第29話

 久しぶりに会ったデリバーは、相変わらずマイペースの様子だった。

 彼女は破傷風大戦が終わった直後に、いつの間にかいなくなっていたんだ。



「久しぶりだなデリバー! 今までどこに行ってたんだよ!?」



「どこにって、ボクは気ままな運び屋だよ? 妖精たちとともに、幸せを運んでいたんだ」



 デリバーのまわりにいる妖精たちは、相変わらず元気そうだった。

 そして、倍に増えていた。


 みなじっと俺を見つめ、お尻をフリフリ。

 まるで、ずっとタンスの下に入れてしまって取れなくなったオモチャが、偶然出てきた猫みたいだな、なんて思った次の瞬間、



「うわっぷ!?」



 俺はデジャヴのように、妖精たちに揉みくちゃにされていた。

 バーゲン会場の服みたいに四方八方から引っ張られながら、俺はステータスウインドウが開くのを見た。



 名前 なし

 LV 14

 HP 140

 MP 140

 VP 90


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  看破インサイト

  増殖レプリカント

  血栓フィブリン

  膨張エクスパン

  遊走フリーラン

  溶性ソルブル

  耐性レジスト(酸・アルコール)

  伝染インフルエンス(経口・創傷)


  NEW! 結合アブソーブ



『ヘモグロビンである妖精が持っている、結合スキルを吸収したようですね。これでカウルさんも、酸素や二酸化炭素を取り込んで運べるようになりましたよ』



 そうなのか?

 なら、また破傷風菌が出てきたときに、役立つかも……。


 俺は膨張エクスパンスキルを使っていないのに、妖精たちの手によってビロンビロンに伸ばされている。


 ……って、こんなことしてる場合じゃなかった!



「おい、デリバー! 俺を肺胞まで案内してくれないか!?」



 するとデリバーは、妖精たちが羨ましくなったのか、いっしょになって俺を揉み込みながら、



「いいよ。ちょうど『光の源』を肺胞まで運んでいる途中だったんだ」



 『「光の源」というのは、二酸化炭素のことです』とすかさずルールルが教えてくれた。

 いずれにしても渡りに船だったので、俺は遊走フリーランスキルを使って、肺胞まで向かうことにする。


 いちおう念のため、『増殖レプリカント』のスキルを使い、増やした俺を王城に残してから出発した。



 名前 なし

 LV 14

 HP 140

 MP 140

 VP 90 ⇒ 80



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺はポニーに乗り、デリバーを乗せて森の中を走っていた。

 樹冠から差し込む光はやさしく、まるで森林浴をしてるみたいに気持ちいい。


 もしかしたら呼吸器系が近いから、空気も綺麗になっているような気がする。

 この森の中心に、『肺胞』があるらしい。


 『肺胞』というのは、ようは肺の中のことだ。


 肺の中は樹木みたいに細かい気管がたくさん走っていて、その先端にはブドウの房みたいなのがある。

 それを『肺胞』というんだ。


 役割としては、酸素を血液中に流し、二酸化炭素を血液から引き揚げるための器官。

 ようは、酸素と二酸化炭素を交換する、工場のようなものだな。


 人間の呼吸の流れを簡単に説明すると、


 人間が『息を吸う』

 ↓

 吸った酸素は、気管を通って肺の中に入る

 ↓

 肺のなかにある肺胞で、酸素は血液の中に取り込まれる

 ↓

 血液中の赤血球が、その酸素を血管経由で身体のいたる所に運ぶ

 ↓

 身体の各部位に運ばれた酸素は、同じく血管から運ばれてきたブドウ糖と結合し

 身体を動かすための燃焼エネルギーとして使われる

 ちなみにブドウ糖は、食事によって摂取されたものだ

 ↓

 ものが燃えると二酸化炭素が出るから、今度はその二酸化炭素を赤血球は運ぶ

 ↓

 赤血球は再び肺胞に戻り、血管から二酸化炭素を肺胞に移す

 ↓

 肺に戻った二酸化炭素は、『息を吐く』動作で、身体の外に出て行く


 というカンジだ。


 ……そういえば肺って右と左にふたつあるよな?

 なにか左右で役割が違ったりするんだろうか?



『肺と腎臓は人体のなかでもふたつありますが、同じ役割をしています。片方がなくなっても、人間は生きていけますよ。もちろん、ひとつ減ったぶんだけ代謝は劣ってしまいますが』



 なに? それじゃあ何のために分かれてるんだよ?



『創造神によると、人体のスペースの都合上そうなってしまったそうです』



 スペースの都合上って……神様とは思えない理由だな。


 まあいいや、もうすぐその『肺』、そして『肺胞』に着く。

 そうすれば、外の世界に出られて、本物の『異世界』を肌で感じることができるんだ。


 森を抜けた先にあったのは、崖だった。

 そして眼前に広がったのは、絶景だった。


 巨大なクレーターのような広大な穴の中に、王城の何倍ものデカさの樹が立っている。

 それはこの世界の地の底から生え、天を貫くようにそびえていた。


 思わず「はえ~」と崖下を見やると、まるで地獄まで続いているかのように、底は見えない。

 つぎに「ほえ~」と天を仰ぎ見ると、まるでにかかるほどの樹冠がどこまでも続いていた。


 まるでクリスマスツリーの飾り付けのように吊り橋がかかっていて、その橋を伝っていくことにより上へ上へと移動できるようだ。


 この世界樹みたいなのを登っていくと、口に出るのか……!?


 俺はすっかり圧倒されていたが、ルールルは『そうですね』と何の感慨もない。

 そしてここにはちょくちょく来ているのであろう、デリバーも「そうだよ」とあっさりしたものだった。


 ポニーを降りて、崖にかかっている吊り橋を歩く。

 俺は宙に浮いているのでわざわざ橋を渡る必要はないのだが、なにかの間違いで落ちでもしたら戻ってこれなさそうだったので、橋の真ん中をこわごわと進んだ。


 遠くからでは気付かなかったけど、世界樹に近づくにつれ、天使みたいなのがまわりにいるのに気付いた。

 天使たちは騎士みたいな恰好をしていて、いかにも強そう。


 純白のおおいなる翼をはためかせ、空の覇者のように飛び回っている。

 モンスターを見つけたら、すばやく飛んでいって、



 ……シュバッ!



 と手にした剣で一刀両断、

 あいている手をかざし、



 ……シュワァァァァァ……!



 と、光の粒子とともに吸収していた。


 見た感じ、街とかにいる衛兵よりもずっとずっと強そうだ。

 おいルールル、あの人たちはなんなんだ?


 するとルールルは、なにか大切なものを思いだしたように、『あっ』と声をあげた。



『……えーっと、あれは「マクロファージ」といって、白血球の一種です。

 肺にいる彼らは、外からやってきた空気中の細菌を退治する役割をする他に、有事の際には体内を遊走し、外敵と戦います。

 簡単にいうと、街の衛兵よりもずっと強力な守護天使ですね。

 ウイルスなどはあんな風に一瞬にして真っ二つにされ、あっという間に取り込まれてしまいます、ね……』



 言ってるそばから、バイキンみたいなのが瞬殺されていた。


 ……ふーん、なんだか怖いけど、頼もしいじゃないか。

 そういえばルールル、さっきなんで『あっ』なんて声を出したんだ?



『はい、大事なことを思いだしたからです。それは、この呼吸器系のルートを通って外に出る際の、いちばん肝心の問題点でした』



 そういえば、いくつか問題点があるって言ってたな。

 それは何なんだ?



『はい、それは……。マクロファージに見つかったらきっと、カウルさんは殺されてしまうだろう、ということです』



 「えっ」と思う間もなく、



 ……シュガッ!



 俺の身体は急降下してきた天使にわし掴みにされ、天高くさらわれていた。

 まるで猛禽類に襲われた、仔リスのように……!

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