第21話
宇佐木さんを苦しめる破傷風菌が、肩にいるであろうことを推理した俺は、さっそく肩に向かってみることにした。
ひとまず胃酸の海からあがると、そこは荒野だった。
吹きすさぶ乾いた風の向こうには、西部劇とかに出てきそうな小さな街が見える。
どうしよう、ひとまずあの街まで行って、肩までの行き方を尋ねたほうがいいのかな?
なんて考えていたら、
「太陽太陽、
へんな歌を口ずさみながら、俺の前をお姉さんが通り過ぎていった。
お姉さんは長い黒髪に赤い帽子をかぶり、服装も赤一色でキメている。
まわりにはルールルみたいな妖精たちがいて、衛星のように彼女のまわりをフワフワ舞っていた。
『彼女は人体の運び屋と呼ばれる「赤血球」です。まわりにいる妖精はヘモグロビンという色素です。ヘモグロビンのおかげで赤く見えることから「赤血球」と呼ばれています』
ふぅん。
たしかにお姉さんは真っ赤な服を着てるけど、まわりにいる妖精は赤くないんだな。
『それはわたくしの判断でそうさせていただきました。赤一色の妖精なんて、つまらないでしょう?』
よくわからんが、ルールル自身が俺の前で妖精の姿であるように、妖精にはこだわりがあるのかもしれないな。
いや、そんなことよりも……。
ルールルはお姉さんのことを『運び屋』って言ってたけど、このお姉さんはなにも運んでるようには見えないが。
『運んでいるのはまわりの妖精です。ヘモグロビンは酸素と結びつく性質があって、赤血球はそれを運ぶことにより、身体を動かすために必要不可欠な酸素を、身体のあちこちに届けているんです』
なるほど、酸素を運んでいる妖精を、お姉さんは運んでいるというわけか。
お姉さんと妖精の正体がだいたいわかったので、俺はお姉さんに「あの」と声をかけてみた。
すると彼女は優雅に振り返って、切れ長の目で俺を見つめる。
「おや、キミは誰だい? 見たこともない子だね。風に乗ってここまでやって着たのかい?」
「いえ、そこの海を渡ってきたんです」
「へぇ、海から来たのかい? 珍しいねぇ。ボクはデリバー。キミはなんていう名だい?」
デリバーと名乗ったお姉さんはかなりの美人だったが、ボクっ娘だった。
「俺はカウルっていいます。あの、ちょっと聞きたいんですけど、肩まではどうやって行けばいいんですか?」
するとデリバーは、ふふ、と笑った。
「海から来たということは、外の世界から来たんだろう? だったら教えるわけにはいかないな。だってキミは悪い子かもしれないだろう? ボクは気ままに生きていけるこの世界が気に入ってるんだ。それが壊されるようなことがあったらたまらないからね」
「その、世界を壊そうとしているヤツが、いま肩にいるんです! 俺はソイツをやっつけるために来た良い子なんです!」
「そう言われても、ボクは衛兵じゃないから、キミが良い子かどうかはわからないんだ。悪いけど、他をあたって……おや?」
気がつくと、デリバーのまわりにいた妖精たちが俺をじっと見つめ、小さなお尻をフリフリしていた。
まるで獲物に飛びかかる前の猫みたいだな、なんて思った次の瞬間、
「うわっぷ!?」
俺は妖精たちに囲まれ、揉みくちゃにされてしまう。
いままで人間サイズの相手にモフモフされたことは何度もあったけど、妖精サイズは初めてだった。
デリバーは妖精たちを止めもせず、ふふ、と笑う。
「おやおや、その子たちに気に入られたようだね。ということは、キミは悪い子ではないみたいだね。いいよ、ボクはちょうど肩に向かって運びものをしていたところだから、肩まで案内してあげるよ」
『妖精は善悪の判断などできません。ヘモグロビンはときに人体に悪影響を及ぼすものを運んでしまうこともあるのです』
そうなのか。
でも今はデリバーに信用してもらえたから、なんでもオッケーだ!
俺は会ったばかりの綺麗なお姉さんと一緒に、肩まで行くことになった。
……のだが、デリバーはものすごく、のんびりした人だった。
俺は急いでるっていうのに、まるで散歩みたいにゆっくり歩く。
荒野に咲いた小さな花を見つけただけで、いちいちしゃがみこむ。
「あの、デリバー。もうちょっと急いでもらえないかな?」
「急がば回れという言葉を知っているかい? 急いでも急がなくても、いつかは目的地にたどり着く。それが人生ってもんだよ」
「……俺さっき、世界を壊そうとしているヤツがいるって言わなかったっけ?」
『ちなみにですけど、彼女は肩には向かっていませんよ。足のほうに向かっています』
……ええっ!?
それじゃマジで、急がば回れをしてるってこと!?
こっちは一刻も早く肩に着かなきゃいけないってのに、どうすりゃいいんだ!?
もうお姉さんと別れて、別の人に道を尋ねたほうがいいかなぁ。
できればルーコみたいに、馬に乗れる人に……。
そこで俺はふと、あるスキルの存在を思い出す。
そして俺の思考を読み取ったのか、ルールルが先回りして教えてくれた。
『「
俺はさっそく大きく息を吸い込んで、思いっきり口笛を吹いてみた。
……ピィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
すると、荒野の向こうから、
……パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ。
蹄を力強く鳴らし、砂煙をもうもうとあげながら、一頭の馬が現れた……!
「おおっ、すげえっ!」
実を言うと、口笛でペットを呼ぶというのは憧れだったんだ。
異世界にいったらやりたい事のひとつだったんだが、まさかこんな形で実現するとは……!
俺のテンションは爆上がりだったが、やって来た馬はそれと反比例するかのようなサイズ感だった。
ち……ちっちゃ!
これって、ポニーじゃないか!?
『しょうがありませんよ。初期の「
う、う~ん。
そういうことなら、仕方ないっ……!
俺は、つぶらな瞳のポニーにデリバーを乗せて出発する。
デリバーは身長が高くて、ポニーに跨がっても地面に足がついていた。
でもそれでも、歩くよりはずっとずっと速い。
ちなみに俺は手綱を握れないので、デリバーが手綱を握っていた。
これじゃ、どっちが馬を操ってるのかわからなかったけど……。
「こうやってポニーに乗ったまま足をシャカシャカさせると、すごく速く走っている人に見えない? ふふ、うふふふ」
デリバーはわけのわからない事をやって、ひとりでウケてたけど……。
とりあえず俺たちは、目的の『肩』までたどり着くことができた。
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