10.高揚して
駅から電車へと乗って人ごみに揺られながら、ただ呆っと窓の外を流れていく景色を眺めていた。景色の移ろいがだんだんとゆっくりになって一つの駅へと停まり、また動き出し、それを何度か繰り返して自宅の最寄り駅へと辿りつくと、ごちゃごちゃと流れていく人の波に乗ってホームへと降りた。駅舎を出て駐輪場へとたどり着くと、置いていた自転車の鍵を外して、乗り込むと力一杯にこいで住宅街の中を走っていく。四、五分も走ると自分の家が見えてきてブレーキをかけながら、その一軒家の小さな駐車場の中へと自転車を滑り込ませる。父親が帰ってくる自動車の邪魔にならないように一番端に寄せてから、家の玄関を開ける。ニャアっと高い声のするのに気が付いて、慌てて玄関の扉を閉める。すぐさまドアの隙間から逃げ出そうと走ってきた黒ぶち猫が私の顔を見て不満そうに、今度は野太い鳴き声をあげた。
「ただいま。」
家の中に声をかけると返事はなくて、ただ、料理をしているらしき音と、何かを炒めてる良い匂いが漂ってくることに母親が台所にいるのだろうと分かりはした。玄関の近くにある階段を上がって、二階にある自分の部屋のドアを開く。自分が入るよりも早く、わずかに開いた隙間から黒ぶち猫が私の部屋へと入り込んで、椅子のクッションの上に飛び乗ると、我が物顔で寝そべった。それを横目に眺めながら、自分も部屋に入ってしまうと、スポーツバッグを床へと放り投げて、制服のままベッドへと飛び込んだ。
ほうっと大きなため息が漏れてしまい、近くにあった枕を腕の中へと抱え込んでしまう。
「う~~。」
自分でも奇妙だと思うような唸り声をあげて、ベッドの上を右へ左へとバタバタと体を動かして転がってしまっていた。
「どう言うことなんだろう……。」
一頻り転がった後、天井を見つめて、ぽつりと呟いていた。転がる音に驚いて黒目を酷く細めていた猫が、なあっと野太い声で返事をしてくる。
「私が綺麗って……。」
駅でお別れするときに柊さんに言われた言葉が頭の中へと何度もよみがえってくる。
きっと、柊さんの言うことだから、何の他意もなくって、皮肉とか、揶揄とかじゃなく、本当にそう思って言ってくれているんだろう。ただ、そう考えてしまうと、途端に心臓の周りを、細い指でそわりと撫でられたかのように全身がぞくぞくとして落ち着かなくなっていく。
「友達同士の普通の会話だよね……。」
学校でもクラスメイト達と可愛いとか言い当たったり、そんなことは普通にあるのに、どうしてだか柊さんの言葉は、何十分もたった今も頭の中にずっと残っていて、何度も何度も彼女の声で響いてきた。
『木槿さんが綺麗なのは分かりますから。』
柊さんが、ぽつりとそう言った瞬間を思い出してしまうと、ベッドの上で足を宙に突き出して自転車を漕ぐようにかき回してしまう。
落ち着かなくて、がばりと体を起こして、うーっと頭を抱えた後、それでも落ち着かなくなって再び寝転がると、抱え込んでいた枕を押しつぶすように力を籠めてしまう。胸の中ではぐしゃぐしゃに潰れた枕が原型をとどめずに皺くちゃになってしまっている。
なぜ、今、こんなに胸が急いてしまうのか、理由が全然わからなくて、ぐるぐると混乱する頭の中では、ずっと柊さんの声がリフレインして離れようとしてくれなかった。
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