第3話、お節介でクソ真面目な勇者はきっと一番の悪友


SIDE:『スノークリスタル』



タカは走っていた。

まだまだスクールに向かうには早すぎるその時間に。

それに気づいたのはラルシータの居住区を抜け出してすぐのことだ。



(ルコナさんにひどいことしちゃったよな……)


掃いても掃いてもなくならない落ち葉のおかげでけがなどはしていないだろうが、突然のことに彼女は驚いたに違いない。

ルコナにしてみれば寂しがってるタカを励ます意味でじゃれてきただけなのかもしれないのに。

それが時期悪く、タカの今の今まで忘却していた悪夢に触れてしまったのだ。


(後で謝んなきゃな……)


タカはそう思いながらも、しきりに首をひねる。

もう、治ったとばかり思っていたのだ。


小さい頃は毎日のように見ていた悪夢。

内容ははっきりしないのに。

ひどく怖くて、罪悪感と後悔がいつまでも残る夢。


その夢を見た日は、何も手がつけられなくなる。

情けないことに、涙が止まらなくなるからだ。

それが、母親がいない寂しさによるものだと親友の一人に指摘されて。

強き心の支えとなるものを見つければいいと諭されて。

それを見つけてからというものなりを潜めていたはずなのに。


何であの瞬間に悪夢がぶり返してきたのか。

タカにはその原因がよく分からなかった。



(傷つけちゃいけない人に刃を向けようと……あるいは向けられたから?)


単純に思いつく原因らしきものはその事だった。

だけど、そこに本気がないことくらいちゃんと分かっていた。

カズやセリアに似たようなことをされて実際に無抵抗のままにボコボコにされても、ぶり返す気配なんてまったくもってなかったのだ。



「まいったな……」


こんな時はいつだって相談に乗ってもらっていたのに。

止まらない涙を止める方法を教えてもらっていたのに。


今はどうしようもない。

このままでは、スクールに行けるかどうかも怪しい状況だった。

一度泣いているところをカズに見られてひどくへこんだ記憶がタカにはある。


しかも今はセリアだっているのだ。

バカにされるならまだしも本気で心配されようものなら死ねる。

故に心の自然治癒を待とうと今日は休むことにして、ユーライジアスクールへと続く『虹泉(トラベルゲート)』と呼ばれる、長距離移動用の魔法装置の目前まで来ていた自分の足を、おざなりに返そうとして。



パリッ……。


「みゃ~ん」


初めは僅かな大気のざわつき。

気の抜ける猫の鳴き声。



瞬間。それが、明確な音となってタカを襲う。

それは殺意だ。

タカが今まで二度しか感じたことのない、心臓縮みあがるほどの無遠慮で慈悲のない……だけどあからさまで正直なもの。


それは、青い稲妻を纏っている。

触れれば人体に悪影響を及ぼす……『呪雷』とも揶揄されしもの。



「はぁぁぁぁっ!」


勇ましい咆哮。

不意の一刀の意味を台無しにする威圧。


あまりにも真っ直ぐすぎて。

泣いたカラスがもう笑っている。



「ヴァルっ!」


本日二度目の呼びかけ。

今度はちゃんとそれに応えて、タカの手に収まるルナカーナスピア。

なぜならそれは、この上なく荒っぽいの挨拶だったからだ。


触れる刃と刃。

お互いに遠慮は一切なく。

故に先程までの悪夢に魘されていたタカはもうそこにはいなかった。

いや、いられなかったといった方がいいかもしれない。


何とも強引で暴虐な治療法だった。

不器用が服着て歩いている、そんな彼らしい。



「だぁっ!」


刃を押し込みながら一瞬で力抜くことによる太刀筋の切り替え。

腰を深く落とし、刀に対する投槍の長所を生かした中距離での一薙。

細かく攻撃点を幻視させる刺突の連続。

まるで全てを知っているかのように……事実把握されているわけだが、文句のつけようもないくらい完璧に防がれる。


「どっせいっ!」

「『風(ヴァーレスト)』よ、我が呼び声に応えよ! 【ロスト・ウイング】っ!」


だがそれは、タカも同じだ。

彼の得意とする上段袈裟掛けからの地の構えからの連続攻撃を。

踏み込むことで発せられる青い稲妻を逆手に生んだ不可視の刃で完全相殺する。

その場には荒れ狂う雷雲が埃持ち乱舞する始末。

それによりお互いは見えなくなったが……。



お互いはちゃんと理解していた。

挨拶はそれでおしまい。

お互いに楽しげな笑みを浮かべていることを。



「みゃふっ、みゃふっ」


そこに、挨拶の火蓋を切って落としたもののけの迷惑そうなむせびが聞こえてくる。



「そう言うなって。カズとダイスの死合いに比べたらこんなもの屁みたいなもんだって」


まるでその鳴き声を理解しているように。

意志の強い、しっかりとした低さのある少年のぼやきが聞こえてくる。


「嘘つけ。思いっきり殺す気満々だったじゃねーか」


見えない相手に、呆れた風のタカの呟き。

笑ってはいるけど、死は皮一枚ぎりぎりのところに確かにあった。

ただ、その薄皮一枚の安全なところで遊べるくらいに、お互いが刃を交えた回数が多いだけだった。


「こうまでしなきゃ治らんだろ、タカのビョーキは。……まったく、俺が珍しく気を利かせて顔出すときに限っていつもそうだよな、タカは」


毎度迷惑かけやがって。

そんな感じの優しいため息。

土埃が晴れると、そこにはタカとタメを張る長身の少年がいた。


その名はトール・ガイゼル。

剣山のようにボサボサに跳ね上がった黒髪をカラフルなバンダナでまとめ、その上に白猫に似た魔精霊を乗っけている。


その瞳は一本気な黒だ。

本当にあるように見えるカズと違って、そんなものはないはずなのに、その瞳には常に情熱の炎が揺れている。

儚げなカズのものとは、まさしく正反対のものが。


さらに彼は、黒い……ユーライジア風紀長にのみ与えられた特注の制服に身を包んでいた。

何故ならトールは、スクールができた頃から代々スクール専用の風紀を守ることを使命の一つとした一族だからだ。



「迷惑って思うならほっといてくれていいんだぜ?」

「冗談。俺はおまえを主君と決めたんだ。刀に生きるものはとにかく主を守るものなんだぜ」

「だから、それが余計なお世話だってのに……」


事実助かっている部分もなくはないのだが。

その男同士で歯の浮くような台詞を平気で口にするトールにうんざりと眉を下げるタカ。


だいたいよくやるよとタカは思わずにはいられない。

なんていうか、うっとおしい部分は確かにあった。

そのせいで、会ったばかりの頃のカズなんかにおかしな勘違いをされたこともある。



『命懸けて守るって、トールはタカの事好きなの?』

『おう、もちろんよ! 主のことを嫌うもののふがどこにいる!』


それはタカのもう一つの、はっきりしている心的外傷だ。

何よりそれに感心しているような安心しているようなカズがタカの心に焼き付いていて……。


SIDEOUT



              (第4話につづく)






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