おたすけ春ちゃん

んが

第1話 お助けしましょうか

 緩やかに続く細い坂道をまっすぐ進むと、お寺がありました。お寺は小高い丘の上に静かにたたずんでいます。

 下を見下ろすと、弁天池があるのが見えます。

 弁天池には小さな祠があり、祠の前にはこれまた小さくてかわいらしい五重塔が建っているのでした。

 

 

 ある晴れた日の事です。

 おかっぱ頭にスノードロップの白い花をちょんと飾った女の子が、祠から顔を出しました。

 きょろきょろきょろあたりを見回します。そっと祠の扉を開けて誰もいないことを確かめると、祠から素早く飛び出ました。

 女の子はくんくん匂いを嗅ぎました。耳を澄ませます。

 桜のつぼみが膨らむふくふくというかすかな音やメジロのささやき、春風のため息などが聞こえてきました。

「すっかり春ね。鳥さんがこないから、大丈夫かな……」

 女の子はつぶやくと、桜色のスカートを風になびかせながら弁天池の橋を渡りました。


 細い道の先には手押しの横断歩道があります。女の子はボタンを押さずにさっと道路を駆け抜けます。


 とことこと川に沿って歩いていくと、つくしが欄干の隙間から顔を出します。

「こんにちは。つくしさん。高倉公園にカタクリの花が咲くころだと思うのだけど、咲いているか知っている?」

 女の子は、風に身をゆだねてゆらゆら揺れているつくしに聞きました。

「桜の噂はセキレイから聞いたけれど、カタクリの噂は聞かないねえ」

 つくしは頭を揺らしながら、答えます。

「君は誰だっけ」

 まだ若いつくしが聞きました」

「おかっぱ頭にスノードロップの花をつけたお嬢ちゃん。セキレイさんから聞いたことがあるわ。ちょっと厳しいけど、頼まれたら断れないという確か弁天池に住んでいる春ちゃんよね」

「そうよ」

 春ちゃんは、ふわふわの髪の毛をさわりながらウフフと笑いました。

「カタクリの事を聞くということは、今年もカタクリの手伝いに行くのかい」

 つくしはかわっぷちにつんと立ちながら、頭を少しかしげました。

 春ちゃんは、困ったようなそれでいて誇らしそうな微笑みを浮かべながら答えます。

「もし自分の力で咲けるのならよいけれど、お手伝いが必要なら鳥さんにでもことづけてねって言ったんだけど……」

 春ちゃんは、腕を軽く組んで答えました。

「鳥さんは来たの?」

 つくしが言うと春ちゃんはくふふと笑いながら、「ううん。来てないから多分今年は平気だったのかもしれない。自然に咲けるように花というのは出てくるものだから、本当は私の助けなんかいらないんだけど……一応去年また来てねって言われたから、行ってくるね」と高倉公園に向かって歩き出しました。


 二羽の鴨がのんびりとエサを探しながら泳いでいます。

 春ちゃんは、鴨にも声をかけました。

「鴨さん、鴨さん。高倉公園のカタクリが咲いている頃だと思うのだけど、知っている?」

 春ちゃんが聞きますが、鴨さんたちは春ちゃんをちらりと横眼で見るとこそこそ話しながら遠くへ行ってしまいました。


 川ではシラサギがじっと流れを見つめていました。

「こんにちは。シラサギさん」

 欄干に足をかけて、春ちゃんがシラサギに声をかけます。

「しっ。静かにして」

 シラサギはじっと川面を見つめたまま春ちゃんに鋭く注意しました。

 春ちゃんはあわてて口を押えました。

「何をしているんですか?」小さな小さな声でもう一度問いかけます。

「今、魚がいたんだよ」

 シラサギは、顔をゆっくりと春ちゃんの方へ向けました。

「逃げちゃったじゃないか。で、なに?」

 シラサギは怒っているのか笑っているのかわかりません。

 春ちゃんは戸惑いました。とりあえず聞いてみます。

「すみません。高倉公園にカタクリの花が咲くころだと思うのだけど、咲いているか知っていますか?」

 シラサギは川面に視線を戻しました。

「カタクリの噂は聞かないねえ。桜のつぼみが膨らみ始めたそうだよ」

 ぶっきらぼうですが、思ったよりやさしい声です。

「さっき、桜のつぼみが膨らむ音は聞こえました」

 春ちゃんは、にっこり微笑みました。

 ぽちゃん、川から鯉が顔を出します。

「あんた。なにものだい。時々かわっぷちを歩いている姿を見かけるけど……」

 シラサギは胡散臭そうに春ちゃんの顔を見上げます。

「私はただの小さな女の子、弁天池のおたすけ春ちゃん」

 春ちゃんは、ぺろりと舌を出しました。

「弁天池? あのお寺の下にある池の?」

 シラサギがきくと春ちゃんは、こくりとうなずきます。

「弁天池の祠が私のおうちなの」

 シラサギは不思議そうに春ちゃんを頭からつま先までじろじろと眺めます。

 もう一度今度は足元から顔までじろりと見ます。

「人間にしか見えないが…… カタクリの花が見たいのかい?」

 シラサギは川をのぞき込んでいたかと思うと、素早くくちばしを動かせて小魚をくちばしに挟み込みました。

 んっと飲み込みます。

「今日は桜のつぼみが膨らむ音がしたから、そろそろカタクリも咲いているんじゃないかと思って……」

 シラサギは静かに羽を広げて飛び立つと、春ちゃんの前に降り立ちます。

「今日は大物が逃げてしまったから、公園にでも行ってみようかね」

 シラサギは、春ちゃんに背中に乗るように言いました。

「うれしいです」

 春ちゃんは、よっとシラサギの背中によじ登りました。


「あんた何者だい。私と話せるし、怖がりもしない」

 シラサギは飛びながら春ちゃんに尋ねます。

「私は弁天様と一緒に暮らしている春ちゃんです。時々みんなのお手伝いをしているの。去年はカタクリの花が花びらを持ち上げるのに苦労していたから、ちょっとお手伝いをしたの」

 春ちゃんは、シラサギの首が美しいな、と思ってきゅっと首につかまりました。

「ふうん。ちょっとこそばゆいよ。こんなに高く飛んで怖くないかい?」

「私は時々フクロウさんにも乗せてもらうので怖くないです」

 シラサギは地面近くまで降りました。

「フクロウとも友達なんだね」

 シラサギが感心して言うと、「なんて言うか弁天池の守り神友達でも言いますかねー」

 春ちゃんは、「わっわっわ」と小さく叫びます。

 道行く人たちは、どこから声が聞こえてきたのかときょろきょろ見渡しています。

「フクロウさんはこんなに急降下はしないから、おもしろいです」

 春ちゃんはくふふふっと小さく肩を揺らして笑いました。

 春ちゃんはシラサギの首元に隠れました。

「着いたよ。高倉城址公園だ。カタクリが咲いているとしたら、山の中腹だね」

 シラサギは、池のふちに降り立つとそっと羽を収めました。

 春ちゃんがお礼を言って山の方へ歩き出します。

「気を付けて。あんたみたいな不思議な小さな女の子は、ねらわれやすいからね」

 シラサギはそういうと、池の中をのぞき込みました。

 公園を散策していた人たちは、シラサギがいるよ、と池に向かって小走りで近寄るのでした。

「ありがとう、シラサギさん。またね」

 春ちゃんはうなずいて大きく手を振りました。


「さ、カタクリは咲いているかな」

 すみれやにりんそうたちに挨拶しながら、カタクリを探しに行きます。

「あ、春ちゃんだ。今年もカタクリを助けに来たんだね!」

 すみれたちは、小さな花を精いっぱい咲かせていました。まるで紫色の薄い布が敷きつめられているようです。

「カタクリたちはどんな感じ?」

 春ちゃんは小さくかがむと、すみれにそっとさわりました。

「がんばって咲いていたよ」

「でも、力が足りなくて苦しんでいるカタクリもいるようだよ」

 すみれたちが花びらをふるわせながら答えました。

 途中飼い犬に目をつけられそうになりましたが、大人の後ろにピッタリついて歩いたので平気でした。

 山道の両脇には、薄紫のカタクリが花びらを持ち上げようと一生懸命頑張っていました。

 自力で花びらを立ち上げているもの。持ち上げようとしたものの、中途半端に終わっているもの。そもそも重力に逆らえず、下向きにだらんと花びらを垂れたままのものなど、さまざまに咲いています。

 春ちゃんは、小走りでカタクリたちのもとへ駆けつけます。

「あ、春ちゃん。来てくれた!」

「遅かったね」

 カタクリたちは、様々な角度から春ちゃんに声をかけました。

「がんばっているね」

 春ちゃんは、みんなに声をかけました。

「みんな心配していたのよ。セキレイに伝言を頼んだけど、春ちゃんがなかなか来てくれないから……今年は来てくれないのかと心配していたのよ」

 カタクリたちは次々と春ちゃんに語りかけます。

「セキレイさんは、見かけなかったなあ。それともお昼寝中に来たのかもしれない。ごめんね、気づかなくて」

 春ちゃんはみんなに謝ります。

「でも、今日は桜のつぼみが膨らむ音がしたから、もしかしてと思ってきてみたの」

 山道を行く人々は、小さな女の子にはあまり気を留めませんでした。時折、やさしそうなおじさんが、お嬢ちゃん一緒に写真に撮ってあげようか、などと声をかけてくれる程度でした。

「そうしたら、みんな頑張って自分で咲こうとしていたから、感動したよ」

「だけど、やっぱり春ちゃんの力が必要よ。頑張っているうちに春が終わってしまうわ」

 カタクリたちは、お互いに顔を見合わせてうなずきます。

「仕方ないなあ。じゃあ、みんないくよ」

 そういうと、春ちゃんは頭につけたスノードロップの花を抜くと、さっとカタクリの上にかざしました。スノードロップの花びらは、ぱっとひらくと花だけすぽんと茎から抜けました。花がくるくるとカタクリが咲く山肌をなめるように回っていきます。

 カタクリの花たちはそれに合わせて花びらを上に持ち上げ、山肌を薄紫のシートで覆います。

「今年も春ちゃんのおかげで花をきれいに咲かせることができたよ。ありがとう」

 一輪のカタクリが首を垂れてお礼を言うと、春ちゃんは「どういたしまして。来年は自分たちの力で咲けるようになるといいねー」

 と山を下りていきました。

「えー。頑張るけど、春ちゃんまた来てよ」

 最後まで花を持ち上げることができなかったカタクリが心細げに言いました。

「どうしてもできなかったら、今度はシラサギさんにことづけるといいよー。シラサギさんはきっと来てくれるよ」

 春ちゃんは、池にまだシラサギさんがいないかと山を下りていきました。

「シラサギさーん。まだいるかな」

 ホ、ホ、ホーホケキョ

 鶯が上手に鳴きました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おたすけ春ちゃん んが @konnga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ