第33話

 オバチャンのなかの世界樹に降り立ったとたん、マクロファージという名の天使たちに包囲されてしまった。

 しかし俺は持ち前の潜伏ステルススキルと、『カーストウォーカー』で培った話術を駆使し、彼らの信頼を得る。


 そして俺はマルチタスクもできるようになっていた。

 オバチャンの中で、世界樹からポニーに乗って王城を目指しつつ、お頭のチラシ配りで他の街の人にも感染する。


 飛沫感染というのは大気圏突入みたいで大変だったけど、なんだかスリリングで面白かった。

 何回か失敗はしたけど、俺はなんと20人もの街人の伝染インフルエンスに成功。


 ひとりに感染するたびにレベルが10あがるので、気がついたら俺はレベル200オーバーになっていた。



 名前 なし

 LV 214

 HP 2400

 MP 2400

 VP 1700


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  看破インサイト

  増殖レプリカント

  血栓フィブリン

  膨張エクスパン

  遊走フリーラン

  溶性ソルブル

  結合アブソーブ

  耐性レジスト(酸・アルコール)

  伝染インフルエンス(経口・創傷・飛沫)



 VPウイルスポイントもたっぷり溜まったので、『増殖レプリカント』のスキルをレベルアップさせてみた。

 ルールルによるとレベルが上がるごとに、1回の増殖レプリカントで増殖できる数が増えるらしい。


 その後、20人に感染した20人の俺は、王城に乗り込む。

 どの城の警備も厳重だったけど、『溶性ソルブル』のスキルがあったおかげで、警備員にモフらせてやるだけでフリーパスだった。


 そして俺は20人の王様に尋ねる。



「『カウル&ミミ』に行かないのは、なぜなんですか!?」



 と。

 すると、これ以上ない明快な答えが返ってきた。



「ごはんなら、家で食べるし」



 そう……!

 この街の人たちは、そもそも外食の習慣がなかったんだ……!



「しかも海鮮レストランだなんて、家で普段食べているものと大差なさそうだし」



 ルールルも『ぐうの音も出ないですね』と納得してしまうほどの、正論だった。

 しかし、サービスとして配ったおはぎは、この世界では珍しいもののはずだ。


 おはぎの感想についても尋ねてみると、



「アレは、あんまり美味しくなかった」



 バッサリ……!


 前世で宇佐木さんのおはぎを食べた時は、おいしいと思ったのに……。

 山賊団の人たちも喜んで食べてたから、イケると思ったのに……。


 それにイザとなったら、王様を説得してレストランに行ってもらうことも考えてたんだけど……。

 いまの状態でそんなことをしても、焼け石だろうな。


 どうやら、根本的に作戦を練り直す必要があるらしい。


 ともかく俺はこのことを、お頭……の脳内にいる王様に伝えた。

 そして、俺は宇佐木さんの身体にもいるから、せっかくだからと宇佐木さんの脳内にも伝えようと思う。


 宇佐木さんの中の俺は、破傷風菌と戦ったあとに、ずっと宇佐木さんの肩に滞在したまんまだった。

 ポニーに乗って王城を目指したのだが、その道中、あることに気付いた。


 通りすがりの街には、夜空球児、『ナイター』というアダ名のクラスメイトを模した像があったんだけど、住民たちの手によって倒され、別の像が設置されようとしていた。


 それは、かなりのイケメンの像。

 いったい誰なのかと気になった俺は、街の人に尋ねてみた。



「あの、この像はいったい誰なんですか?」



「ああ、これはミミ女王のカ『想い人』の像だよ。カウル様という方らしい」



 ……ええっ、まさかこの俺が!?

 いや、前世の俺が、宇佐木さんの中では像になるほどの存在になっていただなんて……!


 この事実には俺だけでなく、ルールルもビックリしていた。



『ええっ、前世のカウルさんは、こんな美男子じゃありませんよ』



 って、そっちかいっ!

 俺も初め見た時は「誰コイツ」って思ったけど、よく見たら、前世で鏡の前で見たときの俺にソックリだったよ!



『それは単なるあるあるですね。神の公明正大なる視点で述べさせていただきますと、実物のカウルさんの容姿は世界でも1億番目くらいですよ。もちろん、下から数えてですが』



 くっ……!

 そ、それでも宇佐木さんは俺のことを、こんな風にイケメンだと思ってるんだろう!?



『それは思い出補正というやつですね。人間の記憶というのは思い出す、つまり記憶の復習がなされるたびに書き換えられ整理されていくのです』



 話が本筋からずれていくような気がしたが、俺は気になったので尋ねてみた。


 ……なんで書き換えられるんだ?



『そのほうが、記憶としてより定着するからですよ。

 概念的なことではなく、仕組みとして説明するとしたら……。

 人間が見たり聞いたりしたものは、まず、脳内の大脳辺縁系にある「海馬」という器官に記録されます』



 大脳辺縁系って……。

 たしか、人間の本能を司る脳の部位だったよな?



『はい、その通りです。

 海馬にある記憶は「短期記憶」といって、一定期間が過ぎると破棄される、つまり「忘れて」しまう記憶です。


 でも海馬にある間に、「必要だと判断された記憶」は、脳の側頭葉にある大脳皮質に移動します。

 大脳皮質というのは簡単に言うと、脳の外側にあるシワの部分ですね。


 脳にシワが多い人は頭がいい、なんて言いますが、それはこの事から来ています。

 そしてこのシワを「長期記憶」といって、ようは脳に深く刻み込まれた記憶というわけです』



 『必要だと判断された記憶』というのは、どういう基準で判断されたものなんだ?



『それには主にふたつあって、ひとつ目は、快楽や苦痛に関するもの。

 たとえば、あるものを食べてお腹を壊した時などは、「その食べ物は危険だ」と長期記憶されます。

 これが重度のものになると、俗に言う「トラウマ」と呼ばれるものになります』



 なるほど、生命に関わるかもしれないから、それは当然だな。

 記憶しておけば、次から同じものを食べずにすむからな。



『そしてもうひとつは、最初に言った「記憶の復習」です。

 海馬に蓄えられた短期記憶は、破棄される前に何度か利用されると、これは必要な記憶だと判断されて、長期記憶になるんです』



 もしかして、試験勉強とかで同じことを何度も繰り返してたら、そのうち覚えるってやつか?



『その通りです。そのため、記憶を定着させたければ、同じことを反復をするのがいいんです。

 思い出も同じことで、思い出すたびにより強い記憶となっていくのはそのためなんです。


 またその際には、良い思い出というのは、より良く改変されます。

 なぜならば、人間にとって良い思い出というのは、気持ち良くなりたいがために思い出すわけですから』



 なるほど、より気持ち良くなるために、勝手に内容を書き換えてしまうというわけか。



『カウルさんの場合は、宇佐木さんのなかで「嫌い」だった状態から、「好き」に変わったので、その書き換えの度合はかなりのものとなっているでしょう。

 これは「ゲインロス効果」といって、プラスとマイナスの変化量が大きいほど、人間の心理、いわば脳に与える影響が大きいとされているからです』



 それってもしかして、みんなから嫌われている不良ワルが、雨の中で仔犬を拾っただけで、いい人扱いされる心理のことか?



『そうですね、いまのカウルさんはその、仔犬ワル状態です。

 ただこのゲインロス効果には逆の効果もあって、品行方正な優等生が、万引きがバレただけで極悪人扱いされるということもあります。


 カウルさんがこんな毛玉みたいな姿になっていると知ったら、宇佐木さんはガッカリするかもしれませんよ……?』



 ううっ……!

 そう言われると、ちょっとミミ女王に会いに行くのを躊躇したくなるけど……!


 でも俺は、行かなきゃならないんだ!

 『カウル&ミミ』を、繁盛させるために!

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