184 美人女子大生と過ごす夏休みも捨てがたい1

 そんなふうに、そこからさらにふたりに勉強を教えることおよそ1時間。


 階段を降りる足音が聞こえてきて、リビングに朋絵さんが姿を現す。


「やほー、順調?」


 愛想のいい笑顔をこちらに向けてくる。ふんわりとした花柄のワンピースを着ており、夏なのに髪型もきっちりセットされているのか、良い感じのウェーブを描いていた。次女が女子高校生を捨てているのに対し(酷い言い方だけど)、彼女は女子大生を謳歌しているという雰囲気だ。でも見た目がいいので、量産型にはなっていないところがポイントである。


「ええ。朋絵さんもゼミの課題終わりました?」

「なんとかねー。疲れちゃったけど」

「今日は東北地方の方言研究でしたっけ?」

「んだんだ。昨日から忙しがったから今日ははやくねねばね」

「早速、語尾もイントネーションもおかしくなってるし」

「ちなみにこれは秋田弁ね。上手いでしょ?」


 そんなふうに話しつつ、朋絵さんは俺の隣に腰をおろす。


 俺と香澄が家に到着したとき、彼女も迎えに出てくれたのだが、その後はゼミの課題が忙しいと言って2階の自室にこもっていた。 


 肩こりがあるのか、朋絵さんは肩をぐるぐる回したり、肩を後ろに寄せて胸を張ったりしていた。ゼミというのはそんなに忙しいものなのか、大学に入ったあとのことが心配だな……などと俺が思う余裕もなく、普通に大きな胸が動くのを横目で観賞していた。本音を言えばもっとじっくり凝視したかったところだが、目の前に琴葉と香澄がいるのでそれは叶わない。


 そんな邪な俺の気持ちとは裏腹に、朋絵さんは冷蔵庫の中を覗き込んでいる。なにか飲み物を探しているのだろう……ということで、ハチミツジンジャーを作って差し出した。


「お、気が利くねえ」


 そして、朋絵さんはその場で飲み始める。てっきり琴葉たちのところに混ざるのかと思いきや違うらしい。去るのも変なので、俺もなんとなく台所に残る感じになった。


「最近忙しい感じですか」

「最近、って言うか結構ずっとかな。就活の準備も始めたし。ほら私、一浪だから来年が就活じゃない?」

「でしたね。大変そうですね」

「まあでもね。ひよりちゃん見てると、そういうこと言えないじゃん?」

「たしかに」

「あとはこれは大きな声では言えないけど」


 そう言いつつ、朋絵さんが内緒話をする感じで、手を口元に添えて身を乗り出してくる。


「え、なんです?」


 琴葉、香澄がこちらを見ていないのを確認しつつ、耳を寄せると……


「ちょくちょくデートとかもしてるしさ。ひよりちゃんと違って」


 顔を離して見えたとき、朋絵さんは小悪魔な笑みを浮かべていた。話が話なので、俺は小声で返す。


「え、デート?」

「若宮くん、デート知らないの? 気になってる人と遊ぶことだよ」

「いやそれは知ってますけど……」

「異性と遊ぶって捉えられることが多かったけど、今は同性の場合もあり得る。ちなみに私は男の人が好き」

「えっと」

「略して男好き」

「そういう略し方はどうかと」

「ひよりちゃんはお仕事と学校だけで忙しいけど男の人込みの忙しさなんだよねえ私は」


 そう微笑む朋絵さんは、清楚ななかにも色気を感じさせる。初めて会ったときから感じていたけど、この人は意外とこういう人なのだ。ゆるふわ女子大生な見た目なだけに、意外と違う中身なのかと思いきや、普通にゆるふわ大学生な中身というかさ。


「てかなんで小声で?」

「琴葉が嫌がるの……あの子、潔癖なとこあるから」

「まあ柔軟な子ではないですからね」


 というか、頑固もいいところだと思う。「姉の友人A」でしかない俺ですら、受け入れてもらえるようになるまで色々あったワケで、たしかにこれが「姉の恋人」とか「恋人候補」だったら、もっと複雑な反応を見せそうだ。


「まあでもいつまでもそういう話をしないワケにはいかないんだけどね。私ももういい年だし」

「そうですね……そうですねって失礼でした? なんとなく相槌打っちゃいましたけど」

「ううん、大丈夫だよ。だからちょっとずつ匂わせていこうかな、なんて」

「妹たち相手に匂わせって大変っすね」


 でもまあ、相手が琴葉なのだから納得はできる。中野は案外、朋絵さんの自由を尊重しそうだけど。


「ってか、もういい時間だね」


 そして、朋絵さんが壁にかかった時計を見ながら、香澄や琴葉にもしっかり聞こえる音量でつぶやく。


「若宮くん、せっかくだし、お昼ご飯食べに行かない?」

「たしかにもう昼過ぎてますもんね」

「ご馳走するよ」

「いいんですか?」

「もちろん」

「じゃあお言葉に甘えて……」

「若宮くんには色々お世話になってるからね」


 朋絵さんはウインクしながら述べると、一目で冗談だと明るい口調でこう続ける。


「ぜひぜひお言葉に甘えてくだされ。なんなら私に甘えてくれても……」

「いや、それは遠慮しときます」

「あ、そこは遠慮するんだ」

「当たり前でしょう? てか、やめてくださいよ琴葉と香澄がいる前で……」

「ふたりがいないと甘えるの?」

「じゃなくて。見てる前でふざけないでくださいってことで」

「ごめんごめん、わかってるよ……若宮くんは、ひよりちゃん専門だもんね」


 そんなことを、朋絵さんは耳元でささやく。


「いや、全然わかってないし……」


 俺が呆れてツッコむと、朋絵さんはイタズラっぽい笑顔を見せて笑った。



   ○○○


 俺たちは家を出ると、近くのラーメン屋に向かった。


 こういうとき、近くと言ってもたいてい5分くらいかかったりするものだが、今回はマジで近い。中野家から歩いて30秒のところにあるラーメン屋に入ったのだ。


 石神井とのテスト対決の期間。


 中野家が梶が谷駅徒歩3分の場所にあることを知らなかった俺は、毎日ひと駅手前の溝の口駅から中野を家まで送っていた。だから、このラーメン屋もずっと見ており、排気口から流れ出る湯気のニオイに密かに食欲を刺激されたりしていたのだが、まさか中野家の姉妹が普通に来ているとは。


 ラーメン屋は古いアパートの一階を改装したお店だった。


 中に入ると、こじんまりとしながらも白と黒を基調とした内装には清潔感があり、なかなか居心地がいい感じ。座席はカウンターのみで席数は8席。つまり、俺たち4人が入れば半分を埋めることになる。


 着いたのがランチタイム過ぎだったこともあり、4人一気に入ることができた。だが、さすがに4人並びは難しく、大人組と子供組に分かれることになった。大人組って自然に言っちゃったけど、俺もまあ高校生なんだけど。


 俺は特製中華そばを注文。待つ間、朋絵さんと話をすることになる。コップに水を注ぎ、朋絵さんの前に置くと、彼女はにこやかに微笑む。


「若宮くん、てっきりこういうお誘いは遠慮するのかと思ってた」

「まあ、少し前の俺ならそうしてたかもです」

「最近は変わったんだ?」

「そうですね……なんか、仕事をしたのに対価を受け取らないと『タダ働きは自分が損をするだけじゃなく、周囲にも損をさせるのよ。なぜならタダで働く人間がいるということで、その値段で発注していいことなんだと勘違いする愚か者が出てきて、全体の単価を下げることに繋がるから』みたいなこと言う女子高生がいるんで」

「あはは。ひよりちゃん、ホントに言いそう」


 朋絵さんは口元を手で隠しながら、上品に笑う。


 年齢が5つ上で、しかも同級生のお姉さんということであまり意識したことがないが、こうやって近くで見るとやっぱりかなり美人だ。姉妹だけあって、顔立ちはひよ姉や琴葉と似てるんだけど、なんというか棘のようなものがない。


 そしてなにより、胸が大きい。狭い店内かつカウンターなので、結構前にせり出す感じで座っているのだが、結果的にたわわな胸がカウンターに乗ってしまっているのだ。 


 思えば、こうやってふたりでちゃんと話すのは初めてかもしれない。しかも、身近な人で女子大生って朋絵さんだけなんだよな……そう考えると、ちょっと緊張してくる。


「若宮くん、改めてだけどさ」


 背筋を伸ばして朋絵さんが言う。背筋を伸ばしたことで、カウンターに乗っかっていた豊かな胸が離陸し、俺の視線は自然とそのボーイングならぬボイーングに吸い寄せられて……ってなに俺はセクハラ感しかないオヤジギャグを言ってるんだ。


 邪な思いを振り切るように、平静を装って。


「改まってどうしたんです?」


 すると、彼女は優美な笑みを浮かべて、


「この間はありがとうね。琴葉を預かってくれて」

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