174 ひよりと可容3

「私たち、どこかで会ったことないかしら?」


 中野が放ったその言葉に、可容ちゃんが停止する。正確に言えば彼女だけでなく、そのやり取りを近くで見守っていた俺と高寺も停止した。


 え、どこかで会ったってどういうことだ? 中野から、可容ちゃんとはオーディション会場でも会ったことがないと聞いていたし、となると今日が初対面のはずだよな……?


 しかし、可容ちゃんは笑顔のまま。


「いえ、初めましてじゃない?」


 迷いのない、明るい声でそう言いきる。


「だって私たち、共演経験ないでしょ?」

「ないけれど」

「どっちかがレギュラーの作品に、もうひとりがゲストで一話だけ出るとかも」

「それもないけど」

「じゃあ、もしかすると声優雑誌で見たとか!」

「雑誌……?」

「鷺ノ宮さんは毎月いろんな雑誌に出てるけど、私も最近わりと載るよー! だから、それじゃないかな?」


 明るくはっきり言い切るので、中野もどこか気圧されているような感じ。


 そして、その言葉を聞き、納得いかない顔をしたまま……


「そう……かも。きっとそうよね……そんな気がしてきた」


 と返す。


「もしかしたらスタジオの廊下ですれ違ったこととかあるかもだけど。でも、会ったことある気がするってのは、この業界でよくある話かもだねー!」


 可容ちゃんは、早口でまくし立てるようにそう言った。


 まるで間接的に、中野の口を封じているかのような言い方だった。少なくとも、横で見ている俺にはそんなふうに思えた。


 そして、そうやって言葉を封じられた中野は、どこかモヤッとした表情を見せたものの、すぐに笑顔を作り、ふたたび初対面のにこやかなトークは再開されたのだった。



   ○○○



 その後、俺たちは夕食であるバーベキューの準備をすることになった。


 高寺の目論見では、俺と可容ちゃんが到着次第、残った面子でどこか近場の観光場所に行く予定だったのだが、遅くなったのでそうすることができなくなった。行ける場所と言えば近くにある断崖絶壁の崖か、坂や階段をそれなりにくだった先にある海岸だが、崖は危ないし、海は……正直どうなんだろう。一応水着は持って来てるけど、中野とか絶対入りそうにないし……あとで高寺に聞いてみよう。


 そんなことを思いつつ、あらかじめスーパーで買ってきておいた食材をウッドデッキへと運んでいく。野菜を切るのは高寺の担当で、俺と可容ちゃんは少し手を加える必要のあるものを作ることにした。焼いたアスパガラスを生ハムで巻いたやつとか、半分に切ったミニトマトの間にチーズとバジルを挟んで爪楊枝で固定したなんちゃってカプレーゼとか、パプリカやブロッコリー等の野菜を小さく切ってタコと一緒にホイルで包んで焼いたやつとか、まあそういう感じのパーティーメニューである。


「そうちゃん、美味しそうだけどなんでこういうの作ってるの? バーベキューって基本全部いっしょくたに焼くもんじゃないの?」


 そんなふうに可容ちゃんが尋ねてくる。彼女は日頃から料理をするのか、意外にも器用な手つきだった。その向こうで野菜を切っている高寺もリズミカルな感じ。とくにブロッコリーの扱いに慣れている辺りに筋トレガチ勢っぽさを感じる。


「だからこそだよ。焼き始めたらみんな肉ばっか見て、野菜放置してこげるでしょ」

「たしかに」

「それで作ってるんだ。でもたしかにこうやってちょっとずつ出てきたら箸休めに食べそうだもんね」

「やっぱ野菜は大事だからな。はいこれ完成」


 そんなふうに完成したものを、俺は中野に手渡す。中野家において料理当番ではない彼女は配膳係に徹していた。ちょっと前までサンドイッチは自分で作っていると思っていたけど、それも違ったもんな。


「うん。持っていくね……他にはなにかないかしら?」

「あーでももうコップとか運んでもらったし……ゆっくりしてていいぞ」

「そう……」


 4人いるうち料理ができないのが自分だけ、というのになにかを感じたのか、中野はどこか恥ずかしげな様子だった。心なしか、ウッドデッキへ向かう足取りも遅い気がする……と、そのとき、中野と入れ違うようにして琴葉たちが帰ってきた。4人のうち、琴葉だけがとことこ中へと入ってくる。


「若宮お腹すいた」

「第一声がそれかよ」

「ただいま」

「おかえり」


 と、そこで可容ちゃんがいることに琴葉が気付く。初対面の人は緊張するのか、すっと俺の後ろに隠れた。


「もしかして鷺ノ宮さんの妹ちゃん? え、めっちゃ美少女なんだけど……!!」

「……です」

「え、今なんて?」

「中野琴葉ですって」

「あ、声小さいんだ」

「……」

「え、今のはなんて?」

「いや、今はなにも喋ってないけど」


 もはや俺は彼女の口の動きでなにを喋っているか予想し、声の小ささを自分でリカバーしているのだが、当然ながら会ったばかりの可容ちゃんにそれができるワケもなかった。


「ははー! 琴葉って声小さいんだよねー」


 そして、そこでそう述べたのが高寺。俺を通訳とした琴葉、可容ちゃんの初対面トークに、思わず反応してしまったようで、すぐにハッとした表情を浮かべる。琴葉に対して、親しげな感じを出してしまったことに気付いたらしい。


 それに気付いた琴葉も、高寺をじっと見つめる。場所は当然、俺の背後だ。


「……あたし、ちょっと向こうの手伝いしてくるね! ももたそも行こっ!!」

「え、私も?」


 事態を理解できてない様子の可容ちゃんを引っ張って、高寺は外へと去って行く。その場に残されたのは、俺と琴葉のふたりだ。


「なにあのオンナ」

「なにって。桃井かよって言う声優さんで……来るって聞いてただろ?」

「じゃなくて、高寺のほう」

「そっちかよ」

「あたしのこと、すごく仲良いみたいにあの女の人に言ってた……」

「琴葉。聞くけどさ、今も高寺にムカついてるのか?」

「……ううん。もう怒ってない」

「だよな」


 琴葉の返答に俺はうなずく。この小旅行が始まったときから感じており、今の会話でも感じたことなのだが、琴葉はもう高寺に対して敵意を向けてないように思っていたのだ。キッチンに片手をつき、わざと大げさな口調で俺は告げる。


「いい加減仲良くしろよ、中野さん」

「なんで中野さん呼び」

「だって琴葉って言ったら」

「琴葉って言うな」

「って言うから」

「でも名字もなんかやだ。他人って感じで……」

「ってことはもう俺のことは他人じゃない、つまり親しい人と思ってくれてるんだな。琴葉、ツンツンしてるけどやっぱ心の中じゃもう……」

「……」

「待て待てフォークで太もも刺そうとするな。しかも手洗ってないだろ」


 からかって遊んでいたら、フォークの先をこちらに向けてきた。もちろん冗談なのはわかるのだが、いざ鋭利なモノを向けられるとビビってしまうか弱い俺である。


 そして、話を本題へと戻す。


「……どうすれば仲良くできるんだ?」

「わかんない。私、誰かと仲悪くなったら基本そのままだから」

「そうか」

「……でも、向こうから話しかけてくれたらいいかも」

「向こうから?」

「うん……私、あんま自分から行けないほうだから。仲良くなると大丈夫なんだけど」


 琴葉はそんなふうに言う。


 そして俺はここにきて実感する。俺が年齢差のある彼女とウマが合うのは、そういう根本の部分が一緒だからだと。彼女は人見知りであると同時に、話しかけ見知りなんだろう。 すると、そのとき。


「仕方ありませんね。ではここは私の出番ということで」


 背後から聞こえてきた声に、俺と琴葉が振り向く。精一杯大人びた口調でキッチンに入ってきたのは、麦わら帽を胸に抱いた香澄だった。

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