第5話、ある意味で、正しい男友達悪友なやりとり
SIDE:『In this arm』
「まいったな……」
ふいに、聞こえてきたのは槍玉に上がっていたタカの、そんな泣きそうな声だった。
「……っ」
思わず立ち止まるトール。
刹那、怒りにも似た何かがトールの米神をびり、と痺れさせる。
その声色は、かつて喧嘩ばかりしていた頃のタカに戻ってしまったかのような感覚に陥らせる。
思えばそれは、似たもの同士の同属嫌悪によるものだったのかもしれない。
母を失い生きる意味を失いかけていたタカと。
生き方の分からなかったトール。
間を取り持ち、お互いを導いたのはもう一人の友人。
しかし彼は今、ここにいない。
ならば同じ友人として、トールのやる事は一つだった。
パリッ……。
「みゃ~ん」
初めは僅かな大気のざわつき。
気の抜けるヨースの鳴き声。
瞬間。
それが、明確な音となってタカを襲う。
それは、青い稲妻を纏っている。
触れれば人体に悪影響を及ぼす……かつては『呪雷』とも揶揄されたもの。
「はぁぁぁぁっ!」
勇ましき咆哮。
不意の一刀の意味を台無しにする威圧。
あまりにも真っ直ぐすぎたのか、泣いたカラスがもう笑っている。
「ヴァルっ!」
タカの呼びかけに。
応え現れるのは『ルナカーナスピア』と呼ばれるタカ愛用の得物。
セザール家に代々伝わる、所謂伝説の武器。
触れる刃と刃。
お互いに遠慮は一切なく。
故に先ほどまでのタカはもうそこにはいなかった。
いや、いられなかったといった方がいいかもしれない。
何とも強引で暴虐な治療法だった。
不器用が服着て歩いている、そんなトールらしい。
「だぁっ!」
刃を押し込みながら一瞬で力抜くことによる太刀筋の切り替え。
腰を深く落とし、刀に対する投槍の長所を生かした中距離での一薙。
細かく攻撃点を幻視させる刺突の連続。
まるで全てを知っているかのように……事実把握されているわけだが、文句のつけようもないくらい完璧に防がれる。
「どっせいっ!」
「『風(ヴァーレスト)』よ、我が呼び声に応えよ! 【ロスト・ウイング】っ!」
だがそれは、タカも同じだ。
トールの得意とする上段袈裟掛けからの地の構えからの連続攻撃を。
踏み込むことで発せられる青い稲妻を逆手に生んだ不可視の刃で完全相殺する。
その場には荒れ狂う雷雲が埃持ち乱舞する始末。
それによりお互いは見えなくなったが……。
お互いはちゃんと理解していた。
挨拶はそれでおしまい。
お互いに楽しげな笑みを浮かべていることを。
「みゃふっ、みゃふっ」
そこに、挨拶の火蓋を切って落としたもののけの迷惑そうなむせびが聞こえてくる。
「そう言うなって。カズとダイスの死合いに比べたらこんなもの屁みたいなもんだって」
正しくその鳴き声を理解しつつ。
意志の強い、しっかりとした低さのあるトールのぼやき。
「嘘つけ。思いっきり殺す気満々だったじゃねーか」
返すように呆れた風のタカの呟き。
笑ってはいるけど、死は皮一枚ぎりぎりのところに確かにあった。
ただ、その薄皮一枚の安全なところで遊べるくらいに、お互いが刃を交えた回数が多いだけだった。
「こうまでしなきゃ治らんだろ、タカのビョーキは。……まったく、俺が珍しく気を利かせて顔出すときに限っていつもそうだよな、タカは」
毎度迷惑かけやがって。そんな感じのため息。
「迷惑って思うならほっといてくれていいんだぜ?」
「冗談。俺はおまえを主君とするつもりだからな。刀に生きるものはとにかく主を守るものなんだぜ」
「だから、それが余計なお世話だってのに……」
その男同士で歯の浮くような台詞を平気で口にするトールにうんざりと眉を下げるタカ。
だいたいよくやるよとタカは思わずにはいられない。
そのせいで、おかしな勘違いをされたこともあるというのに。
「……で? 何だよ。わざわざこんなところまで。トールの家は逆方向だろ? しかもヨースまで連れて」
トールがわざわざタカを迎えに行くなんて最近なかったから。
タカは思わずそう問いかけてきたのも仕方のないことなのかもしれない。
「お、おぉ。さっきも言ったろ? そろそろ情緒不安定になる頃かな、と」
「ばぁか、んなわけねーだろ」
「いや、あるだろ。現に発作は起きてたんだし。……まぁ、今まではいつだって誰かしらお供にしてたから遠慮してたのもあるけどな。俺はタカのようにうまく女性に接するそのやり方が分からんし」
いろいろ言い返してやりたいが、すぐにいい言葉が浮かんでこない。
そんな様子のタカに、トールはしてやったりと笑ってみせるが。
「……別に得意でも何でもねえよ。むしろ今さっき余計に訳が分からなくなったとこだ」
だが、それでも。腐っても長いつきあいという奴なんだろう。
そんなやりとりだけで、タカは何故トールがわざわざ足を運んだのかを理解してしまう。
女性との接し方がどうのなんておべんちゃらを使ってくると言うことは。
おそらくそこらへんに関する悩みか何かだろうと。
故に俺だって苦手なんだから期待はするなよと付け加えた後、タカは言葉を続ける。
「で、結局は何の用事で来たんだよ? まさか誰かに惚れたとかじゃあるまいな?」「ば、ばかやどーっ! まだ自己紹介もしてないのにそんなことが起きるわけあるかいっ!」
「声がでけえよ。……まぁ、だいたい分かったぞ。また転入生だか留学生だかがユーライジアスクールに来るんだろ?」
「な、何で分かったんだ!」
「分からいでか。……仕方ないな。何とかスクールには行けそうだし、付き合ってやるよ」
タカは苦笑してトールの肩を叩き、気づけば登校には手頃な時間もあってスクール目指して歩き出した。
その後をがちゃがちゃと鞘音を鳴らしながら追いかけるトール。
目前には不思議で物凄い力を秘めた、魔法移動装置の『虹泉(トラベルゲート)』がある。
噴水池のような七色の水を湛えるそれは、マジックアイテムの発掘、開発の雄、ヴルック家の最高傑作と呼ばれるシロモノだ。
今や、各国を繋ぐ最重要機関であるが、そうであるが故に嘘か本当かも分からないような、曰くつきの噂話が数々蔓延しているものでもある。
その事をよくよく知っていても、毎日の通学の習慣となれば特に気にした様子もなく、一呼吸して潜るみたいに虹泉をくぐり抜け(だけど水に濡れるわけではない)。
瞬く間に大陸一つぶん飛び越えたタカ達は。
そんな実感もないままにのんびりとユーライジアの通学路を進んでいく……。
(第6話につづく)
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