第34話

 宇佐木さんの脳を象徴する王城は、テーマパークとかにありそうないかにも平和そうな佇まいだった。

 執務室の大臣たちもみな穏やかな顔をしており、山賊のお頭のなかにあった評議会とは構成もだいぶ違っていた。


 お頭の評議会は赤いローブを着た者たち、「大脳辺縁系」と呼ばれる人間の本能を司る勢力が幅を利かせていたのに、宇佐木さんの脳内では彼らは議会の隅っこのほうに追いやられていた。

 かわりに最大勢力となっていたのは青い法衣、「前頭連合野」と呼ばれる人間の理性を司る勢力だった。


 宇佐木さんはどうやら、かなり理性的な人間のようだ。



『しかし執務室の中は、理性的とは思えませんね』



 ルールルが毒を吐いていた理由は、執務室の壁が、前世の俺の肖像画でいっぱいだったから。

 いま宇佐木さんが脳内メーカーをやったら、きっと俺の名前で埋め尽くされているに違いない。


 そして宇佐木さんの化身ともいえる王様は、宇佐木さんと同じく前髪で目を隠した、地味な女王様だった。


 女王というには、服がだいぶ質素で派手さがない。

 しかし、いい材質を使ったものであることは見て取れた。


 彼女は、『溶性ソルブル』のスキルを使って執務室に入った俺を見るなり、



「あら、とってもかわいい生き物ですね。あなたがカウルさん?」



「えっ? 女王様、俺のことを知ってるんですか?」



 俺はこんな毛玉姿なのに、もう正体がバレたのかとヒヤヒヤしたが、



「ええ。噂によると、あなたが破傷風菌を倒してくれたのでしょう? 苦しくありません。こっちに来てください」



 どうやら人間としての俺ではなく、ウイルスとしての俺を知っているようだった。

 よく考えたら、俺はこの国を救ったヒーローだったんだ。


 なら話が早いと、俺はさっそく本題を切り出す。



「女王様、実はレストランの不調の原因をお伝えしたくて、俺はここに来たんです」



 すると女王様は、まぁ、と上品に驚いた。



「レストランの不調は、この議会でもいちばんの問題となっています。しかし、いくら論議を重ねてもいい打開策が思いつかずにいるのです。不調の原因は何だというのですか?」



 俺は、カサーゴの街の人たちが外食の習慣がないことを話した。

 そしてここは港町なので、海鮮料理は家庭料理同然であり、わざわざ外で食べるまでもないと判断されていることも。



「それは、盲点でした……! たしかにこの街には、新鮮なお魚を扱う魚屋さんがたくさんあります……!」



「はい、女王!」



 ふと、「前頭連合野」の大臣のひとりが挙手しながら立ち上がった。



「それでは、肉料理を出すレストランに変更してみてはいかがでしょう!?」



「そうですね。たしかにお肉屋さんはあまり見かけませんでしたから、この街ではお肉が珍しいのかもしれません。肉料理を出すようにすれば、お店に来てくれるかも……」



 俺は、同時に山賊のお頭、いまではレストランの店長とも脳内会話をしていたのだが、お頭も同じ結論にたどり着いていた。

 そうなれば話は早く、肉料理をメインにしたレストランに路線変更しよう、ということになりかけたのだが……。


 俺はどうにも引っかかったので、オバチャンをはじめとする20人の街の人たちの脳内で、肉のレストランならどうかと尋ねてみたのだが……。



「この街の人間は、肉はあんまり食べないねぇ。外から来る旅行者や冒険者のために、酒場で出しているくらいさ。……レストラン? 行くわけないよ!」



 どうやら、肉を食べる習慣自体が無いようだった。

 俺は肉レストランでまとまりかけていたお頭と宇佐木さんを、慌てて止める。



「ま……待ってください、この街の人たちは肉を食べないみたいです! やっぱり、魚で勝負しましょう!」



 すると、ふたりからステレオで怒られてしまった。



「おいおい、魚はありふれてて、レストランには来ないんじゃなかったのかよ!?」



「魚料理では、お客さんは呼べないのではなかったのですか?」



 板挟みになった俺は、苦し紛れに叫んだ。



「と……とにかく、街の人が慣れ親しんだ素材を使うべきです! そしてメニューで勝負するんです! この街ではありふれた魚を使っていながらも、思わず来たくなるような斬新なメニューを!」



 それは口からでまかせだったが、悪くないような気がしてきた。

 思えばいままでの『カウル&ミミ』には、海鮮レストランという以外の売りがなかった。


 同じ海鮮にするにしても、もっと深く突っ込んで考えたほうが良かったのかもしれない。


 たとえばこれを肉に置き換えて、肉をメインで扱っている飲食店を挙げてみると……。

 『焼肉屋』『焼き鳥屋』『牛丼屋』『ハンバーガー屋』と、同じ肉というものを扱っているのにぜんぜん違う店が思いつく。


 街の人たちは『海鮮レストラン』という大雑把な売りだけでは何を出すのか想像できず、家でも食べられるようなものを出す店、と思われているのかもしれない……!


 そう仮定すると次は、どんな海鮮料理を出す店にすれば、お客さんが来てくれるかということになる。


 しかしこれは、街の人にリサーチをしても無駄だろう。

 むしろ彼らが想像がつかないようなものを出す店のほうが、足を運んでくれるはずだから。


 この港町の人たちが、想像もつかない食べ物って、なんだろうか……?


 俺は、う~む、と長考に入る。

 しかし、すぐには思いつかなかった。


 ……ダメだっ! よく考えたら、ここは異世界じゃないか!

 前世での外国とかならともかく、ここは世界からして違うんだ!


 そんな異国よりも遠い場所のことなんて、わかるわけが……!


 そこで俺はふと、あるキーワードに着目する。


 ……異国?

 そうか、ここを異世界じゃなくて、外国だと思って考えてみたらどうだろう。


 ようは、日本料理を基準に考えてみるんだ。

 外国でも有名な日本料理、そして海鮮を使ったものといえば……。


 ……寿司!?


 いや待て。寿司も最初は受け入れられなかったって聞く。

 なぜならば、海外には生の魚を食べる習慣がなかったから。


 習慣を変えさせるのは大変だから、もっとハードルの低い料理にしよう。

 海鮮を使っていて、火を通した日本料理で、世界で受け入れられているものといえば……。


 そしてついに俺の頭上に、とある料理が天啓のごとく舞い降りる。

 それは……。



 ……ラーメンっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る