176 部屋決め2

「若ちゃん、もうちょっと詰められる?」

「いや勘弁してくれよ。ただでさえ石神井と同じ布団なのに、壁にぶつかるとさらに面積小さくなるだろ」

「若宮、俺は構わんぞ」

「いや俺が構うんだよ」


 そんなことを高寺、石神井と言い合う。


 今は夜の21時過ぎ。高校生組の女子4人が寝るはずだった部屋にGが出現し、もともと敷かれていた布団のうえを走り回った結果、「この布団じゃ寝られない!」ということになった。


 そこで一時は琴葉、香澄の部屋に4人が入ることも検討されたのだが、布団2枚に6人はどう考えても寝られず……と、そこで俺と石神井の部屋が、琴葉・香澄の部屋よりも少し広いことが判明。


「いっそのこと、男たちの部屋に布団移動させて全員寝ればいいんじゃね?」ということになったのだ。


 石神井と俺だけだとそれなりに余裕が感じられたこの部屋も、8人ともなると正直かなり狭かい。しかも、なるだけムダなく敷き詰めようとしても、もともと四角い形じゃない部屋なので、どうしてもムダなスペースができて布団が重なってしまう。


 まあ、ムダなスペースと言っても最低限の荷物はそこに置かないといけないので、ムダってこともないんだけど。


 その結果、どうなったかと言うと……


「いや、これはおかしいだろどう考えても」

「若宮くん、どうしたのかしら」


 比較的余裕をもって敷かれた布団のうえで、美顔ローラーをころころさせながら中野が俺に尋ねる。


 尋ねられた俺はと言うと、石神井に後ろからバックハグされ、耳や国筋を攻められそうになっていた。同じ布団ということで自分を抑えきれなくなっているらしい。わかる、俺も今日その気持ち味わったから。


 じゃなくて。


 石神井をなんとかふりほどき、俺はやつを布団でぐるぐる巻きにし、その上に座った。


「よしこれで静かになったな」

「くっ若宮、そんなプレイが好きだったのか……」

「いや、普通に身の安全確保したかっただけなんだけど」

「若宮の体が、俺に重みを与えている……ああ、これが重力の喜び。もはや広義の騎乗うぐっ!!」

「こら下ネタはダメだぞ」


 甘い声でワケわからんことをさえずっていた石神井を、俺は尻に力を込めて黙らせる。本当はこんな暴力的なことはしたくないが、やつに後ろから攻められるよりはマシだし、部屋の反対側にいる琴葉・香澄にはさすがに聞かせたくなかったしな。


 と、そんなこんなでこの部屋は今、8人全員がいた。布団の場所的に俺・石神井、中野・本天沼さん、高寺・可容ちゃん、琴葉・香澄という順番だ。


 石神井を布団で包んでいる間に、さっきまで美顔ローラーで肌の手入れに余念なかった中野が、今はストレッチをしていた。両脚を広げてべたーっと前屈すると、余裕で胸が布団についている。日々の鍛錬のおかげだろう。


 彼女は襟や袖のラインやボタンだけ白い、黒のシルクのパジャマを着ており、パジャマなのに謎のスタイリッシュさを醸し出していた。毛玉ができたスウェット上下な俺とは大違いだ。


「若宮くん、そんなにイヤならあっちの部屋に行ってもいいのよ?」


 そして、ここが自分の居場所だとまったく疑っていない顔で、俺に告げる。


「いや、俺べつにG苦手じゃないけど、一緒の布団で寝たいとは思ってないからな?」

「じゃあこの部屋で寝るしかないわね」

「いや、もともとここの部屋は……」


 そう言おうとして、俺の口から言葉が出るのをやめる。その理由は、目の前で高寺と可容ちゃんが何やら作業を行なっていたからだ。具体的に言うと、ロープを壁にひっかけ、そこに余ったブランケットを垂らして、簡易の壁を作っている。


「ももたそ、そっちもうちょっと引っ張ってもらえる?」

「はいよーっ!」

「いい感じいい感じ。ブランケットは2枚で足りるね」

「あのさ、ふたりとも……」

「ふへ?」


 俺が話しかけると、高寺と可容ちゃんが作業の手を止める。ちなににもふたりとも、イスに乗っているので俺よりも目線が高い。


 高寺はドンキに売ってそうな犬の着ぐるみ風のパジャマで、究極的に頭が悪そうな出で立ち。なので、「ふへ?」と普通に反応しているだけなのに、こっちとしては若干煽られた気持ちになる。


 ……「ふへ?」は普通じゃないか。だって「ふへ?」だもんな。


 一方、可容ちゃんは白いワンピースタイプのパジャマだった。パジャマなのに襟がついており、妖精みたいと言うより、もはや妖精と言って良さそうな感じ。いかにも女の子真感じの出で立ちだった。


 そんなことはさておき、この謎の壁の件である。


「なんだい若ちゃん」

「これ、要る?」

「やー、あたしはどっちでもいいんだけど、可容ちゃんが」

「そうなの?」

「だって私たち、これでも現役のアイドル声優だから。家族親戚以外の男子と同じ部屋で寝るなんてできるワケないでしょ?」

「それを言うなら一緒に旅行に来てる時点でアレでしょ」

「ま、そうなんだけどさ。どうしてもって言うなら壁破ってきてもいいよ?」

「いや、残念だけどそんな余裕なさそうだわ。俺も自分の身を守るのに忙しそうでさ」

「ふふっ。みんな面白いね」


 そんなふうに、可容ちゃんは上機嫌で言う。


 そして、高寺と可容ちゃんはイスから降りて、ふたりして肩を組む。つまり、ブランケットで作った壁は完成したということだった。



   ○○○



 それから程なくして、俺たちは就寝することになった。


 せっかくの旅行なのでもっと夜遅くまで起きているのかと思いきや、この部屋にテレビがなかったこともあり、また長時間の移動や夏の暑さで疲れていたこともあり、まず琴葉と香澄が就寝。それにつられるように他のメンバーもひとり、またひとりと眠り始めた。


 俺も1時間近い格闘の末、力尽きたように石神井が眠りに落ち、なんとか解放された。たぶん、1時間でかなり尻に筋肉がついたと思う。


 そして、石神井と背中合わせになる形で、俺は布団に横になった。目の前にはロープにぶら下げられたブランケットが見える。ゆえに視界的には女子の姿は見えないのだが、それでも寝息や寝返りを打つ音、布団がこすれる音などが聞こえて、聴覚から脳が刺激されてしまう。

 

(体は疲れてるのに頭が冴えてるな……一日でいろんなことがありすぎたのかな)


 目をつむるのを諦めると、月明かりが窓から差し込んでいて、それなりに明るく感じることに気付く。寝息の音が聞こえてくる以外、部屋のなかはとても静かで、窓の向こう側からは海の音が聞こえてくる。


 すると、そのとき。 


 ブランケットの壁の向こう側で、誰かがごそっと動く音が聞こえた。数秒後、静かにドアが開いて閉じる音が聞こえてくる。ドアを純粋に開いて、ただ閉じるだけという趣味を持つ人はたぶん世の中にはそんなにいないだろうし、もしいたとしても石神井に違いないので、そんでもって彼は今、俺の後ろで眠っているので誰かが出て行ったのだろう。


 トイレか、それか水分補給か。


 そんなふうに思っていると、数分ほど経っただろうか。ブランケットの壁の下部分、俺の顔の目の前のところが30センチほど破壊された。


「若ちゃん、もう寝た?」


 少し高く、くぐもって鼻にかかった甘い声が俺の耳をくすぐる。普段困るくらい元気なせいで、声の良さを認識することは少ないが、こうやって間近で囁かれると声優なんだな……とか、当たり前のことを思ってしまう。


「……もう寝たみたいだね。ごめんね」


 ずっと聞いていたいような気になったが、高寺がもう一度質問を重ねてきたため、そうするワケにもいかなくなった。 


「あぁ、寝てるぞ」

「そっか、寝たならいいや……って寝てるのに寝たとは言えないでしょ」


 俺の答え方で確証を得たらしい。ブランケットの破壊領域が50センチほどになり、つまり下からまくり、そこから高寺が覗き込んできた。暗いが、月明かりがちょうど彼女の顔を照らしており、表情を見ることができる。


「やっぱ起きてんじゃん」


 そして、高寺はブランケットに潜り込むと、うんしょうんしょと左右の腕を器用に使って上半身をこちら側に滑り込ませる。さっきよりも動きに遠慮がなく、結果、俺の顔のすぐ近くに高寺の顔が来た。


「ちょっとおい近いって」

「小声で喋るならこんくらいじゃないと聞こえないし」

「まぁ、そうだが……羊の数え方でも聞きに来たか?」

「若ちゃん、あたしをナメちゃいけないよ? その気になったら、あたしが寝るまで若ちゃんに羊数えさせるからね」

「他力本願もいいところだな」

「他力本願本願寺だよ」

「で、なんの用?」


 ダジャレにはあえてツッコミを入れず尋ねる。


「うんじつは、りんりんとももたそが、さっき一緒に出てって」

「あ、ふたりが?」


 高寺がコクンとうなずく。てっきりひとりだと思ったら、ふたりだったらしい。


「トイレかなって思ったんだけど遅いし、てかりんりんってそういうの一緒に行くタイプじゃないでしょ?」

「ああ。もしあいつが学校で他の女子と一緒にトイレ行ってたら、俺は別の誰かが中に入ってるんじゃないかって疑うね」

「そこまでなんだ……もしかして、外出たのかな?」

「外? こんな時間に?」

「だって遅いし……あ、もしかしたらコンビニかも。こっから10分くらい歩いたとこにあるんだ」

「コンビニか。それならあるかもな」

「若ちゃん、もし良ければ見に行ってくんない? あたしも行きたいんだけど、ほら、こんなカッコじゃん?」


 そう言うと、高寺は着ている犬パジャマを見せる。


「あ、今、安心した。それがアホっぽいって自覚はあったんだな」

「そりゃあるよ。あたし、これがアホっぽいってわかんないほどアホじゃないもん」

「いや、わかったうえで着てるなら本物のアホだろ……わかった。ちょっとだけな?」

「ありがと……あ、ふたりともスマホ置いてってるみたいだから忘れずにね」


 そんなふうに告げると、高寺はニコッと微笑み、カーテンの向こう側へと戻って行ったのだった。

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