第2話 狩り
「なあ、そろそろ魚飽きたよな?」
数歩先を歩くフィーラに問いかける。私の声は布越しでくぐもっていて聞き取りずらい。おまけに川を流れる水たちは、急カーブと段差だらけのコースを速度を落とすことなく走り続けている。聞き取れなかったようだ。フィーラが聞き返してくる。
「えっ?なんですか?…ていうかそのマスク外せないんですか?聞こえづらいんですけど」
「そんなに某の顔がみたいのか?悪いな、期待に応えられなくて。その時が来たら見せてやるさ」
すかさず軽口を返すと、フィーラが困ったような呆れたような何とも言えない表情をしていた。こんなかわいい顔をされるともっと困らせたくなってしまう。
話が進まないので先ほどの質問を繰り返すと、
「魚ですか?美味しいから問題ありませんけど、まあ飽きたと言えば飽きたかも…」
「だろ?だから今晩は肉を食うことにした!」
そう声高に宣言しながらこんがり焼けて肉汁のしたたる骨付き肉にかぶりつく様を想像する。う~ん、最高!
隣を見ると、私と同じ想像をしたようだ。かわいい口から少しよだれをたらしながらフィーラが聞いてくる。
「それで、どうやって手に入れるんですか?お肉…」
川の上流の辺りを指さす、
「さっき、あのあたりで一瞬だけ鹿の角が見えた」
川に水を飲みに来たのだろうか、木の枝に紛れて見えにくかったがあれは確かに鹿の角だった。
「えっ?私気づきませんでした!よく見つけましたね」
「まあ、いることは分かってたんだ。ここいらは獣の臭いがぷんぷんするからな。」
「本当だ、言われてみればそうですね」
「へー、姫様もなかなかいい鼻をお持ちのようだ」
なんて言いながらフィーラのきれいな鼻を凝視する。
「ちょっと!じろじろ見過ぎです!」
フィーラは少し頬を赤くしながらそっぽを向いてしまう。
その様子を見て彼女に気づかれぬようこっそりと笑いながら、川から離れて森の中へと入っていくと、彼女も黙ってついてきた。
2時間ほど森の中を進んだ時、50mほど先に獲物の気配を感じ取った。
この臭いは…
「おっまじか」
思わず声がもれてしまった。見つけた獲物は狙っていた鹿ではなかったが、むしろこちらの方が肉としては価値がある。それに私は野生のものと遭遇するのは初めてだ。
興奮気味にフィーラに話しかける。
「なあ、姫様この臭い何の動物か分かるか?」
「うー、嗅いだことはあるんですけど…何の動物かまでは分からないかも」
彼女が少し悔しそうに答えるので、答えはすぐに教えないことにする。
「ふっ、じゃあ見てからの、お楽しみだな。今晩はごちそうだぞ~」
「まだ捕まえたわけじゃないんですから、油断しないでくださいよ」
そう釘を刺されるが、問題ない。今から捕まえようとしている獲物は鹿のように足が速い動物ではない。
「大丈夫だ。よし、見えるとこまでゆっくり近づくぞ」
極力音を立てないよう、腰をかがめてゆっくりと歩を進める。
獲物との距離が20mほどのところで立ち止まり、後ろをついてきているフィーラが追いつくのを待つ。
「あそこ、見えるか?」
横に来たフィーラだけに聞こえるような小さな声でしゃべりながら、視界に入った獲物の方をあごで指す。
「まじかっ」
これまた小さな声ではあるが、獲物を目にしたフィーラはとても驚いたようだ。姫様らしからぬ言葉が出てしまっている。
20m先、少しひらけた場所に木で作られた小屋が建っている。その傍らで斧を振って薪を割っている動物を観察しながら、口を開いたまま固まっているフィーラに同意を求める。
「すごいだろ。''人間''だぞ」
「すごいですね。野生の人間って、私見るの初めてです」
そう、こんな森の中で食べられる動物と言えば、鹿やイノシシくらいだと思っていた。まさか野生の人間をお目にかかれるとは。
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