188 琴葉の相談2

 俺が小学生の頃は、親が学校の授業を見学できるのは、学期に1回の参観の日だけだった。年に2~3回だからこそ、その日は学校全体が保護者で埋め尽くされたワケだが、中学生になった頃くらいから、「学校見学日」というのを設ける学校が出始めた。学校によって微妙に違うのだが、たとえば毎月1回、一日中、学校が解放されている日があり、授業を自由に見学できるのだ。


「学校見学日って自由参加のはずなんですけど結構、どこの家も親が来るんです。高学年になるほど来なくなる傾向もあるんですけど、でもそれでも数回に1回は来るんです。だから、親が全然来ない家の子供のなかには学校見学日が憂鬱で、保健室に行っちゃう子とかもいるんですよ」

「……私もそうでさ。低学年のときはまだパパとママが生きてたし、中学年のときはひよ姉もとも姉も学校抜けて来てくれたりして。でも、ふたりとも大学とか仕事が忙しくなって来られなくなったの。でも私ももう高年生なワケだし、来てなんて言えないし……」


 香澄の解説に、琴葉が続く。


 たしかに、それくらいの年齢になると、親が学校行事に来たら照れたりするものだ。俺は母親が引きこもりだったのでそんな心配もなかったが、周りの男子とかは家族が運動会の応援に来ると、「来なくていーのに!」って怒ってたりした気がする。


 でも、だからと言って毎回来ないとなると、違った気持ちを抱くことになるのだろう。知ってたことだが、人間ってのは難しい生き物だ。


「それで、学校見学日の日は保健室に行くようになったんだけど……忘れもしない、去年の9月の学校見学日。私が保健室に逃げ込んでたら、休み時間にクラスの江古田って女子が来て」


 そこからは、なんというかよくある感じの話だった。


 その江古田という女子はもともと、琴葉のことが好きではないらしく、事あるごとに冷たい態度を取ってきたという。自分のグループで話しているとき、琴葉が近くを通ると聞こえるように悪口を言ったり、机にわざとぶつかってノートや文房具を落としたりするみたいな、そういうのだ。


 その行動は、他のクラスメートとレベルは変わらなかったが、より巧妙かつ陰湿で、先生のいないときだけやったり、取り巻きの他の女子にやらせたり(ノートを落とさせたり)、色々と用意周到だった。


「でも、琴葉の性格的にそういうのって無視しそうだけど」

「そうしてたんだけど……学校見学日に言われたのは、ちょっとあり得なくて……」

「なんて言われたんだ?」

「それを今から言おうとしてんだけど」

「あ、うん、はい」


 自分のタイミングで言うから静かに待て、ということらしい。


「……『中野さん、ひょっとして好かれてないんじゃない?』『仕事とか学校のほうが大事なんだろうね』……って言われたんだ」

「酷いな、それ」


 人を傷つけるためだけに吐かれた、悪意に満ちた言葉に、俺は絶句する。


「それで、ついかっとなってほっぺ叩いちゃったんだよね。今までずっと、手だけは出さないって思って我慢してたけど、ひよ姉とも姉のことそんなふうに言われて……」

「いや、むしろキレて当然だと思うぞ」

「……そしたら偶然そのとき、担任の先生が廊下を通って、私がぶつのを見られて。それで、ひよ姉、とも姉が学校に呼ばれてさ。仕事とかバイトとか大学の邪魔しちゃいけないって思って、来てくれなくても我慢してたのに、そんなくだらない理由で来させちゃったって思うと悔しくて……しかも、わりとすぐに来たし。たぶん飛んできたんだと思う」

「そんなことがあったんだな」


 琴葉がうつむきながら話す。小さな肩が小刻みに震えており、色んな感情を含んでいることがわかる。


 学校見学日はきっと、仕事が忙しくてなかなか授業参観に出られない親の意見を反映して生まれていったものだ。だが、メリットの裏には必ずデメリットがある、というのは世の常であり、同調意識の強い日本では親があまり学校見学日に来ない家庭の子は肩身の狭い思いをしてしまうようだ。


 誰かを思って行なった配慮が、結果的に多くの人を苦しめることになる……なんとも皮肉な話だなと思いつつ、俺は琴葉が中野に対して放った言葉を思い出していた。高寺と初めて家を訪れたときに言っていた……


『そんなに仕事が好きなら、仕事と家族になればいいのに』


 という言葉だ。正直、あのときはかなりキツい言葉だと思ったが、もしかすると、いやもしかしなくても、彼女自身に放たれた言葉が元となっていたのだろう。


 そして、琴葉の話は続く。


「べつにさ、ひよ姉、とも姉にどうしても来てほしいってワケじゃないの」

「あ、そうなんだ」

「そりゃ来てくれたら嬉しいけど。でも月に1回も見学日があるとか、ちゃんとやってる感出したい教育委員会たちと、育児しか趣味がない暇な親たちの利害一致の結果でしかないから」

「仕事熱心な先生と、教育熱心な保護者って言おうな? な?」

「それにそんなのに来るくらいだったら、私はどっかに遊びに連れて行ってほしいし」

「琴葉って不登校だけど意外とアウトドアだもんな」

「いやべつに私、インドアじゃないし。むしろアウトドア。だから不登校が辛いの。外に遊びに出かけたいのもそのせい」


 たしかに、不登校と引きこもりは違う。学校に通ってる時間帯は外に出られないだろうし、そう考えるとアウトドアな人間が不登校してるってのは、想像以上に苦痛なのかもしれない……そんなふうに思うと、できることなら琴葉の悩みを解消し、学校にまた通えるようにしてあげたいと思った。


「今までの話はもうひよ姉、とも姉にはしたのか?」


 すると、琴葉の表情が一気に曇る。わかりやすいくらいに曇天になった。


「ひよ姉ととも姉には相談しにくいってゆーか、言いたくないってゆーか……」

「それはなんでだ?」

「なんでって……そんなの察してよ! 言わなくてもわかるでしょ!」


 琴葉が軽く吠えるようにして言う。やめておけと言ってすぐに察してである。


 しかし、である。そうは言っても、琴葉の気持ちはわからなくもなかった。


 テレビで報じられてるようなイジメ事件でも、親にイジメられてることを言えなくて事態が悪化してしまったってケースは多く見かける気がする。子供としては恥ずかしい、情けない、申し訳ないなどの気持ちが勝るんだろう。


 そして、そういうのを親や家族に相談するというのは、自分が悩んでいるってことを、認める行為でもあるのだ。悩み事は、悩むから悩み事になる。ならば、悩まなければいいし、悩んでいると認めなければいい。それは逃げではなく、自己防衛ゆえなのだ。


 俺だって中2のとき、可容ちゃんとの一件を絵里子や石神井に話せたワケじゃないし、和解して笑い話にできた今だからこそ認められるけど、正直あれは俺にとってかなりの黒歴史案件だった。それこそ価値観とかが一変しちゃうような。


 ……というか、現在進行形だなとも思う。可容ちゃんが海の落ちたあのあと、病室で清水監督のことを聞いて、正直少し怖くなってしまったのだから。


「まあでも、身内ほど弱みを見せたくない相手はいないよな」

「うん……」

「大人に大人の事情があるように、子供にも子供の事情があるってか」

「そうだよ。子供だって結構大変なんだよ」

「まあそうだよな」

「だから、若宮みたいな、よく話すけどどう思われてもいい相手に相談するのが一番いいと思って今日誘ったワケ」

「うん。信頼されてるようなそうでもないような感じがじつに複雑……と言いつつ琴葉、今、誘ったって言ったな?」

「はい、言いましたね」


 ニヤリと笑いながら言うと、香澄が同じくニヤリとして話を合わせる。


 一方、琴葉は顔をりんごのように真っ赤にしながら、ぶんぶんと横に振る。


「ち、違うし! ただ若宮って私のこと好きだろうから、手伝わせてやってもいいかなって思っただけ……なにか問題でも!?」

「ないぞ。琴葉が俺のことどう思っていても俺は琴葉のことがまあまあ好きだからな」

「まあまあって、若宮のくせに生意気……そこは素直に大好きって言えばいいのに」

「わかった。大好きだぞ、琴葉」

「こ、公共の場っっ!!」

「私も好きだよ、琴葉のこと」

「か、香澄までっ!!」


 顔を真っ赤にしたまま、琴葉は俺と香澄に向かって、手元にあったガムシロの未使用容器を投げつけてくる。至近距離だが小さい容器なので、たいして痛くない。

 

 と、そんなこんなな心温まるふれ合いを挟んでいるうちに、俺の中で気持ちはすっかり固まっていた。協力しないのは、もはや許されないことのように思えてきたくらいだった。できる善行をしないのは悪行なのだ。


「琴葉。確認だけど姉たちに言うのが嫌なんだよな?」

「うん」

「もし目的遂行のために他に助っ人が必要になったとしてそいつらに話すのはダメか?」

「嬉しくはないけど……」


 そう言いつつ、琴葉は小さくうなずいて、俺に許可の意思を示す。


「ひよ姉、とも姉に話すよりはマシ」

「よし、なら任せておけ」



==○○==○○==○○==○○==


えーっと、今日の更新で70万文字超えました……文庫本6冊くらいの文字数なんですよね……マジか?? よく書いたなそんな文字数…汗


はい、そんなワケで。

先週から本業が忙しくて更新少しあきました!おまたせしました!

でもって本業忙しくてとか書いた一行後に書くのがふさわしいのか謎なんですが、はじめてラノベ新人賞に出してみることにしました。というかもう書き上げて出しました。

9月と言えばそうですね、小学館ライトノベル大賞ですね。2ヶ月くらいかけて書いた感じで、シンプルにめっちゃ疲れましたね。笑


わたしはもともとテレビドラマの脚本家見習いしてた人間ですのでシナリオコンクールはたくさん出してきたんですが小説って地味にはじめてなんですよね。我ながらいい感じに書けたので残ってくれたら嬉しいなあって思ってます。もしダメだったらおそらくここに掲載して成仏させます(笑) 


内容ですが、これまでと作風をガラッと変えて、ファンタジーやSFを入り交えた、架空の世界が舞台の硬派な戦記モノ……とかではなくて女子小学生ユーチューバーがヒロインのロリコメ(ロリコメディ)作品です。琴葉と香澄のいいとこロリ…じゃなくていいとこ取りって感じですね(無理やり)


あ、オチはとくにないです。最後まで落ちなければいいなあという願いを込めて。

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