190  本天沼さんの一計2

「おい、琴葉」


 当然、俺は注意したワケだが、隣にいた石神井兄妹の反応は違った。


「え、琴葉、ちょっと羨ましいんですけど」


 そう言いながら、なぜか香澄が反対側の腕をギュッと掴む。


「いや香澄、今、真面目な話の最中だから……」

「え、あ、じゃあ俺も……」


 そして、なぜか石神井までもが俺にしがみついてくる。左右をふたりのJSががっちりカバーしているので、なぜかバックハグ。夏なので非常に暑苦しい。


「俺もじゃねーよ。妹をちゃんと注意しろ」

「おーい、なにやってるのー? 琴葉ちゃんはやくこっち来て!」


 そして、本天沼さんが困惑を隠さず、再度呼びかけてくる。4人がひしっと固まっているんだから当然だし、こういう事態なのに茶番に及んでしまうという意味でも当然だと思う。


「琴葉、大丈夫だ。本天沼さんもいるし」

「……わかった。行ってくる」

「うん、行ってこい」


 そして、琴葉が俺の腕を放して、ゆっくりと本天沼さんたちのもとへ駆けていく。


「琴葉、がんばれ~」

「香澄、応援するのはいいけど暑い」

「暑いですね、はい」

「あ、今の暑いから離れてって意味なんだけど。それと石神井もバックハグはやめろ」

「いいだろべつに。男同士のいちゃいちゃは女子の大好物なんだよ」

「なに目線だよ。そういうのは二次元かつイケメン同士限定だろ」

「惣太郎さん、私、イケメンだと思いますけど?」

「え」

「少なくとも私は結構タイプですよ? どうしても付き合ってほしいなら付き合ってあげてもいいくらいには」

「いやだからなんで上から目線なんだ。てか兄貴もなんか言えよ」

「そう言いつつ、若宮、自分から俺をふりほどかないけどな……」

「……」


 言葉に詰まると、石神井は満足げな笑みを浮かべて俺から離れる。


 そして、それに合わせるように香澄も腕から手を離し、一転、不安そうにつぶやいた。


「……私、中学生になったら琴葉のこと、守ろうと考えてるんです」

「急に真面目なトーンになるんだな」

「大人の女性はメリハリが大事なので」

「あ、はい……続けて」

「とはいえ、中学生なんてまだまだ子供ですし、でも体は小学生より大きくなるし……もし琴葉をかばい続けたら、私にも危害が及ぶかもしれません」

「……それはそうかもな」

「でも、それでも私は琴葉を守りたいんです。もちろん、それは琴葉のことが好きって気持ちもあるんですけど、でも、それと同じくらい、人として大切なものを守りたいって思うんです。自分の身を守るより」

「香澄……」


 その整った二重の瞳には、不安の色がにじみ出ていた。だが、それ以上に強い決意が感じられた。年相応な、揺らぎのあるその表情は、いつも彼女が見せている、背伸びした大人っぽさとは正反対だが、とても良い表情だと思った。


「あ、話ついたっぽい」


 石神井の言葉を受け、前方を向くと、本天沼さんが江古田さんと握手を交わしていた。


 本天沼さんにうながされるまま、琴葉が江古田さんに手を伸ばす。江古田さんはそれに対し、一瞬嫌悪感を向けたが、数秒後には不承不承ながらも、さっと手を出して力のない握手。なにが起こったのか理解していない様子の弟を連れて、公園から去って行った。


 その姿が見えなくなると、本天沼さんと琴葉が戻ってくる。


「もう琴葉ちゃんにちょっかいかけないって」

「いやどうやって交渉したの」

「スムーズにいきすぎだろう」


 俺はもちろんのこと、普段はほぼボケでツッコまない石神井もツッコミを入れる。


「いや、交渉と言うほどたいしたものじゃないんだけど……」


 そう言いつつ、本天沼さんは一瞬ためらった表情を見せたのち、


「じつはあの子、クラスの男の子のことが好きで、それで仲良しだった琴葉ちゃんのことが気に入らなかったらしくて」


 などと話し始めた。


 驚くことはない、というかよくある話過ぎて、正直ちょっと、いやわりとかなり肩すかしだった。


「えっ……そんな単純な理由で? ちょっかいを?」

「うん。まあよくある話だよね……」


 琴葉はバツが悪そうに俺たちから視線を逸らしている。彼女にとっても意外な理由で、気分が悪くなったんだろうか。


「江古田さん、その男の子と同じクラスになったのは去年が初めてだったんだけど、琴葉ちゃんはもう何回か一緒だったんだよね。それで普通に話していただけなんだけど、琴葉ちゃんがかわいいから、江古田さん、ジェラシー燃やしちゃったみたいで」

「なるほど……」

「しかも、琴葉ちゃんはそのこと全然知らなかったんだって」

「あ、あの子がその男子のこと好きだって知らなかったのか」


 俺が尋ねると、琴葉は首を縦にも横にも振らず、じっと黙ったままでいる。あまりにしょうもない理由に、戸惑っているのだろうか。


「だから琴葉ちゃんが恋敵になることはないよって伝えたの」

「それで琴葉を途中で呼んだんですね」


 香澄の相づちに、本天沼さんはコクンとうなずく。


「結局、あの子が琴葉ちゃんに嫌がらせをするのってヤキモチでしょ?」

「だろうね」


 と、ここまで話を聞いて、俺は先程から胸のなかにつっかえていたものの正体に気づいた。こういう話、どこかで聞いたことがある……と思ったら、他でもない、中野から聞いた話だった。


 彼女はもともと、亡くなった親の意向もあって中学校は私立に通っていたが、そこで男女のいざこざに巻き込まれたと言っていた。べつに詳細を聞いたワケではないが、彼女の性格を考えると、自分から問題を起こしたというワケではなく、巻き込まれたと見るのが妥当だろう。姉と妹の両方が、見た目がいいことが原因でこんな問題に巻き込まれるなんて……なんとも皮肉な話だ。


 しかし、である。俺は内心、微妙に納得できないことがあった。


 一件落着しといて掘り返すようだが、なぜ江古田さんはあんなにすぐに納得したのだろうか、ということだ。もし琴葉のことが嫌いなら、いくらその片想い相手の男子から距離を置くと話したところで、そんな簡単に納得しそうもないものだが……。

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