189 本天沼さんの一計1

 その翌日、俺と琴葉、そして香澄は高津駅付近のファミレスにいた。


「助っ人って聞いた時点から嫌な予感がしていたんですけど、やっぱりそうだったんです

ね惣太郎さん」


 香澄がはぁ……とため息をつきながら、俺の隣に座っている2名に視線を向ける。そこにいるのは、歩く飛び道具こと石神井と、知的好奇心に魂を売った女こと本天沼さんだ。


「本天沼さんは私としても頼れますけど、お兄ちゃんは……」


 もちろん、待っていましたという感じで石神井が悲痛な面持ちを浮かべる。


「妹よ。兄はそんなふうに言われて非常に悲しいぞ。悲しくて今日は夜しか眠れない気がするよ……」

「つまり朝は勝手に起きるってことですね。起こす手間が省けました……まあでも、惣太郎さんってあまりお友達が多い人じゃなさそうですもんね」

「うん、まあ。俺の人脈って毛細血管並の細さだからさ……」


 そんなふうに自虐めいた謝罪を入れる俺。


 しかし、このふたりは謎の行動力と独自の発想があるので、俺には出せないアイデアを出してくれるのも事実なのだ。実際、俺はそれで中野にノートを貸すことができたし、本天沼さんの好奇心が暴走した結果、中野の家庭の事情のことも知って、距離がグッと近づいた……ということもあった。


 きっと、今回もなにか突拍子もないアイデアをくれるはずだ。たぶん。


 そんなことを思いつつ、助っ人ふたりのほうを見ると本天沼さんが早速話し始める。


「一通り、話は若宮くんから聞いたんだけど……琴葉ちゃんに嫌がらせをしてくる子たちってそれぞれどんな子?」

「女子5~6人だけど、中心は例の江古田って子。他の女子は取り巻きだから」

「その江古田さんって子を押さえれば嫌がらせも止まりそうか」

「うん」

「ちなみに男子はどう?」

「男子はなにも。たぶん私がかわいいからだと思う」

「あ、うん。自分のこと正しく評価できるのは、私もいいと思います……はい」


 質問の結果、生暖かい笑顔になる本天沼さんである。


「じゃあ、その子の住所とかわかるかな?」

「え、住所?」


 本天沼さんの返しに、今度は琴葉がわかりやすくキョトン。


 しかし、本天沼さんは至って真面目なようで、いつものとおり柔和な微笑みで言葉を続ける。


「嫌がらせをやめるようにお願いするのか、脅すのか、それとも逆に嫌がらせし返すのかはわからないけど、住所は基本情報でしょ? 話しに行くとしても、学校の側で待ち伏せするのは、目立つし、法的なリスクもある」

「家の前も法的なリスクありそうなのはさておき、なんかプロいんだけど……」

「とまあ、そこを押さえてるかどうかで、戦い方も変わってくるってこと」

「脅す……んと、家、わかる。通学路の途中」

「うむ、ナイスだねそれは」

「じゃあ、ひとまずその子に会いに行こうか」


 いいところで割り込みつつ、石神井が笑顔で放った言葉に、俺が驚いたのは言うまでもない。


「えっ、会いに行くの!?」

「うん」

「直接!?」

「だって君がその子になにか言えるワケじゃないし、担任だって非協力的なんだろ?」


 石神井が琴葉のほうを見ると、コクンとうなずく。


「うん。むしろ、ほっぺ叩くとこ見られたから、私のほうが悪く思われてるかも」

「じゃあ、俺たちが直接言いに行くしかないだろうね」


 そう言いながらウインクする石神井。本天沼さんは、隣でうんうんとうなずいている。


 今までイジメの対応なんてしたことなかったけど、こうやって正々堂々真正面から向き合うのが正しいんだろうか。


 少し不安に思いつつも、俺と琴葉はふたりを信用し、目を見合って互いに小さくうなずいた。



   ○○○



 江古田さんが住んでいるのは、琴葉が通っている小学校の通学路の途中にある、古びたアパートだった。その近くの曲がり角の電信柱から、顔を覗かせて様子をうかがっている俺たちは、正直に言おう。かなりストーカーチックだ。


 そして、本天沼さんはなぜか胸に犬を抱いている。犬種はパグで、名前はチョキと言うらしい。とてもふざけた名前だと思った。横から石神井が顔をうりうりし、チョキは気持ちよさそうになされるがままになっていた。


「本天沼さん、なんで犬を……?」

「んー、ちょっと、ね。作戦」

「作戦?」


 首をかしげるも、本天沼さんは柔和な笑みを浮かべたまま。そして、それを琴葉へとスライドさせる。


「琴葉ちゃん、江古田さんと話す前に、彼女のこと、聞いておきたいんだけど」

「うん」

「その、江古田さんって子は、琴葉ちゃんとはいつぐらいから仲が悪かったの?」

「いつぐらいから……うーん最初から?」

「最初?」

「去年初めて同じクラスになって、なんか最初から冷たくて……」

「じゃあ、原因らしい原因はなかったワケだ。学校見学日に、ほっぺぶっちゃったのがあったとは言え」

「だと思う。わかんないけど」


 琴葉は投げやりに答えながらもコクンとうなずく。うなずくたびに苦虫をかみつぶした表情になっており、彼女のなかで色んな思いが駆け巡っているのがわかる。


「クラスの他の子はなんて言ってた?」

「わかんない……友達もともとほとんどいないし」

「あ、そうなんだ」

「まあ私が友達になってあげないだけだけど」

「ははは」

「あと私のことかわいいと思ってる男子はたくさんいるだろうけど」

「うん、正直者でいいと思うよ」


 本天沼さんは、天使の微笑みで琴葉の発言を受け止める。高寺と琴葉が出会って5秒で犬猿の仲になって、そのあとめちゃくちゃケンカしてたこともあり、これまであまりここの絡みに注目していなかったけど、好奇心旺盛で人好きな彼女にとって琴葉なんて風変わりな美少女は、興味をひかれる対象でしかないんだろうな……と思う。


「でもなんで、急に琴葉ちゃんに、ちょっかいかけ始めたんだろう」

「理由なんてないと思うけど」

「そうかもしれないけど、でもそうじゃないかもしれないでしょ?」

「私に聞かれても困る」

「まあ、そりゃそうか。その辺も、うまく聞けるといいね」


 と、そんなふうにちょうどいい感じで会話が途切れたとき、部屋の中から少女が出てきた。取り巻きを数人持っているのも納得な感じの気の強そうな雰囲気をしており、琴葉ほどではないが顔立ちも整っている。


 しかし、その顔立ちの良さが台無しになるような、棘のある表情をしており、小学生にも関わらず、どことなく疲れた表情をしている。加えて、幼稚園児ほどの、小さな男の子の手を引いていた。


「あの子か……」

「弟かな? ちっちゃい子とどっか行くね」

「たぶん公園とかだろ……どうする? 追いかける?」


 俺と石神井が振り向くと、本天沼さんが神妙な面持ちでなにやら考えていた。琴葉と香澄がそれを見上げている。


 そして、放たれた言葉は……


「若宮くん、石神井くん。ここは私に任せてもらえないかな?」


 一瞬、困惑するけれど、本天沼は至って真面目な顔……真面目な笑顔だ。


「もしかしてあの女の子、知り合いとか?」

「違うけど。でも、こういうのってやっぱり、女の子同士のほうが話が早いと思うし、あれくらいの年頃の女の子の考えることって、結構わかるんだよね。それに、若宮くん、石神井くんには言ってあるんだけど、私、琴葉ちゃんとちょっと近い感じでさ。生徒会とかで目立ちすぎて、クラスで孤立してたんだ」

「……そう、なんだ」


 本天沼さんの言葉に、琴葉が驚いたように目を見開く。まだ幼い彼女は、年上の俺たちも同じような悩みを持っていた可能性があることに気付かなかったのかもしれない、


「だからこそ、あのときああすれば良かったなあ、とか思うことがあってね……だから、どうだろう」

「まあ、琴葉がいいならいいけど」

「若宮に同じく」


 俺たちがそう言うと、本天沼さんはニッコリと笑みを浮かべて、琴葉を見る。


「琴葉ちゃん、どうかな?」

「んと、そのほうが上手くいくなら……お願いします」


 たどたどしい敬語で言うと、本天沼さんはほんの少しだけ驚いたような素振りを見せたのち、すぐに柔和な笑顔に戻った。



   ○○○



 その後、俺たちはふたりの後を追った。予想通り、彼女たちは公園に到着し、砂場で仲良く遊んでいる。


「ほらチョキ! あのふたりのとこ走っていける?」


 木陰から本天沼さんが指さすと、チョキは理解したのか小さくうなずくと、一目散に砂場のほうへ走って行き、江古田姉弟の周りをくるくる動き、愛想を振りまいた。脅威の人懐っこさならぬ、犬懐っこさである。それを見届けたのち、本天沼さんが木陰から砂場へととたとた走って行く。


 チョキの奮闘もあり、自然な声かけに成功。彼女の柔和な雰囲気に、最初から警戒心を抱かなかったらしい江古田さんは笑顔で接している……本天沼さんって、いい人そうに見えるから、初対面の好感度すごく高そうだもんな。それでいて押しが強いから、警戒心を抱く前に自分の心のなかに踏み込まれちゃうというか。


 そして、しばらく雑談したのち、本天沼さんは少し離れた場所で様子を見守っていた俺たちを指さす。琴葉と目が合った瞬間、江古田さんという女の子は急に怒ったような顔になるが、本天沼さんが喋り続けると沈静化。


「琴葉ちゃん! ちょっとこっち来てくれなーい?」

「えっ……」


 琴葉が驚きで声を発し、反射的に隣の俺の腕を掴むと半分身を隠すようにした。

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