挿話3

 反乱軍は全て掃討されて、完全に鎮圧された。


 私の白いローブが闇に揺れる。静寂と錆びた血の臭いが漂う遺体安置場で、私は佇んでいる。


 側には、二つの死体がある。一つは反乱の首謀者であるミラの遺体。もう一つは富樫新太郎の遺体。ミラは外殻シェル8に転がるように放置されていた。富樫新太郎はチェス側の部隊が銃撃して殺したらしい。


 富樫新太郎の遺体に、目を向ける。


 私は彼がどのような経歴の持ち主で、どのようにしてこの計画を知ったのかは分からない。ただ半年間、一緒に過ごしたという事実だけがある。


 彼を殺したのはチェス側の部隊だ。だから、間接的に、殺したのは私でもある。

富樫新太郎を殺したのは、私。千里絵梨を殺そうとしているのも、私。


 イデア計画がこのような内容だったとは、私に知らされていなかった。イデアの女神と呼ばれていた理由も理解していなかった。


 私は十数年前に放射能と飢餓に汚染された大地に産み落とされた。完全率の高いXX体とXY体が偶然、かれ合い誕生したのが私だった。しかし、けがれた世界にいた幼児期の頃の記憶は無く、母体となった人間のことも私は覚えていない。自我が芽生え始める頃には、私は綺麗な小部屋に連れてこられ、ヒューマノイドたちの象徴として掲げられてうやまわれていた。


 私は彼らのことが大好きだった。彼らは常に私のことを気にかけ、世話をしてくれる。他の人生なんて歩んだことが無いから、これが普通だと思っていた。白く小さな部屋が、世界のすべてだと思っていた。


 しかし、年を重ねて他の部屋を知っていくように、世界というものを知っていき人間たちの惨状を次第に理解していくようになる。遂には計画に参入して世界の現状を自分の目で見ると、私の大好きだったヒューマノイドたちは人間となるために、第七世界や第六世界を侵略してほしいままにしていた。私はチェスのやり方が大嫌いだった。


 だけど、それを責めることが私にはできない。彼らはそうやって存在してきたのだ。彼らを責めるということは、存在を責めているのと同じ事になってしまう。人間になることは、今後のヒューマノイド生存のために必要なことであり、それ以上に、彼らの人生であり、夢であった。それを、私が奪うことなんてできない。それを奪うということは彼らから生きる意味を取り上げるのと同じだ。


 それに、彼らを殺戮さつりくへと駆り立てたのは、私たち人間だ。彼らの消せないカルマの坂道を作り上げたのは、他ならぬ私たち人間なのだ。


「……」


 富樫新太郎の遺体に近づく。

 この地下施設から離れて、私はいろいろな人間たちと話した。

 たくさんの同じ人間たちとの生活。緊張した。変な風に思われてないか、自分自身を客観的に見つめなおした。怖かった。ヒューマノイドではない、普通の感情を持つ人間たち。彼らには不可解な言動や、無意味な行動も多々あった。


 でも、彼らといることは楽しかった。側にいると居心地がよかった。自分の話を聞いてもらえると嬉しかった。私はずっと、このままでも構わないとさえ思った。


「……」


 そんな彼らを搾取し殺害する立場に、私はいる。この位置から私は離れることはできない。どちらも、大切なものなのに……。


 私はバレルの短いハンドガンを取り出す。


 一つの銃声。

 私は富樫新太郎に銃弾を一発打ち込む。私が殺したのだという罪を背負うために……。


 もう一つの銃声。

 彼の体に銃弾をもう一発打ち込む。死に顔が穏やかすぎて、今にも彼が起きてきそうな恐怖に囚われたために……。

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