小さな守司さま-6

 一並びだった扱いが変じたのはいつだったか。今となってはもう思い出せない。

 毎度取り残されるのは自分だけ。同じように歩もうとしたところで、奴らと自分とではどこかしらで歪みが生まれる。

 その事実に不貞腐れ、膝を抱える時間は酷く不毛で好きではなかった。けれど、それ以外にやりたいことも特になく。


「みーつけた、お前の負けな!」


 柔らかな木漏れ日が差す林の中。

 顔を埋めた脚の隙間から、目の前の子供を覗き見る。薮から聞こえる盛った虫の鳴き声が煩わしかった。


「あれ。なぁ、早く立てよ。次はお前が他のやつらを探しに行く番だぞ」


 どうせ自分は紛い物だ。群れに混ぜてなどもらえない。

 一向に退く気配がないため嫌々顔を上げれば、その人の子は驚いた様子でこう言った。


「あ。お前人間じゃないのか。紛らわしいな。あんまり人間そっくりだから気づかなかった」


 はくり、と息を呑んで。

 同族の目に付かぬよう、身の丈に合わぬ翼を薮に隠して人里に降りていたことが分かれ目となった。踵を返して駆けていく子供の背中が魂に焼き付いて離れない。


《…そうか。》


 紛い物だと気付かれなければいいのだと、その時思い至った。







───────



 全てが白一色に囲まれた無機質な異空間。

 そこへ連れ込まれてしまったナハタは倒れ伏す相棒の隣で片膝を付いた。増援も望めず、ズマもまるで動けそうにない。それでもナハタは目の前の存在へ強気な笑みを浮かべてみせた。


「手を出すだなんて人聞きがわりーな。俺らは子供を保護しようとしただけなのに。」

《あんな悲鳴を上げさせるような真似をしてか?》

「怖がらせたのは悪かったと思ってるよ。現に怪我はさせてねーだろ。」

《心に傷が残ったらどうしてくれる。》

「へー、意外。そこ気にすんだ。先にステファンをいじったのはそっちだろーにさ。」

《ハッ。即座に見抜けなかった分際が何をほざくのか。嗚呼、ステファンも可哀想に。こんな成り損ないを信用してしまって。ダンケルなんて怪我の心配もされなかった。》


 本当にどこまで把握してんだこいつは。

 仰々しく嘆く姿にナハタは口元が引き攣りそうになる。さりげなく相棒の様子を窺ってみれば身動きは取れずとも思考する分には問題ないらしく、尾鰭さえ満足に動かせない現状にズマはブチギレていた。

 うん。元気そうだなと内心頷き、ナハタは周囲に視線を巡らす。今のところ、眼前の白石の玉座以外に目に入る物体は何もない。この異界から解放されたら、ズマも動けるようになるだろうか。


「…、」


 ナハタは暫く黙り込むと、小さく息を吐いてから口を開いた。


「まどろっこしい前置きは無しにしようぜ。お前、町の前身になった村の守司で合ってんだよな?」

《その通りだが。》


 ひりついた空気こそ流れるものの、翼と瞳以外は人の子に近い姿をした守司は存外素直に答える。

 守司は酷くつまらなそうに《尤も、》と言葉を続けた。


《俺を知る人間は凶作によって殆ど息絶えてしまったが。》


 かつてこの地にはレグズトイという小さな農村があったそうだ。

 しかし約三百年前に起きた飢饉によってレグズトイは甚大な被害に見舞われ、周辺の村落同様、レグズトイはあわや廃村となりかけた。けれど当時の生き残りを取りまとめ、壊滅状態に陥った村を復興させた者が居た。それが今なお続く町長の一族の先祖だ。ここまでが徹夜の情報収集によってナハタが得られた成果だった。


 そして今朝になって予定外の現地調査と相成り、ステファンらを捜索する傍らで新たに明らかになったことがある。それは契約の証である『要』の発見だ。この時点で工業区画内にいる守司の存在が確定となった。

 レグズトイの守司と契約を交わした者は、どうやら『要』を祠に納めていたらしい。

 だが。



「自分の祠を灯籠代わりに使われたのが今回の動機か?」

 

 切り石で作られた祠は見た目が簡素だったか故か、時代の流れとともに灯籠と勘違いされたらしく、ナハタが検分してみた時にも真新しい燃え滓が残っていた。あの汚れ具合からして、日頃夜灯として頻繁に使用されていることが窺える。


 正直守司側が不憫ではあるものの、状況を鑑みれば住人たちがそう勘違いするのも仕方のないこと。

 なにせ祠には決まった形というものが存在しないため見分けることが難しく、加えてここは当時の農民たちが飢餓に倒れ、近隣の生き残りが身を寄せ合ってできた町。口伝が途絶えたとしてもおかしくはない。


 しかしそんな推測をレグズトイの守司は《ハッ。そんなわけないだろう。》と鼻で笑った。


《あんな己の趣味でないものに、何故腹を立てる必要があるのか。枷が煤に塗れた程度で目くじらを立てるほど俺は狭量ではない。》


 的外れにも程があると、守司は気分を害したように吐き捨てた。そして苛立たしげな様子で守司が立ち上がったかと思えば、瞬きの間にナハタはその姿を見失う。眼前には白石の玉座だけが残される。


「なっ、どこ行っ……、ッ、」

《おい鈍間、》


 ナハタは腰を上げかけたところを後ろから肩を抑え込まれ、反応する暇もなく髪をぐいっと引っ掴まれた。無理矢理顔を上げさせられた視界に映ったのは薄汚い鼠を見るような守司の眼差し。あの一瞬で背後に回ったのか、と背筋が冷える。


《お前、薄々勘付いた上で言及を避けたな。》


 握る力が強められ、ナハタは痛みに耐えながら内心舌打ちをした。こいつ、今こっちが下手に出るしかないことを分かってやってやがる。

 眉を顰めながらも目は逸らさないナハタの反応に気を良くしたのか、守司の口端が僅かに上がる。


《まぁ、他でもない〈怪書の手〉の輩のためだ。明瞭に言ってやろうか。》

「ッ……!」

《まどろっこしいのは無し、なのだろう?》


 黒目がちにも程がある瞳がナハタを覗き込む。体格に見合わぬ膂力によって抑え込まれ、なす術がない今のナハタに許されたことは人とは似ても似つかない眼を見返すことだけ。


《俺の不満はただ一つ。供物だ。供物が足りない。》


 威圧とともに紡がれた言葉。

 身体がぶるりと震えそうになるのを抑え込み、ナハタは口角を無理くり上げた。多くの獣は牙を剥き出して威嚇を行う。四六時中ズマといるものだから、こういう仕草はすっかり染み付いてしまった。


「それはお前の巫覡ふげきが身の丈で選別されてたのとッ、関係あんの?」

《大有りだ。》


 当たってほしくない予想が当たっちまったと、またナハタは心の中で舌打ちをする。ステファンと合流するまでにナハタが祠から読み取れた情報はあまり多くない。しかし拾い上げられた情報の中でも特に気になる記載が二つあった。


 一つは巫覡ふげきの選定条件。その条件が性別でも血筋でもなく、身長で区分されていたこと。


 もう一つは、結界の矛先。一般的な結界が外界からの侵入を阻むものとすれば、レグズトイの結界は中のモノを閉じ込める構造になっていた。


 つまりこの町の守司という身分はツギハギだらけの体裁に過ぎず、周囲を取り囲むこの結界は、巫覡を餌としたこの妖魔専用の堅牢な檻。しかもこの結界は一度発動したが最後、内部に守司が存在し続ける限り延々と機能し続ける構造となっていた。


 それを理解した時、まさに鬼の所業だとナハタは感じた。獅子を捕えた牢に羊の群れを解き放つような、こんな性質の悪い構造を考えついた奴は相当性根が捻じ曲がっていたか、それほどまでに切羽詰まっていたに違いない。



《俺の領域に子供を送り込む手筈になっていたはずだ。そんなことすら読み取れないのかこの愚鈍め。》

「なるほどな、ステファンに近付いたのもッ…それが狙いってわけ?」

《ハッ。それに関しては、近からず遠からずと言ったところか。》


 急に興味が薄れたように、掴んでいた髪がおざなりに離される。

 即座に転がり距離を取ったナハタに、守司は意地の悪そうな笑みを浮かべた。


《不出来なお前のために俺手ずから説明してやろう。俺の求める供物、それは遊戯だ。》

「はあ?遊戯だぁー…?」

《そう、遊戯。》


 お前のような奴には語り聞かせることも必要か。

 守司は取り残されたズマを一瞥すると足先で小突き、汚れを払うように手を叩きながらゆっくりと玉座に戻った。

 その扱いに当然ズマは怒り狂ったし、不潔な物を触った後のような態度にナハタもかちんときたが、今は手出しの仕様がないためひとまず静観する。


 守司はこれ見よがしに一つしかない翼を広げると、太々しい態度でどさっと腰を下ろす。


《かつて。群れで各地を巡る一族だった俺は、幼体…つまるところ、この姿で成長が止まったことを理由に同族から迫害を受けてな。それが俺が同族以上の力を身に付け、力量に差が開いてなお続くものだから、俺は自分の所属する群れを皆殺しにした。》

「……。」


 過去を懐かしむような語り口で、頬杖をつき目を瞑る仕草は愛らしくもどこか悍ましい。十三ぐらいの人の子のような容姿でありながら、端々に見える守司の所作が積み重ねた年嵩を感じさせた。


《その日を境に周囲から力を危険視された俺は〈怪書の手〉にも目をつけられ、片翼を切り落とされるばかりか、子供を献上する見返りにこの土地を守護する契約を枷付けられた。》


 当時を思い出したのか、守司はさもおかしそうに鼻先で笑う。


《あいつとしては俺を封じ込めることが本命だったのだろうが、ご生憎、俺はこの役目を気に入っていてな。役を果たせば遊び相手が与えられるのだから、守司の立場もそう悪くないものだと思っていた。》


 身じろぎをしたナハタを見咎めるように、伏せていた瞼が片方だけ鋭く開かれる。 


《契約を反故にされるまではな。》


 飢饉によるあの惨事は同情に値する、と守司は語った。

 その言い分によれば、当時の長の家系が断絶したことも、血筋の異なる者が長となったことも、それによって口伝が途絶えたことにも、微塵も怒りは抱いていないのだと守司は言う。


《俺としてもあの一族には感謝しているとも、あの状態からここまで復興させたのだから。賞賛に値すると言えよう。だがいい加減、利息を支払ってもらわねば。》


 ここまで聞き役に徹していたナハタは鬱陶しそうに頭を掻いた。


「だーかーら、その供物の詳細について聞きてーんだよこっちは。それを知らないと支払えるもんも払えねーだろうが。」


 ナハタとしては、親族殺しの話など耳慣れた話だ。惨いとは思うが、めずらしくもない話にいちいち反応などしてられない。

 そんなナハタの態度に、守司は眉間に皺を寄せた。


《供物は遊戯だ。既に伝えた筈だが?》

「分かんねーかな。供物を捧げるにも作法ってもんがあんだろーつってんだよ。どんな遊戯を、いつ、どこで、誰が、どんな風にやんのか。そういうのを話してからあれこれ要求すんのが筋ってもんだろ。遠回りな話し方するやつだな。」


 ナハタが「話の長ぇじーさんかお前。」と溢せば、守司は機嫌を損なった声色で《そういうお前こそ、教えを乞う態度ではないな。》と言葉を返す。

 それにナハタはにやりとした笑みを浮かべた。


「そりゃ当然。不利益を被ってんのは俺じゃねーし。」


 その言葉に守司は目を見張った。


《は、何を…、》

「結局のところ、この場の俺は調停役なんだろ?」


 多弁だった守司が図星を突かれたように息を飲んだ。二の句が継げないその様子に、この瞬間が分水嶺だと感じ取ったナハタはここぞとばかりに畳み掛ける。


「その分だと、住人たちが意図せず供物を捧げられる仕組みになってたんだろ。でも最近になって、お前側…つまり守司側に不都合が生じたから供物を回収できてない。だから俺をこの場に引っ張り込んで解決させようとした。』


 そうでなければ口伝が途絶えて以降、三百年以上も待つ理由が見つからない。


「でも人間相手に頭を下げるのは癪だから、深傷を負わせない程度に恐怖を煽って都合の良いように俺を動かそうとした。違うか?」

《……。》


 こちらを睨みつける守司に、ナハタは自分のこめかみをつつきながら舌を出した。

 

「そういうやり口には慣れてんだよなー、ざーんねんながらさ。」


 ナハタはこの程度の脅しで屈するほどヘタレた性格はしていない。忌々しそうにこちらを睨みつけながら沈黙する守司の姿は鬱憤晴らしに丁度良かった。


「この交渉の場において、俺とお前は対等。なんならお前が頭を下げるぐらいの立場だよな。つーことで、俺がもう下手に出る必要はなくなったわけだ。わははは。」


 爪先の年数にも満たないこんな若造にコケにされて、嗚呼、なんて愚かしいことだろう!

 ズマが嘲笑する声が頭の中で鳴り響く。

 良い感じに場が勢いづいてきた。ようやくもって同じ交渉の席に着けたのだ。なら、この流れを自分の味方につける以外にナハタに道はない。

 そして、この状況下でまず優先されるべきは。


「そんじゃ、」


 ナハタはダンッ、と芝居掛かった素振りでひどく硬い床を踏み締める。


「さあ、俺の相棒の拘束解いてもらおうじゃねーの!」


 交渉話はそれからだ。


 





 そして数時間後。ナハタは床に這いつくばりながら眉間を揉んでいた。


「えー、さっきの文言であれが循環するわけだから、応用したこの文言だと……。…んー??」

《威勢よくあんな大口を叩いておいてその様か。出来損ないにも程がある。赤子から産まれ直したらどうだ。》

「ちょい今は野次飛ばさないで。まじで頼む。頭こんがらがるから。」


 そんなナハタの傍らにいるズマはといえば、我関せずを体現した態度で尾鰭で器用に耳を掻いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る