第18話
さて……。
ここからは、山賊のお頭の目を通して起こった出来事だ。
お頭は、奴隷を入れておく檻のなかに手を突っ込んで、怯えている宇佐木さんの手を掴んで引っ張っていた。
途中、彼女の肩が、檻の木柵から出ていた釘に引っかかっていたけど、かまわず力ずくで引きずり出す。
そのまま乱暴に、どこかに連行していく。
アジトの別の部屋に着くと、お頭は突き飛ばすようにして宇佐木さんを解放した。
「今日からここが、お前の寝ぐらだ!」
宇佐木さんはびくびくと、あたりを見回す。
「こっ、こここ、ここは……お台所……でっ……ですか……?」
「お前は明日から、俺たちのメシを作る係になるんだ! メシは5人分で、朝メシ、昼メシ、おやつメシ、夕メシ、夜メシの5回! 欲しい材料があったら、下っ端に言うんだ、いいな! あと、マズいメシを作りやがったら、承知しねぇからな!」
お頭は一方的に言いつけて、台所の扉をズバンと閉めた。
それから宇佐木さんの、山賊の料理人生活が始まる。
彼女は最初、薪を使うカマドや、でっかい肉切り包丁に悪戦苦闘していたが、見よう見まねで少しずつ覚えていった。
そして彼女が異世界で初めて作り上げた料理は、『薄切り牛肉のミルフィーユステーキ』。
薄く切った牛肉とチーズを重ねて焼いたもので、赤身と脂身とチーズが、ミルフィーユのような層になっている。
これが、山賊たちには大好評。
「う……うめぇえーーーーっ!? こんなうめぇ肉、初めて食った!」
「よく焼いた肉なんて、焦げ臭くて食えたもんじゃねえってのに!?」
「おいっ、テメー、いったいどんな魔法を使ったんだ!?」
山賊たちに問い詰められ、宇佐木さんは狼に睨まれた小動物のように怯えながら答える。
「えっ、あっ、あの……ご、ごめんなさい……。ふ、普通に……やっ、焼いただけ……なんですけど……」
「ふつうに焼いて、こんなに柔らかくなるかよ! いつも食ってる肉は、固くて噛み切るのも大変だってのに!」
「あっ、あの……そっ、それでしたら、薄切りにしている……ため……だと思います。
やっ……安いお肉は固くなりやすいので、うっ、薄切りにしたほうが……食べ……やすくなるんです。
でっ、で、でも、それだと食感が……なっ、ないので、かっ、重ねてみたんです」
宇佐木さんはまだしどろもどろだったが、料理のこととなると多弁になるようだ。
「薄切りだとっ!? でも厚みはあるじゃねーか!? ああっ!? よく見たら薄切り肉が重ねてあるっ!?
「いつもと同じ肉なのに、すっごく柔らかくなってると思ったら……! こんなすげぇことを思いつくだなんて、おまえ天才かよっ!?」
「柔らかいだけじゃなくて、噛みごたえもちゃんとあるぞ! それでいて噛んだときに汁がジュワッとあふれて、トローリして、またたまんねぇんだ!」
「あっ、あの……それは……。なっ、中に脂身のお肉と、ちっ、チーズを挟んでいるため、だと思います……」
「脂身を使っただと!? いつも捨ててた脂身が、こんなふうに旨みの素になるだなんて知らなかった! おまえ天才かよっ!?」
「それにチーズを入れると、こんなにトローリするんだなぁ! 酒のつまみにそのまま囓ってたけど、こんな使い道があるとは知らなかった! おまえ天才かよっ!?」
「この草みたいなのもうめぇなぁ! 口の中がさっぱりして、肉がいくらでも食えるぜ! こんな草をおいしくできるだなんて、おまえ天才かよっ!?」
山賊たちは「おまえ天才かよっ!?」を連発しながら、宇佐木さんの料理をわんぱく小僧のようにモリモリと頬張る。
彼らはずっと肉ばっかり食べてきたようで、付け合わせの野菜のことも『草』呼ばわりだった。
ルールルは『ネズミ並の知能ですね』と呆れ顔。
しかし、加熱した肉を食べ、野菜や乳製品も摂るようになったので、山賊たちは以前にも増して健康になっていく。
今まで山賊たちは週1ペースで腹を壊していたそうだが、それもなくなる。
そして肝心の、お頭の体内のほうも改善された。
『最果ての洞窟』はすっかり平和になり、悪さをする者は誰もいなくなったんだ。
『宇佐木さんは発酵食品であるチーズと、食物繊維が多く含まれる青菜をよく付け合わせにしています。そのおかげで、山賊たちの腸内環境が整えられたんでしょうね』
さすがは宇佐木さんだ。
自分で弁当を作るほどの料理好きなだけあって、味だけじゃなくて栄養バランスにも気を使ってるとは。
やっぱり、俺の見立てに狂いはなかったんだ!
宇佐木さんは料理人として暮らしていくうちに、山賊たちとも仲よくなっていく。
いつしか山賊団の中で、マスコット的存在にまでなった。
これでもう、彼女が奴隷として売られることはないだろう。
クラスメイトの人生がメチャクチャにならずにすんで、俺はホッする。
この異世界で再会してからというもの、宇佐木さんはずっと暗い顔をしていた。
でも、最近はよく笑うようになった。
それはとても喜ばしいことだったんだけど、俺にとってはちょっと寂しくもあった。
なぜならば、前世で俺がいくら話しかけても、彼女はぜんぜん笑ってくれなかったから。
ルールルは俺の落ち込みを察したのか、
『アレが笑顔に見えるのであれば、カウルさんは本当におめでたい人ですね』
などと、励ましてるのか呆れてるのかよくわからないことを言う。
ともかく俺は、前世ではいくらがんばっても拝めなかった宇佐木さんの笑顔を、お頭の脳内で、国王といっしょに見守り続けた。
彼女は手を伸ばせば届くほどの位置にいるというのに、彼女は絶対に俺に気付くことはない。
俺がいくら望んでも、彼女に直接言葉をかけることも、触ることもできない。
それは実に奇妙な感覚で、なんだかもどかしくもある。
まるで、幽霊にでもなったような気分だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな、ある日のこと……。
俺は、執務室の天井にあるモニター群のなかに、明らかに目で
昔の映画みたいなそれには、小さな女の子がいた。
おいルールル、あれはなんだ?
『あの映像は、この人間の「記憶」ですね。昔のことを思いだしたのでしょう。あちらを見てください』
マッチ棒みたいな腕で妖精が示した先は、評議会の一角。
そこには、赤いローブを着た者たちが座っている。
その中のひとりが、アルバムみたいなのを読んでいた。
たしかアイツらは、『大脳辺縁系』だっけ?
『はい。あちらに座っている人物は「海馬」といって、脳の記憶に関する器官です。
そしてアルバムみたいなのは「大脳皮質」といって、人間の脳におけるライブラリのようなものです。
彼はいま、そこから引っ張りだしてきたものを読んでいるようですね』
ようするに、昔のことを思いだしてるってことか?
『はい、そうです。この人間はいま、宇佐木さんのことを見つめています。宇佐木さんを見て、過去の記憶が蘇ってきたのでしょうね』
ふぅん……あの女の子は何者なんだろう?
王様に聞けばわかるかな?
と思って玉座に視線を移したら、いつも快活なはずの王様が、いまは妙にしんみりしている。
王様はぽつぽつと、俺に教えてくれた。
「……俺にはな、むかし女房と娘がいたんだ。
女房は娘を産んですぐ死んじまったから、男手ひとつで娘を育ててきたんだが……。
そいつも幼い頃に、病気で死んじまったんだ。
それが恐ろしい病気でよぉ、口が開かなくなって、最後はエビみたいに身体を反り返らせてよぉ……。
それで……」
言いながら、その時のことを思いだしてしまったのか……。
王様は、瞳の端におおきな涙の玉を浮かべていた。
ちょっと意外だった。
王様は過去のことなんて一切こだわらないような性格で、いつも豪快に笑うか、鬼のような顔で怒るかの両極端な表情しかしなかったから。
でもまさか、こんな過去があったなんて……。
もしかしたら娘さんを失ったのがきっかけで、山賊になったのかもしれないな。
しかし、王様はすぐにいつもの調子を取り戻し、ニカッと頬を吊り上げる。
泣き笑いのような顔で、俺に言った。
「ミミを見てたら、まるで娘みたいに思えてきてよぉ! 俺はこんないい娘っ子を、危うく売り飛ばして不幸にしちまうところだったぜ! 俺とミミを助けてくれて、ありがとうな、カウル!」
王様……いや、お頭は宇佐木さんのことを名前で呼ぶほど、すっかり気に入っているようだった。
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