第23話

 破傷風菌の弱点は、なんと『酸素』だった。

 人間が生きていくためには必要不可欠なものが、弱点だなんて……!


 俺はルールルの言葉に、さらに耳を傾けた。



『破傷風菌は嫌気性菌といって、大気の中では生きていけません。だからこそ、彼らは酸素が少ない土壌の中で繁殖するのです。洪水を伴う災害などの後には、破傷風が流行します。それは、泥水を含んだ瓦礫撤去でケガをする人が増えるためなんです』



 ってことは、破傷風菌を倒すためには……。

 外から空気を取り入れればいいんだな!?



『そうですね。傷口を開いて、綺麗な水で洗い流して大気に晒すのです』



「よしっ!」



 俺はすぐさま取って返す。

 身体ではなく精神を。


 山賊のお頭の脳内にいる、もうひとりの俺に意識を移す。

 そばには王様のがいて、まわりに怒鳴り散らしていた。



「おいっ、野郎ども! いますぐありたっけの薬と薬草をかき集めてくるんだ! ボサボサしてるヤツは、ブッ殺すぞっ!」



 王様と同じ言葉を、山賊のお頭も怒鳴り散らしている。

 山賊のお頭は、ベッドの上で朦朧としている宇佐木さんを揺さぶっていた。



「おいっ! しっかりしろ! 気を確かに持て! いますぐ俺が助けてやっからな!」



 そして天を仰ぐ。



「ああっ、神様ぁ! ミミを助けてやってくれぇ! コイツはもう、俺の娘みたいなもんなんだ! ミミが助かるんだったら、二度と悪さなんかしねぇ! 真っ当になってやり直すからよぉ! い、いや、俺の命だってくれてやるからよぉ! 頼むっ! 頼むぅぅぅ……!!」



 王様は執務室のなかで跪くと、祈りを捧げはじめた。

 『困った時の神頼みならぬ、困った時だけ神頼みですか』と呆れた様子のルールル。


 俺は王様のそばに飛んでいって叫んだ。



「王様っ! いますぐ宇佐木さんの肩を見るんだ! そこに、宇佐木さんを治すキッカケがある!」



 「なにっ!?」と王様は反応、同時に山賊のお頭は宇佐木さんの服の袖を、力任せに引きちぎる。

 すると肩の付け根の外側に、血まみれのハンカチが巻き付いていた。



「か、肩をケガしてやがったのか……!」



 お頭はワナワナと震えながら、ハンカチを外す。

 すると、見るからに痛々しい、赤黒く変色した傷口が現れた。


 『虚血症状を起こしているようですね』とルールル。


 お頭は近くに転がっていた酒瓶と薬草を手に取る。

 酒瓶を口で開栓し、いっきに呷った。



『破傷風菌にはアルコール消毒は無意味ですよ。薬草も同様です。傷口が酸欠状態になって、より症状が悪化します』



 俺はルールルの言葉を受け、王様を体当たりする勢いで止める。



「ま……まってください王様! それでは宇佐木さんは治りません! それよりも傷口を開いて、清潔な水で洗い流してください!」



「なんだとぉ!? 水で洗う!? そんなのでミミは助かるのかよっ!?」



「ほ……本当です、王様! 俺を……俺を信じてくれっ! 王様と宇佐木さんを引き合わせた、この俺を……!」



 俺はここぞとばかりに、カーストウォーカーで身に付けた『ヤンキー説得術』を行使する。

 真っ直ぐな瞳で訴えると、山賊のお頭は酒瓶と薬草を投げ捨てた。



「おいっ、野郎ども! なぁに薬と薬草なんぞ、クソの役にも立たねぇものを積み上げてやがんだっ! 水だっ! ありったけの水を持ってくるんだ! それも便所の水みてぇなのじゃなくて、綺麗なヤツだぞ! ボサボサしてるヤツは、ブッ殺すぞっ!」



 するとひとりの子分が、「お頭ぁ! さっき沢で汲んできたばかりの水がありますっ!」と、タライに入った水を持ってきた。



『川の水が綺麗だなんて、蒙昧もうまいにもほどがありますね。川の水は微生物や細菌だらけですよ。せめて煮沸消毒しないと』



「お……王様っ! 川の水は綺麗なんかじゃない! 沸かしてくれ!」



 するとお頭は、水を持ってきた子分の頭を思いっきりド突いていた。



「この馬鹿野郎っ! 川の水が綺麗なわけがねぇだろっ! いますぐ沸かしてこいっ! さっさとしねぇとブッ殺すぞっ!」



 もうしっちゃかめっちゃかだったが、なんとかお湯が用意され、宇佐木さんの傷口は洗い流された。

 邪魔なものはなくなり、パックリと開いた傷口だけになる。



『傷口の酸欠状態が改善されましたので、少しはマシになることでしょう。ここまで症状が進行してしまっているので、助かるかどうかはわかりませんが……。でも、もうカウルさんにできることはないので、あとは宇佐木さんの精神力に……。あっ、カウルさん?』



 俺はルールルの話の途中で意識を切り替え、宇佐木さんの肩へと戻った。


 そこは、地獄絵図なのは相変わらずだったが、空はもう淀んでいない。

 開いた天の裂け目からは、陽光のような光が差し込んでいる。


 光を浴びた破傷風菌の動きは、ほんのわずかだが鈍っているようだ。

 俺は隣で寂しそうにしているデリバーに向かって言った。



「おいっ、デリバー! いますぐ赤血球……。お前の仲間たちを集めてくれっ! ありったけだ!」



 するとデリバーは、意外そうな顔をした。



「ええっ、ボクの仲間? でもボクたちは衛兵じゃないから、戦う力なんて持ってないよ?」



「いいから俺を信じて、言うとおりにしてくれっ! 妖精たちが信じてくれた、この俺を……!」



 俺はここぞとばかりに、カーストウォーカーで身に付けた『不思議ちゃん説得術』を行使した。

 真っ直ぐな瞳で訴えると、『さっきと同じじゃないですか』とルールルからツッコミが入る。


 しかしデリバーの心は動かされたようで、呼び子笛みたいなのを吹いて、赤血球たちを呼び集めてくれた。

 俺は赤い装束の軍団の先頭に立ち、指示を飛ばす。



「よおしっ! みんな! 妖精たちが運んでいるものを、あのモンスターどもにぶつけるんだ!」



「ええっ? ボクらが運んでいるのは、『炎の源』といって、戦うためのものじゃないよ。いわば燃料みたいなもんなんだ」



 この世界では酸素は『炎の源』というのか。



「そう、その『炎の源』を、あのモンスターめがけてブッ放すんだ! さぁ、早くっ!」



 ルールルは半信半疑の様子だったが、妖精たちにささやきかける。

 すると妖精たちは、空中で陣形のようなものを作り上げた。


 光の線で結ばれた妖精たちの間に、魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 そこから、



 ……ゴォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 まるでブリザードのような、白くてキラキラした突風が飛び出し、頂上から吹き下ろした。

 山の上から襲いかかる白龍のようなそれが、麓にいた破傷風菌に触れた途端、



「ハショォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!?」



 炎に焼かれるかのように、身悶えした……!


 ほんのちょっと触れただけなのに、すごい嫌がりようだ。

 これは、いけるっ……!

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