような寝物語。
だが、トールもタカもそれが与太話でないことを知っている。
何故ならそれが彼らの出会いの記憶の一端であるからだ。
その物語には続きがあることを、二人は知っているからだ。
食らうというのは事実であり、比喩だ。
実際は魅入られる。
クリッターが行うその儀式は。
世界を行き来できる強きものを選別することにあると。
『虹泉の迷い子』。
そう呼ばれる存在こそが、まさにその証明で。
「また出ねえかな。今度は食われる前にぶった斬ってやるのに」
「はは。どっかで聞いた台詞だな、それ」
刀を構えるそぶりをするトールに、不意に呟いたタカの言葉。
二人の間に、何とも言えぬ間が生じて。
「……今頃何してやがんだろうな」
「何って、どっかそこらの草場の影で見てやがるんじゃねえかな」
「はは、それじゃ死んじまったみたいじゃねえか。……まぁ、見てはいるんだろうけど」
二人して乾いた笑い。
僅かに澱むのはつまらなさ。
トールは別に口にはしなかったが。
タカとのつきあいがここ最近ご無沙汰になっていたのにはちゃんと別の理由がある。
お互い尊敬する人は多いだろうけれど。
魂震えるほどの心意気を覚えたのはただ一人だ。
二人が出会う前は、お互いにそれこそ札付きの問題児で。
その出会いがなければ、今の二人はないはずで。
お互いが親友と呼べる間柄にもなっていなかっただろう。
その人物は今はいない。
もともと一匹狼な節のあったトールはその事に、戸惑っていたのかもしれなくて。
「で? そろそろ教えてくれてもいいだろ? 今度はどこのお偉いさんお姫様が来るんだ?『ヴルック』か? あるいは『サントスール』辺りか?」
スクール案内に風紀長のトールが出張るくらいだ。
それこそユーライジア四王家の一つ、ガイゼル家の王子たるトールに引けを取らないだろうとタカは予想した。
「いいとこ付いてるけど、惜しいな。一応、ヴルック家の三番目のお姫様って位置づけらしいけど」
「どういう意味だ? よく分からん」
元々、ヴルック家には二人しか姫はいない、ということは知っていたのだろう。
首を傾げるタカに、トールは頭を振って続ける。
「タカだって覚えてるはずだぞ、ヴルック家が創ったっていう、魂と意思をもった『魔道人形』のことさ。確か、し……じゃなかった、セリアが元になったっていう」
「……ああ、なるほどな。やっと完成したんだ」
まだかわいげがあった頃の、タカの『妹』になったばかりのセリアと呼ばれる少女が。
ゼザール家に依頼のあった魔道人形の原型(モデル)となる人物を輩出するという件に志願した。
それは、タカなら当然知っているはずのことで。
「その子がスクールに来るってのか?」
「……タカ、お前ほんとに何も聞いてなかったんだな。その子は四番目だ。まだ開発中とかでもう少したったらラルシータに体験入学させるって言ってたぞ?」
「あんのオヤジ、そう言うことに限って喋りやがらねえ」
得意げなトールに、眉を怒らせるタカ。
大方、秘密にして驚かせるつもりででもいたんだろう。
タカの父、ルレインのほくそ笑みがトールの脳裏に浮かぶ。
「残念だったな、その子じゃなくて?」
「べつに? むしろその子じゃなくてよかったわい。これ以上増えてみろ、ただでさえ苦労しまくってるってのに……」
そう、実の所セリアには扱いに困る部分があるのだ。
その事に気付いているのは、トールだけではないのだろうが。
「……タカ」
トールのからかい半分の言葉に乗るようにして言葉を返したのに。
不意の低い声。
そこには先ほどまでの渇入れるものとは違い、怒りのようなものが込められている。
「な、何だよ……?」
何かまずいことを言っただろうか?
そこには、鬼と呼ばれる風紀長が生まれようとしていて。
「その台詞まさかセリアに言って……」
「はぁぁっ? ま、まさか! 言えるわけねえだろ、そんなこっぱずかしいこと!」
すぐさま赤くなって反論するタカ。
「お、おぉ。ならいいんだが……」
「一体何を言うかと思えば」
内心で安堵してトールが気勢を収めると。
憤懣やるかたない、そんな態度をしてみせて。
タカはまだ赤い顔を逸らし先行しようとする。
……と。
今の今まで剛毅にもトールの頭の上で眠りの世界に落ちかけていたヨースが、ぴくりと耳を立て、すんと鼻を鳴らして起きあがった。
そしてそのまま、しなやかにトールの背から飛び降りると。
みゃぅんと一声鳴いてものすごい早さで駆けだしてゆく。
「あっ、またこいつっ、待てこのっ!」
声上げて、そんなヨースを追いかける。
「今度は何だよっ、忙しい奴だなっ」
「自堕落なこいつが躍起になることなんて決まってる! 被害に遭う女の子が出る前にひっとらえるぞ!」
「いや、猫なんだし別に被害じゃないだろ……」
「何を言う! こいつは分かっていてかわいい女の子にだけ飛びつきやがるんだっ! ゆるせねえぇ!」
少々ひがみが入っている気がしなくもないトールの言葉。
タカはそれに白いため息をつきつつも付き合おうとトール達を追いかける。
辿り着いたのは、いつもの待ち合わせ場所でもある公園前の通りだった。
案の定、そこには二人の少女の姿がある。
直視することも憚られるほどの、煌びやかな三色の輝きを放つ長い髪、紅髄玉(カーネリアン)潜めし儚き赤の瞳。
カムラルの美姫……ユーライジアの至宝、カズ・カムラルと。
その隣に悠然と凛として立つ、流れるような深海色の髪と、タカとはまた別の輝きを放つ藍色の瞳を持つ少女、セリア・セザールの姿が。
少女としては背の高いほうだろう。
細いしなやかな体躯は、ラルシータのきっちりとした紺色の制服も似合っていたが、女性の華やかさを際立たせるユーライジアの薄桃色の制服も、見事に着こなしている。
隣の人より小さなカズがフリルやホワイトスノウつきのそれをいやがって、男子用のこれといって特徴のないマントつき制服を着ているから、余計に際立つというか、決して口に出すことはないだろうが、眼福であるのは確かだった。
「やべっ、カズ! 逃げろっ!」
しかし今はそんな事を考えている場合ではない。
トールは危険を知らせるためにと大声を上げる。
「あら?」
当然二人も気づいただろう。
何事かと顔を上げたが、しかしあと一歩及ばなかったらしい。
ヨースは、トールが叫ぶようにカズだけを狙っていた。
普段からタカに対してきつめのセリアはヨースには甘いが。
逆にカズはヨースが苦手らしく、予想以上に嫌がる。
泣きそうな……世にも珍しいカズの顔を見るのがヨースにとっては面白くたまらないらしい。
だが。
それから起こったのは、一見普通だけどしかしあり得ない光景だった。
目を見開き、感動めいた喜びに身体震わせながらしゃがむ美しき少女。
自ら小さき猫を受け入れて。
全身で抱きしめ、顔を寄せる。
そして……。
「生きてたんだね。……よかったぁ」
少女はそう呟き。感動の再会の涙すらこぼしていて。
それは、迂闊に触れられぬほどの聖域を作り出す絵画のようで。
「ぐへはっ……」
普段のカズならばありえない、見た目相応の美少女らしさ。
それは、トールには衝撃が強すぎたらしい。
変な声を漏らして大地に沈んでいて。
「誰だよ? あのカズなのに絶対カズじゃないのは……」
「あはは。まさか会っていきなりばれるなんてね」
その場には呆然と言葉漏らすタカと。
ばつの悪そうなセリアの呟きが響き渡って……。
SIDEOUT
(第7話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます