第10章 前編

 デスクが無造作に置かれた部屋の中、そこに銃を向け合った青井さんと富樫がいた。


「富樫さん、支店に訪ねてもおらへんかったから、なんかおかしいなと思ってたけど、あんたが第七世界の反乱者やったとはなぁ。首謀者のミラさんはさっさと逃げてしもうたけど、喋っていた内容はしっかり聞かせてもらったで」


「……」


「半年間もこの地下施設で反乱者の捜索をしてたっていうのになぁ。探しているものって、突然あっけなく見つかるもんなのね。クーデターの日時も判明したし、とにかく、うちは報告するだけやから、ここでおさらばさせてもらうわ」


「待て」


「何やねんな」


「俺はお前の正体を知っている」


「半年間一緒にいたよしみで聞いてあげる。さっさと言いや」


「通称『H.P.A.A.C.』正式名称『Human Preternatural Abilities Analysis Corporation』人間の障害に起因する超能力に対して研究を行っている団体だ。表向きは脳開発だとうたっているようだが、実状は超能力者の遺伝性脆弱を嫌疑し、超能力者の遺伝子を持つ者たちを人身売買や胎児のうちに中絶して殺害する組織。不良な遺伝子を排除するという思想を基に、消極的優生学を完全に信奉した狂った団体だ」


「うちらの団体でもそこまで知ってるのは一部だけやのに、ようそこまで調べたなぁ。感心しすぎて呆れるわ」


「コードネームB7。別名、青井涼子。お前は優生学に錯綜した団体の一人だ」


「別にうちは優生学ユージェニックスをそこまで信じてへん。あんなの真に受けてたら、ヒトラーさんやヘスさんみたいになるわ。それに、うちらの団体はアウシュビッツを建設して大量殺戮ホロコーストを実現しようとしているわけやないの。ただ、綺麗な花を咲かせるためには、いくつかの雑草に除草剤をかないといけへんやろ。その汚れ役をうちらの団体が買って出てるだけや」


「曲論だ」


「でも、障害を持った超能力者の遺伝子が人類を弱らせて滅亡に導く、それが事実やねんから仕方ないわ。第七世界に関与してるんなら、その辺は解るやろ。人間の遺伝子は外的要因には強固やけど、突然変異などの内的要因には非常に弱いと言われてる。第七世界では科学力が人間を弱らせたけど、こちらの世界では超能力者の遺伝子が人間を弱らせることが、第七世界のシミュレーションで判明したんや。科学力だけはある第七世界の実験やから、間違いないわ」


「お前たちは何をしているのか解っているのか。お前たちが行っていることは、生命の操作だ。人間を高めているのではなく、おとしめている行為だ。生まれてくるものの選定など、誰にもできない」


「とても倫理的やな。でもな、例えばあんたの子供が胎児の時期に障害児やと解ったらどうする? 一瞬でも中絶という言葉が浮かんでしもうたら、うちらの理念や行動をあんたに批判されたくない。富樫さん、あんたの言葉はただの理想にすぎへん。あんたの言葉の方が滑稽こっけいに聞こえるで」


 富樫は反応しない。


「話が少し大げさになってしもうたな。なにも、うちらの団体は消極的優生学を再来させようとしてるわけやないの。ヒトゲノム研究によって、ある程度の根治的な遺伝子治療が行えるようになったのは知ってるわなぁ。だから、消極的優生学に基づいた行動をしなくていいし、する必要もない。それに、遺伝性突然変異は誰しも一定の確率で起こることや。逆にそれを止めることは人間の遺伝的発展性を止めることにもなる」


「……」


「でも、超能力者の遺伝子は少し違うねん。タンパク質合成に直接関与しない『要らない説明書』と呼ばれるイントロン部位に、超能力に携わる遺伝子が存在する。それが通常の人間の遺伝子と掛け合わさると弱体化変異を及ぼさせるねん。しかも弱体化変異した超能力者の遺伝子は淘汰させることなく、根強く遺伝子に定着する。そして、今は少ない超能力者の遺伝子が、徐々に広がり異様な変異を育み、人類の力を弱くする。そういうシミュレートの結果が事実としてあるねん」


「シミュレートは模擬に過ぎない」


「どんなに反論しても、出た結果は事実への結果や」


「その結果は一つの仮定だろう。そこに行き着くとは限らない」


「確かに仮定かもしれへん。やけど、その結果に至る可能性、確率が非常に高いと言い換えれば、頭の固い富樫さんでも理解できるやろうか。現に、超能力者と通常の人間との子供は、何かしら障害を持って生まれてくるねん。これはきちんとしたデータ、事実や。そのデータを基に、科学力の高い第七世界によって作成された仮定は、未来の事実に限りなく近い」


「……」


「だから、うちらの団体は人類が繁栄するように、人類が滅亡する可能性や確率を減らすために、超能力者を駆逐してるわけ。たった何人かの超能力者を駆逐するだけで、多くの未来の人間が救われるんや」


「……」


「極論やけど、一人の命を奪えば、一万人の命を救えるとして、富樫さんはその一人を殺すか生かすか、どちらを選ぶん?」


 富樫は返事をしない。


「答えられへんのね。まあ、うちもその問いには答えられへん。でもな、富樫さん。それがきっと正解なんやわ」


「……」


「たくさん能弁たれたけど、うちはこの考えにはほとんど興味がないねん。ただ、自分の任されたお仕事だからという理由が一番大きいわ」


「……」


「長々と喋ってしもうたな。こんな時にも話し込んでしまうなんて、自分の性格をうとんじるわ。さて、最後に一つだけ質問させて。富樫さん、あんたは何者やねんな」


「一万人の命を救いたければ、一人の命を奪わなければならない、か。もし、その一人の命が、自分にとってかけがえのない存在だったらどうする?」


「富樫さん、質問にちゃんと答えてや」


「俺は自分にとってかけがえのない存在の、一人の命のために」


 撃鉄ハンマーの引かれる音。弾倉シリンダーの回転する音。


「一万人の命を見殺しにする」



「やめろ!」


 私は転がるように部屋に入り、銃口を向けて大声を張り上げる。


「木原!? どうしてお前がここに!?」


 富樫から驚きの声が上がる。


「木原ぁ、ナイスタイミングや。見ての通り、富樫さんはこの地下施設に関与しているものや。千里ちゃんを監視し、連れ去った張本人や。ほら、はよ撃ちや」


 私は首を大きく横に振る。


「どうして? この人が千里ちゃんをさらったんやで」


「富樫のことはよく分からない。青井さんの言っていることが真相なのかもしれない。でもその前に、青井さん。あんたは僕を騙している」


「なんやて?」


「片瀬に話を聞いた。富樫との話も聞かせてもらった」


 銃口を富樫から外して、青井さんに向ける。


「本当の事を言ってくれ」


 懇願と指示が私の声に入り混じる。


「青井、木原をどうやって言いくるめて、ここまで連れてきたんだ。こいつは俺と同じ立場のものだ」


 青井さんの眉間が大きく歪む。そして、富樫に向けた二丁銃の左を、私に向けてきた。私は怖気づきそうな心を、無理やりたかぶらせて言葉を続ける。


「HPAACのことは全部解った。千里さんの置かれていた状況も分かった。この地下施設も大体のことは掴めた。だけど、この状況が何なのかが分からない」


 富樫と青井さん、二人が黙る。


「答えてくれ、青井さん」


「……」


「何か言ってくれ、青井さん。どうして、僕たちが銃を向け合わせなければならない? どうして、僕たちが殺し合うような真似をしなければならない?」


 何かが、崩れていく気がした。


「もう、みんな銃を下げろよ。僕たちの関係はこんなんじゃないはずだろう?」


 でも、誰も銃を下げない。


 なまりが冷え固まったような沈黙。その沈黙の中、青井さんが小さく口を開く。


「うちのあんたらといた目的はな。第七世界に対する牽制のために、被検体である千里絵梨と対象者である木原弘泰の監視をすることやった。他は何もない」


 彼女はそれだけ言い終えると、寂しそうに目を細める。


「あんたらとの関係は、ただそれだけや」


 その言葉が、銃撃の合図だった。


 唐突に、富樫が銃弾を青井さんに向けて数発放つ。不意打ちのため、青井さんは反撃できない。何発かが着弾し、彼女の体が宙を舞うように崩れ落ちる。


「富樫っ!! 止めろ!!」


 思わず、銃口を富樫に向ける。撃鉄ハンマーを引くところまで手が勝手に動く。


 しかし、引き金がどうしても引けない。


「どうして撃った!? どうして撃ったんだ!?」


「お前こそ、どうして撃たなかった? 俺には、撃たない意味が分からない」


「そんなの撃てるわけないだろう!」


「なら、青井の行動を認めるのか?」


「青井さんの行動を、僕は許せない。だけど、青井さんを撃てるわけないじゃないか」


「お前が言っているのは綺麗事だ。それでは本当に守りたいものを守れない」


 突然、青井さんが起き上がる。鮮血にまみれる左肩を押さえつつ、銃を乱射しながら出入り口に駆けていく。


「まだ生きていたか」


 富樫が銃撃を再開する。弾丸の壁を貫く音が、辺りに残響する。


「止めろと言っているだろう!」


 威嚇で、富樫に発砲する。私の発砲により、一瞬の隙ができる。その隙に青井さんは、廊下に飛び出して逃げていった。


 富樫は冷たい目つきでこちらを睨み、無線機を取り出して、青井さんを追いやる。


「こちらB3H区画。こちらから侵入者が逃走した。HPAACの者だ。情報が漏洩するとまずい。直ちに射殺しろ」


 私は床に崩れ落ちる。何も考えることができない。ただ憎悪に似た黒いものが、体の中で渦巻くのを感じる。


 しばらくして、富樫に立つように言われる。暗い感情を立ち上がる力に換える。


「ついて来い。お前に話したいことがある」


 私の方に振り返ることなく、富樫が部屋を出て行く。私は重たい足取りで彼に付いていく。ただ理解したことは、ここではない別の場所に移動するということだった。

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