第35話
俺が思いついたメニューは、『ラーメン』。
厳密にはラーメンは日本料理ではないが、日本のラーメンといえば世界で有名だ。
俺はさっそく、知恵袋に尋ねた。
……おい、ルールル! この世界にはラーメンはあるのか!?
すると、ムッとした声が返ってくる。
『誰が知恵袋ですか。ひとを入れ物みたいに言わないでください』
しまった。俺の考えはぜんぶルールルに筒抜けだったんだ。
俺は慌てて言い繕う。
それだけお前のことを頼りにしてるっていう意味だよ!
で、ラーメンはこの世界にはあるのか!?
するとルールルは、教えていいものかどうか迷うような仕草をしたあと、
『……今のとこはまだ、ありません。麺類といえばパスタのみです』
そうか! そういえばこの街にも、パスタを売ってる店はあったな!
サンキュー! ルールルっ!
ないとなれば、挑戦してみる価値はじゅうぶんにあるだろう。
俺は、意識を宇佐木さんの脳内に戻し、目の前にいる女王様に提案した。
「女王様! この異世界でもウケる、斬新なメニューを思いつきました!」
すると女王様は、閃いた一休さんを目の前にした、将軍様のように顔を明るくする。
「まぁ、それは何なのですか?」
「それは……ラーメンですっ!」
「ら……ラーメンっ……!?」
ざわっ……! と宇佐木さんの脳内が騒がしくなる。
女王様のまわりには多くの大臣がいて、彼らがざわめきはじめたのだ。
「な……なるほど……! ラーメンか……!」
「麺類というのはアリかもしれんな……!」
大臣たちにはおおむね好評だったが、ある一帯が意義を挟んできた。
「でも待ってください、ここは異世界です! すでに似たようなメニューがあるのではないですか!?」
それは「前頭連合野」の大臣たちだった。
さすが理性を司る者たちだけあって、しっかりと考えているようだ。
俺は彼らに向かってキッパリと言い切る。
「そのへんはすでに調査済みです! この世界にはラーメンはありませんっ!」
すると、「おおーっ!」と歓声が起こった。
「この世界にまだないのであれば、試してみる価値はあるかもしれませんな!」
「我々がずっと考えていた難題に、この短い時間で答えを出すとは……!」
「しかも調査まで済ませているとは、なんという周到さ……!」
「さすがは破傷風菌を倒したといわれるカウル殿! 武力だけでなく智力もおありのようだ!」
大臣たちが手放しで褒めてくれたので、なんだかいい気分だ。
俺の横にいたルールルが、『なにが調査済みですか』と突っ込んできたが、気にしない。
女王はうん、と大きく頷くと、
「それでは、カウルさんのアイデアを全面採用しましょう!」
『どうやら意思決定がなされたようですね、宇佐木さんの視界を見てみてください』
ルールルに促されるままに、俺は上を見た。
評議会の上部にはスクリーンがあって、そこにはリアルの宇佐木さんが目で見ているものが映し出されている。
リアルの宇佐木さんは、客のいないレストラン内で、店長や店員たちと今後の対策について話し合っていた。
しかし、急にガタンと立ち上がると、
「私、いいことを思いつきました!」
尻に火のついたウサギのような勢いで、厨房に駆け込んだ。
「おいおいミミ、急にどうしたってんだ!?」と店長たちも後に続く。
「お客さんを呼べそうなメニューを思いついたんです! 今からさっそく作ってみます!」
「なんだなんだ、まるで神様からのお告げを聞いたみたいだな!」
「はい……! 本当に神様からのお告げみたいに、いきなり閃いたんです! こんなこと、初めてです!」
宇佐木さんは興奮気味に厨房内を行ったり来たりして、ラーメン作りの準備をする。
その様子を彼女の脳内で見ていた俺は、自分で言い出しておきながら、なにか引っかかるものを感じていた。
……なんだろう、この違和感……。
それはすぐに明らかになった。
大忙しだったリアル宇佐木さんが、まるでゼンマイが切れたオモチャみたいにぱたりと静止して、一言。
「よ……よく考えたら……中華麺がありませんっ……!」
そ……そうだった……!
この世界にラーメンがないんだったら、中華麺もないじゃないか……!
しかし、宇佐木さんはすぐに復活した。
「い、いえ……! 無ければ、作ればいいんですっ……! 中華麺なら、何度か作ったことがあります!」
自問自答して、すぐさま作業を再開。
どうやら、ラーメン作りを麺作りから始める作戦に変更したようだ。
それにしても宇佐木さんは、麺まで手作りしたことがあるのか……。
彼女が料理好きなのは知っていたが、そこまでとは……。
宇佐木さんは調味料の並んだ棚から、小麦粉を取りだす。
しかしまた、電池が切れたように動きが止まった。
「よ……よく考えたら……『かん水』がありませんっ……!」
『かん水』? なんだそれ?
『小麦粉に混ぜる、中華麺の材料のひとつですよ。平たく言えば、炭酸ナトリウムと炭酸カリウムの混合物です』
ぜんぜん平たくなってない気もするけど……。
その『かん水』とやらはなくちゃダメなものなのか?
『ええ。中華麺特有の風味や弾力を出すために必要とされています』
となると、万事休すか……!? と思ったが、宇佐木さんはあきらめなかった。
「そうだ! ベーキングパウダーがあれば、かん水のかわりに……! って、ベーキングパウダーもなかったぁぁぁ!?」
宇佐木さんはひとりで興奮したり落ち込んだりしているので、店長たちは不安そうだった。
「お、おいミミ、急にどうしちまったんだ? いつも大人しいお前が、こんなに興奮するだなんて……」
「興奮もします! だってこの店が繁盛しないと、カウルくんを探すどころか、みんな路頭に迷っちゃうんですよ!? せっかく、せっかくいい料理を思いついたと思ったのに……! うえぇぇぇぇ~んっ!!」
厨房の中でぺたんと尻もちをついて、とうとう泣き出してしまう宇佐木さん。
ラーメンはかなりいいアイデアだと思っていたんだろう、そのぶんショックも大きいようだ。
俺は無意識のうちに頭を働かせる。
ウイルスになってからというものピンチの連続だったので、窮地になると自然と考え込むようになっていた。
……宇佐木さんはさっき、かん水がなければベーキングパウダーで代用できると言っていた……。
『そうですね、ベーキングパウダーも炭酸ナトリウムと炭酸カリウムを主成分としてますから』とルールル。
でも、そんなにすぐに代用品が思いつくなら、他にも代用品の候補があるんじゃないか……?
俺は店長たちの視界を通して、調味料の棚を見やる。
料理好きの宇佐木さんが揃えただけあって、本当にいろんな種類の調味料がある。
料理をしない俺にはちんぷんかんぷんなものばかりだが、この中に、ひとつくらい似た成分のものがあるんじゃ……?
と、あるものが俺の目の前、いや、店長の目の前を通り過ぎていく。
瞬間、俺の頭のなかに電流のような衝撃が走った。
そ……そうだっ! これだっ!
俺は、落ち込んでうなだれているミミ女王に向かって叫ぶ。
「女王っ! 中華麺の作り方を思いつきました!」
「ま……まあっ!? それは本当ですか!? どうすればいいんでしょう!?」
「重曹を……! 重曹を使うんです! パスタの麺を茹でるときに重曹を入れると、中華麺になります!」
転生したら、ウイルスでした 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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