クズの極み、魔術学園へ
『では、本日より、中立国家グリリステンに移動して貰います。釈放手続きは此方にお任せください』
『ポショポチョ、私から逃げるんだってね……そうなんだね……』
翌朝、ゴッコルさんのハイライトが消えた視線に見送られ、俺は牢獄を出た。久々に当たる日の光に眩しさを感じながら、微風や人々の賑やかな声に微笑を浮かべる。この暖かさが異世界であろうと平和な世の中はどこにでもあると感じさせてくれるのだ。今なら募金だってできそうだと思っていると、突如として後ろから駆け出してきた黒服の亜人さんにベルト型の拘束具を取り付けられた。くぅーん……
口にはボールを付けられ、気分はさながらCCだ。確かに俺は不死だけど、ギアスみたいな力は持っていない。だと言うのに、この徹底っぷりだ。人を何だと思っているのだろう。
結局、俺は自分で歩くこともままならない状態で亜人さん達にえっちらほっちらと運ばれて犯罪者輸送車に打ち込まれた。
フカフカな座椅子に固定された俺は非常にリラックスした気分で魔術学園へと近づく光景を見つつ、我が女神との再開をワクワクして鼻歌を歌いながら体の力を抜く。
「其処まで拘束されて笑うとか、本当にジョーカーみたいな人ですね」
あそこまでは酷くないと思うんだけど。
◆◆◆◆
・時刻:ポショポチョ氏の死亡から二日前
・場所:中立国家グリリステン・サルでも入学できる魔術高等学園前正門
俺は初対面ってのを大事にする。人間ってのは初対面での見た目でその人間の七割を勝手に理解して判断すると思っているからだ。たとえ、俺の中身がどんな人間であろうと初対面で爽やかな笑顔を浮かべ「おはよう!」と元気良く言えば、「あ、ちょっと優しそう」とか思ってくれる筈だ。ましてや、人は緊張状態だとそう言った思考に陥り易い。入学式なんて正にそうだ。「私、友達できるかな……」とか不安になっている女の子に「おはよう! ちょっと道を聞きたいんだけど良いかな?」とでも言って、会話を弾ませれば、電話番号という個人情報を簡単に手に入れられる。
シャイを自負しているポショポチョくんは女の子にそんなことしないけど、やろうと思えば出来るほどに初対面の第一印象ってのは大事だ。
「A班、正門、裏門に配置完了しましたっ!!」
「B班も同じく問題ありませんっ!!」
「よし、これより、重要犯罪人を校長室へ移送する!! 総員、気を抜くなよ!! 武装チェックは怠るなッ!」
「「了解ッ!!」」
学園生活ってのは長い。この学園は五年生。大学みたいな間隔で拘束されるのだ。しかも全寮制で外出時には外出届が必要とのこと。俺が居た監獄より遥かにマシな環境だが、軍人のような生活を強いられるのだ。外出の機会が少ない。寮生活が決められているとなれば、此処で大事になるのは友人関係だ。
俺は自慢じゃないが交友関係が広い。でも、大体の奴等が表社会にでると監獄に打ち込まれるので、気軽に「ラーメン行こうぜ」とか誘えないのだ。つまり、俺は表立って付き合える友人が少ない。だからなのか、俺は普通の友人に飢えている。
学園生活においてボッチとは辛過ぎる。しかも五年だ。五年も学園生活に縛られるなら、どうせなら友人を作って学園の青春を楽しみたいと思うのは間違いだろうか。
「なにアレ? 今日って入学式だよね? 此処って監獄じゃなくて学園だよね?」
「なんか、今年はヤバイ新入生が来るとか言われてたな」
「町で噂の不良が入学とかじゃなくてマジモンの犯罪者が入学すんの? それヤバイって話で済むの?」
「アーカムの犯罪者ってあんな感じの拘束具付けられてるよね」
「分かる。ペインとかあんなんだった」
しかも此処は異世界でありながら【地球】からの転移者だらけだ。地球あるあるの話が通じるとあれば会話のネタも豊富になる。遠くの地方の学校に入学しましたとかではなく、異世界の学園に入学しましたとなれば、不安になって友達を作ろうとしている奴等も多くいる筈だ。此処で会話スキルの高い俺が本領を発揮すれば、すぐに友達が作れるだろう。
「此方、王都ダスクリア重要犯罪者移送部隊でありますっ!! 引継ぎの部隊隊長はおられますかっ!?」
「ハッ!! 此方、サルでも入学できる魔術高等学園転移者鎮圧部隊隊長のワカバ・サトウでありますっ!!」
「警備状況は万全であります!! このまま移送作戦を続行しても問題ないでしょうかっ!?」
「許可いたしますっ!! よろしくお願いいたしますっ!!」
「ハッ!! よろしくお願いいたしますッ!!」
あのさぁ……
俺は深いため息を吐いた。
こんな入学式あります? もう扱いが完全にジョーカーじゃん。喋らせたら駄目みたいな扱い辞めない? 俺、これから此処で学生生活を送るんだよ。誰がこんな光景を見て、俺に話しかけようとするの? 俺だけ友達作るの最高難易度になってんじゃん。ありえます、これ? いい加減、この拘束具も辞めない? 言っておくけど、俺のステータス的に子供にすら負けるんだからね。なんならクソザコ筆頭って言われるゴブリンにすら殺されるよ。そもそも職業からして【薬剤師】の俺には戦闘能力が皆無だ。この学園で最弱は誰かって言われたらおれ自身が自信満々に手を上げるよ。
はぁぁ、やってられないよね。ちょっと学生生活頑張ってみようかなって思ってた気持ちが消し飛びましたわ。
「ポショポチョ氏、ポショポチョ氏」
ん?
ふと横を見ると、俺を拘束具に取り付ける役目を補っていた鳥の亜人さんが小声で話しかけてきた。するりと、俺の口に取り付けていたボールを軽く外してくれる。
「ありがと」
「い、良いよ。みんな酷いよね。ポショポチョ氏はいい人なのに、こんな扱いするなんて」
ちょっと内気な亜人さんは照れた笑みを浮かべ、ちょっと怒った風に言う。ところでコイツは一体誰だろう。良く分からないから、俺は誤魔化すように優しく微笑む。
『常時スキル:ヒモマスターが発動しました!!』
俺の脳裏でスキル発動のメッセージが流れる。
「良いんだよ。みんな、俺のことをちょっと誤解してるだけさ」
「そ、そうだよねっ。ポショポチョ氏は良い人だっ。あ、拘束具苦しくない?」
「ちょっと苦しいかも……」
「少し外してあげるねっ」
天使のような亜人さんが拘束具を緩めようとしてくれる。なんだろう。やっぱり人間ってクソだわ。亜人さんの心優しさを知ってほしい。
「おいおいおいおいおいおい待て待て待てえぇええぇッ!! トリララを拘束しろォーーーッ!! ポショポチョのヒモマスターに精神がやられているぞぉーーッ!!」
「「オオオオオオォォォオオオォオーーーッ!」」
「ひゃああぁあああぁああーーーっ!?」
俺の傍にいた鳥の亜人さんが他の亜人さん達に拘束され、連れ去られていく。
「と、トリララさぁぁんーーーっ!!」
「ポショポチョ氏いぃいいぃーーーっ!?」
俺はたったいま知った鳥の亜人さんの名前を叫ぶ。トリララさんの抵抗空しく、彼女はそのまま亜人さんに連れ去られていってしまった。
「貴方はほんっっとに油断もスキもない人ですねェッ!?」
「待ってくれ、ミュカバ氏。俺は別にやりたくてやってねぇんだ。ただ、このヒモマスターってスキルは厄介でな、女性相手だと勝手に発動しちまう自動スキルなんだよ」
「生きる病原体ですか貴方はッ!? 早いところ、”シスター”に合わせないと、亜人さんが全員やられてしまう……なぜ、亜人という種族は皆、揃って母性が高いのでしょうか……」
それは俺も不思議に思ってた。亜人さんってのは、何故か人間に対して過保護になる人たちが多い。ゴッコルさんなんて良い例だ。同属の亜人に対しては鬼軍曹とか呼ばれているけど、転移者に対しては妙に優しい。まるで優しくするのが当たり前のような……ん? これもしかして異世界の謎に迫ってきたか?
「ミュカバ様っ!! 重要犯罪人の学園の受け入れ準備が完了致しました!!」
「ようやくですか……」
「その重要犯罪人って呼び方辞めない? 俺、そこまで酷いことしてないぜ? ただちょっと牢獄に入れられた回数が多いだけだよ?」
「百七十二回も逮捕されていれば残等な扱いかと思いますが?」
ぐうの音もでない反論に俺は口を閉じた。
「では、亜人組は撤収いたします!!」
「はるばる王都からの移送、ありがとうございました」
「いえ、ポショポチョの人格強制変更プログラムには我々も期待しておりますので!!」
えぇ……(困惑) 俺、人格変えられようとしてんの……?
亜人さん達は綺麗な敬礼をすると、転移者によって作成されて車に乗って全員が帰っていった。此処に残ったのは、俺の人格を変えようと目論んでいたミュカバ氏と、今日付けで学園に入学する転移者達。中には単に学園に勉強しに入学した亜人さんもちらほらと居る。
俺は以前とベルト型の拘束具に縛られたまま、好奇の視線に晒されている。
早くも心が折れそう。ゴッコルさんの下に帰りたくなってきた。
「ポショポチョさん、貴方には初めに言っておきます」
「あんだい?」
「この学園にて、転移者に人権はありません。この学園の目的は自由人であり、不死者という規格外な転移者をマトモな人間に構築し直す施設です。犯罪行為を平気で犯す人間も数多に入学しましたが、今では立派に公務員をしている転移者が沢山、居ます。此処はそういう施設なんですよ。私達は転移者をマトモな人間にするためにはなんでもやります。人道的だなんだはどうでもいいんです。だから、おそらく卒業までに貴方は三桁を超える数、死ぬでしょう。いや、殺されるでしょう」
「……」
「安心してください。此処の蘇生は完璧です。貴方は此処で数多の死を迎え、善人へと近付く。私も、貴方を殺すことには躊躇いません。そうですね、一度、此処での更正を知って貰うために、此処で証明しましょう。入学前の学園体験のようなものです」
ミュカバ氏は腰の長剣をスラリと抜き出して、唇を三日月に吊り上げる。
「――――では、一度だけ死んでみましょうか?」
俺はあらかじめ外してあった拘束具を投げ捨て、学園の奥へと走って逃げた。
助けてゴッコルさん。此処は監獄よりヤバイところだ。
◆◆◆
・時刻:ポショポチョ氏の二回目の死亡から二日前(訂正)
・場所:サルでも入学できる魔術高等学園・中庭の森
死にたくないっ……死にたくないわんっ……ゴッコルさんっ……
ぷるぷると震えながら、俺は学園の中にあった木々の林の中に隠れる。
「うふふっ。ポショポチョさーん。大丈夫ですよ。貴方はこの学園でマトモな人間になるまで殺され続けるんです。私に、教師に。でも大丈夫。貴方がマトモな学生生活を送るなら、私は貴方を殺しませんよ。つまり、貴方が私に殺されるということは、貴方がマトモではないということなんですよ。さぁ、隠れてないででてきてくださいよ、ポショポチョさぁーん……」
ふざけるな、お前、どの口で俺がマトモじゃないとか言っているんだ。客観的にみて、お前が一番ヤバイ人間じゃねぇか。第一、俺はまだ学園で何もやらかしてないぞ。何も犯罪行為を犯してないじゃないか。お前の言い方だと、殺す殺さないの線引きはソレだろう。まだ殺される筋合いはないぞ。
「此処ですか? 【ソードスキル:ブレイバー】」
俺が居る方向とは見当違いの方向に、青い剣戟が衝撃となって木々を細切れにした。
俺が持っていないアタックスキルに分類される技だ。おそらく、飛ぶ斬戟と言ったところだろう。防御力がナメクジの俺が当たれば、其処には細切れとなるポショポチョが残るだろう。本気と書いてマジだ、あの女。殺すことに一切の躊躇がない。いくら蘇生するからってソレはどうなの?
「あら、いませんねぇ……」
反逆だ。俺はこの女に逆らわなければならない。何よりも生きるために。
俺は【薬剤師】と呼ばれる職業についている。
これは所謂、回復薬や毒薬といった薬を作りだすことが可能となるタイプの職業。MMOの薬剤師あたりを想像してくれれば、大体あっている。
俺は善良な人間だ。人に害するスキルは何ひとつ持っていない清廉潔白な男なのだ。握力だってステータス的に箸より重い物を持てない。着々と俺が隠れている方に近付いてくるイカレ眼鏡女に怯えながら、俺は地面に生えている雑草を引き抜いた。
「貴方はきっとこう思っている。殺されるくらいなら殺してやろうと。素敵ですね、感動的です。ではヒントをあげましょう。私は【レベル:558】です。聞こえましたか? 【レベル:558】ですよ。あぁ、ポショポチョさん。私を殺せると良いですねぇ? 【ソードスキル:ブレイバー】。二つ目のヒントを上げましょうか? 私のレベルだと、心臓がなくなっても三日は生きていられます。さぁ、どうやって私を殺しますか? うふふふふふふっ……」
俺には【薬剤師】に必須と言われている【アクティブスキル:鑑定】を持っていない。この【鑑定スキル】は読んで字の如く、説明するまでもないだろう。
【鑑定スキル】を持っていない俺は、脳内に焼き付けた薬草知識と感で薬草を手に入れ、薬を作るしかないのだ。適当な材料であっても、【薬剤師】は、とりあえず草を材料にすれば、何等かの薬が作れる。これは、もはや運だ。この適当に生えていた雑草が、俺を生還へと導く鍵となる薬になることを祈り、【薬剤師】のスキルを発動させる。
【SSRスキル:魔薬が発動しました】
【安楽死剤のクラフトに成功!!】
百パーセントの毒物が作成されたのを見るに、この学園は魔境なのだろう。
手に持つカプセル型の薬を見つめながら、俺は悩む。
これ、飲む?
確かに、イカレ眼鏡女に惨殺されるよりか、楽な死に方出来るけど。殺されたくないから自殺って人としてどうなの?
「ポショポチョさん、みっけ」
殺人鬼の笑顔を見て、俺は迷うことなくクラフトした薬を飲み込み、安らかな死を迎えた。
ゴッコルさん……
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