第14話

 もうひとりの俺が衛兵と僧侶たちを引きつれて、『最果ての洞窟』の最深部に突入した頃には、すべてが終わっていた。

 いや、俺が終わらせたんだけどな。


 『明日穴』はすでに閉じていて、あたりは薄暗い。

 ドリルのあった場所は足場ごと引き剥がされ、残骸のみが残っている。


 そして外に放出されなかったゴミが、あちこちに散らばっていた。


 その中に、泣き崩れる少女がふたり。

 俺が「おい、大丈夫か?」と声をかけると、キッとこちらを向く。


 ルーコの凛とした表情も、チコのませた表情も、そこには微塵もなかった。

 梅干しとレモンをいっぺんに食べたような、しゃくしゃでぐしょぐしょに濡れた顔。



「「かっ……カウル(君)ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」



 彼女たちは引きつれた悲鳴とともに、間髪入れず飛びかかってくる。



「自らを犠牲にするだなんて……! なっ……なんてことをしてくれたでありますかぁぁぁっ!!」



「バカなのだ! カウルは大バカなのだ! もう知らないのだ! 知らないのだぁぁぁっ!!」



 ふたりはわあわあ泣きながら、俺をもみくちゃにする。

 涙と鼻水でべとべとの顔で何度も頬ずりされて、俺はすっかり濡れ鼠のようになってしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『オーワンファイブセヴン』は全滅し、ヤツらの野望は潰えた。

 ドリルで空けられた穴は、あと少しで血管に達する所だったのだが、僧侶たちの活躍によって元通りになりつつある。


 街は平穏を取り戻し、俺もすっかり街の人たちに受け入れられた。

 最初、ウイルスになった時は絶望しかなかったけど、案外ウイルスになるのも悪くないなぁ。


 なんて思っていた、ある日のこと。

 ルーコとチコのコンビが血相を変えて、俺のところにやって来た。



「た……大変であります、カウル君!」



「と……とんでもないことに、なってしまったのだ!」



 息せき切って交互に話すふたり。

 俺は、また悪いヤツが出てきたのかと思ったのだが、そうではないようだった。



「この国……バンデラ王国の国王、バンデラ様が、我々をお呼びなのであります!」



「『オーワンファイブセヴン』を倒した功績を、褒めてくれるそうなのだっ!」



「そうか、良かったじゃないか。たっぷり褒めてもらってこいよ」



「って、違うのであります!」「って、違うのだーっ!」



 聞くところによると、ルーコとチコだけじゃなくて、俺も含めての3人をご所望らしい。


 王っていえば、この国でいちばん偉いヤツのことだろ?

 前世でいえば、日本の首相とかそういうカンジの……。



『人体という国は民主制ではなく、完全に独裁制です。基本的に国王によって意思決定がなされます。カウルさんの前世でいうところの、北朝鮮とかオマーンに近いかもしれません』



 ……ってことは、王様のご機嫌を損ねちゃったら、いきなり殺されるとか?



『あると思います。カウルさんはこの国の国民ではないヨソ者なので、特にその可能性が高いといえるでしょう』



 ひ、ひえぇぇ~!


 王様に会ってみたい好奇心もあったけど、こりゃ遠慮しといたほうが、無難かぁ……!?

 と、思う間もなく、



 ……パッ!



 とルーコから身体をかっさらわれてしまった。



「今すぐ国王のところに行くであります! さぁ、自分がカウル君とチコを案内するであります!」



「カウルは、チコが持ってあげるのだ!」



 え、ちょ、待っ……!? あ~れ~!?



 俺とはあれよあれよという間に馬に乗せられ、街を出発。


 馬を駆るのは騎士のようにりりしいルーコ。

 俺は、お姫様のように馬の前に乗せられたチコの手に包まれていた。


 こうなると逃げてもしょうがないし、途中で逃げたらふたりに迷惑が掛かりそうだったので、俺は観念する。

 道中、併走するように飛んでいたルールルが教えてくれた。



『衛兵である白血球は、血液の流れに沿って体内を巡回しています。警備する街を、定期的に配置換えをしているイメージでしょうか。しかし有事の際には「遊走」といって、担当する街を出て、事件や事故が起こっている場所……いわゆる、「患部」に直接移動するのです』



 ふぅん、その『遊走』がこの馬ってわけか。



『遊走は白血球独自のほかに、血小板を伴って移動することができます。しかしウイルスであるカウルさんを伴った遊走はとても珍しいことです。史上初といってもいいでしょう』



 へぇ、ウイルスが馬に乗るのが、そんなに珍しいのか……。


 なんてことを思っている間にも、景色はめまぐるしく変わる。

 チコといっしょに観光気分でワイワイやっていたら、地形の向こうに、色とりどりの花畑のような街並みが広がった。


 その向こうから、偉容がゆっくりと姿を現す。



 あれが、『王城』が……!



『はい。あれがこの国の中枢……人間を司る「脳」です。下に広がる城下町は、この国でもっともに賑やかだといわれる「大動脈」です』



 俺が最初にこの国に降り立った場所は、食道の末端といえる『腸』のあたりだった。

 街も、ロールプレイングゲームに出てくる辺境の田舎みたいにこぢんまりとしていたのだが、上京するにあたって、だんだん賑やかさが増してくる。


 そしてたどり着いたのは、まさにこの国の頂点と呼ぶに相応しい、大きな塔みたいなのがいくつも立ち並ぶ大都会であった。

 道行く人も店もあふれんばかりの活気で、俺とチコはおのぼりさんのようにキョロキョロ。


 いろいろ見てまわりたかったのだが、真面目なルーコは脇目もふらずに馬を飛ばして通り過ぎていく。

 結局、あっという間に王城の入り口まで来てしまった。


 城には大きな橋が架かっている。

 ものものしい鎧をまとった兵士たちが大勢いて、そこで何重もの検査を受けた。



『ここは血液脳関門といって、いま私たちがいる血管と、城の中にいる脳神経を隔てる関所のような場所です。この国で、最も警備が厳重な場所といえるでしょう』



 うーん、こういう検査って好きじゃないんだが、王様に会うためには、仕方ないんだろうなぁ。

 ウイルスの俺が言うのもなんだけど、脳にウイルスとかが入らないために、これだけ厳重になってるんだろう?



『そうですね。しかしこの厳重さは、人間にとっては弊害である場合もあります。老人などに見られる、アルツハイマーの認知症は脳の病気なのですが、治療は難しいとされています。なぜならば、この血液脳関門があるためなのです』



 その理由は、なんとなくわかった。

 さっきからこの橋にやってきたほとんどのヤツが、兵士の検査で門前払いをくらっているからだ。



『この血液脳関門は、ウイルスだけじゃなく、薬も追い返すからだな?』



『そうです。脳を治療する薬を投与しても、この奥にある脳神経まで到達するのは、わずか0.1パーセントといわれています』



 そう教えてくれている彼女のすぐ後ろを、帆馬車がほぼノーチェックで通り過ぎていく。

 帆のところには、葡萄のマークが付いていた。


 おいルールル、あれはなんなんだ?



『ああ、あれはブドウ糖といって、脳の栄養源です。簡単に言うと、王城に住む者たちの食料を運んでいるんですよ』



 なるほど、メシはさすがに追い返すわけにはいかないよな。


 ふと、検査を受けていた身なりのいい貴族が、兵士に袖の下を渡して通っていくのが見えた。

 しかもひとりだけじゃなくて、大勢でゾロゾロと。


 なんだありゃ!? いま、賄賂を渡してたぞ!?



『ああ、あれはアルコールですね。脳血液関門は、アルコールなどの脂溶性の物質を透過させやすい性質があるんです。だからこそ、人間は酔っ払うんです。どうやらこの国の王は、お酒が好きみたいですね』



 ふぅん、なるほど。


 なんてルールルに『脳血液関門』について習っていたら、ようやく橋を渡り終え、王城に入ることができた。

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