第16話
俺が異世界人に会わせてほしいと頼むと、王様はガハハと笑った。
「がっはっはっはっ! そのくらい、お安い御用だ! なんたってお前は、この国を救ってくれたんだからなぁ!」
そして、まわり囲む法衣の者たちの中で最前列に座っている、とあるグループに声をかける。
「おい、捕まえた異世界人を見にいくぞ!」
声をかけられた青い法衣の者たちは、素直に頷いた。
「いまは食事中ですが、そのふわふわした者への恩義に報いることを、最優先するというわけですね。わかりました。実行には困難はなさそうですので、さっそく運動野に指示を……」
すると、赤い法衣の者たちが立ち上がって叫んだ。
「待ってください、国王! いまは大好物のステーキを食べているところです! 大好物よりも、そのふわふわした者が重要だとは思えません! それが終わってからでもよいではないですか!」
両者の意見が対立したところで、場内は一気に紛糾し、わいわいと賑やかになる。
俺のお願いがキッカケで、こんな論議を呼ぶとは思わなかった。
『青い法衣の者たちは、「前頭連合野」といって、脳における中枢ともいえるグループです。他のグループからの情報をもとに、最善と思われる策を国王に提案します。いわば、人間が人間たり得る、脳の部位ですね』
赤い法衣のはどんなヤツらなんだ?
『赤いのは「大脳辺縁系」といって、大雑把にいうと好き嫌いを判断したり、食欲や性欲などの「本能」を司るグループです』
なるほど、大好物のステーキを食べて食欲を満たしている最中だから、赤いヤツらは反対しているのか。
『そうですね。人間というのは生理的欲求があっても、理性で後回しにできます。
それは「大脳辺縁系」で生まれた欲求を、「前頭連合野」で抑え込んでいるからです。
人間が、いくら性欲を感じても異性を襲わなかったり、いくら漏れそうでも人前で排泄したりしないのはそのためです。
よく、「キレる」なんて言葉がありますが、これは「前頭連合野」で怒りの感情が抑えられなかった結果ですね。
ちなみにですけど、怒りの感情を抱いてから、「前頭連合野」が働き出すまでには6秒ほどのタイムラグがあるといわれています。
ですので、6秒ほど待つことができれば、人間は怒りを我慢できます。怒るにしても、理性的に怒ることができるわけです』
となると食事を中断して、異世界人を見せてくれるのかなぁ、と思っていたのだが……。
赤い法衣の者たちが、青い法衣の者たちを論破してしまった。
結局、『異世界人を見に行くのは食事のあと』と国王が採決を下す。
『どうやらこの人間は、動物的感情を優先するタイプみたいですね。山賊などという、欲望と衝動に満ちた行為を生業にしているのも頷けます』
そうなのか……。
まぁ、俺にとっては異世界人が確認できれば、順序はどうだっていいんだ。
そして食事が終わってようやく食卓を立ち上がるかと思ったが、今度は赤い法衣の者たちが、腹一杯で眠いなどと言い出した。
これ以上引っ張られるのはイヤだったので、俺は赤い法衣の者たちにかわいくおねだりして、なんとか身体を動かすことに賛同してもらう。
山賊のボスは食堂を出て、アジト内にある倉庫に向かった。
そこには、木で作った簡素な牢屋がぽつん置かれていて、中にはひとりの少女が閉じ込められていた。
ロウソクの灯りで照らされた横顔に、俺は「あっ!」となる。
「どうしたんだ? もしかして、このメスガキのことを知っているのか?」
王様から問いかけられて、俺は「ま、まぁ……」と生返事。
『知っているもなにも、同じ「転生の儀式」でこの異世界にやって来た、カウルさんのクラスメイトですよね』
そう……!
この少女の名前は、
クラスのスクールカーストにおける、最下位……。
いわゆるオタクグループのひとりだ。
地味な顔立ちの、おかっぱ頭の女の子で、前髪は目が隠れるくらいまで伸ばしている。
性格は大人しくて料理が趣味、学校に持ってきている弁当は、毎日自分で作っていたそうだ。
生ものっぽい食べ物が苦手で、刺身とかは食べられないらしい。
弁当に入っていたデザートのリンゴとかも、わざわざ煮てあった。
彼女はクラスメイトともほとんど交流がないという、いわゆる『根暗キャラ』。
でも『カーストウォーカー』である俺は、彼女とも普通に話していた。
『うわぁ、趣味や食べ物のことまで把握しているだなんて、女生徒たちから気持ち悪がられていたのもわかります』
き……気持ち悪がられてなんかないだろ!
宇佐木さんも最初に話しかけたときは、ほとんど会話が成立しなかったけど、死ぬ前くらいはキャッチボールレベルまで話ができるようになったんだ!
『それは、カウルさんが一方的にボールをぶつけていただけです。彼女はすごく嫌がっていましたよ』
くっ……!
でも、今はそんなことはどうでもいい!
なんとかして、宇佐木さんを救う方法を考えないと!
『えっ? それは本気で言っているんですか?』
当たり前だろう! 異世界で売られるとしたら、奴隷に決まってる!
俺のソウルメイトがそんな目に遭うのを、黙って見ていられるかっ!
『はぁ……。カウルさんは本当におめでたい人ですね。でも、どうなさるおつもりですか? カウルさんはこの身体から出ることもできない、ウイルスなんですよ?』
うーん、自分で手が下せないとなると……。
国王にお願いして、解放してもらうとか……。
『無理でしょうね。いくらカウルさんがこの国を救ったヒーローだとしても、国王は解放してくれないと思いますよ。だって、恩義よりも食事を優先する思考……。自分の利益をなによりも第一に考える方なのですから。でも、下手な正義を振りかざす誰かさんよりも、よっぽど好感が持てますが』
うぐっ。
でも、ルールルの言うとおりだろうなぁ。
この手のタイプはヤンキーとかに多い。
欲望を優先するタイプで、人の好き嫌いの判断も、損得よりも感情任せだ。
逆に言うと、一度懐に入ることさえできれば、仲間扱いをしてくれて、大事にしてくれるはず。
『そうでしょうね。では、宇佐木さんを盗賊一味にするように、国王に説得してみますか? 彼女は鍵開けの達人だとかウソをついて』
盗賊一味に……?
そうか、その手があったか!
さっすがルールル!
素っ気ないフリしてても、いざという時にはやっぱり頼りになる!
するとルールルは急にキョドりだしたけど、俺はほっといて国王に提案した。
「国王! 『オーワンファイブセヴン』を根絶する知恵が、俺にはあります!」
国王はスクリーンを見上げていたが、良い報せを聞いたかのように、ハッと顔を下ろすと、
「なに!? 『オーワンファイブセヴン』を根絶できる!? そんなことが可能なのか!?」
俺はフワフワの身体を、大きく上下に動かした。
「ええ、もちろん! そのかわり、痛みを伴う改革が必要になります!」
「長きに渡ってこの国を苦しめてきた厄災を滅ぼせるなら、なんだってしよう! さぁ、その方法を教えてくれ!」
すると国王だけでなく、執務室全体がざわめいた。
「オーワンファイブセヴンを根絶できる、だと!?」
「それは、われわれ評議会が長年にわたって論議してきたことだ!」
「この国でもっとも優秀なわれわれが、いくら知恵をしぼっても出なかった答えを、あのフワフワした者は持っているというのか!?」
「ううむ、あの者はかわいいだけではなく、とんでもない切れ者なのかもしれん!」
周囲が固唾を飲むなか、俺が満を持して発表した、その提案とは……!
「……目の前に囚われている少女を、盗賊団の料理人として据えるのですっ!」
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