第4話、腐れ縁の脇役その1を自称する女性恐怖症
SIDE:『In this arm』
ユーライジアスクールを取りまとめるユーライジア四王家の一つ、ガイゼル家の長男、トール・ガイゼル。
彼には夢があった。
それは、思春期の少年が考えるには些か幼すぎる願い。
大好きな女の子と手を繋ぐこと。
それは、トールという人となりに照らし合わせれば一撮みの勇気と努力、行動力があれば些細なことに思える。
ガイゼル家は代々、他の王家に仕える騎士であることを望まれし家柄であり、スクールでも学び舎の秩序を守る『風紀』の長を務めるほどに真っ直ぐで。
硬質な黒髪を色とりどりのバンダナでまとめ、その瞳に熱情篭った炎宿らせるその容姿も、人並み以上の体格もあいまって、むしろ良いと言えるだろう。
トール自身あまり自覚はないが、女の子たちの受けも悪くない。
スクールの秩序を守るはずの『風紀委員会』が、実質そんなトールを見守り囲む会と化していることなど、最早本人のみ預かり知らぬ周知の事実である。
それなのに何故、その幼い願いは叶わないのか。
それは彼の、生まれながらにしての体質が原因だった。
「……はぁ、どうしたもんかな」
寒風吹きすさぶ冬のある日。
トールは珍しく重い息を吐き、年季の入った古屋敷とも呼べる自宅を出て、いつもの登校路へと歩みを進める。
ガイゼルの屋敷は、スクールを囲むようにして広がる街の外れにある。
そこから数人の友人たちと合流して国土の三分の一を占めるといわれる学び舎へと向かうのだが、その日トールには憂鬱になる訳があった。
『風紀』の長として、新しい転入生を迎える日。
単純にその事だけを考えれば、仕事に誇り持ち、生真面目な彼としては気持ちが沈む理由などないはずなのだが。
今回は、その相手がトールにとって問題だった。
今や世界に蔓延り浸透している、『魔法具(マジックアイテム)』の雄、アリオパンツァー国、ヴルック家。
そこの三番目の姫君が今回転入してくるというのだ、
しかも彼女は人間族でも根源の使徒である『魔精霊』でもない、ヴルック家により創られし『魔道人形』なる存在で。
世界で初めて意思と魂を持たせることに成功したと言われるそれは、言葉通りであるなら世紀の大発明であり。
同時に今回試験転入としてスクールへ通うことになるのは、もう何年も前から計画されていたことで、そんな彼女をエスコートする役目を負ったトールにしてみれば、重圧による不安に襲われるのは仕方ない事なのだろうが。
彼が憂鬱に思うのは、そもそもそんな事ではなかった。
「なんだいなんだい、しけた顔してよ」
「うるさいな、しょうがないだろ」
ふいにかかる、足元からの声。
トールはぞんざいに言葉を返すと、足元にいる言葉を発した小さき白い猫……『月(アーヴァイン)』の魔精霊である、従弟のヨース・オカリーを拾い上げる。
それは、冬の寒風には少し物足りなくも、ほどよいぬくもりがあって。
ほとんど無意識の行動に近かったが。
「あー、今度の転入生も女の子なんだって? またビビってんのかよ」
「ビビってなんかない。苦手なだけだ」
「理解できないんだよなぁ、この世で一番素敵で可愛い女の子たちの一体何が怖いってんだよ」
「……」
トールが恐れていると断定した上で不思議がる、そんな言葉。
一体何を恐れているのか。
それが分かれば、こんな沈んだ気持ちにはならないだろうと内心思うトール。
そう、それこそがトールの気勢の上がらない一番大きな理由であった。
いつからだったかも分からない。
もしかしたら生まれつきのものなのかもしれないし、一番身近なはずの母親という存在がいなかったせいもあるかもしれない。
とにかくトールは、気付けば『女』という存在そのものが怖かった。
分からないなりにその理由をひり出すとすると、ガイゼル家のものとして常人より遥かに体格がよく力が強いことがあげられるだろう。
その力を何とか抑えられるようになったのもごく最近のことで。
心のどこかで脆く簡単に壊れてしまうものだという認識もあったのかもしれない。
だが、それだけならヨースだって同じだ。
むしろ彼は、力余るトールに力の使い方を覚えさせるための存在といっていいのだから。
「ああ、あれか? やっぱり前回の転入生で『トラウマ』ってやつになっちまったか? ……まぁそれまで男だった奴がいきなり女の子になればねぇ」
「それは関係ない、って言えないのは確かか……」
トールが女性恐怖症となった元々の理由ではないだろうが。
それは一層拍車をかけた確かな理由でもあった。
トールには腐れ縁のヨースも含めて何人かの親しい友人がいる。
そのうちの一人、マーサー・ヴァーレスト。
力持て余し尖っていたトールを、他の友人たちと結びつけるきっかけを作ってくれた親友。
同じ四王家の子息である彼は、しかし人間族でも魔精霊でもない特別な存在だった。
―――レスト族。魂の入れ替わりし種族。
一つの身体に複数の人格を持つというだけでなく、人格が入れ替わることでその肉体すら変化してしまうと言う種族で。
ある時ふいにマーサーからマニィと呼ばれる少女に代わってしまって。
こちらは初対面なのに長年の友人であるかのように距離が近かったから。
どうしたらいいのか分からなくておおいに焦ったことをトールは記憶している。
「まぁ、お前の周りにいるのは癖のある子ばっかりだし、恥ずかしがりやのお前にゃあしんどいのは分かるけどな」
「……違う、俺の周りにいるわけじゃない」
たまたま友人の友人であるというだけで。
むしろ最近は怖いからその友人にすら近づかないのだ……なんてそれこそ恥ずかしくて口にはできなかったが。
確かに言われてみれば癖があるからしんどい、なんて事口にしたらどんな目に遭わされるかも分からないくらい、個性的な子が多いのは確かだった。
誰が見ても儚い美少女なのに、男だと言い張る子とか。
マニィとは別の意味でその時によって性格の変わる子とか。
こちらからは口も手も出せないのに、相手は全く容赦しない。
そんな子ばかりなのは確かで。
「ううむ。背に腹は変えられない、か。タカなら何とかしてくれるかもしれん」「……そうかぁ? あいつも女の子の扱いうまそうには到底見えないけどなぁ。おれっちに任せとけばいいのに」
女の子ともふもふすることが何よりの生きがいだという腹黒小動物の言葉を流し、トールからしてみればいつも女の子に囲まれている気がしなくもないもう一人の親友の名をあげる。
タカ・セザール。
ユーライジアスクールの姉妹校、『ラルシータ・スクール』の長、ルレイン・セザールの一人息子にして、何故かユーライジアの方に通っている、天才少年。
短い銀髪にきりりとした太い眉、青い月の光をその瞳に秘めた彼は、トールと結構似たもの同士なところがあって。
それこそ視線合えば喧嘩の絶えないような相手だったが、今ではその存在を認め、騎士として王族の彼に仕えてやってもいいか、なんて思い始めた存在でもある。
ただ、モテる彼の周りには常にトールの苦手な女の子たちがいる。
その事もあって、最近は避けがちな部分もあったのだが、言葉通り背に腹は変えられない状況であるので。
相談くらいはしてみようかな、なんて思ったトールであったのだが……。
(第5話につづく)
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