テンプレな魔術学園ファンタジー(神様基準値)
ニコウミ・ウミタ
ゲスの極みの擬人化
「ふっはははははははッ! 上等だッ!! そんなに死にたいならやってやるよッ!! 貴様らは皆殺しだッ! もうどうなっても知らんぞ、虫けら共ォーッ!!」
魔術学園クラス対抗闘技戦・決勝。
どす黒い液体が入ったアンプルを首に突き刺した俺が叫ぶ。
紫色の尻尾をブンブンと回して、頭から生えた自慢の雄々しき角をブンブンと見せ付けた。
「魔王だよ、アレ、やっぱりラスボスだって」
「だから言ったじゃん。俺は分かってたから。テンプレ的に居るんだって。同じ学園に魔王側の幹部は絶対に居るんだって」
「あの、なに? アレ。虚じゃん。虚に飲み込まれた死神じゃん」
「フリーザみたいなこと言ってる……」
「デスピサロの気持ち悪い方だ」
真っ白になった野太い腕をグルグルと回転させる俺に周りの奴等は好き勝手に言ってくる。
え? 嘘、マジで? デスピサロの気持ち悪い方みたいになってるの? なんで?
「ポショポチョ氏ーッ! ポショポチョ氏ーッ!」
ポショポチョ。
何時聞いてもクソみたいな名前だ。まぁ、俺のことなんだけどね。
発音しにくい名前を必死に叫ぶのは俺の背中にいる仲間の一人。スラリとしたスタイルに黒のジーパンと黒シャツ。お下げの髪を三つ編み。明らかに整形しているであろう美人な顔立ちの、知的そうに見える俺の性癖を女体化したような女。
我がクラスで参謀を務める“ワフゥ”さんだ。
「ばるるるっ!!」
俺は何だと言葉を返す。
アレ? 言語になってるの、これ?
「ポショポチョ氏ーッ! 言ったじゃないかっ!? 戦力的に魔王側が有利ならボクを魔王側にしてくれるってっ!! これ、そう言う事で良いの!? ボクは戦力的に魔王側にいるって認識で良いのかなっ!?」
「ばるるるっ!!」
「ダメだッ! ポショポチョ氏ッ!! 魔王側の言語はボクには理解できないよっ!! 勉強しておくんだったっ!」
嘘だろ。人語を喋れなくなってるんだけど。デスピサロの気持ち悪い方でも人語はギリギリ喋れてたのに。
俺は自慢の雄々しき角をブンブンと振り回した。
「ワフゥ軍師。ダメじゃ。アレはもはや、人間や魔族を超越しているんじゃ」
その隣。和服を着込んだ今時有り得ない口調で喋る鬼の亜人が沈痛な表情で首を振る。彼奴は我がクラスの壁役であるオニニ氏。特長と言えばエロくておっぱいが大きいことくらいだ。
大丈夫だよ。まだ人間だって。
俺は上手く動かない口を動かして仲間に声をかける。
「ぐっ……グ、ルゥ……オデ、オマエラ、ナカマ。ダイジョブ……」
「ポショポチョ氏ッ!! それ、完全に化け物の口調だよッ!? タイラントみたいな口調だよッ!?」
「ポショよ。流石のわっちもドン引きレベルの化け物なんじゃけど……」
マジかよ。
市場で買った「魔物になれる君」にこんな効果があったなんて知らなかったわ。
俺は尻尾をブンブンと振り回しながら首を捻る。
そもそも、俺はなんでこんなことをしているんだろう。少し前までは一般人を代表するくらい一般人をやっていたのに。
「ポショポチョくん」
ハッと気付き、俺は仲間達がいる方向とは逆を見る。
其所に居たのは一人の青年。右手には神々しい両刃の剣を持ち、左手には青銅の盾。傷付いたクラスの奴等を俺から護るように立ちはだかる。
「ユウシャ……ッ!!」
勇者ユウシャ(本名)
初めて名前を聞いたときは耳を疑った。
ユウシャ・エラバレシーと言うフルネームは今、想い出しても失笑レベルの名前である。親はきっと彼が産まれたときに選ばれし勇者だと想ったのだろう。
俺は想った。彼の親はきっと知能指数ゼロのギャルとチャラ男なのだろうと。
そんなユウシャ君は俺を悲しげな瞳で見つめてくる。
「君は……俺の友達だよね?」
何言ってんだ此奴。
でも、俺はとりあえず流れに乗る。
「オデ、オマエ、トモダチ」
ホロリとユウシャ君の瞳から涙が零れる。
嘘だろ。此処は泣くとこなの? 何処に泣く要素があったの? 感動的な場面でも、もうちょっと伏線張るよ? 泣くの? 俺も泣いた方が良いの?
戸惑いながら助けを求めるようにワフゥ軍師に目を向けると、ワフゥ軍師は真剣な顔で頷く。
「泣くとこだと想う」
そうらしい。
俺はホロリと涙を流した。
「泣くとこと理解して速攻で泣けるポショポチョ氏は凄い。人間性はともかくとして」
ワフゥ軍師の言葉を右から左に受け流す。
俺はとりあえず角を百八十度に回転させ発光させてみる。何となく演出を醸し出した俺にユウシャ君は唯々、涙を流す。
「闘うしかないのかい、ポショポチョ君」
「タタカエッ!! タタカエッ!!」
「それしか君を救う方法はないのかい……?」
いや、恐らく俺がこんな化け物になっているのは【魔物になれる君】って言う薬のせいだから解毒薬とか吞めば人間に戻れると想う。でも俺は言う。
「コロス、コロスッ!!」
まるで死ぬしか方法が無いと言わんばかりの俺にユウシャ君はぎりっと奥歯をかみしめて涙をこぼしながら剣を掲げた。
「……お前を殺す」
ヒイロ・ユイっ!?
「“第八式封印術・解放”」
急に剣を構えだしたユウシャ君は俺の何百倍はあろうかと言う魔力を解放した。その凄まじい力は闘技戦の会場に悲鳴を上げさせ、仲間達はあまりの力に顔を引き攣らせる。溢れ出す魔力は地面を砕き、大地を震わせる。これが魔王を殺すと言われた勇者の力なのか。ユウシャ君の名前をからかいにからかったクズ共も報復を恐れて一斉に顔を引き攣らせる。
圧倒的とはこの事を言うのだろう。
周りから一人で軍隊と渡り合えるとか言われていたユウシャ君の力を目の当たりにした俺は尻尾を地面にビタンビタンと打ち付け、背中にいるワフゥ軍師に顔を向ける。気分はさながら、チワワで。
「タスケテ」
「嘘だろポショポチョ氏ッ!? 此処まで舞台を作り上げておいて、助けを求めるのッ!? 正気かいッ!? 無理だよ、どう考えてもッッ!?」
無理らしい。
「ポショポチョよ。わっちはお前さんなら勝てると信じとるぞっ!! 男なら命はらんとなっ!!」
いや、無理だろ。アレは勝てる勝てないの話じゃないよ。言うなればコレは主人公と悪役じゃん? 悪役は俺で主人公は彼奴じゃん? じゃあさ、俺は此処で負ける訳じゃん。
魔術学園物のファンタジーで悪役が勝つとか有り得ないじゃん?
「大丈夫だよ、ポショポチョ氏ッ!! 今の君、フリーザみたいな体系してるし、きっと勝てるよッ!!」
「カテル?」
「勝てるよッ!! うん、勝てるッ!!」
勝てるかなぁ……
俺はどっこいしょと持ち上げられるがまま角をブンブンと振り回して、ユウシャ君へ突き付ける。気分はさながら闘牛だ。
なんか言われてみれば勝てる気がしてきた。魔力とかミジンコとジェット機みたいな差があるけど俺の角がユウシャ君に刺されば勝ちじゃん? 人間ってのは腹に穴が空けば死ぬ生き物。
対して、今の俺はフリーザ。身体が真っ二つにされても生きていられる。
よし。
「行くよ、ポショポチョ君」
明らかに聖剣らしき大剣を構えるユウシャ君に向かって、俺は角を突き付けたまま掌を向ける。
「オマエは、オレニ、コロサレル、ベキナンダーッ!!」
掌から発射されるミジンコ魔力の波動がユウシャ君へと真っ直ぐ向かう。
ユウシャ君はギリリと奥歯を噛み締め、
「―――バカヤロォオーーッ!!」
ジェット機魔力の波動を打ち出されるとミジンコ魔力の波動を飲み込み、その魔力の波動はそのまま俺を飲み込む。
「ぐきゃあああぁあぁあぁあぁあ―――ッ!?」
「―――ポショポチョ氏ィいぃいぃいぃぃいッ!?」
ワフゥ軍師の叫びを聞きながら俺は消し炭になった。
身体が細胞レベルに消え去る中、ふと走馬灯のように記憶が脳裏をよぎる。
忘れもしない。
全てがここから始まった長い長い日々の始まり。
何故、俺がフリーザみたいな化け物になっているのか。
そもそも、何故、俺が魔術学園なんざに入学する羽目になったのか。
全てが始まったのは三日前の出来事が原因だった。
◆◆◆◆
・時刻:ポショポチョ氏の死亡から三日前
・場所:王都重要犯罪者隔離施設・最下層
――この世には不死者と呼ばれる存在が居る。
俗に言う、”異世界転移者”だ。
いきなり何を言っているのかと思うかも知れないが、この異世界【アルマ】には異世界【地球】から幾人もの転移者が居るのだ。理由は不明。大体の転移者は歩いていたらいきなり異世界に飛ばされていた。レアな奴だと結婚式の最中とか夜の運動会の途中で呼び出された奴もいる。
かく言う、俺ことポショポチョもそうだ。
まぁ、重要なのは此処が異世界で地球からの転移者が沢山居るって事。
異世界にいる転移者を見分ける方法は実に簡単だ。それは、転移者なら誰もが持っているユニークスキルにある。
言葉だけでは分からないかも知れないので実際に俺のステータスを見てみよう。
【称号】【クズの王様】
【名前】【ポショポチョ・ポショポチョ】
【職業】【薬剤師】
【レベル】【1】
【ステータス】
攻撃力:クソザコ
防御力:ナメクジ
魔力数:ミジンコ
対魔術:スズメ
魔術力:オシッコ
【スキル】
【ユニークスキル・不死者】
・転移者全員が持つユニークスキル。
スキル保持者が死亡(老衰を除く)した場合、一定時間で女神像から蘇生される
【パッシブスキル・詐欺師】
・会話中に自動発動
【常時スキル・ヒモマスター】
・一定の好感度を持つ女性に対して絶大的な効果を発動
【常時スキル・極悪人】
・犯罪行為時に全ステータスに補正
【SSRスキル・魔薬】
・ヤベぇスキル。このスキルを持ってる奴は殺した方が良い
分かっただろうか。
そう、【ユニークスキル・不死者】だ。コレがあるため転移者は皆、死んでも一定時間で女神像から蘇生される。分かりにくいならドラクエを想像してくれれば良い。つまり、転移者は死なない。老死はするが外敵要因では死なないのだ。
さて、不死者とは聞こえが良い。
死んでも蘇生すると言う「転移者」と呼ばれる人種に対し、異世界【アルマ】の国民達は悩みに悩んだ。
それもそうだろう。殺しても死なない人間というのはかなり厄介な人種だ。転移者によっては強大な魔力を持ち、戦闘に置いても無視できない。頭が良い奴は独自の経済を発展させるは、ケータイを異世界で作り上げて売るヤツも居るわ。はたまた国を乗っ取るヤツからロボットを作ろうとするヤツまで。
兎に角、転移者ってヤツは異世界【アルマ】を遙か昔から無茶苦茶にしてきた。
このままでは転移者によって世界が変えられるって所まで来たとき、異世界【アルマ】のある王族が画期的な法案を作り上げた。
それは。
【転移者は年齢に関わらず、一度は中立国家グリリステンのサルでも入学できる魔術高等学園に通い、将来を定めなければならない。これに逆らった場合、コンクリートで固めて海に沈める】
ちょっと乱暴過ぎない? とは想うが、この法案は言い換えると「お前ら好き勝手に生きていくんじゃねぇよタコスケ。やりたいことあるなら、国の然るべき手順を踏んで許可が降りてから好き勝手にやれよ。逆らったら海に沈めっから」となる。
要は、なんかやりたい事あるなら魔術学園に通って異世界【アルマ】の常識とか学んでから、ちゃんと国を通してやれということ。
この法案がないときの転移者は兎に角、好きな場所で好き勝手にやっていた。お陰で法案に反発した全転移者対異世界【アルマ】国民の戦争が起きたくらいの世紀末っぷりだったらしい。結果は【アルマ】側の大勝だったのはお察し。
さて、長々となったが転移者たる俺もこの法案に従わなければならない。
仕方ないね。何処の世界も国家権力ってのは凄いのだ。
「囚人番号ゼロゼロナナ。ゼロゼロナナーっ」
牢獄で座り込む俺に声が掛かる。
ふと顔を上げると、目の前から犬耳と犬のふっわふわな尻尾を囃し、軍服を着込んだ亜人がスタスタと歩いてきた。
異世界【アルマ】の住人は特長として人間が持たない身体の部位を持っている。翼や鱗だったり。そして、全うに人間と呼べる見た目をしているのは転移者ということ。つまり、目の前にいる萌え萌えな犬耳女軍人さんは転移者ではなく、異世界【アルマ】に生きる国民だ。
「わんわーんっ!」
俺は縋りつく犬のように牢獄の鉄格子へ掴み寄る。気分はさながらペットショップで媚を売る犬だった。
「よしよしよしよしよしよしっ!」
「へっへっへっ!!」
亜人さんは俺をムツゴロウの如く撫で回す。
亜人さんからすると尻尾や犬耳などが生えていない転移者は、かなり珍しい動物に見えるらしい。多分、人から見たサルとかそう言う見方だろう。中には愛玩犬として亜人に飼育される業の深い転移者までいる始末だ。そりゃ、法案で縛られるわと納得する自由っぷりである。
「ポショポチョは可愛いなぁっ!」
ちなみに、この亜人さんは俺の名付けの親である。元々、違う名前だったけど亜人さんに「キミの名前はポショポチョだっ」と言われたら本当にポショポチョになった。ステータス画面まで変わる徹底っぷりに感心した。
「ゴッコルさん、ゴッコルさんっ! ポショポチョ、おなか減ったっ!」
きっと親が俺を見たら泣くだろう。
でも仕方ないのだ。
繰り返すが転移者は不死者だ。これには大きなメリットと大きなデメリットがある。
異世界【アルマ】は転移者に対し、かなり厳重な警戒をしてきた。それは勿論、“転移者が犯罪を犯した場合”に対してもそうだ。
【アルマ】の犯罪に対する法案で一番重い処罰は処刑となる。
お分かりだろう。
不死者である転移者に対して、一番重い処罰である処刑が行えないのだ。となれば、重罪を犯した転移者に対し、どう言った処罰が一番良いか【アルマ】の裁判官は悩み、ひとつの結論を出した。
無期懲役である。
此処である考えが浮かぶ。
自殺すれば遠くの女神像から蘇生するんだから、牢獄で自殺すれば脱獄出来るのでは? と。まぁ、転移者なら誰もが考えて実行に移すだろう。
答えを言うが俺の牢獄には女神像がある。
この牢獄を見たとき、俺は【アルマ】の国民が天才だということに気付いた。
転移者は例え牢獄で自殺しても牢獄の女神像から復活するのだ。
さて、かなり話がずれたが、何故、俺が文字通り軍人亜人さんの犬に成り下がっているのか。
それは無期懲役となり死んでも牢獄から蘇る犯罪者がヒントだ。【アルマ】の連中は想った。考え付いてしまった。
「死んでも蘇るなら、飯とか必要なくね?」と。
天才か。
犯罪者の食費を削る経費削減になり、転移者は餓死しても牢獄の女神像から蘇る。転移者は牢獄に入れておくだけで後はほったらかしにしても良い。
そう、負のスパイラルだ。
言っておくが、転移者は不死者であっても死ぬのは痛いし苦しい。ましてや、餓死なんて最悪の苦しみを味合う死に方だ。絶対に餓死はしたくない。
では、牢獄に入れられて飯が与えられない転移者が餓死しないためにとれる手段とは?
「よし、ポショポチョっ! 今日はちょっと高い転移者フードを買ってきたぞっ!」
「わふぅぅうぅぅうぅっ!!」
牢獄を管理する亜人様に最大の媚を売って飯を恵んで貰うのだ。
そのために俺はこの犬耳萌え萌え女軍人こと“ゴッコル“さんの足をペロペロと舐める。
「あっはっはっ! くすぐったいよ、ポショポチョーっ! 此奴めーっ!」
頭をガシガシと撫でれる中、俺は女軍人から差し出されたドッグフードのような飯をボリボリと食べる。実に八日ぶりの飯である。鬼のように美味くてテンションが上がり、俺はゴロリと寝転がって腹をゴッコルさんに見せた。
「わふぅぅうぅぅうぅっ!!」
「よしよしよしよしよしよしよしよしっ!!」
「くぅーん、くぅーんっ!!」
プライドなど二度目の餓死で消え去った。
ゴッコルさんに腹を撫でられるがまま、俺は幸せそうに転移者フードをボリボリと貪り喰う。死ぬほどに美味い。もう、ゴッコルさんが天使に見えて仕方が無い。この人はきっと女神なんだ。
今度、俺の牢獄の女神像をゴッコルさんの像に変えよう。
「はぁ……ポショポチョ……」
む?
犬に成り切ると言うより、ゴッコルさんの犬だった俺は飼い主の気分の落ち込みを機敏に察する。
「くぅーんっ?」
「ん……慰めてくれるのか? ありがとう、ポショポチョ。やっぱり君は優しいなぁ」
よしよしと頭を撫でられる。
「……ねぇ。やっぱり、ポショポチョは学園に通わせるのを辞めれないかい? このまま私が飼うように手続きしても良いと思っているんだ」
ゴッコルさんは突然、後ろを振り返り口を開いた。
これは何事か。この牢獄は百七十二回という脱獄記録保持者であるポショポチョ専用に造られたポショポチョ牢獄だ。俺以外の囚人はいないし、ゴッコルさんと言う超絶エリートな軍人さん以外は立ち入りを許可されていない。そんな牢獄なのに、あろうことか、奥の暗闇から一人の女性が姿を現した。
「いえ……あの、ごめんなさい……凄い場面を見ちゃったから、なんて言うか……」
その女性は俺を酷く困惑した目線で見てくる。その表情はまるで中学生の息子の自慰を見た母親のような顔だ。と言うか、此奴は一体。亜人ではなく人間であるからして、俺と同じ転移者だろう。
「グルルルルッッ……!!」
俺はとりあえず四つん這いで飯を隠しながら威嚇した。
「あぁ、ポショポチョっ!! 大丈夫だよ、この人は怖くないからっ!」
「グルルルルッッ……!!」
「ごめんね、ミュカバさん。ポショポチョは私以外に懐かないんだ。一度野生に帰ってから余計に臆病になっちゃって」
「………………………いえ…………その………そうですか……」
「大丈夫だよ-、ポショポチョ。怖くないからねーっ。なにかあっても私が守ってあげるからねっー!」
「くぅーんっ! くぅーんっ!」
ゴッコルさんのムツゴロウテクニックにより気持ちが落ち着いてくる。
あらためて、ゴッコルさんの背中から俺を酷く可哀想な者を見るような視線を向けてくる女を睨んだ。茶髪のロングに妙に装飾が行き届いた赤いローブ。身形からして中立国家の住まいだろう。俺はこの格好が嫌いだ。露出が少なくて視界でエロさを楽しめない。
「とりあえず、君はポショポチョと話がしたいんだったよね?」
「……えぇ、出来れば落ち着けるところでお話したかったのですが……」
「ごめんね、ポショポチョは私が同伴していないと牢獄から出ることを王命で許されていないんだ。ずっと前に偽造通貨を流通させた時にそう決められちゃって」
「偽造……えっ、偽造通貨?」
「まぁ、コーヒーでも持ってくるから、その間にお話しててよ。ポショポチョ、大人しくしているんだよ」
「わんわーんっ!!」
「後、もし脱獄しようとしたら、手足を切り落とすからね」
「ヒェ……」
「よし、じゃあちょっと待っててねっ!! すぐにコーヒーを持ってくるから!!」
ゴッコルさん、最近病んできてる。直感的にソレを悟った俺は女を利用した三十の脱獄プランを脳内から消し去った。人間で言う全速力、亜人さんでいう駆け足でゴッコルさんは牢獄外の奥へと走って消えていく。ゴッコルさんがこの地下八十階から一階までの往復で三分と言ったところだろう。
「……」
「……」
俺と転移者の女の視線が交差する。
さて、どっこいしょと犬モードから人間モードへ変わった俺は右膝を立て、右腕を乗せてニヒルに笑う。
「さて、アンタみたいな綺麗な姉さんが会いたいと思うような人間じゃねぇつもりだが、俺に用だってか?」
「えぇ……(困惑)」
犬モードのギャップに困惑している女はうろたえた。
俺は言う。
まぁ、お前が言いたい事も分かる。亜人に対して、ワンワン媚売ってる奴がいきなり生意気な口調になって困惑するのは分かるさ。だが、こう考えろ。これは賢く生きるため手段だとな。この牢獄は地獄だ。確かに終身刑なんていう罰を食らう罪を犯したのは俺のせいだ。地獄にいて叱るべきだろう。だが、俺だって人間だ、死にたくない。死なないためにこの牢獄で出来ることと言えば、ゴッコルさんの犬になることなんだよ。えぇ? 犬で悪いか? 犬ってのは幸せな生き方だ。犬ってのはな、
「言い訳はその辺りで良いです。貴方が犬プレイしていた事実は変わりませんので」
くぅーん……
精一杯の見栄をはろうとしたが駄目だった。あぁ、ゴッコルさんに撫でられて慰めてほしい……
「……調教され尽くされている……王都の転移者対策は恐ろしいと聞いていましたがここまでとは……」
女は偉そうにズレた眼鏡を指で直すと、ローブの懐から書類の束を取り出した。気を取り戻すように軽く咳払いをすると、鋭い釣り目で冷徹に俺を睨んでくる。俺は「あぁ?」と田舎のヤンキーのように睨み返した。己の犬の野生が戻ってくるのを感じる。
「グルルルルッッ……」
「いや威嚇されても……私、目がキツイのは生れ付きなんですよ。別に睨んでないですから」
「そうなん? ごめん」
「素直に謝った……」
あのさぁ……
それどうなの? 牢獄に入れられた犯罪者でも犬じゃなんだから謝るよ。良く分かってなくても謝る。女との喧嘩でも低姿勢で謝り続けるよ、ポショポチョは。謝って何とかなるならこんなに楽なことはないからね。俺の土下座は安いよ。見る? 綺麗な土下座が出来るから。
「いえ、見なくても」
そう? でも、目がキツイってあれだよね。人との会話とかさ……
「あの、話っ!! 話進めたいんですけど!? さっきから話がずれ過ぎなんですけどっ!? 女子ですかあなたっ!? 良く、次から次へと話題を掘り出しますねっ!?」
良く言われる。でもさ、話って人を良く見れば結構簡単なんだぜ。たとえば、お前の格好ね。ポケット四枚と銀の鷹が描かれたブローチ。ブローチは中立国家グリリステンの国旗が描かれている。ポケット四枚は指定制服にありがちな装飾だろ。あと眼鏡は高級品。これだけで、お前が中立国家グリリステンの城勤めや、それに近しい仕事で金を稼いでるのが分かる。だが、決め手は匂いだ。薔薇の香水。薔薇は【アルマ】でも高貴な匂いって分類されていて、此方では綺麗な花と棘から”裁く者”の意味がある。
えぇ? そうだろう? 中立国家グリリステンの裁判官様よ……
ニヤリと笑いながら言い放った言葉に女は目を細める。
「……噂通りの人のようで。転移してから五年も経っている癖に、レベル一の弱者。犬のクソ。詐欺師のクソ。顔だけ普通の悪人。クズキング。ゴブリンに片手で負ける男」
待って。通り名を言ってるのかも知れないけど、それ普通に罵倒だからね?
「どうやって名前まで変えたのか分かりませんが、逃げれるのはここまでですよ。ポショポチョさん」
「なに……?」
別に名前を変えたのは故意じゃない。ゴッコルさんが名付けたら勝手に名前が変わったのだ。
しかし、逃げるのは此処までとはどういった意味だろうか。自慢じゃないが、俺は確かに数多の犯罪を犯してきたが、その度にゴッコルさんに捕縛されて牢獄に打ち込まれている。つまり罪はしっかりと償ってきたのだ。殺人という俺でもドン引きする犯罪は犯していないため、今まで無期懲役を逃れてきた。
まぁ、今、牢獄に打ち込まれている原因は転移者を殺したせいなんですけどね。不死者だからセーフ。
つまるところ、俺は何からも逃げていない。そんな経歴潔白なポショポチョが逃げているだと?
俺は目を細めて、自信満々に言う。
「ふん、ならば教えて貰おうか。何から逃げていると?」
「貴方は魔術学園の入学義務を果たしていません」
くぅーん……
クソがッ、薄々感付いていたが終に見つかってしまったッ。
そうだ、そうだよ。俺はそういう縛られた学生生活が一番嫌いだ。昼まで寝ていたいし、勉強なんてしたくない。可能ならギャンブルで生きていくか、宝くじを当てて一生のんびり生きて生きたいと思う人間だ。
だから、俺はこの【アルマ】にて転移者を縛る学園生活から逃げてきたッ
「ま、待て。俺は犯罪であろうと美人ならとりあえず口説いてみる男だ! 自分は自分が一番分かっている。俺を入学させるのは早まった手段だぞ!!」
「えぇ、確かにそう言われてます。中立国家グリリステンでも、貴方を入国させるのは早まったことだと色んな所で言われ続けました。正直、ゴミカスとすら」
「ふざけるなっ!! 俺を汚い犯罪者と同列にするなよっ!!」
「事実、汚い犯罪者でしょう」
「だまれっ!!」
チクショウ、この女の目的は明白だ。間違いない。
「……私は貴方を中立国家グリリステンの魔術学園に編入させるために来ました。ワカバ・サトウです。亜人の方々からはミュカバと呼ばれています」
「ふざけるな、俺は学園になんか通わないぞッ!! 一生、ゴッコルさんの犬として生きていくんだッ!!」
「貴方の人生、それで良いんですか?」
「何が悪いっ!!」
俺はうろたえる演技をしながら脳裏で冷静に考える。
正直、このタイミングの入学はアリだ。法律により、転移者は”全員が入学を義務付けされている”。この全員というのは犯罪者も含まれるのだ。つまり、俺だ。犯罪者が学園に入学するとなれば、当然、この牢獄から出ることが出来る。それも合法的にだ。オイシイ。これは良い。
もう少し粘って条件を決めるか。そう決めた俺は口を開く。
「貴方はきっとごねるだろう。そう予測された方がいました」
なに?
俺が戸惑う演技をしたまま喋ろうとした時、ミュカバが口を開いて言う。
「貴方をこのタイミングで入学させるのは決して偶然ではありません」
……どういうことだ? 考えを深めようにも情報が少なすぎる。此処はまだ聞くに徹するのが最善だろうと俺は口を紡ぐ。
「”最悪の転移者達”。新時代の古参メンバーであるの第三期転移者は貴方と同じ時期に魔術入学します」
「……」
話が変わってきた。
”最悪の転移者達”はまことに不本意ながら俺を含めた六人の転移者を指す名称だ。
”魔術によってTSしたホモ”。”YESタッチを心情としたロリコン”。”金の亡者たる悪女”。”人の不幸大好き女”。ドイツもこいつも碌な奴らではなく、その癖、頭が回るから厄介なことこの上ない人物。たった一人。我が女神たる人物がいなければ、パーティー内でデスゲーム状態になっていたであろう転移者だ。
過去、俺はコイツ等と同じパーティーにいたが逃げ出したことがある。
正気か、コイツ? あいつ等を一箇所に纏めるなんて低の良い自殺だ。
いや、こいつはそんなに馬鹿ではない。ある筈だ。このクソの塊みたいな俺を除くメンバーを纏め上げる方法が……
「ッ!?」
そこで俺は気付いた。
まさか……全ての転移者のため、【地球】に帰る方法を探すと言って姿を消したあの女神が。
い、いや、そんなまさか……
「気付いたようですね」
「ぁ……あああぁ……」
俺は喜びに耐え切れずホロリと涙を流した。
あれだけ探しても見付からなかった……必ず戻ってくるから、犯罪だけはしないでくれといって去っていった女神が……ポショポチョが一番心配だと、俺のことを一番に思ってくれた……
「”シスター”が貴方を待っています」
「魔術学園に入学しよう。手続きを進めてくれ」
俺は子供のように喜びながら、靴に隠した脱獄小道具を取り出した。
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