放浪騎士と脱獄王女

ヤマキ

第1話

「―――」

鳥の鳴き声が聞こえる。

上を向き、瞼を開ける。

ハゲタカだろうか。雲がまばらに浮かぶ空をゆっくりと旋回している。

妙に赤い空だな…

夕焼け空のオレンジよりの赤とは少し違う。

「ああ、そうか…」

乾いた口で小さく呟きながら視線を下げる。

目に入るもの全てが少しずつ赤く見える。

これは血の赤だ。

私の角膜の外側にもう一枚、血で薄い膜ができている。

しかしこれは私の血だろうか、それとも…

「君の血かい?」

「……」

問いかけに対する返事はない。まあ、彼は死んでいるのだから無理もない。

数分前に彼の顔面に長刀を突き立てたのは私だ。自分が殺した相手ではあるが、問いかけに答えて貰えないのは少し残念だ。

このあたりはつい先ほどまで戦場だった。周りを見渡す。広い草原に死体が無数に転がっている。

彼のような問いかけに返事を返さない屍の群れが、各個体それぞれの傷口を持ち、さまざまな姿勢で生々しい死を表現していた。

そんな個性的な彼らの共通点を一つ挙げる。誰一人として安らかな顔をしていない。

皆苦しそうな顔で死んでいた。


*************


少女を連れて旅をしている。

数日前傭兵として雇われ赴いた戦場で、味方とともに勝利を手にした私は、雇い主から報酬を受け取り、新たな依頼を受けるため別の街へと歩を進めていた。

その道中にあった森の中でこの女を拾った。

「騎士様?」

1つに結われた長い金髪の束を風に泳がせ、彼女が振り返る。

切れ長の蒼い瞳と目が合う。

彼女は、名をフィーラと言う。

大きな瞳にスッキリとした鼻筋、ピンク色の唇、柔らかそうな白い肌、若いのに十分に肉感を感じさせる肢体。育ちの良さが分かる、恵まれた容姿の女だ。

何故、拾ったのか?


シンプルに、抱きたいと思ったからだ。


私はこの女を抱きたいという性欲に真摯に向き合い彼女を拾ったのだ。

が、実はまだ抱いていない。何故かと言うと、彼女が私を求めていないから。無理やり犯すのは好みじゃない。まずは彼女の方から私を求めてくれる状態に持って行き、そこから沢山楽しめばいい。自信はある。

人間も動物だから、本能というものがあり、三大欲求なんてのもある。たしか、食欲・睡眠欲・性欲だった気がする…う〜ん、違うかも…。しかし性欲ってのは中々大きいんじゃないか?彼女だって年頃の乙女だ。隣に頼れる騎士(ではないんだけど、言ってみたかった)がいて、何日か寝食を共にしていれば、そういう気持ちになる可能性は十分にあるだろう。この旅のポイントは彼女には1人で生活する術がなく、頼れるのが私だけという状態を継続することだ。そうすることで、子孫を残したい、子を産み母となりたいという本能が彼女の子宮を支配した時、生まれた欲求を満たす相手は隣を歩く私しかいないから、私を求めるという訳だ。

しかし、危惧すべきは他の男の存在。彼女の容姿なら目的はなんであれ養ってもいいから所有したいと思う男は必ず出てくるだろう。彼女に他の男について行くという選択肢を与えるのは避けたい。なぜか?それは私が傭兵という汚れ仕事をしていること。諸事情により常に顔を布で覆っている、つまり顔が見えないこと。こんな、いかにも怪しい人間よりも好条件の男が、世界には五万といるだろうからだ。


だが、私は必ずフィーラを抱き遂げて見せる!

なんとしてもだ…。


そういう理由で彼女を拾ってから今日までの数日間は街や村には寄らず、彼女と出会った森から川に沿って歩いてきた。どういう事情かは考えないようにしているが、彼女の方も街などはなるべく避けたいようだ。


今私たちが沿って歩いている川は、初めはそこそこ幅もありゆったりとした流れだったのだが、上流のほうに進むにつれ、大きな岩がゴロゴロと重なりあった間を水が勢いよく流れている、いわゆる急流へと変わってきた。

この川に沿って歩くというのは山を登っていくのに近いのでフィーラのような細い体の女の体力が持つかという心配があった。しかし彼女は初めこそ山の歩き方に苦戦していたようだが、山道を行くだけの体力は持ち合わせていたようで、慣れたころには装備を背負った私よりも数歩分先を歩いていた。


それと、食事に関しては川で魚が採れたので困ることはなかったのだが…。













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