第20話

 俺とルールルを仲裁するように現れたのは、俺のステータスウインドウ。

 そこに表示されていたのは、驚くべきものであった。


 レベルが4から、いっきに10アップして14になっている。

 それに『伝染インフルエンス(経口)』というスキルが増えていた。


 俺はなにもやっていないのに、なぜいきなり……!?


 しかしルールルは俺以上にキョドっていた。



『いっ、伝染インフルエンス……!? ええっ、なぜ今になって!? どうしてなのですか!?』



 おい、これはどういうことなんだ、ルールル!?


 すると彼女は戸惑いを隠せない様子で、俺とステータスウインドウの間を、何度もキョトキョトと視線をさまよわせながら教えてくれた。



『ウイルスであるカウルさんにとっての一番の経験となるのは、他の人間に伝染することなんです。いま10レベルアップしたのは、他の人間への伝染が成功した証です。それも、経口感染で……!』



 経口感染?

 口から感染したってことか?



『そうです。経口感染スキルが増えているのもそのためです。でも、いったいどなたに……!?』



 俺とルールルは同時に、ハッと頭上を見上げた。

 すると、そこには……。


 お頭の手から水を飲ませてもらっている、宇佐木さんの姿が……!


 ま、まさか……!?



『その、まさかですっ! 最果ての洞窟で、オーワンファイブセヴンのボスと戦ったときに、明日穴から外に排出された、カウルさんは……! お頭の手に、付着していたのでしょう!』



 あのとき増殖したもうひとりの俺は、そのまま死んだわけじゃなくて、まだ生きていたのか……!



『そうです! そして今まさに、水を通して宇佐木さんの口のなかに、入ってしまったとうわけですっ!』



 ……ズガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!



 不発弾が暴発したようなショックが、俺とルールルの間を駆け巡った。


 思わず思考停止しそうになったが、俺は辛うじて自我を保つ。

 しかしルールルは放心しっぱなしだった。



『そ、そんな……。せっかくカウルさんに、ウイルスとしての……』



 なんてブツブツつぶやいていたので、俺は喝を入れてやる。


 ……オーケー、ルールルっ!!


 すると妖精はビクリと跳ね、再起動されたスマホのように再び動き出した。



『なっ、なんですか?』



 なんですかじゃないだろう!

 宇佐木さんの中に入った、もうひとりの俺のほうに意識を移すから、お前もついてきてくれ!


 するとルールルは、なぜかムッとしていた。



『わたくしを誰だと思っているんですか? 「叡智の女神ルールル」ですよ? わざわざ断っていただかなくても、カウルさんの意識には付いていけます』



 俺はてっきり、女神を便利屋みたいに同行させようとしたことが気に障ったのかと思ったんだが、ぜんぜん違った。

 『カーストウォーカー』の俺でも、怒りのツボがよくわからん。


 でも黙ってても付いてきてくれるなら、もう気兼ねはいらないな!


 ……よぉし、いくぞっ!


 俺は意識を集中し、宇佐木さんの中にいる、もうひとりの俺を呼び覚ます。

 すると、明日穴から排出されたほうの俺はずっと気を失っていたようだが、意識を取り戻せた。


 しかし出たのは、とんでもない場所だった。



「ウギャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 いたる所で悲鳴が鳴り渡る、酸の海の、ど真ん中っ……!?


 見渡すかぎりの海には、いろんな生き物が浮いていて、溺れながらドロドロに溶けているところだった。


 なっ、なんなんだ!?

 この地獄みたいな所はっ!?


 すると海の上に浮いていたルールルが、平然とした様子で言った。



『ここは胃ですよ。まわりにあるのは胃酸で、溶けているのは他の細菌たちです。口から入った細菌は、まず唾液で殺菌され、そのあとはこの胃液でほとんどが死滅します。でも細菌の数が100万個を超えるような場合は一部が通り抜けることがあるんです』



 見ると、死体をイカダがわりに使い、海の上に浮かんでいる者たちがいた。



『さらにそれらとは別に、酸に強い細菌は胃液では死にません』



 そういえば、まわりのリアクションにビビっちまったけど、俺はなんともないな。

 これも『O-157』から吸収した、『耐酸レジストアシッド』スキルのおかげか。


 ……って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!

 『破傷風菌』がいる所に行かないと!


 ヤツはどこにいるんだ!?



『破傷風菌は患部で増殖し、「テヌタス毒素」と呼ばれる神経毒を産出します』



 し……神経毒!?

 それって、フグとかコブラが持ってるヤツだろ!?



『愚劣なカウルさんにしては、よくご存じですね。神経毒というのはその名のとおり、伝達神経に作用する毒のことです』



 俺は怖いもの聞きたさで、つい先を促してしまう。


 そ、それって、どういうのなんだ……?



『まず簡単に言うと、人間の身体というのは、以下のような流れで動いているんです』



 脳 ⇒ 脊髄(中枢神経) ⇒ 末端神経 ⇒ 筋肉



『脳から発生した電気信号が、身体の中心にある脊髄を伝って、末端にある神経に届き、末端神経が筋肉を伸縮させることにより、身体が動くというわけですね。そして神経毒は、以下の部分に割り込むんです』



 脳 ⇒ 脊髄(中枢神経) ⇒ 末端神経 ⇒ 【神経毒】 ⇒ 筋肉



『末端神経と筋肉のあいだに居座って、脳からの指令を遮ってしまうんですね。そして、本来は動かすべき筋肉を動かさなくなったり、人間が動かすつもりのない筋肉を、勝手に動かすようになります』



 なるほど、それで破傷風にかかると、自分の意思に反して顔が引きつったり、身体がエビ反りになるってわけか。


 ……あれ? でもそれでなんで死ぬんだ?

 エビ反りになったからって死ぬわけじゃないだろう?


 もしかして、背骨が折れてしまうとか?



『違います。身体がエビ反りになるのは経過症状のひとつに過ぎません。

 それにカウルさんは誤解されているようですね。

 筋肉というのは、手や足を動かしたりするだけではないんですよ。

 内臓も筋肉でできていますし、呼吸するときも横隔膜という筋肉を使っています。

 コブラやフグ、そして破傷風の神経毒は、最終的に横隔膜の末端神経に取り憑いて、動かなくしてしまうんです』



 横隔膜が、動かない……?

 ってことは、自分の意思では息ができなくなるってこと!?



『そうです。

 息が出来なくなった人間は、通常は1分ほどで意識不明となり、そして15分が経過すると心臓が停止して死に至ります。

 しかし神経毒による呼吸困難の場合、心臓だけは動き続けるんです。

 そのため、意識不明にならずに、長い苦しみを感じながら死んでいくことになります』



 こっ……怖ぇっ……!

 このままじゃ、宇佐木さんもそうなるってことか!


 じゃあまずは、横隔膜の末端神経に行って、テヌタス毒素とかいうのを排除すればいいんだな!



『それでもいいですが、大元となる破傷風菌を殺さないと、テヌタス毒素はなくなりませんよ』



 じゃあ、破傷風菌をやるのが先か!

 破傷風菌は、患部にいるっていったよな!


 患部ってのは、いったいどこに……!?


 そこで俺の脳裏に、ある光景が浮かんだ。


 檻に閉じ込められていた宇佐木さんが、お頭の手によって外に引きずり出されるときに……。

 木柵から飛び出していた釘に、肩をケガしていたことを……!


 破傷風菌がいるのは……きっとそこだっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る