第19話

 王様からお礼を言われて、俺は自分のしたことは間違っていなかったと確信する。

 もしこのお頭が『Oー157』で死んでいたら、宇佐木さんもただでは済まなかったかもしれない。


 これは結果論ではあるが、俺はふたりの人生を救ったことなる。


 やっぱり、見捨てていい人間なんていないんだ……!


 しかし異世界には、怖い病気があるんだなぁ。

 身体がエビ反りになって死んじゃうなんて……。


 するとルールルが、



『カウルさんのいた世界でも、その病気は珍しくありませんでしたよ。「破傷風」といいます』



 破傷風? 聞いたことあるな。



『土壌のなかに生息する破傷風菌が、傷口などから体内に入ると感染し、発症します。

 初期症状としては、口が開けにくくなり、食べ物の摂取が困難になります。

 第2症状としては、顔の筋肉が引きつりはじめ、おかしくもないのに笑顔になります。

 最後は全身の筋肉が引きつり、エビ反り状態になって、死に至ります。

 これらの症状は、破傷風菌が出す毒素によるもので……』



 俺はいつもの解説に耳を傾けていたのだが、ふと、引っかかるところがあった。


 おかしくもないのに、笑顔……? 


 ハッ、と顔をあげて頭上のモニターに目をやる。

 すると、そこには……。


 不自然に開いた口角を、ピクピクと痙攣させる、宇佐木さんの顔が……!


 もしかして宇佐木さんも、破傷風に……!?



『やっと気がつきましたか』



 ルールル、お前、知ってたんだな!?

 なぜ教えてくれなかったんだ!?



『聞かれなかったからです』



 嘘つけ! お前はいつも、聞いてもいないことを教えてくれるだろ!?

 破傷風菌の症状を、細かく教えてくれたみたいに!


 しかしルールルは『それが何か?』みたいな態度を崩さない。



『では、言い方を変えましょうか。その必要はないと判断したためです。なぜならば宇佐木さんは、カウルさんのことが大嫌いだったんですよ。そんなことも知らずに救おうとするだなんて、あまりにも滑稽ですからね』



 宇佐木さんが俺のことを、大嫌いだった……!?

 う……嘘だっ!


 すると俺の頭の中に、ある映像が浮かんできた。

 それは忘れもしない、『転生の儀式』の部屋。


 しかしそこにいるのは俺ではなく、宇佐木さんだった。

 彼女の目の前には、人間の姿をしているルールルがいて、宇佐木さんに次々と質問をしている。


 この質問は、俺も答えさせられた。

 内容はたしか、高校生活にまつわるものが多かった気がする。



「では次に、高校生活のなかで、いちばん好きだった人を教えてください」



 ちなみに、この問いについて俺は『好きな人はみんな』と答えた。

 宇佐木さんは、なんて答えたんだろう?


 もしかして、俺だったりして……?



「はい。いちばん好きだったのは、夜空よぞら球児きゅうじくんです」



 夜空球児……。

 野球部のエースで、いわゆる高校球児だ。


 しかし実直な性格というわけではなく、夜の街が大好きという遊び人。

 スポーツマンのうえにくだけた性格だったので、クラスでも人気者だった。


 スクールカーストでも頂点にいて、みんなからは『ナイター』ってアダ名で呼ばれていたな。

 そうか、宇佐木さんはナイターのことが好きだったのか。


 ルールルの質問は続く。



「そうですか、彼はかっこいいですからね。では次に、高校生活のなかで、いちばん嫌いだった人を教えてください」



 俺のなかに、嫌な予感が渦巻く。



「はい。いちばん嫌いだったのは、宇津利うつりカウルくんです」



「なぜ、彼のことが嫌いだったんですか?」



「はい……。夏休みの前に、球児くんのグループに誘われて、みんなで遊びに行ったことがあったんです。

 ふたりっきりじゃないし、球児くんに誘われたわけじゃないんですけど、私は嬉しくって……。

 球児くんに食べてもらおうと思って、おはぎを作って持っていったんです。

 でも……カウルくんが、ひとりで全部食べちゃって……。

 以前からカウルくんは、私にかまってきて、とっても迷惑していました。

 そのうえ、私の恋の邪魔までしてきて……。

 それから彼のことが、大っ嫌いになったんです。

 ……あの、これから私たちは、別の世界に行くんですよね?

 だったら、カウルくんに会わなくてすむ所に行きたいです!

 彼の顔はもう、二度と見たくありません……!」



 映像はそこで途切れる。

 でも俺の頭の中には、



 二度と見たくありません……! 二度と見たくありません……! 二度と見たくありません……!



 宇佐木さんの最後の言葉が、何度もリフレインしていた。

 真っ暗になった目の前に、妖精姿のルールルが割り込んでくる。



『これでわかりましたか? 宇佐木さんは、ここまであなたのことを嫌っていたんですよ?』



 うっ……!

 な、なんで、こんなものを俺に……!?



『それは、カウルさんを可哀想に思ったからです。本来は、他者の「転生の儀式」を明かすのは禁じられているのですが……。あまりにもカウルさんが、前世での自分の置かれていた立場を理解していない、哀れなピエロでしたので』



 二の句が継げない俺に、ルールルは『そんなことよりも』と言葉を挟む。

 そして俺をまっすぐに見据えると、



『……ここまで嫌われていると知った今でも、この人間を助けたいですか?』



 俺の意識の外では、パニックが起こっていた。


 お頭の目の前にいた宇佐木さんが、突如痙攣を起こして倒れたからだ。

 国王は椅子から立ち上がり、半狂乱になって叫んでいた。



「こ、この症状は、娘の時と同じ……! た、大変だっ! すぐにベッドに寝かせるんだっ! 薬と水を持ってこいっ! あああっ、しっかりしろ、ミミっ! 娘だけじゃなく、お前にまで逝かれたら、俺は、俺はっ……!」



 執務室のモニターには、汗びっしょりで、全身を小刻みに震わせる宇佐木さんの姿が。

 彼女の瞳は、もう昇天が定まっていない。



「たっ、たす、けっ……! たすっ、けっ、てっ……!」



 まるでシャックリのような悲鳴をあげるばかり。

 俺の答えを待たずに、ルールルは肩をすくめた。



『ああ、もう手遅れみたいですね。

 あそこまで破傷風の症状が進行してしまった今、この世界においての医療技術では、もう治療できません。

 街まで連れていって治癒魔法をかければまだなんとかなりますが、莫大なお金がかかるうえに、山賊を治療してくれる治癒術師ヒーラーなんていないでしょうね

 ……あ、でも、ひとつだけ手が残っていました』



 妖精は、横目で俺をちろりと見やると、いたずらっぽく笑った。



『カウルさんが宇佐木さんの身体に入って、破傷風菌をやっつけることですよ。

 ああ、でも、よく考えたら、今のカウルさんでは無理ですね。

 カウルさんはこの身体限定のウイルスで、他のどなたにも感染したことがないのですから。

 でもこれはカウルさんにとって、良いニュースなんでしょうね。

 だって、嫌われてもなお宇佐木さんを助けようだなんて、無理して偽善ぶる必要もなくなったわけですから』



 俺は思わず、ルールルに掴みかかりそうになる。

 でも俺たちの間に、意外なモノが割って入ったことで、それどころではなくなった。



 名前 なし

 LV 4 ⇒ 14

 HP 40 ⇒ 140

 MP 40 ⇒ 140

 VP 0 ⇒ 100


 スキル

  潜伏ステルス

  吸収ドレイン

  憑依ポゼッション

  看破インサイト

  増殖レプリカント

  血栓フィブリン

  耐酸レジストアシッド

  膨張エクスパン

  遊走フリーラン

  溶性ソルブル

  NEW! 伝染インフルエンス(経口)

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