第11章 前編

 冬の斜陽が部屋を赤橙に染める。夕方という遅い目覚めと、背筋をうような緊張感に体内時計が狂ったようだ。私はいつもの会社に向かうために、身支度を整える。ただし、場所は富樫の部屋で、ビジネススーツの下には特殊なスリットが刻まれた耐性スーツを着込んでいる。


 富樫は無言で、押入れの中にある銃器を手に取り品定めしている。私は今までの状況に至るまでの経緯を富樫に話していた。その話も終わり、二人で黙々と出発の準備に取り掛かっている。


「しかし、木原。お前がここにいるのが、少し不思議に思うよ」


 突然、富樫が話しかけてくる。


「お前は薬を飲まされて、記憶を消されていたらしいじゃないか」


 千里さんが失踪したときを思い出す。ぼんやりと、記憶を消す薬と話していた気がする。そのことを富樫に伝えると、彼は少し考え込み、皮肉っぽく返事をした。


「やはり、ワールドディアには向こうの薬は効かないのか。記憶を消す薬なんて、向こうでも精製しにくいと聞いているが、それを使用するなんて、向こうはよっぽどお前と関与したくないみたいだな」


「そんなに嫌わなくてもいいのにな」


 皮肉っぽさに、皮肉で返す。


「地下施設の内部でデータを調べていると、千里やお前の名前が被検体リストにあった。木原も同じ立場だと知ったとき、連絡を取ってこの反乱に協力してほしかったが、クーデターの首謀者がお前を反乱に加えるのを反対してね。もう記憶も消したし、彼のためにも関わらないほうがいいと言われたんだ」


「そうだったのか」


「ああ、その時は正論だと思っていた。でも、これではっきりした。ワールドディアの力は不確定要素だが、かなり世界間矛盾に強く反応して、第七世界の脅威となる。なんせ、反乱者までもがみ嫌っているような能力だからな。記憶が消えているのを確認したなんて、嘘もいいところだ」


「僕はそんなに凄くないよ。普通の一般人だ。ここまで至ったのもただの偶然で、運がよかっただけだよ。薬が効かなかったのも他に要因があるんだと思う」


「お前らしいな」


 銃器に触れながら、手短に感想を述べる富樫。襲撃前の緊張感の中で、ぼんやりとした会話を続けていく。


「昨日はすまなかったな」


「何がだ?」


「いや、麗奈の話をしてたときだ。ちょっと感情的になり過ぎていた。お前だって俺と同じ立場だっていうのに、そのことを忘れて自分のことばかり喋っちまった。今までこんなこと誰にも喋る機会がなかったから、一気に膿が噴出しちまった。お前にとってはただの迷惑なとばっちりだったな。本当に、すまない」


「気にするなよ。昨日はいろんなことがありすぎた。きっと、そのせいだよ」


「そうか……」


 富樫が少しだけ俯く。部屋の中で、断続的な金属の重なる音がする。


 弾丸をマガジンに入れ終わる。それと同時に、富樫が作業を止めて話しかけてくる。


「一応、サブマシンガンも持っていけ」


「マシンガンは扱ったことがないから、遠慮しておくよ。暴発したらこっちが怖いし」


「だが、今回は潜入が目的ではなくて戦闘が目的だぞ。その銃だけじゃ心許ない」


 そう言って、富樫は銃身が50センチほどあるサブマシンガンを、押入れから取り出してきた。一体、いくつの銃器がこの押入れに眠っているのだろうか。


「このサブマシンガンはコルト45SMGだ。お前が使用しているコルトガバメントの銃弾と互換性がある。持っていても絶対に損はしない」


「ちょっと貸してくれ」


 富樫から銃を受け取る。ピストルより武骨で長い銃身バレル。下に大きくはみ出している弾倉マガジン。手にしっかりと馴染なじむ重量。それら全てが、私を威圧してくるようだ。


 人を殺めるために、人が造り出した大型銃器。幾たびの戦いを経験して得た熾烈しれつさをよそおった冷たさは、どのようにしてこの形に行き着いたのか。その歴史に、私の両手が吸熱される。

 私は黙って銃を握り締める。その様子を見た富樫も自分の準備を再開した。



 窓から見えていた赤い太陽は、闇夜にほふられ沈んだ。天蓋てんがいがネオンの光を映し出して、くすんだ色調を展開している。


 私はピストルとサブマシンガンを持ち、弾丸や弾倉をサイドバックに入れて携帯している。富樫も私と同じくピストルとサブマシンガンで武装している。だが、彼が背負っている頑丈そうなバッグの中には、弾丸や弾倉の他に、大型ナイフ、手榴弾、爆薬などの危険物がうごめくように詰め込まれている。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 少しやつれた精悍せいかんな顔つきで、富樫が静かにときの声を告げる。


 もう既に、幾つものマガジンに弾丸はフルで装填そうてんしており、襲撃に向かう準備はできている。スーツを身に纏った私たちは、出勤するように玄関に立つ。錠を解き冷えたノブに握手をして、無言で駐車場に向かった。



 会社近くの駐車場に車を止めて、私たちは会社のビルに向かった。ここに来る途中に、警察の取調べに似せた検問があった。富樫が言葉を交わして、難なくその場をやり過ごした。どうやら、ビルの周辺は封鎖されているようで、作戦規模の大きさを物語っていた。


 ビルの玄関前に到着する。私はビルの内部が気になり、ガラス越しにロビーを覗く。そこには深夜だというのに大勢の人々が集まっていた。しかし、喧騒けんそうは無く、みんな黙々と準備を行っている。


「俺たちはこっちだ」


 富樫の指図で、ロビーに入り、右奥にできたスペースに向かう。


 その場にいる全員が、何も喋らずにたたずんでいる。彼らは私たちと同様にスーツを身にまとい大きなバックを肩に下げている。きっと、その中には銃器が入っているのだろう。


「この中には、俺たちと同じ被検体の対象者もいる」


 富樫が小声で話しかけてくる。


 きっと、それぞれの途方もない思いが、この場所にあるのだろう。その思いに自分の思いが重なり交錯される。私は居たたまれなくなり、スーツの中に入れた銃の感触を求めて、ポケットに手を突っ込む。


 突然、場違いな明るい声が響き渡る。


「第3、第4、第5部隊は突入を開始してください」


 見ると、受付スペースで女性がマイクを持ち、ロビーにいる集団に向けて指示を出していた。その指示によって、スーツや警備員の制服を着た人々がロビーの奥に消えていく。手には様々な銃器を持っており、頭にはヘルメットを被っている人もいた。


 その光景を見て、私は陳腐なパロディー映画でも見ている気分になる。だが、奇妙な現実味も帯びており、私は薄ら寒い感覚に陥る。


 思わず、自分の意識を確認する。これは映画でも夢でもない。これは私のいる現実の世界だ。


「このビルに勤務している社員の20パーセントが第七世界の人間だそうだ。きっと、その連中がここにいる奴らだろう」


 異様な光景に目を奪われていた私に、富樫が説明してくる。


「しかし、体力や知力が弱まった第七世界の人間のはずなのに、見掛けは普通の人間と変わらないな」


「そうだな、僕にも全く区別が付かない」


「第6部隊、召集」


 私たちのいる集団から、白髪を短く切りそろえた初老の人物が静かな声を上げる。


「俺たちは第6部隊だ」


 富樫が補足する。私は頷き、紺色のスーツを着た部隊長らしき年配者の声に耳を傾ける。


 初老の部隊長は、全員が集まったことを確認し、しわがれた声で話し始める。


「我々は正規の訓練を受けた部隊ではない。寄せ集めの部隊である。そのような我々が共に行動しても、互いに支障を来たすだけだろう。事前に言っておいたが、我々の部隊は個別の遊撃によるイデア計画の首謀者『チェス=カレス』の殺害及び施設破壊を目的とし、これを遂行する」


 部隊長の言葉に引っ掛かりを覚える。個別の遊撃と言えば聞こえはいいかもしれないが、これは単なる個人によるゲリラ戦法だ。部隊内での共闘や協力活動は基本的に行わず、行動は全て自分の意志で行い、自分の命は自分で守れと言っている。


「必需品を渡していく。必需品と言っても、空間モニターぐらいだが。このモニターには、自軍のデータが含まれており、味方の位置を確認することによって情勢を判断でき、また誤射を避けることができる。ただし、共闘者でもこちらを味方と認識していない場合がある。油断してはならない」


 大きい腕時計のような機器が、部隊長から配られる。その間、誰も目線を合わせず、一人も言葉を発さない。


「私からの命令は徹底的な破壊だ。以上で、第6部隊『FREESIAフリージア』を解散する」


 無言で、それぞれが散らばっていく。用意が完了して素早く立ち去る者、大型銃器を慎重に調整する者、床に座り精神を集中させる者。


「部隊長」


 富樫が部隊長に話しかける。


「予定にない人物を連れてきて、申し訳ありません。また、寛大なご対応をありがとうございます」


「今更、一人や二人増えたって構わない。それぐらいの事で頭を下げるものではないよ。それに富樫君、もう第6部隊は無くなった。私は部隊長ではない。君たちと同じ一人の報復者リベンジャーだ」


 立ち上がり、去っていく短髪の老人。瞳の奥に、得体の知れない冷淡さが重なっている。


「自由に」


 彼はそれだけ言い残し、ロビーの奥に進んでいった。


「彼の娘さんが被検体だったそうだ」


 富樫が短く事実を告げる。その言葉が聞いた直後に、私は走り出し、部隊長に駆け寄った。追いついた私を、立ち止まって無表情で迎える短髪の初老。


「木原弘泰です。よろしくお願いします」


 部隊長は無言で、大きく一回だけ頷く。

 そうして、部隊長は再び歩き出す。決して振り返ることなく、彼はゆっくりと歩み、静かに私たちの前から消え去った。


「俺たちも、行こうか」


 いつの間にか、富樫が横に来ていた。サブマシンガンを肩に掛け、リボルバータイプの銃を手に持っている。


「ああ」


 第6部隊に出発の合図は無い。それぞれの思いが、出発のときを告げる。

私たちもロビーの奥に身をおもむかせる。それぞれの思いを、目的として成し遂げるために……。



 1階のエレベーターから、地下1階に降り立つ。そこは、青井さんと潜入して襲撃を受けた空疎な神殿を思わせる広場だった。


「取り敢えず、状況を確認しよう」


 広場の中では、スーツを身に纏った人々が機器を操作したり、警備員の服装を着た人々が哨戒しょうかいでうろついたりしている。どうやら、ここが最前線の基地ベースキャンプらしい。


 富樫が機器を操作している集団に向かっていく。


「現在のデータをくれ」


 富樫は機器を操作している一人に手短に話しかける。


「了解」


 承諾の言葉を聞いて、富樫が腕時計のような機器を渡す。


「木原、お前のも渡しとけ」


 二つの機器を受け取った人物は、パソコンに繋がれたUSBケーブルのような電線を取り出す。そして、腕時計のような機器に端末を嵌め込み、パソコンを忙しなく操作する。


「終了だ」


「どうも」


 腕時計のような機器を返してもらう。


「この腕時計みたいなものは一体何なんだ」


「これは空間モニターだ。作動させてみればどんなものか分かる」


 富樫が赤色のボタンを押す。すると、ホログラムのような立体映像が腕時計の上に描かれた。この地下施設の地図らしく、地図の上を様々なマーカーが動き回っていた。


 しかし、画像を眺めていると違和感を覚えた。現在の技術で、ここまで滑らかに動くホログラムはあるのだろうか。


「こいつも第七世界の技術を使って造られたものだ。ホログラムが通信プログラムによって随時変動し、おまけにホログラム自体にメモリーまで搭載している」


 そう言って、富樫はこの機器の操作方法や、地図の見方を説明していく。一通り説明が終わると、富樫は地図を呼び出し、様々なマーカーの動きを注意深く見始めた。


「この地下施設は20階層ある。どうやら、第1、第2部隊はかなり深部まで入り込めたらしい。もう15階まで進んでいる」


「千里さんが居るような場所は分かるか」


「検索してみる」


 富樫は機械の横にあるボタンを、押しにくそうに指先で操作する。


「実験区画がB14と表示されている。他の階には見当たらないな」


「僕は以前にも、そこに行っているかもしれない。だけど、千里さんはいなかった」


「とりあえず、地下14階まで行こう。何か見落としがあったかもしれない。それに他の階にいる可能性も十分にある。まずは地下14階を探して、いない場合は他の階を探そう」


 私たちは地下に降りるエレベーターに向かう。


「地下14階まで頼む」


「了解」


 警備員の制服を着た人物が、ボタンを操作してエレベーターの扉を開ける。


「エレベーターは地下15階までしか降下できない。それより深部に行く場合は、階段を使用しろ。なお、戦闘状況が不利になった場合は、エレベーターを直ちに爆破する。そのことも留意しておくように」


 警備員はそう告げると、ボタンを操作してエレベーターの扉を閉めた。鉄の扉が閉じられ、私たちは奈落の底に降りていく。


 急に、エレベーターが止まる。


「どうしたんだ」


 富樫が怪訝けげんな声を上げる。彼は非常ボタンを叩くように連打する。


「何があったんだ」


 階数ボタンの付近にあるインターホンで、彼は地下1階と連絡を取っているようだ。


「地下15階の戦闘で、エレベーター付近が攻撃を受けた模様。緊急停止中」


 くぐもった声が、インターホンから聞こえてくる。


「緊急安全装置を動かしてくれ。すぐにエレベーターから降りたい」


「了解。一番近い階は地下12階だ」


 その言葉と同時に、エレベーターがゆっくりと動き始める。静かに開かれるエレベーターの扉。私たちは無言で、闇の中に降り立つ。


「うっ」


 思わず、うめく。そこは惨劇だった。


 おびただしい数の死体が、白い非常灯と橙色だいだいいろのブラックライトとにまだらに照らされて、廊下に散在している。スーツ姿や警備員の姿の死体もあったが、一番多かったのは黒い服を纏った死体だった。黒いローブのような軽装を着た者や防弾チョッキを無骨にしたような黒い鎧を着こんだ者まで様々だ。


「黒い肌を持つ、つくられしもの」


 黒い服装の死体と、この地下施設で聞いた言葉が繋がり、何かを思い出させる。符合した事実に、記憶が喚起される。


「これは酷い」


 富樫が銃器を構え、警戒しながら地下13階への階段に向かう。私もその後を慎重に進む。


 確か、この階は銃器などの多くの武器を保管していた場所だった。武器庫の中を覗くと、強盗が侵入したように武器が散乱していた。廊下にも銃器やナイフなどが転がっており、この場で行われた戦闘の凄まじさを窺わせる。


 なるべく死体を視界に入れないように、慎重に漸進する。だが、死体の数が多すぎて、どうしても視野に入ってしまう。しかも、見ようと思ってないのに、どうしても死体を目で追ってしまう。


 しかし、これだけ死体があるというのに死の感覚があまり伝わってこない。何か作り物が、ただ壊されただけのような……。


 首を横に振り、おかしなイメージを払拭する。きっと、現実とかけ離れた異様な光景が、頭を鈍化させるのだろう。ただ、それだけのことだ。


「早く、先を急ごう」


 無意識に、富樫を急かす。私たちはモニターで階段の位置を確認しながら、死が隅々まで充満した通路を、足早に進んでいった。



 地下13階も、上階の惨劇を引きっていた。多くの死体が、折り重なるように倒れ伏している。緑のブラックライトは殆ど砕け散り、代わりに白い非常灯が煌々こうこうと灯っている。私たちは銃器を抱くように構え、通路を漸進ぜんしんしていく。


 急に、視界がぶれる。突然、脚がふらつく。


「おい、木原。大丈夫か」


 富樫の声が遠くに感じる。得体の知れない、体の不調、精神の異変。何故か、この地下施設にいると、発作のように体と精神が変調を来たす。


「ああ、この地下施設にいると、急に眩暈めまいが起こるんだ。しばらく経つと治るから、気にしないでくれ」


 何とか言葉を搾り出す。


「もしかすると、この階にある巨大コンピュータが原因なのかもしれないな。電磁波がお前に何かしら影響を与えているのかもしれん」


 富樫が部屋の中を覗く。そこには、巨大コンピュータが所狭しと並んでいる。


「ちょっと調べたいものがある」


 そう言って、富樫は部屋に入っていく。私も、それに付き従う。


 地鳴りのような、ファンの音。それによって、以前の記憶が呼び覚まされる。巨大コンピュータは私たち侵入者を拒み続けているようだった。


 私たちはコンピュータ群をき分けるように進んで、ディスプレイが並べられた奥側に向かった。幾つかのディスプレイは銃弾によって破損してたが、富樫はその中で無事なディスプレイを見つけ出し、電源を入れて起動させる。


「そのキーボード、文字配列がおかしくないか」


 今まで疑問だったキーボードの文字配列について、富樫に尋ねてみる。


「僕が調べたのは、そのキーボードは文字を打つ最速値に最適化したものだということは分かったんだけど」


「そうだったのか。俺は知らなかった。このキーボードは単に第七世界オリジナルだと思っていた。きっと、向こうの世界ではこの文字配列が普及しているのだろうな」


「しかし、僕らの使っているタイプの方が疲弊度を考慮したら最適な文字配列らしい」


「向こうの人間は指の使い方が違うのか。よく分からん」


 富樫は話しながら、コマンドを打ち込んでいる。ある程度のプログラミングは理解しているつもりだが、富樫が行っている作業は、どのようなものか分からなかった。


「何をやっているんだ」


「俺の目的の一つだ」


 意味が分からず、もう一度尋ねる。


「富樫の目的の一つって何だ?」


 私の質問には答えず、富樫は黙々とタイピングを続ける。


「ここには無いか」


 富樫が銃をディスプレイに向けて発砲する。ガラスとブラウン管の砕ける音が爆ぜる。


「すまないが、しばらくこの階を探索させてくれ」


 富樫は下を向き、壊れたディスプレイを見据える。


「どうしてだ」


「麗奈のデータがこの階にあるはずだ。俺はそれを探し出したい」


 視線を上げて、富樫は虚空を見つめる。


「頼む、少しだけ俺に時間をくれないか。ある程度時間が経ったら、諦める」


「分かった。急いで探そう」


 富樫は少しだけ微笑み、空間モニターを展開させる。


「俺たちがいる場所が、ここだ」


 ホログラムには通路が迷路のように描かれており、緑色のマーカーが小さな部屋に表示されていた。緑色のマーカーは私たちの現在位置を指し示す。


「部屋はここ以外に4つあるな。そこを見て廻ろう」


 私たちは目線で頷きあい、部屋を後にした。



 最後の部屋にも、富樫が求めているものは存在しなかった。以前潜入したときには、この階は直線通路とエレベーターホールだけで構成されていると思い込んでいたが、通路が四角形状になっているようだ。


「この部屋にはコンピュータ自体がないな」


 富樫が呟く。この部屋には、様々な工具が置かれていた。


「……ファンの音がする」


 微かにファンの回る音に気付く。どこかにファンを必要とする機器があるのだろうか。しかし、先ほど一通り調べてみたが、そのような機器は見当たらなかった。違う部屋にあるコンピュータのファンが聞こえるにも、距離がありすぎる。


 疑問に思い、空間モニターを起動させる。

 この近くに、部屋らしきものはない。四角形状の回廊の外側に部屋が4つあるだけだ。そこで、私はあることに気付く。外側だけ注目していたが、四角形の内側、中央部分が空洞になっており、何も表示されていない。


 単純に何もないから、表示されないのだろうか。他の階の地図も参照する。地下1階から10階までは地図全体に、広間や部屋、回廊などが張り巡らされている。しかし、11階から16階までは、四角形状にしか通路は存在せず、部屋や広間も外側にしかなかった。そして、17階から20階は、地図全体に、広間や部屋、回廊の表示がある。


「富樫、少し部屋を出る」


「一人は危険だ、俺も行くよ。この部屋には何もない」


 私は銃器を持ち直し、富樫と部屋から出て行く。


 廊下に出てすぐ、私は壁に耳を当ててみる。

 振動音がする。そして、壁面には微妙な暖かさがあった。天井を見上げる。天井にはパイプがびっしりと張り巡らされている。まるで、熱い空気と冷えた空気を入れ替えているようだ。


「何をしている」


「この内側に、何かあるかもしれない」


 私は地図の空洞部分について、思ったことを富樫に話す。富樫はモニターを開き、各層の地図を展開させて凝視している。


「もしかすると、この地下施設は二重構造なのかもしれないな」


 富樫が耳を壁面に当てながら、返事をする。


「この位置から、他の部屋にあるコンピュータのファンは聞こえないはずだ。あまりにも距離がありすぎる」


「確かにそうだな」


 再び、お互いモニターの電源を入れる。


「しかし、入り口らしきものが確認できない」


「ホログラムの地図を拡大して見れないのか」


「可能だが、詳細に見るには時間が掛かりすぎる。それに、この空洞に何かある確証はない。時間の無駄になる恐れもある」


「それなら、いい案があるよ」


「何だ」


「強行突入だ」


 富樫が不思議そうな顔をする。


「爆弾はこういう時のためにあるんじゃないのか」


 私は少し大袈裟に、言葉を発した。

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