第11章 後編

 富樫が容器から取り出した粘土を、壁の穴にるように埋めていく。ただ、その粘土は可塑性かそせい炸薬さくやくというプラスチック爆弾だ。プラスチック爆弾は信管を差し込むことで、初めて爆発する仕掛けになっている。


「点火するぞ」


 富樫が信管に火を点ける。導火線が燃え上がる。


 富樫が急いで廊下を走り抜ける。


「もっと離れろ!」


 富樫と共に、廊下を走る。どれぐらいの衝撃か、私には予測できない。

光を感じた瞬間、耳が張り裂けるほどの衝撃音が回廊にとどろく。閃光せんこうに吹き飛ばされたように、私は倒れこむ。


 瓦礫がれきがスコールのように降ってくる。まぶたをゆっくりと開けてみる。だが、砂塵さじんが舞っていて辺りの様子が、全く分からない。


 富樫の小さな呻き声が聞こえる。私は、足に力を入れて無理やり立ち上がり、爆発した場所にふらつきながら近づく。


 砂塵が徐々に収まり、視界が晴れていく。富樫が後ろから同じような足取りでやってくるのが分かる。どうやら、耳をやられて、平衡感覚が狂ったらしい。


 壁に大きく穴が開いている。壁の材質は、表面が鋼鉄製だったが、内部はコンクリートだった。


 二人して、壁に空いた穴から見下ろす。空洞だと思われていた場所には、幾百もの白い巨大コンピュータで敷き詰められていた。それは、今まで見てきた中で、最大規模のコンピュータ群だった。


「言葉が思い浮かばん」


 富樫が唖然としている。


「ああ」


 私はただ相槌を打つ。


 これは地下施設の中でも、一番大きい空間ではないだろうか。もし、向こう側の壁面が見えなかったら、巨大コンピュータが永延に並び続けているように錯覚しただろう。


「このまま、立ち尽くしてもいけない。降りて調べよう」


 富樫に促されて、私たちは白いコンピュータ群の中に降りていった。



 巨大コンピュータが並べられた内部は、異常な熱気が立ち込めていた。富樫はディスプレイの前で作業を進めている。


「このコンピュータの処理能力は凄まじいな」


 富樫はスーツを抜いて汗をかきながら、キーボードを打ち続けている。私はスーツの袖で汗をぬぐいながら、銃を握りしめて辺りを警戒している。


 きっと、この熱気はコンピュータから発せられているのだろう。外は冬の冷気に侵されているのに、この内部は夏のように暑い。


「ははは、やったぞ」


 何の前触れもなく、富樫が笑い始める。


「被検体のデータベースがあった」


 彼はサイドバックから、外付けSSD機器を取り出し、巨大コンピュータの端末に差し込む。


「何をする気だ」


「麗奈のデータをこのSSDに転送して、このコンピュータから消去する。データの転送や消去は反乱の首謀者から禁止された行為だが、別にばれたりしないさ」


 彼は無言で操作を続ける。暑さのせいだろうか、二人とも呼吸が荒くなる。ワイシャツが汗でじっとりとにじみ始める。


「終わったよ。これで一つの目的は達成した。後はイデア計画の首謀者を見つけるだけだ」


「じゃあ、先を急ごう」


「すまんが、5分だけ待ってくれ」


「分かった」


 目をつむり、白い墓標のようなコンピュータに、富樫はもたれかかる。


「少し疲れたよ」


 それだけつぶやいて、彼は短い休息に入った。



「よし、行こう」


 決心したかのように、富樫が目を開き、進攻を告げる。


「このまま内部を捜索するか、それとも外部を捜索するか」


 富樫が私に尋ねてくる。私はどちらを選べばいいのだろうか。


「せっかく爆弾まで使って入れたんだし、このまま内部を捜索しよう。だけど、もしこの場所に階段やエレベーターが無かったら、外部に引き返して捜索を続ける」


「了解、異論無しだ。その作戦でいこう」


 私たちは侵入した場所から反対方向に進む。しばらく歩くと、洞穴のように暗い階段があった。私たちは階段を降りて、地下14階と思われる階層に辿り着く。


 巨大コンピュータがあった明るい広間とは対照的に、この階層はすべてが闇に包まれていた。


「真っ暗闇で何も見えん。おまけに空間モニターの地図が機能しないから、かなり動きづらいな」


 富樫が言うように、地図上の空洞部分に、緑のマーカーが迷子のように表示されていた。外周には、様々な色のマーカーが配置されており、外部での戦闘状況が窺える。


「ライトを点けたいところだが、これだけ暗いと敵に自分の居場所を報せるだけだな。あまりモニターも使わない方がいい」


「大まかな位置を示すだけだから、あまり意味がないしね」


 声を潜めながら、壁に手をついて進んでいく。目がなかなか暗順応しない。


「どうして内部施設の地図はないのかな」


 あまりにも暗くて、私は何かを喋らずにはいられなかった。


「俺たちに内部施設を知られたくなかったか、反乱者も内部組織を知らなかったか」


「反乱の主導者はどんなやつなんだ?」


「フェルナ=ミラという女性だ。重要なポストに就いているようで、俺は数回会ったぐらいだ。感情に起伏がなくてよく分からない女性だった」


「反乱の目的は何だろうか。富樫から聞いて曖昧には理解してるんだけど、ここまで大掛かりなものとなると、強い目的意識がなければ、これだけの人数を統率して実行できないと思う」


「チェス=カレス。こいつが第七世界から派遣されて、この地下施設を統括する者だ。ミラはチェスの侵略体制が気に喰わないらしい。チェスはかなりの独裁者らしく、他の意見を聞き入れない。ミラは第六世界と協調関係をとって、物事を進めたいと言っていた。第七世界にも、急進派や漸進派、反対派がいるんだろうな」


 暗闇が二人を饒舌にさせる。


「ミラから聞いた名前では、重要人物は四人いる。チェス=カレス、サイト=クロム、クリス=ノアイ、フェルナ=ミラの四人だ。ミラが殺害を求めているのはチェス=カレスただ一人だ。他の二人は保護対象としている」


「チェス=カレスがどんな姿なのか知っているのか」


「大体の容貌はミラから聞いている。俺は許されない行為をした奴は、しっかりと覚えている性質たちでね」


「富樫」


「何だ?」


「お前のもう一つの目的って……」


「何度も言ったつもりなんだがな。それに、部隊長も出発前に部隊の目的を言っていただろう。もう一つの目的はチェスの殺害だ」


 首謀者であるチェスの殺害。漠然とは分かっていたが、これではっきりと富樫の目的が分かった。


「言っただろう、俺は麗奈と俺の人生を狂わせたやつに銃口を向けるって」


「ああ」


「だが、一番の目的である麗奈のデータを奪い返すことはできた。チェスの殺害は別にこの手で行わなくてもいい。現在の戦闘状況だと、反乱軍がチェスの首を取ってくれるだろう。だけど……」


 富樫の言葉が少し途切れる。


「もしも反乱軍が敗れた場合は、たとえ一人になっても、俺はチェスを殺す」


 目がようやく暗闇に慣れてくる。私たちはどうやら、大きな回廊を歩いているようだ。回廊は緩やかにカーブしている。もしかすると、この回廊は円形状にループしているのかもしれない。


「扉や階段が無いな」


「ひょっとしたら、見落としているのかもしれない」


 このまま進むか、それとも戻るか。話し合って、私たちは前進することに決める。私たちは壁に手を付けて注意深く進む。


「……?」


 私の指に、突起のようなものが当たる。


「富樫、何かある」


 静かな声で、富樫に告げる。暗くてよく見えない中、手で突起を再確認する。どうやら、突起はドアノブらしい。


「開けてみよう」


 富樫は私の後ろに立ち、サブマシンガンを構える。私も手に銃を持ち、思い切ってドアを開く。


 部屋の中は外の暗闇と違い、煌々とした光に照らされた広間だった。壁も病的な白さだ。そして、この場所に、人間を冒涜ぼうとくした光景が広がる。


 病院のような白さの中、大きな水槽が幾つも並べられ、その中に人間の体の一部が浮漂ふひょうしていた。

 思わず、呻き声が漏れる。以前、侵入したときに見た人体実験を、頭が思い出す。

富樫が顔を歪ませて、絶句する。


 広間の大きさは、学校にある体育館ほどだろうか。水槽には様々な人間の欠片かけらが浮かぶ。血の通っていないピンク色の心臓や肝臓、肺などの内部器官、黄色味のある背骨や肋骨などが見える。


「何てことをするんだ。人人を殺しておいて、こんなことするなんて。こんなのむごすぎる」


 富樫は黙ったままだ。


「こんなのあんまりだ。第七世界の奴らは、人間を何だと思っているんだ!」

 吐き気と嫌悪感を、言葉に換える。そうでもしないと、自分を保っていられなかった。


「……これは死体の一部じゃないかもしれない」


「えっ」


 富樫が水槽に近づく。


「よく見ると、アポトーシスが完全に終わってないものや、発育段階の臓器がたくさんある」


「アポトーシス?」


「アポトーシスは細胞の自殺のことをいう。例えば、この水槽に入っている手を見ろ」


 富樫は水槽の中で、不気味に水中停止サスペンドしている手を指した。


「この手をよく見ると、おかしくないか」


「……水かきが指の間にある」


 指と指の間に薄い膜が張ってあり、まるで大きな両生類の手を見ているように感じる。


「人間の手も、胎児の発育段階では水かきが指の間にあるんだ。だが、次第に成長するにつれて、この水かきが段々と消失していく。これは水かきを形成している細胞が人間には不必要な部分として、遺伝子などのプログラムから命令を受け、自然に消滅していくためなんだ。この作用がアポトーシスと呼ばれるものだ」


 富樫の話を、何とか理解する。


「ということは、この手は成長している途中ということになるのか」


「そうだ。だが、すべての人体組織を形成できると言われている胚性はいせいかん細胞、通称ES細胞から作られたのか、それとも人体の一部を使用して再生を行っているものなのかは、これだけでは判別が付かない」


 水槽をよく見てみると、隅にFOR TRANSPLANTとラベルが貼ってあるのに気付く。


「移植用」


 昔に覚えた英単語を思い出し、私は呟く。


「向こうの世界の怪我や病気になった人間に対して、この人体組織を移植するのかもしれないな。とにかくES細胞を使っていようが再生技術を使っていようが、ここにあるものは、こちらの科学力を遥かに凌駕りょうがしている」


 水槽の合間をり抜けて、部屋の奥に向かうと、大きな扉が二つあった。


「扉を開けずに、少し中の様子を探ろう」


 富樫が小声で提案し、私は頷く。私たちは扉に近づき、聞き耳を立てる。

 人の話し声がする。よく聞いてみると、複数の人々が何か言い合っていようだ。


「どうする?」


 富樫が私に尋ねる。私はどうすればいいのだろうか。


 首を横に振り、扉を開けないよう伝える。言い争う声に、嫌な予感がした。


 富樫がゆっくり頷く。足音を消して、隣の扉に移動する。先程と同じように、扉に近づき、耳をそばだてる。

 断続的な、電気信号が聞こえる。心音に合わせたような、規則正しい信号音だ。


「こっちはどうする?」


 富樫が再び尋ねてくる。


「扉を少しだけ開けて、覗いてみよう」


「お前が開けろ。俺は何かあったとき、後ろから援護する」


 心臓が高鳴る。指先に力が入る。富樫は銃を構え、私の挙動を見守っている。もし異常があれば、すぐに富樫と迎撃できると、自分に言い聞かせる。扉のノブに左手をかける。冷たい感触が指先から伝わってくる。私は扉を少しずつ開いていく。


 隙間から、数台のベッドが見える。その上には、緑色の服を着た人たちが横たわっていた。また、頭には金属製の帽子状の機器が被されており、その機器と体から様々な色のコードが伸びている。伸びたコードはベッドの下で束ねられており、その様は極彩色の蛇がいるようだった。


 束ねられたコードは大きな計器に繋がっていた。聞こえてた信号音は、この計器から発生しているようだ。


 扉を静かに開けていき、詳しく中の様子を覗く。しかし、扉を開く途中で何も考えられなくなる。


 今の今まで、捜し求めていた女性がいる。思わず、私は駆け寄る。


「千里さん!」


 彼女の手を取り、体温を確かめる。彼女の顔に近づき、呼吸を確かめる。


「よかった、生きてる」


 手を強く握る。確かな温もりが、私の手に伝わってくる。霞む目で彼女を見つめる。彼女の胸が、呼吸のたびに上下する。安堵のため息が漏れる。彼女が生きているという事実、それだけで何もかもが救われた気がした。体の力がすべて抜けたような感覚になる。


「本当によかったな」


 後ろから、富樫の優しい声が聞こえる。きっと、表情も緩んでいるに違いない。


「千里さん、千里さん」


 少し大きな声で、千里さんの体を揺する。彼女が少し反応を見せる。私は彼女の名前を呼び続ける。ゆっくりと瞼を開けて、目覚める彼女。


「千里さん、僕だ。分かりますか」


 ぼんやりした目を向けて、頷く彼女。ただ、視線は天井に向いたままで、意識がしっかりしていない様子だった。


「すぐに頭の機械を外します。そのまま待ってて」


 体に張り巡らされたコードを、私は慎重に外していく。コードの端末を引き剥がすたびに、計器は非難をするように大きな警告音を上げる。ビープ音に耐えながらすべてのコードを剥がし終えて、最後に頭に被せられた機器を取り外す。彼女の綺麗な髪が、白いシーツの上に広がる。


 千里さんの腕に刺さっている点滴の針を外す。血液が腕を伝って床に流れ落ちる。


「少し様子がおかしいな」


 富樫が千里さんに近づく。


「おい、千里。話せるか?」


 無言のまま、天井を見つめ続ける彼女。


「体を起こしてみてくれ」


「ああ」


 私は千里さんの上半身を持ち上げる。


「そのまま手を離してみてくれ」


 富樫の言うとおり、ゆっくりと手を離していく。千里さんは上半身を起こしたまま、座った姿勢になる。


「座ることはできるようだな。薬の副作用で意識が混濁しているだけかもしれない」


「これからどうしよう。このまま千里さんの意識が回復するのを待つか」


「いや、それは危険だろう。早くこの場から脱出した方がいい」


「なら、僕が抱いて運ぶ」


「抱いて? 本気か?」


 富樫が目を丸めて問いかけてくる。


「ああ、本気だ」


 私の返事を聞いて、富樫がにやけた笑い顔をこちらに近づけてくる。


「女の体は意外に重たいぞ」


「でも、それしかないじゃないか」


 私が文句を言い終わる前に、富樫は千里さんの足を床に下ろして、手を引いて彼女を立たせる。


「ほれ」


 富樫は千里さんの手を、私に渡す。


「エスコートしてやれ。たぶん、歩けるはずだ」


 彼女の手を取り、ゆっくりと歩く。彼女は私の歩調に合わせて、ゆっくりと付いてくる。


「どういう処置をされているか知らんが、運動機能は大丈夫だと思う。一応は歩けるようだから、歩いてもらった方が俺たちの体力面で助かる」


「でも……」


「手をしっかりと握っていれば大丈夫だ。ただし、緊急時だけ、千里を抱くのではなく背負って走れ。抱いた状態だと銃が持てないだろ。それに抱いた状態だと、千里が銃弾を浴びる危険性が非常に高くなる。逆に、背負った状態なら、千里の位置が背後になるため銃弾から守りやすい」


 富樫の冷静な意見。この場においても、頭が働くのはありがたい。


「分かった。お前の言葉に従うよ」


「納得してくれてありがとうよ」


 私は千里さんの手を取り、この部屋から急いで出ようとする。


「待て、木原」


 富樫に呼び止められる。


「何だ?」


「お前はこれからどうするつもりだ」


「これから……」


 私は千里さんを助け出す目的を達成できた。あとはこの地下から脱出するだけだ。しかし、富樫はもう一つの目的である計画の首謀者チェス=カレスの殺害を成しえていない。


「お前は、これから……」


 富樫が何か話そうとしたときだった。


 突然、扉が開かれる。数人の黒衣を着た者たちが視界に入る。その直後、銃弾が乱れ飛ぶ。


 反射的に、私は千里さんを押し倒してベッドの下に隠れる。ベッドで寝ている人たちが銃弾を受けて、体から血飛沫が上がる。計器が異常な警告音を鳴り響かせ、狂気を撒き散らす。


 ベッドの下に隠れたまま、私は入り口に向けてサブマシンガンで反撃する。ピストルとは比べ物にならない連射性能だ。弾幕が散布し、黒衣の者たちを穿ち貫いていく。硝煙しょうえんの臭いが辺りに立ち込める。


 数人が倒れ伏すが、何人かは入り口に隠れて、こちらに応戦する。富樫の位置を確認する。富樫はしゃがみ込み、隣のベッドからサブマシンガンで銃撃している。

富樫の攻撃が止まる。マガジンの交換を行うと推測する。私もサブマシンガンを撃つのを止めて、ピストルを用意する。


 こちらの隙をつくように、黒衣の者たちが扉から身を仰け反り、銃撃してくる。私はその油断した瞬間を狙う。ピストルで数発、素早く相手を撃ち抜く。


 崩れ落ちる黒い布。銃声が止む。


「巧いな。どこでそんな技術を習ったんだ」


 富樫が呟きながら立ち上がる。私は千里さんの体を確認するが、どこにも怪我はなかった。


「ここは危ない。すぐに逃げるぞ」


 富樫が急いで部屋の入口に向かう。私も千里さんの手を取り、富樫の後を追う。私たちは白い広間に戻ってくる。広間には相変わらず、体の一部が浮遊する水槽が立ち並ぶ。


 突然、遠くから騒がしい足音が聞こえる。私たちは水槽の下に身を伏せる。


「ここか、侵入者がいると連絡を受けた場所は」


 5人ほど、黒い甲冑を装備した者たちが、入り口から慎重に広間を覗いている。


内宮殿インサイドパレスまで侵入しているとは。いつ防衛網を突破されたのだろうか」


外殻シェルの17層まで、反乱者は確認されてない。もしかすると、内壁の最も薄い場所から侵入したのかもしれない」


 黒い甲冑の者たちが、警戒しながら広間に入ってくる。


「俺がおとりになる。その間に入り口に急げ」


 危険だと富樫に反論しようとしたが、討論する暇は無い。私は頷き、彼から遠ざかる。しゃがみ込んだまま、千里さんの手を引く。


 私と千里さんは水槽の下を這うように移動する。しかし、千里さんがいきなり立ち上がる。隠れていた水槽から、上半身が見えてしまっている。


「おい、被検体がいるぞ……」


 相手が言い終える前に、富樫が立ち上がりサブマシンガンを乱射する。

 不意の銃撃に、相手は反撃できない。富樫の放つ銃声が部屋に広がり、敵襲が次々と崩れ落ちていく。


 富樫が大声で叫ぶ。私は千里さんの腕をつかみ、入り口に急ぐ。


 しかし、再び敵襲が入り口から現れる。千里さんを水槽の下に隠して、屈んだままサブマシンガンのトリガーに指をかける。水槽下の台座を障壁にして、私は黒い集団に向けて銃撃を開始する。


 銃弾に倒れる黒い集団。幾人かが水槽の台座に隠れて、マシンガンでこちらに反撃してくる。


 水槽が銃弾で破壊されていく。ガラスが割れる音と共に、溶液と臓器が流れ落ち、私と千里さんに降りかかる。溶液が床を濡らし、臓器たちが散乱する。


 富樫が第一陣を制圧して、私たちを狙う集団に弾丸を乱射する。

 富樫の撃ち方は、極端に動作が少ない。腰を据えて仁王立ちし、ひたすら銃を撃ち続ける。身を潜ませるのは、マガジンを換える瞬間だけだ。あとは不落の砲台と化したかのように、途切れることなく放弾する。銃撃するその姿は、死を恐れていなかった。


 私はサブマシンガンを背中に回し、ピストルに切り替える。千里さんの手を握っているため、片手でピストルを操りながら、相手を銃撃する。


 敵襲の気配が消える。私は水槽の合間を縫うように移動する。富樫も入り口に移動しているようだ。


「よし、行くぞ」


 入り口の安全を確認して、私たちは闇の回廊に再び脚を踏み入れる。途端、今まで目がくらむような明るさの中に居たため、視界が黒く染まる。富樫が外周側、私が内周側の壁に手を当てて注意深く進む。


 富樫が突然、場違いな大声を上げて、何かにつまづいたように倒れこむ。私は千里さんを背後に隠して、銃を用意する。


「す、すまん」


 床から、富樫の謝る声がする。


「どうしたんだ」


「いきなり壁が無くなったんだ。それでけちまった。情けない」


 富樫が転んだ場所を見ると、壁に空洞があり深い闇が充満している。なかなか暗順応しないことに苛立ちながら、目を凝らして闇の奥底を見つめる。


 少しずつだが、空洞の中が見えてくる。そこには、奈落に向かう果ない道のりが続いていた。


「階段だ……」


 遠く、足音がする。敵の援軍が先ほどの広間に到着したようだ。


「仕方ない、降りるか」


「ああ」


 私たちは奈落に跪くように、階段を這うようにして降りていった。

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