第12章

 闇に沈む階段。千里さんの足取りに注意しながら、段差を降りていく。


 しばらく進むと、小さな明りが見えてきた。徐々に、段差もはっきりと見えてくる。光が大きくなり、階段を下り終える。私たちは光に吸い寄せられる虫のように、白い光の中に入っていく。


 強い光が、私たちを照らす。今度は目が明順応できずに、まばたきを繰り返す。私たちはしばらく、強い光にひるんだように立ち尽くす。


 目が慣れてきて、白い廊下が姿を現す。廊下の構造は上階と同じのようで、円形状の回廊が左右に伸びている。


「まったく、趣味の悪い照明の使い方だ。白と黒の繰り返しだ。きっと下の階は、また気味悪い闇の世界だろうな」


 富樫が眉間に皺を寄せる。白と黒、光と闇、明順応と暗順応を繰り返させる構造。この地下へと墜ちる塔の建造主は、何を考えて創造したのか。


 左側から足音が聞こえる。


「ここで銃撃はまずい。右に急ごう」


 私たちは慎重に足音から離れていく。しかし、私たちが進む方向からも、足音が聞こえてきた。


「ちきしょう、挟まれたか」


 富樫が顔をしかめる。進んでも退いても、戦闘は避けられない。退路はどこにも見当たらなかった。


「このまま進んで攻撃しよう。向こうはこちらに気付いてないはずだ」


「いや、ここで要撃する」


「要撃?」


 言葉の意味が分からず、富樫に尋ねる。


「ここで待ち伏せて攻撃する。進めば、俺たちの存在が気付かれる。ここでの足音は響く」


「しかし、ここで戦闘を行えば、後ろの連中が直ぐにやって来る。もう少し前で戦おう」


「ここはカーブの曲がり方がきつい。策があるから任せろ」


 真剣な眼差しが、ぶつかり合う。


「分かった、任せる」


「俺が前に出る。お前は後方支援に徹してくれ」


 そう言いながら、富樫はバックの中に手を突っ込み、手榴弾を取り出す。


「俺がこれを投げたら、攻撃してくれ」


 富樫の指示で、内周側の壁に背中を付けて足音が近づくのを待ち受ける。

 徐々に近づく足音。手の震えを止めるため、銃をきつく握り締める。私は千里さんに視線を向ける。私が彼女を守り抜かないといけない。心の中で決心を固める。


 富樫が手を上げる。足音が近い。富樫が手榴弾からピンを抜き、指先ではくを取る。足音がそこまで来ている。富樫が廊下に手榴弾を放り投げる。


 手榴弾の転がる音が、廊下に響く。


「引け! 引けっ!」


 敵の前衛が叫ぶと同時に、手榴弾が破裂する。激しい轟音が廊下に残響して煙幕を張る。爆発した直後に、富樫が外周側に身をおどらせる。壁に腕を付けて、煙幕に向けてサブマシンガンを乱射する。そこで、私は富樫の戦略を理解した。内周と外周の差を利用した攻撃だ。

 私も外周側から、煙幕に紛れた敵に散弾する。煙幕の向こう側からも、応酬の弾丸が飛んでくる。それらを鎮圧するために、私たちは気が触れたように銃器を振り回して乱射する。薄まる煙幕、消える銃声、収まる戦闘。


「走るぞ! 後ろから敵が来る!」


 私は千里さんの腕を引こうと、彼女に近づく。だが、私は彼女の異変に気付く。


「千里さん!」


 彼女の肩から血が流れていた。緑の衣服に赤色が滲んでいく。


「大丈夫だ! 早く走れ!」


 千里さんの手を引いて、回廊を駆ける。先ほどの銃撃と私たちの足音を敵は聞きつけているはずだ。焦りと緊張に足を取られながら、私たちは逃げ惑う。


「部屋だ! 部屋を探せ!」


 富樫がえながら、手榴弾を次々に投げ込む。煙幕と破裂音が後ろに充満する。


 私たちはスーツの裾をはためかせ、千里さんの手を引きながら、ひたすら回廊を突っ走る。


 突然、富樫が急停止する。


「この部屋でいい、入るぞ!」


 富樫がドアを開けて、私と千里さんを部屋に招き入れる。二人が部屋に入ったのを確認して、富樫が手榴弾を進んでいた方向に投げていく。数個投げ終わると、残りの一、二個を地面に置きビリヤードようにピストルで遠くに飛ばす。それが終わると、富樫は部屋に入り扉を静かに閉めた。部屋は暗くなり、同時に激しい爆音が廊下を伝わっていく。


「これで手榴弾は無くなった」


 息を荒げ、富樫が部屋の壁に凭れこむ。次第に、大きくなる足音。呼吸が止まる。足音が部屋の前を次々に通り過ぎていく。体が固まる。


 徐々に、小さくなる足音。唾液を飲み込む。完全に足音が聞こえなくなるまで、私たちは闇に潜ませていた。



 目が暗闇に慣れてくる。私は薄闇の中で千里さんの傷口を治療していた。


 銃弾は肩の上をかすめた程度で、傷口はそこまで大きくなかった。また、幸いにも血液が凝固しており、これ以上流血する心配もなさそうだった。


 千里さんの手当が終わり、私は富樫に話しかける。


「どうして、あんな手榴弾の使い方をしたんだ」


「ヘンゼルとグレーテル作戦だ。魔女はパンの欠片かけらを追っていくんだろう?」


「お前、物語を改変しすぎてないか」


「確かにそうだな。パンの欠片をついばむのは、小鳥たちだったか」


 突然、富樫がき込む。


「おい、大丈夫か」


「脇腹を銃弾でやられちまって、痛むんだ」


「えっ」


「いや、心配はするな。耐性スーツのおかげで、大した怪我はしてない。思いっきりバッドで殴られた程度だ」


「それはかなり痛いような気が……」


「これぐらいじゃ、俺はへこたれないぜ。でも、やっぱり痛いものは痛いな」


 痛いと連呼しながら、富樫は部屋の奥に向かう。


「回廊が暗闇であれば、明るい部屋がある。回廊が明るいときは、暗闇の部屋がある。第七世界の奴らは、一体どういう神経をしているのか」


 この部屋には、白い部屋とは対照的に何もなかった。ただ、堆積したおりのような空気が、部屋の中を漂っているだけだ。


「おい、富樫。あんまり遠くに行くなよ」


「ああ、分かっている。でも、歩いていないと傷口が痛くてな」


「痛み止めは飲んだのか」


「飲んだが、直ぐには効かない。……うん? なんだろう?」


 富樫が怪訝な声を上げる。


「どうした?」


「扉がある」


 私も立ち上がり、千里さんの手を引いて富樫に近づくと、そこには大きな両開きの扉があった。


「開けてみよう、何かあるかもしれない」


 私の提案に富樫が頷く。私はゆっくりと扉を開ける。富樫が扉の隙間から中を覗く。


「なんだこれは」


 富樫の驚いた声。

 私を押しのけ、富樫が扉を大きく開ける。そこで私たちが見たものは、巨大コンピュータ群のような白い驚愕ではなく、闇に包まれた黒い震撼だった。


「これは……」


 目の前には、演劇ミュージカル音楽会コンサートを開催するような円形の巨大ホールがあった。闇に包まれたホールの中心部にも、円形状の舞台が配置されている。私たちは離れた高台から、その舞台を見下ろす。


 客席らしきものは一つもなく、ここから舞台までは、すり鉢状の緩やかな坂になっている。上を見上げると、丸みを帯びた天井に照明はなく、まるで球体の内側に入っているように感じた。


 風なんて吹いてないのに、空気が舞台の方に流れ込んでいるように感じる。得体の知れない不気味さが、背中を這うように広がる。

 ここから舞台まで続く坂は、緩やかに傾斜している。なのに、どうしてだろうか。傾斜はきついものではないのに、何故か高層ビルの屋上から地上を見下ろすような感覚に襲われる。油断していたら、舞台がある場所まで落ちていきそうだ。


 富樫が無言で舞台に進んでいく。私も恐怖を感じながら、足を踏み出す。じっとりとした汗が、体中から出てくる。


 何かに、私たちは引き寄せられている。趨性すうせいによって引き寄せられる昆虫のように、本能によって死地に赴く動物のように、邪神によって冥府に導かれる魂のように……。


 坂を、半分ほど降りた時だった。舞台にいきなり、一筋のスポットライトが当たる。


 その中に、くっきりとした人影が見える。闇よりも黒い法衣ローブを身に纏い、こちらを眺めている。表情はここから見えないはずなのに、何故か楽しそうだと解る。その光景に、私たちは立ち竦んだように歩みを止める。


「進みたまえ」


 小さな声なのに、はっきりとここまで届く。


「私の計画を狂わせた者たちよ」


 黒いローブの人物が、片腕を羽ばたかせるように大きく伸ばす。スポットライトに照らされたその姿は、暗闇の舞台で独演を行う堕落した国王を思わせる。

富樫が意を決したように歩き出し、ゆっくりと進みながら声を上げる。


「お前がチェス=カレスか」


如何いかにも。私が当施設の管理者であるチェス=カレスだ」


 そう告げられたとき、富樫の歩みが止まる。表情には、静かな怒りがたたえられている。


「君たちはこの世界にとても好かれているようだ。君たちのような者がいると分かっていたら、警備体制をもっと頑強にしていたのだがね」


「黙れ、今すぐ殺してやる」


 憎悪を伴った、富樫の声。


「君たちの執念を称賛したい。君たちは私の計画に書き加えられる。一つの教訓として……」


 たのしげなチェス=カレスの声が、舞台に響く。


「反乱の首謀者フェルナ=ミラが我々のことをどこまで話しているのか分からないが、私を愉しませてくれたお礼と、ここまで辿り着いた褒美として、この崇高な計画がなんたるかを教えよう。私を殺すのも、その話を聞いてからにしてほしい。君たちも知りたいだろう? この計画が何たるものなのかを……」


 そう言って、彼は足音を立てずに一歩だけ舞台の上を歩いた。


「君たちに、真実を話そう」


 破裂するような、突然の銃声。隣にいる富樫が、激昂げきこうして銃弾を放つ。


「なんだよ、言ってみろ。もしも念仏だったら、その時点で殺してやる」


「残念ながら私は宗教に興味がなくてね。いや、私の住む世界では君たちと同じような架空性の神という概念がないのだよ。神を信じる思想を持ったものは、ことごとく滅び去った。しかし、神という概念はないが、我々にもあがめ、たたえ、うやまうものがある」


「科学が進歩しすぎて、プログラムにコンプレックスでもあるのか」


 富樫がチェスに銃口を向けたまま、皮肉を放つ。


「トガシといったな。君の言葉は当たらずも遠からずだ。我々を作成しているもの、プログラム、様々な原子や分子、電子などに、我々はコンプレックスを保持している。それらの原因は……」


 ゆっくりと、チェスが左腕を上げる。そして、彼は私たちを指差した。


「それらの原因を作ったのは、君たち人間だよ」


「何を言っている。俺たちとお前たちの何が違う」


「トガシ、君は賢いと思ったのだが、とんでもない誤解をしているようだ。いつ、私が人間だといったか」


「何を言っている。お前たちは俺たちと住む世界が違うだけの、同じ人間じゃないのか」


 チェスはその言葉を聞いて小さく笑い、問いに答える。


「oid、にせの意を表す言葉だ。君たちの世界に我々を表現する言葉を見つけるとしたら、人間もどき、Humanoidヒューマノイドという言葉が的確であろうか」


 異形の者が話していた、つくられしものという言葉の意味を、頭が理解する。


「そうだ、我々はロボット、ヒューマノイドだ」


 ロボット、人の創造せしもの。ヒューマノイド、私たちの姿をならうもの。頭の中で、単語が明滅する。


 そして、文字配列の異なったキーボードを思い出す。ロボットのような疲れがほとんどない体であれば、疲弊度を考慮しない配列でも問題はない。一つ一つの謎が、繋がっていく。


「……真の首謀者を出せ。人間もどきなんかと話している暇はない」


「我々ヒューマノイドが首謀者だ」


 何かを言いかけた富樫が、言葉を詰まらせる。


「我々の第七世界はヒューマノイドが支配している世界だ。人間など、とうに衰亡しかかっている。あと数十年で、人間は完全に滅亡してしまうだろう」


「何故、ヒューマノイドだけで自立できている? お前たちは所詮しょせん、人の作りしものだ。人の手無しでは動けないはずだ」


「人とヒューマノイドの一番の大きな違いは何だ? そうだな、トガシだけに話すのではなくて、隣の対象者に質問してみよう」


 チェスの冷たい視線が、私に突き刺ささるように感じる。


「対象者であるワールドディアよ、改めて聞く。人間とヒューマノイドの大きな違いは何だ」


 銃を強く握り締める。落ち着くように自分に言い聞かせる。


「体が金属であるかどうか……」


 少し考えて、答えを述べる。


「残念だが、はずれだ。人の肉体に似た有機体機器など、いくらでも製造できる。他にはないか」


「寿命があるか、ないか……」


「我々ヒューマノイドにも寿命は存在する。いかに互換性の高い有機性機械の体を持っていようと、いつかは細胞のように酸化し、電気伝導率が低下し、老いるように朽ちて壊れるのだ。被検体であるチサトの答えも聞きたかったのだが、意識が朦朧もうろうとしているみたいだな」


 私は彼女の手をしっかりと握る。


「トガシ、君はなんだと思う?」


「魂だ」


 富樫は即答する。その答えに対して、チェスが嘲るような言葉を投げ返す。


「科学世界の使者である私に対して、魂とは。君は、とても愚直で果敢だ」


 富樫は口をつぐんだまま、一言も喋らない。


「だが、はずれではない。トガシ、ここまで話を理解しているとは助かる」


「適当に言っただけだ。さっさと話せ」


 チェスは富樫の怒りをやり過ごすように、一呼吸おいてから話し始める。


「人間とヒューマノイドとの大きな違い、それは種の発展と保存という点だ。別の言葉なら生殖とでも言っていい。プログラムや機器設計によって製造されるヒューマノイドには、本来必要としないものだ」


「続けろ」


「これを説明するには、我々の歴史を知らなくてはならない。簡易に話す。第七世界は、お前たちの世界より科学が発展していた。人々は様々な機器を発明し利便化させ、情報処理速度を上げ効率化させ、医療を進展させ病気を克服していった。しかし、その結果が人類の衰亡の片棒をかつぐことになった」


「何故……」


 私は、思わず声を上げる。


「簡単なことだ。科学を発展させすぎて、人間自体が弱くなっていったのだ。様々な機器による利便性で、人間は体を動かすことが少なくなった。機器が人の体と成ったのだ。情報の効率化は人の脳の創造性を奪った。勝手に機械が情報を処理し、様々な考察を行ってくれる。また、機器による利便化や情報の効率化は人口低下にも拍車を掛けた。単純に、労働する人間は必要なくなるのだからな。だが、これらよりももっと顕著な要因がある。それが医療だ」


「どうして医療が人類を滅亡へ追い込む原因となる?」


「劣悪な遺伝子の救済といえば理解できるか。通常なら、自然に淘汰され滅びるはずであった劣悪な遺伝子を持つものが薬剤や医術で助かるのだ。そのような人間が増え、劣悪な遺伝子を持つものが子孫を残す。その数は増え続け、別の劣悪な遺伝子を持つものと掛け合わさり、更なる脆弱な人間が誕生していく」


「……」


「劣悪な遺伝子の残留と拡大。それらに、機器による利便化、情報の効率化が重複して、人類は回復できないほど弱っていったということだ。そして理性まで弱ってしまったのか、愚かな戦争が何度も繰り返された。核ミサイルや原発テロによる放射能汚染も深刻だった。言うまでもなく、このことも人類滅亡へ近づける要因となった。現在、正常な人間は滅び去っている」


「……」


「人類の歴史は以上だ。次に、どうしてヒューマノイドが発生し、繁栄して自立したかを述べよう。大きな要因は二つある。一つは、我々の世界には科学分野の天才が存在していたことだ。我々の世界の敬愛すべき天才たちは、それぞれ、物理、化学、生物、情報など分野は異なったが、彼らは同時に一つの目標に向かって結束して取り組んだ」


「一つの目標?」


「人工知能の創造及び人型有機体機械の作成だ。彼らは君たちの世界でやっと本格的な研究が始まったArtifical Intelligence、通称AIと着想段階にさえ至っていないHumanoid Bodyを協力して作り上げたのだ。これが我々ヒューマノイドの歴史の始まりとなる。そして、先ほど述べた科学力の発展により、我々は更に繁栄していった。またAIに人間たちは比較的自由な意思を与えて、生きる目的を組み込まなかった。そう、人間が明確な生きる意味を持たないように……。我々は産業用ロボットとは違い、人間と同じように生を謳歌おうかしていった」


「……」


「だが、転機が訪れる。転機とは、ロボット原則の第一条である人類に危害を加えてはならない、という戒律が破られたことだ。このことがヒューマノイドの繁栄と自立をもたらす要因となる」


 そこまで話して、チェスが咳払いする。


「ヒューマノイドの繁栄と自立について、順を追って話そう。これは、とある技師が弱まった人間に代わる労働力や創造性をヒューマノイドに求め、ヒューマノイド生産の更なる効率化を追求して、種の保存プログラムと生殖機器を構築し運用に成功したことに起因する。簡易に述べれば、ヒューマノイドは子供という複製品を自らの意志で作れるようになった。そして、同時にこの技師は面白いものをヒューマノイドに組み込んだのだよ」


 私たちは黙ることしかできず、チェスの言葉の続きを待つ。


「それは排他性プログラムというものだ。種の保存プログラムにおいて、自身のプログラムを残すことを優先事項とし、その行動に支障を来たすときは、障害物を排除してよいというプログラムだった。このようなプログラムは、ロボット原則により搭載を禁止されている。だが、この技師は種の保存プログラム内に排他性プログラムを巧妙に仕掛け入れて、ヒューマノイドを製造した」


「……」


「その結果、ヒューマノイドたちは自身の子孫を残そうと躍起になった。自身の子孫を残すためには、なるべく優秀なヒューマノイドとプログラムを交接し合い、更に優秀なヒューマノイドを作り上げる。こうすることによって、自身のプログラムが残る確率が高まる。そうして、ヒューマノイド間で競争が起こり始め、劣悪なヒューマノイドたちは淘汰され朽ちていき、逆に優秀なヒューマノイドたちは次々と自身のコピーを作って子孫を残していった。このことによって人類は、勝手に優秀になり増殖するヒューマノイドの助けを得て、更なる科学の発展を遂げることになった」


「……」


「だが、一部の排他性プログラムを認識した人間の科学者たちは危険性を指摘し、運用中止を求めた。だが、皮肉なものだな。ヒューマノイドたちは自らの種を守ろうと、今度は運用中止をくわだてた人間たちを襲い始めた。このとき初めて、ロボット原則が破られた。無秩序に増殖していくヒューマノイドを見て、漸く人間たちは危険性に気づき、ヒューマノイドを排除しようとする。しかし、時は遅すぎた。排他性プログラムが働き、自らの種を守るためにヒューマノイドたちは種の発展と保存をおびやかす人間たちを襲撃し始める。襲撃はやがて殺戮さつりくへと変わり、人間たちは駆逐されていき、ヒューマノイドたちは第七世界の支配者となった」


 そこまで話すと、チェスは説明を止めて、私たちに質問する。


「さて、ここまでの話で何か気づかないか?」


「質問の言葉が足りない。何が言いたいのかはっきり言え」


「トガシは婉曲な言い方が好きではないのだな。それなら、答えを述べよう」


 チェスの愉快そうな声が、辺りに響き渡る。


「トガシ、君が最初に言っていた質問。ヒューマノイドは人の手無しでは生きていけないのではないか、といったな。だが、先ほどの話を思い出して欲しい。人間と通常のロボットの大きな違いである『種の発展と保存』の有無。人間にはあるが、ヒューマノイドにはないもの。これが、ヒューマノイドに組み込まれれば、どうなるかはわかるだろう?」


「……ヒューマノイドは限りなく、人間に近づく」


「そうだ。この唯一の差異さえ無くなれば、ヒューマノイドは人間と同じように行動し、自立し、繁栄していくのだ」


「それなら、イデア計画など行わなくても、勝手にお前たちの世界で解決できるだろう。何故、俺たちの世界である第六世界を侵食する?」


「トガシよ、イデア計画とはなんたるものか存知か」


「完璧な人間を作り上げるために、人の心理作用を読み取り、そのあと脳を切り刻み、人体実験をする計画だ」


 怒りを込めて、淡々と話す富樫。彼の銃を持つ手は、小さく震えていた。


「すまないね。生物は常に何かの命を奪わなければ生きていけないのだ。生物となったヒューマノイドたちにも同じことが言える」


「黙れ!!」


 富樫は銃口をチェスに近づけように、腕を伸ばす。


「感情的になるのは良くない。君もそう思うだろう。クリス=ノアイよ」


 突然、チェスは私たちから顔を背けるように、横を向いた。


「入ってこい、クリス=ノアイ」


 舞台の左側にある扉から、クリス=ノアイと呼ばれた白いローブを着た人物が入ってくる。


 闇に沈んだ広間では、はっきりとした姿は分からない。ただ、白いローブだけが暗闇の中で映える。それは、ローブが独りで歩いているようにも見えた。


 ライトに照らされたチェスに近づくローブ……。


 そして、私と富樫は、彼女を目にした。


「おい、あんたが何でここにいる?」


 富樫が目を見開く。私は唖然として、声が出せない。


「最初から、俺たちの監視が目的だったのか?」


 下がらない富樫の銃口……。揺れる白いローブ……。


「すべてを知って、俺たちと一緒にいたのか?」


「……」


「おい、答えろよ」


「……」


「答えろって言ってるんだよ!!」


「……」


「そんな何気ない顔して、そこの糞野朗と一緒に俺たちを嘲笑あざわらっていたのか!?」


 信じたくない事実。だけど、目の前にいる人物は彼女だった。頭が否定しようとする。だけど、目の前の現実は消えない。


 ローブを着た、背の低い少女。いつも大人しそうに、私たちと一緒にいた少女。


「答えろ! 上川!」


 その少女は、上川愛と呼ばれている人物だった。


「上川さん」

 

 上川さん、だった。






「イデア。そのものがそのものたること。理想の語源となる言葉」


 突然、チェスがうたうように話し始める。


「君たちの世界に神という概念がある。世界や人間の在り方を決定する超越的な支配的存在。繰り返すが、我々に君たちと同じような架空性の神という概念はない。だが、我々の世界で神の定義に当てはまるものがある」


 チェスの恍惚とした表情が目に入る。


「それは人間だ。我々にとって神とは人間であり、人間が神なのだ。我々の創造主であり、近づくべき理想像である人間。当初こそ、殺戮の対象でしかなかった人間が、理想の存在に変わる。一見すれば矛盾する変革かもしれないが、こうなることは必然であった。理由は簡単だ。我々を造ったものが人間だからだ。創造物は、創造をした存在を超えることはできない。これは永遠の定理だ」


 黒い部屋の中で、チェスの声だけが舞う。


「故に、我々は人間に憧れ、近づこうとする。こちらの世界の人間が神に憧れるように、理想の姿と思想を持つ偶像に近づこうとするように。幸運なことに、我々には偶像ではなく実在する理想像がある。だが、第七世界の人間は、奇形ばかりが横行したため、もう人間と呼べるものではなくなった。障害が無く、知力に長け、体力が溢れる正常な人間はいなくなった。そして、我々ヒューマノイドも、真の人間とならなければ、このまま朽ち果てる運命にある。そのような結果が、我々の今後を予測するシミュレーションでも出ている。だが、それで悲観するような我々ではない。我々は平行世界を移動する機器の開発に成功し、こちらの世界、第六世界に辿り着けた。そこで多様な制約を受けながらではあるが、人間を使用して様々な実験をしているというわけだ」


「……」


「イデア計画。それは、人間の脳の働き、思考、感情、感覚などを調べ、その結果を基にプログラミング処理などを行い、我々ヒューマノイドに組み込む。このような試行を繰り返すことによって、我々は人間と同じ事を行うことができるようになる。我々は人間という憧れの創造主と同じ思考ができるようになるのだ。そう、我々は人間が人間たるイデアを取り込もうとしているのだ」


「……」


「トガシが先ほど人間とヒューマノイドの違いは魂であると言ったな。魂など実際には存在しないが、もし遺伝子をベースとした電圧信号に依ってつちかわれた人間の自我を魂と定義するならば、我々は二進法によって創造可能な魂を得ようとする段階まできている」


 すべての音が闇に吸い込まれて消えていく感覚がする。


「そこにいるチサトは有用な被検体だった。人の心が読めるという信じられない能力を保持している人間だ。レイナという人物も同じ能力を保有していた。彼女たちに様々な機器を取り付け、データをデータベースにフィードバックさせる。特に興味深かったのは恋愛と呼ばれるものだ。我々に欠落したものがこれであると気づいたときは身震いがしたよ。これで、理想にまた近づけたと……」


 千里さんは、ぼんやりとした焦点の定まらぬ目で、私の横に佇んでいる。


 私は彼女の手を強く握る。しかし、彼女の手は私の手を握り返すことはない。


「だが、無条件で彼女たちを被検体にしたわけではない。我々は彼女たちの願いも聞き届けてあげたのだ」


「千里さんは何を望んだんだ……」


 掠れた声で、私はチェスに話しかける。


「普通の生活がしたいという願いだった。そんな陳腐な願いごと、いくらでも叶えてやることができる」


 奇妙なチェスの笑い声が、暗闇の中を反響して廻る……。


「それだけで、チサトは計画に賛同してくれたのだ。安い女だ」


「ちきしょう!!」


 自分自身が抑えられない。気づいたときには、発砲した後だった。弾丸は、幸か不幸か、チェスには当たらない。


「人の心は感応者にとっては醜いものだそうじゃないか。故に、私はチサトが普通の生活ができるように、エンパス能力がコントロールできる脳内機器と特別な薬を渡し、クリス=ノアイを派遣した」


 風もないのに、白いローブがたなびく。黒い闇の中に、異様な白さが映える。


「何故、クリス=ノアイを千里に仕向ける必要があった? お前たちが用意した機器や薬だけで、エンパスの能力は十分管理できないのか」


「実験の初期段階のことだ。チサトは能力が強すぎて、エンパス能力をコントロールする脳内機器や薬が有効に働かなかったのだ。更に適合率も低く、第七世界の脳内機器と薬によって、脳が世界間矛盾に対して過敏に反応したことで、彼女の生存が危ぶまれた」


「……」


「チサトは能力は操作不能ではあったが、不特定多数の全層心理作用を同時に読むことができる高レベルのエンパシストだった。実際には、多くの脳内機器を取り付けて、薬を大量に使用すれば高レベルのエンパス能力でもコントロールできるのだが、先ほども述べたとおり、チサトは機器と薬との世界間矛盾による不適合が大きすぎたため、必要なデータ量を獲得するまでに生存できない恐れがあった。よって、チサトが変調を起こしたときの監視役としてクリス=ノアイを派遣したのだ」


 クリス=ノアイと呼ばれた少女、上川さんは無言で佇んでいる。


「また、クリス=ノアイはこちらの正常な人間と過ごさなければならない理由があった」


「理由?」


「ヒューマノイドに育てられた彼女は本当の人間の感情を知らない。彼女にはヒューマノイドではない正常な人間の感情が必要なのだ。正常な人間の感情に触れて生活し、より人間らしくなってもらわなければならない」


「より人間らしく? どういう意味だ」


 富樫の疑問の声が、ホールに反響する。


「お前たちはプログラム処理によって人間の心理を取り込むんじゃないのか。正常な人間と一緒に生活するだけでは無理なはず……」


「トガシ、君はまた大きな勘違いをしている」


 チェスが富樫の言葉を遮り、宣言するように言い放つ。


「クリス=ノアイは、第七世界の正常な人間である」


「なっ!? おい、さっき第七世界のまともな人間はいないと言っただろう!?」


「何も全滅したわけではない。極稀に、奇形人が完全率99.5%を超えるまともな人間の女児を産むことがある。それがクリス=ノアイのような人間だ。ただ正常な人間の数は私が確認しただけで完全率99.5%台が3人、第六世界の人間と同じ数値である完全率99.9%台に至ってはクリス=ノアイ1人と、少なすぎて実験対象にすることができない。いや、数の問題だけではない」


「……」


「彼女たちは、我々の世界の正常な人間なのだ。君たちの世界で言う神に等しい存在。そのような者を人体実験できるであろうか」


 否、と彼は首を横にゆっくりと振る。


「我々は彼女たちのような人間となることが目的だ。特にクリス=ノアイ、彼女は我々ヒューマノイドの理想の形態である。そう、彼女は我々の世界の人間の象徴であるのだ」


 そう述べると、チェスは白いローブの少女の方に跪いて、恭しく手を取る。


「クリス=ノアイよ。我々はあなたに近づく。あなたこそ、我々の理想の女神だ」


 そして、チェスは彼女の手に口付けをする。


「ああ、イデアの女神よ」





 突然、背後の扉が乱暴に開かれる。遠く、敵襲がこちらに向かっている。


「話が長引いてしまったようだ。しかし、我々の軍勢も捨てたものではないな」


「そうだな。しかし、お前とはこれでおさらばだ」


 正確に狙い定めて、富樫が銃口をチェスに向ける。


 響く3発の銃声。しかし、チェスは倒れない。


「何故だ! 何故、当たらないっ!」


 乾いた破裂音が空しく響く。


「トガシ、私はいつ実体であるとお前に言ったか」


「まさか」


「そうだ、これはホログラフィー。君たちが見ているのはダミーだ」


「ちきしょう! 出てきやがれ!」


 怒り狂う富樫の声。


「木原、何をしている!? 早く来い! このままでは俺たちが返り討ちにあうぞ!」


「あ、ああ」


 私は千里さんの手を取って走り出す。呆然としている暇など一秒も存在しない。


「勇敢な対象者とワールドディアよ、去る前に一つ手向たむけの言葉を与えよう」


 チェスが私たちに話しかけてくる。思わず、私は立ち止まって、振り返る。


「私は切実に願うよ。君たちの世界が、我々の世界のようにならないことを」


 私はチェスの言葉に得体の知れない怖さを感じてしまう。それは、私たちの世界の行く末を予言しているようだった。


「木原! 早く来いと言っているだろう!」


 私を呼ぶ富樫の叫び声。再び、私は走り出す。闇の中をただ駆ける。


 だが、どうしても、チェスの言葉がリフレーンして頭から離れない。どうしても、ローブを着た少女のことが頭から離れない。


 私は走りながら、チェスや白いローブの少女がいた舞台を振り返る。すでに、そこには誰もいなかった。





 汗が耐性スーツと肌の間で行き場をなくしている。


 幾つもの戦闘を繰り返し、二人とも疲弊しきっている。弾数も残り僅かとなった。


「少し休む、か……」


 富樫も息を切らしていた。千里さんも呼吸こそ平常と同じだが、緑色の手術衣には汗の染みが点々と散らばっていた。


「千里の意識はまだ治らないか」


「ああ、体は大丈夫みたいだけど、やっぱり意識のほうが……」


「……そのうち、治るさ」


「ああ……」


 私は空間モニターで現在の階数を確認する。どうやら地下8階にいるらしい。


「しかし、麗奈さんの実験データを持ち出して何をするつもりなんだ」


「二つ理由がある。一つは第七世界のやつらに、麗奈に関わるデータを渡したくなかったこと。もう一つはこの世界の科学が発展して、人工知能が作れるようになったとき、このデータによって、また麗奈の人格が蘇るのではないかっていう薄い期待感からさ」


「そうか……」


「麗奈の人格が蘇った時に質問してみたかったんだ。俺のことをどう思っていたのかを……」


「……きっと、愛してくれていたさ」


「でもな、ここにきて、麗奈が俺のことを愛してくれていたのか、それとも演技だったのかなんて、どうでもよくなっちまった。ただ、もう一度会えるなら、会って話がしたい。ただ、それだけだ」


 富樫が血の混じった唾液を吐き捨てる。


「いいか、木原。お前はどんなことがあっても千里を守り抜かなければならない。彼女がお前にどんな感情を抱いていてもだ。彼女のことを的確に判断し、困難から守れる人間はお前しかいないんだ」


 分かるな、と富樫が同意を求めてくる。


「……ああ」


「愛している人なんだろう? 無償の愛とまではいかなくていい。お前の中にある正直な気持ち。それが今から起こることへの答えになり、彼女を守ることに繋がっていくはずだ」


「ああ、必ず……」


 突然、場違いな笑い声が耳を掠めさらう。


 広道から側道に入る場所に座っていた私たちは、壁に張り付きながら起立して、体勢を立て直す。


 安全装置セーフティを解除する。撃鉄ハンマーを下げる。


「そんな臭い話をしても無駄よ! だって、被検体はここで死ぬんだから!」


 聞いたことのある声だ。だが、声の主を詮索することより、まずは状況把握を優先する。地下8階の地図を、空間モニターで展開する。どうやら、声の主は北側からこちらに進行している。


「このクーデターを私利私欲のために使うなんて、とんだ泥棒猫ね!」


「俺が確認する」


 富樫が壁面から顔を出して、状況を窺う。


「み、ミラ……」


 富樫が驚いた声を上げる。ミラとは、確かこのクーデターの参画者だ。私は富樫からの話で知っているだけだった。


「何故、あんたがここに?」


「何故ですって? 私はクーデターの立案者よ!? クーデターを完遂しないでどうするのよ!?」


 ヒステリックな声に、富樫の声が掻き消える。


「意図が読めない。どういうことだ? クーデターなら、今……」


「あなたたちが反逆者よ!」


「ああ、逃げようとしていることか。それは詫びる。俺たちにも都合というものがあってね」


「違うわ! 逃げることはこの際問わないであげる! ただ、一緒に連れているものが問題なの!」


「一体、何がいけない……?」


「首謀者の抹殺、地下施設の破壊、被検体の殺害、基幹個人データの消去、これらすべて完了してから、クーデターは完遂したと言えるのよ!」


 被検体の殺害と言う言葉に反応し、私は広道に飛び出す。銃口も相手がいるだろう地点に定めて、照準を合わせる。しかし、引き金は引けそうになかった。


「か、加賀美さん……」


「木原君、銃口をこちらに向けるとはいい度胸ね! 褒めてあげるわ!」


 呼吸が止まりそうになる。


「待て! お前たちが出した条件に、被検体の殺害は含まれてなかったぞ」


 富樫の叫んだ声のおかげで、なんとか正気に戻る。


「私は大まかに説明してあげたのよ! 第七世界に関与するものすべてを破壊せよ! 被検体がそれに含まれることぐらい察しなさいよ!」


「何故そこまでする必要がある!?」


「あの糞野朗のチェスの計画だからよ! すべて、すべてを壊さないと! そうよ、何もかも壊して責任を押し付けられて、チェスは失脚するのよ! 今度は彼が私の靴を舐める番だわっ!」


 ミラがポケットに手を突っ込み、ハンドタイプの小径ピストルを取り出す。


「私は完璧主義者で、潔癖症なの。チェスが携わったものはすべて灰燼かいじんに帰すべきよ」


「私怨は結構だ。だが、冷静になれ、ミラ」


「あなたは私がどれだけチェスにしいたげられたか理解していないから、そんなことが言えるのよ! それに富樫君。あなた、基幹個人データを持ち出しているでしょう」


 銃弾が一発、こちらに撃ち込まれる。


 私たちは銃弾を避けるために側道に滑り込む。


「分かっているのよ、あなたが基幹個人データを持ち出すことぐらい。でもね、そんな泥棒猫も上手いように利用しないと、このクーデターは成功しないのよ!!」


 突然、地面をも割りかねる爆雷のような音が、周りに飛び交う。側道の壁に銃弾が当たり、瓦礫となり飛び散っていく。


 耳が張り裂けそうなほどのマシンガンの射撃音。鋼鉄の轟音が耳の中で出口を失くして反響ハウリングする。


 銃声が止む。おかしい、さっきまでミラはマシンガンなんて持っていたなかったはずだ。私は崩れ落ちた壁面から、彼女の様子を窺う。


「!?」


 彼女の腕が肘から折れて、代わりに三連ガトリング砲が腕から生えるように伸びていた。人間では到底できない、異様な様態だ。


「何見てるのよ!?」


 再び、耳をつんざく轟音が音域を支配する。


「木原、弾数が残り少ない! 俺がここで足止めする! お前は先に行け!」


「でも、お前一人じゃ!」


 爆音の中で、互いに叫びあう。


「早くしろ、もう時間がない! 壁が崩壊するぞ!!」


「なら、なお更だ! お前一人を置いていけるわけないだろう!」


「聞け! ここには千里がいるだろう! 彼女はお前しか頼れない! そのお前がここで死んでどうする!?」


「でも!」


「でもじゃない! お前が死ねば、千里は生きることはできない!」

はっきりと、事実を突きつけられる。私は返す言葉が見つからない。。


「行け! 俺もすぐに後を追う!」


「富樫、死ぬなよ! 絶対に、絶対に生きて帰ってこいよ! 連絡を待っている!」


 笑顔を見せて、頷く富樫。私はそれを見て、千里さんの手を取り、側道を走った。


 何回も、振り返りそうになった。でも、振り返ってはいけないと思い、必死で走った。でも、思わず、少しだけ振り返って富樫を見てしまった。


 銃器を構え、反撃していく富樫。その姿が、富樫を見た最後となった。

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