第8章 後編
スーツを着た青井さんが、交差路で銃を乱射している。彼女は壁面の死角を利用し、銃弾を次々と発射していた。
彼女との距離は、20メートルほど。大きな声を出せば、聞こえる距離だ。
どうして、青井さんがこんなところに!? 疑問符がいろんなところから飛び出てきそうだった。
「うわっ!」
あまりにも呆気に取られていたため、扉に体を預けすぎていた。扉が大きく開かれ、私は転がるように廊下に出てしまう。
物音を敏感に察知した青井さんが、銃口をこちらに向けてくる。視線が鋭く険しい。しかし、私を誰だか認識したらしく、口をあんぐりと開ける。
「はあ!? なんであんたがここにいんのよ!?」
それはこちらの台詞だ。彼女は銃の向きを変えて数発撃ち込むと、私のところに駆け寄ってきた。
「あ、青井さん、どうしてここに?」
「出張って言うたやろ! とにかく、今は危険やからはよおいで、逃げるで!」
手短に告げて、私の手を取り走り出そうとする。しかし、私の手に触れて、青井さんは慌てだした。
「あんた! 血がこんなに出とるやないの! どこを怪我したん!?」
「あっ、そういえば」
自分の姿を再び見下ろす。手にはべっとりと血糊が附着している。服は血を多量に吸い込み、ワイシャツは
「こっ、これは怪我をしたんじゃないんだ。大丈夫だと思う」
「そんなら、ちゃんと走れるのね。とにかく事情はあとあと。さっさと、とんずらするで!」
そう言って、青井さんはもう一度私の手を握り、風のように走り始めた。
「ちょ、ちょっと青井さん、ストップして下さい」
銃弾を放ちつつ、目まぐるしい速さで疾走していく青井さんに、止まるようお願いをする。息は上がり、足は小刻みに震えている。これ以上は、どうしても走れなかった。
「もう地下1階やし、あとちょっとやから頑張りや。それとも、こんなところで
そう言うと、にやにや笑いながら「ああ、情けない、情けない」とお経を唱えだした。
「分かった、走る」
どうしてか、いろんな意味でやる気が出てきた。私を奮起させるためにこの台詞を言ったのなら、彼女は言葉の魔術師に違いない。
「うし! それでこそ男やなっ! ここで頑張らんといろんなもんが
それから私に話しかけながら、彼女は傾斜のきつい階段を余裕で登っていく。
それにしても、青井さんはかなりの俊足だった。男の私ですら、離れないように付いていくのがやっとである。このペースで走っていると、また息が上がるのは時間の問題だった。
「しっ! 静かにしぃ!」
さっきから喋っているのは、青井さんだ。私は一言も話していない。もう滅茶苦茶だが、取り敢えず黙ることにする。
しばらく沈黙が流れる。
「やっぱ、1階は厳戒態勢やね。ぎょうさん警備員がおるわ」
青井さんは階段からフロアを覗き見て、単眼鏡で辺りを見渡す。確認が終わると、彼女が喋りかけてくる。
「銃はちゃんと持ってんのね。こっからはあんたにも手伝ってもらうわ。後ろは任せたから、うちの後に付いて来るんやで」
「あの……」
「もう事情は後って言うたやろ。はい、さっさと行くで!」
「ぼっ、僕、銃の撃ち方を知りません」
「は?」
青井さんの目がきょとんとする。そして、徐々に
「あんた、何者?」
「木原弘泰です」
「分かっとるわ、そんなこと! あんたね、銃撃てへんのになんで銃持ってて、こんな危険なところに来てんのよ! 自殺なら、富士の樹海でしいや!」
「だから、千里さんを探そうと思って、それで……」
「ああ、事情はあとあと! あんたの銃見せてみぃ」
「は、はい」
彼女に、銃を渡す。
よくよく自分の銃を観察してみると、濃いグレー色に塗装されていた。青井さんが持っている銃より銃身が長く、頑丈そうな造りをしている。
「あんた、この銃どこで手に入れたん? これは密輸やないと、日本ではまず手に入らへん銃やで」
「この施設の武器庫みたいなところに置いていたから、護身用に拝借しました」
「これはコルトガバメントやな。昔にアメリカ軍が採用していた銃やわ。今は民間に護身用として出回っているけど、護身用とはご謙遜で殺傷能力ばっちしや。でも、この銃はガバメントにしてはちょっと軽めで細いし、見たことないタイプやから、改良型かもしれへんなぁ」
青井さんは私の持っていた銃の生い立ちを説明しながら、操作方法を教えてくる。
「大体のガバメントはなぁ、グリップのここらへんに
そう言って、握る部位の上にあるボタンを、親指で軽く横にずらす。
「次に、
銃身の上部が後に一瞬だけずれる。そして、素早くバネが戻るように、上部は本来の位置に再び収まる。
「スライドを引くのは、銃を撃つ最初のときだけでええからね。ガバメントはオートやから、二発目以降は勝手に弾を装填してくれんねん」
「ふむふむ」
「そんで、この
銃身上側の後にある突起が、音を立てて下にずれる。そして、突起は下に位置したままになり、止まった状態になる。
「ハンマーは撃った後に上に戻るから、撃つときは
「ほうほう」
「はい、これでスタンバイ完了。そんでグリップの背に付いてる
青井さんは銃を撃つ真似事をしたかと思ったら、突然、私に向かって銃を無造作に投げ返してきた。
「わわ、危ないじゃないか!」
「はいはい、そんじゃ後ろよろしくなぁ」
青井さんの銃の扱い方に怯えながら、私は彼女の後に付いていった。
廊下を慎重に歩いていく。ただ、青井さんがいるというだけでとても心強かった。
地下1階は、今までのフロアのように単純な構造ではなく、このビルの地上階と同じように複雑な構造で、様々な分岐と広間がある。
しばらく歩くと、青井さんが無言で親指を上げて、横に傾けた。どうやら部屋に入るという指示らしい。青井さんが先に部屋に入り、私がその後に続く。
「喋らんのは本当にしんどいわ。嫌いな食べ物を食べるよりしんどいわ」
まさか喋るために部屋に入ったのだろうか。そんなことはないと思いながらも、少しだけ青井さんを疑う。
「1階に上がる隠し通路まで来たんやけど、そこの手前にでっかい広間があんねんなぁ。たぶん、警備員さんがおるやろうから、どうしようかねぇ」
何も考えが浮かばない。しかし、ぼんやりしていると怒られそうなので、一応考えている振りをする。
しばらくして、青井さんが急に
「木原、あんたおとりに立候補せ~へん?」
「絶対に嫌です」
即答する。
「う~ん、そうかぁ、だめなんかぁ。やっぱうちが強行突破するしかないんかねぇ」
そう言いながら、彼女は立ち上がる。
「じゃあ、うちが広間に入って敵さんを始末するから、あんたはその後に安全を確認しながら来てな」
青井さんが扉をゆっくりと開き部屋から出る。私も無言でついて行く。
青井さんは辺りを警戒しながら、足早に進んでいく。私も遅れを取らないように、必死で後を追う。
広間に近づく。緊張から銃を固く握りしめる。心臓が動くたびに、血管が脈打つのが分かる。分岐を曲がると、その先には目指している広間がある。
「さあ、行くで。覚悟はできたかいな」
頷こうとした瞬間、彼女はいなかった。
「えっ」
青井さんは全速力で廊下を駆けていく。
「ちょ、ちょっと」
私も急いで走る。
彼女は広間に入った瞬間、左に向かって疾走する。途端に、廊下にいた私の視界から、彼女は消え去る。
私は広間の入り口から、恐る恐る様子を覗き見る。
広間は長方形で高さもあり、天井まで伸びた太い支柱が数本立っていた。横は20メートルほど、縦は50メートルほどだろうか。出口は奥にあるようなので、逃げ切るには50メートルを走り抜ければいい。
青井さんは広間の左側にある支柱を駆け抜けて、潜んでいる警備員に向けて銃弾を放っていた。
彼女は柱の間隔を利用しながら、走るスピードに緩急をつけて、二丁ピストルで攻撃している。
「青井さん、すごい」
青井さんの俊敏な動作に、私は呆気に取られる。一気に駆け抜けるかと思うと、スピードを緩めて急停止する。体を反転させたかと思うと、逆走して相手を翻弄し、柱を
微弱な電灯が、床一面に
複雑な陰影の広がる空間で、彼女は流星のように刹那という火花を散らしながら、踊り狂っているように見えた。
「ふう、なんとか逃げれたな。お疲れちゃん」
私たちは地上1階の空調室まで続く
「でも、あんな場所に梯子があるなんて知らなかったよ」
「上手く見えへんようにカムフラージュされてるからなぁ。たぶん、管理人さんも気づかへんのちゃう」
車はビルから離れた場所に駐車されている。エアコンも効き始め、暖気が車内の中に満ちてくる。
「さて、本題本題」
青井さんはスーツから銃を取り出し、銃口をこちらに向けてくる。
「あんた、地下に何しに行ったん? 答えようによっては、ばんっだかんね」
彼女の言葉は、冗談なのか本気なのか分からない。だがどちらにしろ、私にできることは彼女の質問に答えることだけだ。
「実は、つい最近千里さんが失踪してしまったんだ」
「えっ、千里ちゃんが失踪って……」
青井さんが絶句する。
「うん、それに失踪といっても普通じゃない。信じてもらえないと思うけど、千里さんはエンパスや感応者と呼ばれていて、人の心が読めるらしいんだ」
私は千里さんから聞いた話の内容を青井さんに伝えてみる。
「そうなんや……」
彼女の反応に、少し違和感を覚える。人の心が読めるなんて言ったら、普通は信じないだろう。しかし、そのことを伝えられるはずもなく、私は話を続けた。
「千里さんはその能力によって何かの団体に実験されていたらしく、その実験が終わったから姿を消すみたいなことを言って、いなくなったんだ」
「千里ちゃんが心を読めるエンパシストで失踪、しかも実験やなんて物騒やな」
「うん。それと、会社の地下施設が千里さんの失踪に関係していると思って潜入してみたんだ。でも、地下に入れたのはたまたま運がよかっただけ、なんだけどね」
「なんでこの地下施設に千里ちゃんが関係してると思ったん?」
私は千里さんらしき人物が地下に降りるのを見たこと、彼女の経歴などすべての個人情報が会社のデータベースから消去されていたこと、彼女が持っていたノートパソコンのキーボード配列がこの会社が過去に製造していたものと同じで、なにかしら彼女と会社のに繋がりがありそうだと説明した。
「ふ~ん、根拠としては弱い感じやなぁ。でもまあ、地下施設まで探り当てて潜り込めたのはお見事やわ」
うんうんと、首を振って頷く青井さん。
「青井さん、千里さんについて何か分からないかな。気づいた点があれば何でも言ってほしい」
そう言ったあとに、単純な疑問が思い浮かぶ。この疑問を先に解決しないといけない。
「その前に、青井さんはどうしてあの地下施設にいたんだ?」
「え~、言わんといけへんの? じゃあ、条件があるわ」
依然として銃口は、私に向けられている。その銃口を彼女はさらに近づけてきた。
「うちの話を聞いた後、この場で死ぬか、うちらの仲間になるか、どちらか選ぶのが条件や」
突然の言葉に、言葉が出てこない。
「本当なら無条件で口封じするんやけどね。今回は特別大サービスで、うちが何しに来ていたか教えてあげる。そんでどちらの条件飲むか考えや」
私が拒否する間もなく、青井さんは話し始める。
「うちはなぁ、この地下施設を偵察する監視員やねん」
「監視員?」
「うちはこの地下施設が何をしているのか調べ上げて、うちの所属している団体に報告する。その報告を受けて、団体が危険と判断したら、施設を襲撃して破壊する。単純で分かりやすいやろ」
「ひ、秘密警察かなんかですか」
「公僕がこんなことできへんやろ。うちらは裏社会の調査団体で超法規的な手段を使って、悪い人たちを叩きのめしてんのよ。今回の任務は、新しく見つかった民間企業の地下施設への潜入。そんために、うちはこの会社に入社して一生懸命に下調べしてたねん。おかげで、会社に怪しまれて地方に飛ばされたけどな。そんでもちょくちょく機会を見つけては本店に戻ってきて、しゃーなしで潜入してたんや。せやけど警備の目が厳しくてなかなか深部に入れへんねんよ。今回は地下4階までやったしなぁ」
「そ、そうだったのか」
青井さんの今までの言動を思い出してみるが、ギャグを言って笑っていることしか思い出せない。彼女は本当にスパイみたいなことができるのだろうか。彼女をスパイにすると、機密情報は何でも喋ってしまいそうだった。きっと、雇用主は寛大な人なのだろう。
「ちょっと喋り過ぎたなぁ。そろそろ歓迎会か告別式の準備をせ~へんと。まあ、うちの正体はざっとこんなもんや。参考にして、じっくり考えて答え出しや」
もちろん、答えは出ている。これ以上は、私一人では何もできないだろう。それ以上に、青井さんが仲間に加わるというのなら、かなりの戦力になる。
だが、そこで新たな疑問が生じる。青井さんは千里さんの捜索に協力してくれるのだろうか。彼女にそのことを聞いてみる。
「青井さん、僕の目的は千里さんを探し出すことだ。それを続けさせてくれるのか」
「そうやなぁ、話を聞く限りでは千里ちゃんも特殊な人間で、かなり地下施設に関係してるみたいやしなぁ。ちょっと上の人と協議せんとあかんけど、まあええやろ」
「わかった、僕でよければ協力するよ」
彼女の銃口が下がり、銃はスーツの中に戻される。
「よっし! じゃあ、あんたもうちらの仲間な!」
青井さんと握手を交わす。
「取り敢えず、木原はうちの部下や。運転は任したから、うちの言うルートを進むんやで。ああ、ええ小間使いができたわ」
少し不安になったが、それをなんとか抑え付ける。私は青井さんと座席を交代して、久しぶりに運転するマニュアル車を発進させた。
「ところで木原、あんたは千里ちゃんを探しに地下施設に行った言うたなぁ。何か見つけたぁ?」
「うん、かなり異様だった」
地下施設で見たものを全て話す。異常な数の銃器、巨大なコンピュータ群、刻印のない薬。そして、人体実験された死体と異形の者との遭遇……。
青井さんは私の話を聞いてる間、一言も話さなかった。指先を口元に持っていき真剣な眼差しで前方を見据えている。
「あんた、どうやってそんな深部まで行ったん?」
「エレベーターから行ったんだ。適当にボタンを押したら動き出して、しばらくして止まったから、その止まった階で降りただけだよ」
「エレベーターとかよく乗れたなぁ。あんたは凄い運の持ち主やわ」
そこまで言って何か思いついたらしく、急に彼女は声のトーンを上げ始めた。
「よっしゃ! 地下施設の調査が終わったら、一緒に宝くじでも買おうや。あんたの運なら1等賞も夢やないで。億千万の胸騒ぎやわぁ」
「でも今回の件で僕の運はみんな使い果たしたと思うよ」
エレベーターに乗れたことや警備員の襲撃をかわして脱出にも成功したこと、おまけに青井さんという頼もしい仲間も得ることができた。これ以上の幸運はもう望めそうにない。
しかし、青井さんは私を無視して、宝くじが当たったら何をするか喋っている。いろんな国の名前やブランドの名前らしきものが言葉の中に挙がってくる。あまりにも幸せそうに夢想しているので、しばらく放っておくことにした。
「ちょっと木原! 聞いてんの!?」
ほとんど聞いてなかったので、彼女の言葉の中から耳に入った単語を、適当に繋ぎ合わせてみる。
「えっと、バーキンにサイパンのバッグを買いに行くんですか?」
これで、何とか彼女に通じるはずだ。
「もうええわ。幸せなうちの夢も、あんたのせいで白けてもうた。謝りや、木原」
「す、すみません」
どうして僕が謝るのだろう。自分に対して痛ましい気持ちになる。
「ところでなぁ、さっきの話の半身人間やっけ。そいつが言ってた内容をもう少し詳しく言ってくれへん? 地下施設に関わる重要な事を言ってるような気がするわ」
にわかに現実に戻され、半身の人間と遭遇したことを思い出す。気分が悪くなってくるのに耐えて、会話の内容を彼女に伝える。
「半身の人間は僕のことを見て『おとこのめがみ』と言っていた。そして、死体のことを『ひけんたい』と呼んで、人体実験した者を『つくられしもの』と呼んでいた」
「他に気が付いたことは?」
「大まかに覚えているのは、この三つだけ。あとは『めがみ』というのは白い服を着ていて『つくられしもの』というのは黒い服を着ているらしい。僕は黒いスーツ白いワイシャツを着ていたから、彼は不思議がっていた。『ひけんたい』というのは緑色の服を着ていると言っていたけど、たぶん手術衣のことだと思う。あと、偶然見たんだけど、死体には脳がなかった。脳は『つくられしもの』が持っていき研究するとも言っていた」
「やっぱ、完全にイリーガルな組織やな」
彼女は視線を窓ガラスに向ける。
「まず『めがみ』って何やろなぁ。女の神の『女神』やとは思うんやけど。宗教の
「僕もそうだと思う。きっと白いローブを着たものを『女神』と呼ぶのだと思う。それと『つくられしもの』は『女神』になろうとしていると言ってた」
「意味不明やわ。黒い服脱いで、白い服着たらええやんなぁ。それで女神さまになれるんやないの?」
「白と黒っていうのは抽象的なものだと思うけど。ここで確実に言えることは『つくられしもの』はどうにかして『女神』になろうとしていることかな」
「どうにかしてって、頭を割って脳を取り出して調べるんやろ? 脳の何を調べるんやろうか」
そこで、千里さんの言ったことを思い出す。
「話が少し飛ぶけど、実は千里さんのことを、半身の人間は知っていたんだ」
「なんで知ってんの? 何か面識があったんやろうか」
「いや、僕の手に触って『あなたはひけんたいを探している。名前は千里という』と言われたんだ。今考えれば、僕の心を読まれたような気もする」
「それはリーディングやな」
「リーディング?」
「残留思念とか、サイコメトリーとか聞いたことない? 人や物に触れると、そこにある思念や人の思考を読み取ることができる能力や。千里ちゃんのエンパスに少し似てるけどな。エンパスは物に残った思念は読み取れへんのやけど、人の心は触れへんでも読めんのよ。人間の心専用のラジオみたいなもんね。リーディングは、物の思念体も人の思考も読めるけど、触れへんと読めへんの。こっちは思念体のスキャナみたいなもんやね」
「ふむ」
「会話途切れさせてしもうたな。木原、続けてええで」
感心していると、青井さんが話しの続きを促してくる。
「さっき話したように、千里さんも能力を活かしてどこかの組織の実験に関与していた。彼女の脳内のデータを、組織は必要としていたらしい。そして『ひけんたい』と呼ばれた脳のない死体。半身の人間が言った千里さんを『ひけんたい』と示した言葉。千里さんは『ひけんたい』として、この地下施設の組織に捕らわれて、脳のデータを取られようとしている」
「それやと、千里ちゃんかなり危ない状況やないの」
「うん。でも彼は、千里さんはまだ生きてると言っていた」
「それでも、助けるんやったら急がへんとやばいわなぁ」
「千里さんは人間の恋愛をしたときの脳内作用を調べろと言われていたらしい」
「恋愛のこと調べるって、脳とか取り出す人体実験してる割には、メルヘンでのんびりしてんなぁ」
青井さんが首を傾げる
「だから、千里さんもきっとあの地下施設にいると思うんだ」
「むう、かなり難しい問題ねぇ」
彼女は目を
「つまり『つくられしもの』が『女神』になるために、千里ちゃんのような『ひけんたい』の脳から恋愛のデータかなんかを取っているってわけやな。意味が分からん部分も多いけど、あの地下施設はそんなことをしてたんか。でも、それだけやなくて他にもいろいろやってそうやけどなぁ。たくさん銃器といい、巨大コンピュータの話といい」
「あっ、それと意味が良く分からない単語なんだけど、第六世界、第七世界とも言っていたな」
「まだあるんかいな。お喋りな半身人間やなぁ」
青井さんはうんざりした声を上げる。
「これはなんだろう。第六世界では生きていけないとか、第七世界から連れて来られたとか。どういう分類で、第六世界とか第七世界とか言っているのかな」
「さあ、うちにも分からへんわ」
そう言ったきり、彼女は座席シートを倒して、眠り込み出した。
「ちょっと青井さん。僕、行き先分からないですよ」
「分かってるわ、そんなこと」
「このまま直進でいいんですか」
「そそ、真っ直ぐ行っとき。曲がる頃になったら起きるから」
それだけ告げて、青井さんは私に背を向けて横になり、うとうと眠り始めた。
それから、寝ぼけ
2時間ほど車を走らせただろうか、暗く沈んだ森林の中にある駐車場に辿り着く。駐車場の奥には平屋の大きな建物があり、頑丈な門が来る者を拒むように閉じている。周りに他の建物はなく
「さあ、着いたで」
私は車から降りて、大きな門に近づく。その門には消えかかった文字で「H.P.A.A.C.」と記されていた。
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