185 美人女子大生と過ごす夏休みも捨てがたい2
「この間はありがとうね。琴葉を預かってくれて」
優美な微笑みで放たれた言葉の意味に、俺はすぐに気づく。
あのあとわりとすぐに合宿に行ったせいですっかり昔の話に感じてたけど、そっか、預かったことについて朋絵さんとちゃんと話すのはこれが初めてか。
「ああ、その話。いや、俺はただ家に泊めて、飯とか作ってやっただけですし」
「その『だけ』がスゴいんだよ。普通、なんのメリットもなく、クラスメートの妹を預かるなんてしないよ」
「お言葉ですが、普通じゃないのはそっちの次女と事情です」
「家庭のね。まあそこは否定しないけどさ」
「だから、普通は~みたいな言葉はなんの役にも立ちませんよ」
朋絵さんがどこまで知っているのか不明だが、そもそも俺と中野の関係は拉致から始まったのだ。つまり、スタートの段階からおかしいワケで、今さら妹を預かるくらいでアレコレ言うのも違うと思う。
しかし、朋絵さんはなにを勘違いしたのか、イタズラっぽい表情で。
「わかった。じゃあ預かる決め手になったのはあれだ。琴葉のかわいさだ」
とか言い始める。
「えっと、その言い方だと琴葉がかわいいから預かったみたいに聞こえますけど」
「え、違うの?」
「あの、反応が次女とまったく同じなんですけど。打ち合わせとかしました?」
「してないけど」
「でしょうね。ホントにしてたら引きます」
「でも、琴葉がかわいいのは事実でしょ?」
「……まあ、それはそうですけど」
そう言われると、たしかに認めざるを得ない。
琴葉は粗暴で横暴で乱暴で、おまけに怒りん坊でさびしんぼうでもある感情爆発モンスター女児だが、いかんせん見てくれがかわいいのと、時たま素直な気持ちを伝えてくるので、ギャップに胸が貫かれる。とくに、寝起きのかわいさはたまげるレベルだというのは、俺の中では有名な話だ。
言うまでもないことだが個人的に言いたいので言わせてもらうが、あの朝、俺の中には母性ならぬ「父性」とか「兄性」的なものがメキメキわき上がりそうになっていた。それくらい、寝起きの琴葉はかわいかったのだ。もうずっと寝起きでいてほしい。
あと、全然関係ないけど、母性だといやらしさないのに、兄性だと急にいやらしさ出ない? この造語はちょっと控えたほうがいいかな?
「若宮くんも、琴葉のかわいさにメロメロか~」
ふたたび横から視線を感じて見ると、朋絵さんが満足げに笑っていた。とてもウットリしており、なんのことはない。ひよ姉だけでなく、とも姉もシスコンだったようだ。
「ハムロテなシスコンとハムロテじゃないシスコン……中野家には2種類のシスコンがいるということか……」
「んと、なんの話だろう」
「あ、いやこっちの話なんで」
「いや若宮くん、今、めっちゃ伝える感じで言ったよね!? 絶対聞かせるつもりだったよね!?」
ツッコミを入れる朋絵さんをよそに、俺はひとり、脳内で話を戻す。
すると、反応しないでいる俺を見て追求を諦めたのか、朋絵さんは小さく息を吐くと。
「ひよりちゃんもすごく感謝してたよ」
「……そうなんですね」
「うん、ほんまやで。ほんまおおきに~って言ってたわ」
「なら良かったです。急に関西弁になるんですね。さすが方言のゼミにいるだけある」
「『うち、もう若宮くんに抱かれてもええくらいやわあ』って言ってた」
「いや、中野がそんなこと言うワケないでしょ。しかも関西弁で」
「たしかに関西弁は私のアレンジだけど、発言内容も私のオリジナル」
「……やっぱり全部ウソじゃないですか。だけどって言うから一瞬てっきり」
「てっきり? てっきり何?」
「なんでもないです。やめてください人を惑わす言い方は」
中野がそんなことを言うワケないのはわかってる。あいつ、俺に対して驚くほど興味関心を抱いてないもんな。
しかし、実の姉である朋絵さんにそんなふうに言われると、若干動揺してしまうのも事実だった。期待とかではなく、やり取りそのものが俺には強烈なのだ。
「私たちも助かったし、琴葉もあれですごく楽しかったみたいで」
「そうなんですね。俺ん家いたときはずっとツンツンしてたのに」
「それはどこにいてもそうだべ」
「急に訛るんですねまた。神奈川南部の方言っすよねたしか」
「しかも最近、琴葉が少し明るくなってさ」
「でも、前が暗かったワケではないでしょう?」
「そうだけど」
よくわかってるじゃん、という感じの顔。
「声小さいけど気は強いし、不登校だけど勉強好きだし」
「若宮くん、琴葉のこともよくわかってるんだね」
「まあ、色々ありましたからね」
俺がそう告げると、朋絵さんは納得したようにうなずいた。
そんなふうに話しているうちに、注文した中華そばが出てきた。
早速レンゲをくぐらせて、スープを味わってみる。動物中心のスープで、どこか懐かしさを感じさせる味わいだった。麺を箸で持ち上げると中細の麺がスープに程よく絡み、なかなか美味い。
全体的に見ればバランス重視のラーメンで、インパクトこそないものの、丁寧に作られているのがわかる仕上がりだった。数ヶ月に一回猛烈に食べたくなるというより、毎週来ても食べ飽きない感じの味というか。料亭で作ってる中華そばとかこんな感じなんだろうな。料亭行ったことないけど。あと、塩味のたまごが美味しい。
中野家はよく来るのだろう。向こう側でトッピングはこうすべきだとか、たまごは途中で割って中の黄身を溶かしてスープに混ぜると味が変わって美味しいだとか、琴葉が香澄に対してあれこれ言っているのが見える。
そして、香澄はそれをイチイチ真面目に受け入れていた。年上の俺たちに対する、どことなく背伸びした態度とは違って妙に素直だが、おそらくそれが同年代に対する彼女なりの大人っぽさなのだろう。
なお、琴葉の声は言うまでもなく一切聞こえていない。全部読唇術で解読しているのがポイントだ。
「そう言えば、中野って今日も仕事ですか?」
「うん。あさじゅうの現場で9時前には出た感じ。夏休みなのにホントスゴいよね、毎日毎日働いてさ」
中野の話を持ち出すと、朋絵さんはにこやかに答える。
なお、ここまで付き合ってくれた人はなんとなくわかっただろうが、「あさじゅう」とは「朝10時の収録」のこと。声優の収録は朝10時開始と夜16時開始が基本なのだ。そこから作品にもよりけりだが、だいたい3~5時間くらい収録がある。間違っても「ぼてじゅう」的ななにかではない。
「社会人みたいですね」
「いや、社会人以上だよ」
「と言いますと?」
「だって先週、合宿から帰ってきて、そのままずっと働いてるもん。もう10連勤とかじゃない?」
「……」
「あ、黙っちゃった。ま、そうなるよね。でも若宮くんももう少しすれば慣れるから」
「慣れていいんだろうか……体とか大丈夫なんですか?」
真面目に心配してそう述べるた……のだが数秒後、朋絵さんがラーメンをすする口を止めているのに気づく。驚いた顔をこちらに向けている。
「それは大丈夫じゃないかな? だって、ひよりちゃん超体強いから。もしかして若宮くん、ひよりちゃんのこと色白で細くてか弱い女の子とか思ってない?」
「……」
たしかに、最初の頃は思っていた。見た目は細身で清楚な感じだし、中間テストの頃は正直疲れが見えている感じだったから。
「もしかして、テスト期間中のときのこととか思い出してる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます