175 部屋決め1

「高寺さんと仲直りするのは簡単です。共同作業です」

「共同作業……ケーキ入刀的な?」

「結婚式のですね。まあそれも共同作業ですけど」


 琴葉の質問にコクンとうなずきつつ、香澄が人差し指を立てる。


「仲直りには時間をともにすることが大事です。時間がすべてを解決してくれるワケではないですが、ある程度は解決してくれますから」

「たしかに。今は一緒にいるだけでも気まずいもんね……」

「だから一緒にいることに慣れる必要があるんです。そのためになにかを一緒にすると」

「それで共同作業……若宮に入刀するってのはどうかな?」

「いやなんで俺が殺されなアカンねん」


 小さなナイフを持ったまま琴葉が真面目な顔でそんなことを言うので、思わず関西弁でツッコんでしまった。


「だってケーキないし」

「俺をケーキの代わりにするなよ」

「そうだよね。さすがに失礼だよね。ケーキに」

「そう言うと思った。だいたい一瞬で終わる共同作業で仲良くなれるワケないだろ。ま、ふたり仲良く刑務所にって意味ならわかるが」

「大丈夫、少年法が私を守ってくれる」

「全然大丈夫じゃない」


 コホン、と音が聞こえて俺と琴葉は香澄を見る。ニコリと微笑んでおり、それはつまりその辺にしておけという意味であり、俺たちは自然と休戦。


「今だと普通にお料理とかどうでしょう?」

「お料理」

「一緒になにか作りながらお話すればいいと思います。私も一緒にいられますし」

「……わかった」

「じゃ、善は急げということで。私、呼んできますね!」


 そう言い残すと、香澄は外へとトタタと走って行く。


 そして十数秒後、高寺を引っ張って戻ってきた。たいした説明もなく連れて来られたのだろう、明らかに困惑した感じの表情だった。


「高寺さん、琴葉と今からお料理作るんで手伝ってくれませんか?」

「え、いいけど、若ちゃんは?」

「あー、さすがに俺も疲れたから。いいよな琴葉?」


 そうやって香澄と俺にアシストされ、さすがに意を決したのか、


「……うん」


 琴葉がそう小さくつぶやいた。すると、それまで不安そうな表情を浮かべていた高寺の顔がぱっと華やぐ。


「わ、わかった! なにつくる!?」


 その問いかけに、琴葉は数秒間考え込んだあと、


「……サンドイッチかな」

「「……サンドイッチ!?」」


 そのチョイスに、俺と高寺が顔を見合わせたのは自然なことだった。



   ○○○



 その後、俺は琴葉たちがサンドイッチを作るのを近くで見守っていた。この間、我が家に泊まったときに俺はサンドイッチ作り姿を見ていたが、高寺は初めてだったので


「ほう……これがあのハムロテに繋がってるのか……」


 とひとり感慨深そうにしていた。中野のハムロテを知らない香澄には意味がわからなかったようで、俺が説明した。自分で言い始めたことだが言葉の意味を説明するのは恥ずかしかったが……まあ琴葉と高寺の距離が少し縮まった様子なので良しとしよう。


 そして、夕方になり、バーベキューが始まった。きちんと食材を買い、きちんと準備していたため、普通に楽しい会になった。


 可容ちゃんも持ち前のコミュ力の高さを発揮し、初対面のメンバーともすぐに打ち解けた。顔会わせのときに以前会ったことがあると言っていた中野も、ただの勘違いだったのか、普通に初対面トークを繰り広げていた。


 ……具体的に言うと、あの声優とこの声優が付き合ってるとか、どこの事務所は預かりから準所属、正所属に上がるまでの基準が高すぎるとか、アーティストデビューしたはいいもののレコード会社のスタッフが無能すぎて困っている若手声優が増えてきているらしい……とかまあそういう話だったので、遠くから見守っていた。


 言うまでもなくスイカ割りも行ない、デザートまで舌鼓を打ってバーベキューは無事に終了した。



   ○○○



 2階へとあがっていく他の面々をよそに、皿洗いをするために俺は台所へと向かう。 


 だが、到着するとすでに琴葉が皿洗いを始めていた。足元を見ると小さな台に乗っており、ゆえに普段より身長が高い。もちろん、それでも俺より随分小さいのだが。


「なんだ手伝ってくれるのか」

「ん」

「ありがとな」

「……こちらこそ、ありがとう」

「ん、なんか言ったか?」


 琴葉があんまりにも照れた感じで言うので、もちろんそれがなにに対しての感謝の言葉なのかわかっていたが、俺はつい聞こえないフリをした。


 すると、琴葉は一気に不機嫌な顔になり、ぷいっとそっぽを向く。


「もういい。高寺と仲直りしたから若宮とは絶交」

「いやそれはないだろ」

「これからは高寺に遊んでもらう」

「てかなにその等価交換……ま、でも良かったよ。琴葉にとっても、中野にとっても」

「うん……」


 そこで琴葉の言葉は止まる。だが、心のなかでホッとしているのは、その横顔を見ているとよくわかった。いつもより柔らかい、棘のない表情をしていたのだ。いつもは感情が見えにくいジトっとした瞳も、今は心なしか微笑んでいるように見える。横幅の狭いおちょぼ口も、口角が少しだけあがっている気がした。


(ツンツンしてる琴葉もかわいいけど、今の琴葉もかわいいな……)


 と、そんなふうに本人には決して言えないことを心のなかで思っていると。


「「きゃああああああ!!!!!」」


 複数人の叫び声が2階から聞こえてきた。


「え、今のなんだ」

「高寺の声だったよね?」

「可容ちゃんの声も聞こえた気がする……と、とりあえず行こう」


 そして、俺と琴葉は皿洗いを中断して階段を登っていった。すると、広いほうの女子部屋で、高寺と可容ちゃんが抱き合って縮こまっていた。


「どうした!?」

「わ、若ちゃん、あそこに、じ、じ、じいが!!」

「ん、じじいいんのか?」

「違うよ! Gだよそうちゃん!!」


 ふたりにそう言われ、指さされた方向を見ると、あらかじめ敷かれた布団のうえに……


「なるほど、Gだな」

「しかも、めちゃくちゃデカいな。よく育っておる」

「うむ……窓が開いてたみたいだな」

「招かれざる来訪者だ」


 気付けば、隣には石神井がいた。腕を組み、神妙な面持ちである。


 叫び声でかけつけたのか、中野と本天沼さん、香澄も背後にいた。Gの姿を確認すると、3人の表情は同時に曇る。


「私、あんまり得意じゃないのよねあれ……」

「得意な人は、うん、あんまりいないだろうね……」

「私も嫌いです……」


 女子は基本的にGが苦手なのだろうか。


「わ、若ちゃんはやくなんとかして!!」


 と、そんなことを思っていると高寺が半泣きになってすがってきた。


「わかった。ちょっと待ってろ」


 そして足元にあった観光パンフレットを丸めると、Gめがけて一振り。一発で仕留めた。「若ちゃん、す、すごっ……Gとか苦手そうなのに」


「べつに得意ではないけど、人間のほうが苦手だ。人間はなに考えてるのかわかんないからな」

「なんかよくわかんないこと言ってるけどそうちゃん頼りになる……」


 高寺と可容ちゃんはお互いに抱き締め疲れたようで、床に尻餅をついた。俺はGをパンフレットでくるむと、これまた近くにあったビニール袋に入れる。


「これで安心して寝られるな」

「いや無理だしっ!!」

「そうちゃん鬼……」

「ごめん、絶対に無理」

「えー、Gが歩いたあとの布団は……」


 そんなことを、高校生組の4人は口々に言うのであった。

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