第15話

 そこからは兵士が付き添ってくれて、王の執務室へと案内される。

 城に入ってからというもの、ルーコとチコはガチガチに緊張していて、一切しゃべらなくなっていた。


 執務室というから小部屋のようなものを想像していたのだが、通されたのは広大な講堂であった。

 真ん中の玉座に座っている王を中心に、波紋状にテーブルが広がっている。


 議席らしきそこには、法衣を着た者たちが、ぎっしりと着席していた。

 色分けされた法衣を着ているところから、どうやら派閥みたいなので分かれているらしい。


 部屋に入るなり、彼らが一斉に、俺たちを睨みつけてきた。

 まるで大事な会議の最中に割り込んだような感じだったので、非常に気まずい。



「おお、お前たちが『オーワンファイブセヴン』を壊滅させた者たちか! もっと近くに来て、顔をよく見せてくれ!」



 中央で手招きしていた王は、口調からするとざっくばらんな人物のようだった。

 国王というからてっきり、厳格な人物を想像していたのに……。


 レッドカーペットを歩いて王に近づくと、俺は思わず息を呑んだ。

 それは国王というよりも、『山賊の頭』と呼んたほうがよさそうな、粗暴な感じのする男だったから。


 無精髭と傷に覆われた顔、タトゥーと筋肉質で覆われた身体に、イノシシの毛皮一枚を羽織る。

 玉座に立て膝で座るその姿は、むしろ『オーワンファイブセヴン』のボスを彷彿とさせた。



「これからメシ時だから、ちょうどヒマだったんだ! いい所に来てくれたなぁ!」



 王様はニカッと笑いながら、親指で天井を示す。

 つられて上を見てみると、天井には巨大なスクリーンがあって、そこには食卓らしき風景が映し出されている。


 もしかして、アレは……。



『そうですね。この国である人間が、いま見ているものです。

 眼球から見たものが、視神経を通り、脳に入って映像として処理されたものが、あのスクリーンに表示されるというわけです。

 その他にも、音も聴こえるでしょう?

 耳の鼓膜に届いた音が、蝸牛に伝わり、聴神経を通じて脳に入ってきているのです』



 ほほう、なんだかロボットのコクピットの中にいるみたいで、面白いな……!


 俺はプラネタリウムでも見るように、スクリーンに釘付け。

 この身体の外は異世界なので、いま俺は、ほんものの異世界を見ているというわけだ。


 しかし初めて目にする異世界は、あまりいいものではなかった。

 食卓は汚くてボロボロで、並べられたカラトリーや銀の皿もサビついている。


 ふいに食卓に座っていた人間が、皿を持ち上げ、鏡がわりにして鼻毛を抜きだした。

 曇った皿の向こうには、王様そっくりの顔が映っている。


 なるほど、人間の外見と、脳内にいる王様の外見は、一緒というわけか。



『そうですね。そのほうが面白いと思いまして』



 そうこうしているうちに、スクリーンの向こうの食卓には、若い衆のような男たちが3人ほどやって来て着席した。

 みな、動物の皮を剥いで作った上着から、タトゥーの入った腕を覗かせている。


「お頭、今日も手応えナシでした。最近は旅人もシケてて、金も食い物もロクに持ってないっすねぇ」


「お頭、俺たちもそろそろ力を付けてきたから、思い切って村のほうを襲ってみましょうや」


 などと、聞くからに物騒な話をこちらに振ってきている。


 ……もしかしてこの人たち、山賊?



『そうですね。そしてこの人間は、山賊のお頭というわけです』



 え……ええっ、ってことは……!



『はい。カウルさんは悪人の命を救っていたというわけです。「オーワンファイブセヴン」を放置しておけば、このお頭はベロ毒素によって死亡していたかもしれません。そうすれば、彼らのナワバリである近隣の山も、少しは平和になったかもしれないのに……』



 ショックを受ける俺の前を、ルールルを左右に行ったり来たりする。



『これはまさに、医者が凶悪犯を治療したようなものです。ひとりの命を救ったことにより、これから大勢の罪なき人たちが犠牲になるのです。あーあ、カウルさんが考えなしに、ちっぽけな正義をふりかざしたせいですね。いまどんなお気持ちですか? ねぇどんなお気持ちですか?』



 俺は飛蚊のように飛びまわるルールルを、払う気にもなれなかった。

 ただただ抜け殻のようになって、スクリーンを見つめるのみ。


 すると向こうの世界では、下っ端らしき男が料理を運んできて、皿に配膳しているところだった。

 メニューは肉の塊で、表面をさっと炙っただけのような見た目。


 それを、錆びたナイフでギコギコとやると、中から鮮血があふれ出る。

 ほとんど生肉といえるものを、盗賊のお頭は美味しそうに頬張っていた。


 脳内にいる王様が、「俺は、この血のしたたるステーキが大好物なんだ!」と、舌なめずりをしながら教えてくれる。

 俺は、「そ……そうっすか」と答えるだけで精一杯。


 隣にいるルーコとチコは、王の御前で緊張がマックスになってしまったのか、石像のようにカチコチになっていた。


 王はざっくばらんに話を続ける。



「ところでよぉ、この国では長いこと『オーワンファイブセヴン』に悩まされてきたんだ! なんだでだか知らねぇけど、アイツらは本当にしょっちゅうこの国に現れやがるんだ! 今まではやられっぱなしだったが、お前たちのおかげで初めて撃退できたぜ、ありがとうな!」



 俺は思わず「いやいやいや」と口をついて出そうになった。


 いくら賢くない俺でも、原因はすぐにわかる。

 こんな生肉を食べてたら、いつO-157に感染してもおかしくない。


 呆れ果てていると、ふとスクリーンの向こうから、聞き捨てならない話題が降ってきた。



「そういえばお頭。異世界人狩りで捕まえた女、メシを全然食わねぇんですよ。このままじゃ、売り飛ばす前に飢え死にしちまいまさぁ」



 俺は思わず「異世界人狩り……!?」と漏らしてしまう。

 画面の向こうからではなく、目の前にいる王様が教えてくれた。



「そうよ! 俺たちはな、ナワバリである山道を通る旅人を襲ってるんだが、たまに異世界から来たっていうヤツが通るから、ソイツを捕まえるのよ! この前、馬車でナワバリを通り抜けようとしてた異世界人たちを見つけて追いかけたんだが、馬車から落ちたドジなヤツをひとり捕まえたんだ!」



 俺の心と身体は、ほぼ衝動的に動いていた。



「お……王様っ、そいつに会わせてもらえませんか!? 異世界人ってのがどんなものなのか、見てみたいんです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る