151 円の呼び出し2

『どうしても直接伝えたいことがあるんだ!!』


 その言葉の意味を頭のなかで探りながら、そして探りあぐねながら、俺は夜の街を自転車で走っていた。


 女の子から夜に呼び出されるという時点で非日常だが、そのうえで何かを伝えたいというのだ。自然と体がこわばるが無理もない。


 そして、連絡を受けて20分後。22時少し前という遅い時間に、品行方正なイチ高校生である俺としては滅多に出歩くことがない時間に、俺は待ち合わせ場所である溝の口駅前のサンマルクカフェに到着。中に入ると、フロアの真ん中らへん赤茶色の髪を見つけた。


「あ、若ちゃん」


 回りこんで向かい合わせに座ると、高寺はどこか驚いたような、ホッとしたような表情を浮かべる。家の近所だからだろうか、Tシャツにパーカー、そしてデニムパンツと、いつもに増して今日の彼女はシンプルな出で立ちだ。


「おっす。で、用件は?」

「若ちゃん、いきなりすぎ……りんりんに影響されたもしかして?」

「冗談だよ。ひとまず2時間くらい雑談しようぜ」

「いや長いし。てか店閉まるし……ホントに来てくれるんだね」

「いや来いって言ったのそっちだろ」

「そうだけど。琴葉ちゃんいるし……平気だった?」


 ケンカ別れした感じになったふたりだが、一応気になってはいるようだ。


「ああ、元気にやってるよ。もしかして気にしてたか?」

「き、気になんかしてないしっ!! あんなクソガキのことなんかっ!!!」


 そんなふうに言い、軽くテーブルをバンと叩く。


 すでに注文していたらしきホットコーヒーの表面が揺れるが、それを見つめる彼女の瞳も繊細に感情が振れているようだ。


「……でも、りんりんの約束を破っちゃったって意味では気にしてたかも」

「そうだよな。そういうの気にするもんな高寺って」

「うん、そういう奴なの。空気読めないくせに意外と気遣うタイプで、自分のことより他の人のこと考えちゃう、とにかくすっごくいい奴なの」

「いやそこまでは言ってないけど」


 高寺はそうやって笑い話のように言うが、実際のところ彼女はそんな性格だと思う。


 はじめて渋谷のロフトで会ったときは「なんだこのゼロ距離射撃娘は……」と思ったが、親しくなってみると意外と気を遣うし、裏表がないし、なにより心根が優しい。哲学堂先生の研究室を訪れたあととか、正直かなりグッときてしまったもんな……。


 まあそれでも空気が読めるほうではないし、周囲の評価に比べて妙に自分に自信を持っていないところもあって、時々面倒に感じるところもあるのだが、それでもなんというか人間味のある女の子なのだ。とても、とても。


 なので、琴葉との件もなんとかなればいいな、してあげられたらいいな……と思いつつ、俺は話を戻す。


「で、本題は?」

「あ、うん。えっと……それなんだけど……」


 どこかモジモジして、頬を赤くしている高寺。


 そして、意を決したようにつぶやく。


「は、初レギュラー決まった!!」

「……あ、そうなんだ。おめでと」

「えっ、そんだけっ!? 反応薄っ!!」

「ごめん。でも今までもユニットとか準レギュラーとか聞いてたし、順調なのかなって」

「順調? んー、全然そんな気はしてないんだけど」

「頑張ってるのも知ってたし、そういう日も遠からず来るのかなって」

「若ちゃん、あたしに対する評価高すぎない? あたし、そんな偉くないよ?」


 最初こそ俺の反応に軽く憤慨して見せた高寺だったが、褒めるとなぜか困った顔を見せてくる。あれ、なんか想定してた流れとは違うぞこれ。


「あたし、オーディションに苦手意識があるんだよね……人と競うのがあんまり得意じゃないって言うか」

「得意な人なんかいるのか?」

「それはあんまいないと思うけど……でも、ソフトやってたからレギュラーって言葉に反応しちゃうんだよね、どうしても」


 そう述べる高寺の口調は、妙にしんみりとしたものだった。小学生のとき全国大会で優勝したこともある彼女のいたチーム、部活は、競争も相応に激しかったに違いない。ゆえに、いろんな悲喜こもごもを見てきたのだろう……。


 しかし、そんなふうにしんみりされるのは当たり前だが本意ではない。反応こそ薄めになってしまった俺だが、祝ってあげたい気持ちは当然大きいから。


「ま、でも本当におめでとうな! 今度お祝い会やろうぜ!」

「え、本当に? お祝い会楽しそう!! なにがいいだろ、明日でもいいくらいだ」

「それはちょっとアレだな。ほら俺ん家、宿泊者がいるから」

「あ……ちょっと考えとくね! 貴重なカードだし!!」

「いやカードって。交渉じゃないんだし」


 そんなふうにツッコミを入れるが、高寺は楽しそうに笑っていた。


 と、そこで思い出したように、


「あ、それでそのオーディション、こないだももたそと会ったって言ってたやつだったんだけど」


 と情報を添えてくる。


「ああ、たしかそんなこと言ってたな」

「ももたそも出るみたいでさ」

「へえ、さすがだな」

「だよね。たぶん他にも何個も受かってそう。レギュラー掛け持ちって格好良いよねー憧れる」

「ちなみに今回のやつは? 主演とか?」

「あー、うん……」


 と、そこで高寺がなぜか視線を逸らす。その表情は照れているような、どこかまだ自分自身でも疑っているような、どちらにも取れるものだった。


 そして、くぐもって少し鼻にかかった、特有の丸みを帯びた声が俺の鼓膜に届く。


「主人公役はあたし……なんだよね」

「へっ……??」


 一瞬、脳の理解が追いつかなかった。主人公ってあれだよな。作品で一番多く出てくるキャラの……高寺がジョークを言っているのかと思ったが、どこか困ったように笑っていたので本当なのだとわかる。


「しゅしゅ、主人公役!? さっきそれ言わなかったよな!? 初レギュラーって言っただけで」

「あー、うん。でもウソはついてないでしょ?」

「それは、そうだけど……なんだよその叙述トリック。変な声出ちゃっただろ」

「ごめん! なんか一気に言うのは照れるというか」

「一個言ったら全部言っても同じだろ」

「同じじゃない! じ、自分から言うってことに照れるの!!」

「そういう言葉を高寺から聞くとは思わなかったわ……」


 一応ツッコミを入れるが、高寺はガチで照れている様子だった。


 変わっている子だとは思ってはいたが、こういう羞恥心のポイントもよくわからない。どちらかと言えば人前でモノマネをしたり、ロフトの女子トイレで友人の名前を呼んだり、そういうことのほうが照れて良さそうなものだが……。


 自分にとって喜ばしいことが起きると、途端に伝えにくくなってしまうのだろうか。どうでもいいことは照れないんだけど。


 そんなことを思う間も、いつもより若干照れた様子の高寺による情報解禁は続いていく。


「ちなみに放送開始は1月で、CDデビューもするらしいから」

「マジかよ」

「アニメってアフレコよりキャラソンの収録のが早いことが多いみたいで、でも来週なんだって。さすがにはやいよね」

「曲はもう完成してたってことか」

「今から緊張だよね。まあキャラソンはもう何回かやったことあるんだけど……とりあえず買ってね!!」

「ああ、もちろん買うけど……」

「けど? けどなに?」


 高寺は不満げに、ぷくっと頬を膨らませた。


 俺としては「けど、伝えるなら一気に伝えてくれ」と消化できていないままのさっきまでの話を引っ張っていただけなのだが、高寺にとっては不満とか逆説の「けど」に聞こえたのだろうか。


 ……いや違うな。きっと彼女は、俺に喜んでほしいだけなのだ。


 喜んでほしいからこそ、こうやって直接伝えることを選んだワケだし……。


 そんなふうに思った俺は、できるかぎりの笑顔になって次の言葉を述べた。


「……なんでもない。本当におめでとうな、高寺」


 すると、それを聞いた高寺は一気に笑顔になり、


「うん! 私、がんばるね! あと、お祝い会も忘れないから!」


 そう言って、俺を軽く笑わせたのだった。


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