挿話1

 久しぶりに自分にあてがわれた白い部屋に戻ってきた。私は白いローブを身にまとい、大きな寝具に腰掛けている。

 一人で空虚な部屋にいると、白さに塗り潰されて、何も考えられなくなる。まだチェスに面会する時間ではなかったが、私は部屋から早く出たくなり、立ち上がろうとした。


 その時、扉が音もなく開いた。黒い闇が漂う扉の向こうに、従者の笑顔が見える。


「チェス様がお越しです」


「……通してください」


 従者が慇懃いんぎんに一礼して後ろに下がる。それと入れ替わるように、黒いローブを身に纏ったチェスが部屋に入ってくる。

 彼は黒いローブを着ているためか、闇から突然現れたように見える。


「状況はどうだね」


 チェスの低く響くような声。


「はい、何も問題ありません」


 私はただ、事実を告げる。


 チェスが私の部屋にやって来ることは珍しかった。いつもであれば、彼は黒い部屋に身を沈めて、指示や命令を出している。協議する場所も、必ず黒い部屋が使用されていた。チェスの来訪に少しの驚きを感じながら、私は彼の言葉を待つ。


「現在、データの解析は順調に進んでいると報告を受けた。素晴らしく綺麗なデータらしい。やはり優秀なエンパス能力者は、能力を多少落としてもデータの質はそれほど変わらないようだな」


 エンパスという聞きなれない言葉。チェスによれば、心を読む能力のことをそのように言うらしい。


 私は返す言葉が思い浮かばず、そのまま黙り込む。それに気付いたのか、チェスが話しかけてくる。


「心配することは何も無い。薬剤も機器も有効に働いている。すべては計画通りに滞りなく行われている。残りの人間も気にしなくて良い。HPAACハパックの人間も監視しているようだが、気にしなくていい」


 HPAACとは、消極的優生学に基づきこちらで不要な人材を、私たちに提供する団体と聞いている。しかし、私たちに許可を得ず監視するなど、過去の経緯からも信頼できる組織ではなかった。


「あなたはあなたの仕事をすればいいのだ。今回も、以前と同じように終わるだろう」


 そう言いながら、扉に向かうチェス。そして、彼は闇の彼方へ消え去っていった。

再び、静寂が訪れる。


 部屋の白さに急き立てられるように、寝具から立ち上がる。私は白い服を脱ぎ捨て、この世界の服装に着替えた。

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