73 コスプレバトル1

 とはいえ、遠足はまだ続く。時間も余っているので、俺たちは3番目の勝負も行なうことにした。なくなっても問題ない試合だったので、本天沼さんにとっては延長線、中野にとっては消化試合である。


 最後の勝負のために俺たちが向かったのは、先程勝負を行なった中華屋さんから歩いて程近い場所にあるビル。中華街で最大と自称している某総合エンターテインメント施設、と言えばわかる人にはわかるに違いない。


 1階は横浜や中華街に関する商品が集められたフロアで、赤と金を貴重としたオリエンタルな空気が漂っている。4階から8階はトリックアートの美術館で、それを目当てに来たらしい若いカップルや、家族連れの姿があった。


 そんな建物の3階にエレベーターで上がると、目に入ってきたのは「写真館」という文字である。


「次は勝負は……ドゥルドゥ……デデン! コスプレ対決です!」


 ドラムロールは諦めた高寺が、それでもハイテンションに宣言する。


「勝負はシンプル! ここでコスプレして、かわいかったほうの勝ちです!」


 すると、中野は本天沼さんの頭のてっぺんから足先までじろっと見る。浮かんだ余裕の笑みに、本天沼さんは身を守るように胸元に腕をまわした。


「ごめんなさい、これも私の勝利ね」

「ちょ、ちょっと! まだ着替えてもいないのに……」

「なら聞くけれど。あなた、身長は何センチ?」

「……155だけど」

「私は163センチ。この8センチの差はとても大きいわ。おまけに、私は自他共に認める小顔。体のバランスもいい」


 中野の言葉に、本天沼さんは顔を赤らめ、歯を食いしばるが、残念ながら事実として中野はスタイルがいい。身長自体はそこまで高くはないものの、顔が小さく手足は長いのでバランス感は良い。ヒールを履けばモデルのようにもなるし、かわいいままでいることもできる、一度で二度お得な感じのスタイルと言える。


 もちろん本天沼さんも、決してビジュアル面が微妙なワケではない。むしろほんわかした雰囲気、色白で透き通った肌、ぱっちり大きな目、清楚な暗色な髪の毛などは、奥手男子のツボを的確に押さえていると言える。


「まあまあ。ここで話しててもあれだし、みんなでコスプレしてみよ!」


 だが、中野の背中を高寺が押し、半強制的に店のなかへと連れ込む。口は不満げにとんがっていたが、それでも中野は抵抗せず、中へ入って行く。


 実際、店内に入ってみると、中華街最大級をうたうだけあってなかなかの品揃えだった。チャイナドレスはさまざまな色があり、女性用だけでなく、男性用や子供用も揃っている。また、民族衣装やカンフー服などもあり、見ているだけでも楽しい。


「じゃあ着換えてくるから」

「若宮くん、石神井くん、荷物番よろしくね」

「いや、どうせなら俺もコスプレしたいな」

「じゃ石神井くんも行こうっ! ってことで若ちゃん、荷物番は任せたっ!!」


 そしてすぐに、俺以外の面々が試着室へと向かっていく。


「え、いやあの……放置??」


 べつにコスプレしたいワケじゃなかったし、というかそういうのは恥ずかしいのでしたくなかったのだが、でもひとりで荷物番することになるとは思わなかった。


 だけどまあ、こうなったら仕方がない。俺は壁に背中を預けつつ、黙って荷物番に徹する。


(そういや、横浜に来るのも久しぶりだよな……)


 暇なので、ついそんな物思いにふける。


 そして思い出したのは、中2の冬のあの出来事だ。


(あれからもう少しで3年か……あの出会いのせいで……いやおかげで? 俺はいろんな意味で変わったよな……)


 そんなふうに過去に想いを馳せつつ、試着スペースから少し離れた場所で待っていると、異なるふたつの足音が同時に近づいてきた。


「あら、まだ若宮くんしか戻って来ていないのね」


 振り返ると、そこには艶やかな赤いチャイナドレスに身を包んだ中野と、黒い男性用チャイナドレスに身を包んだ石神井の姿があった。


 中野はチャイナドレスと聞いて誰もがイメージする、シンプルで王道な赤いドレス。しかし、シンプルだからこそ素材の良さが際だっており、もともと大人びた容姿の中野は、完全に大人の女性の美しさを獲得していた。


 美しい黒髪は白の花飾りでサイドにまとめられており、簡単なアレンジにも関わらず、想像以上の優美さを演出している。小顔ゆえスタイルは申し分なく、細身のドレスは既製品にも関わらず中野のためにデザインされたのかと思うほど体型にフィットしており、引き締まったウエストは服の上からでも十分な存在感。


 太ももの上まで深く入ったスリットは、彼女の細くもしなやかな美脚をこれでもかと見せつけており、控えめなそのお胸も、体のくびれを美しく見せるチャイナドレスにはむしろ合っているようだった。


 やっぱかわいいな……思わず見とれていると、中野がコホンと小さく空咳をする。


「若宮くん、私に見とれるのは仕方のないことだと思うけど、下心に満ちた目で見るのはやめてもらえるかしら」

「べ、べつに見とれてなんか!」

「あらそう? てっきり、繁殖期のパンダかと思ったわ」

「繁殖期のパンダってなんだよ。中華街だからって例えが安易なんだよ。そして、むしろパンダって性欲なくて子供できなくて困ってる生き物だろ」

「性欲がないのに若宮くんは私のことをじっと見てたのかしら。もしかして美術品を見る感じで?」

「俺がパンダである前提は揺るがないんだな。そして、その自己評価の高さには毎度驚かされるよ……」

「自己評価が高いわけじゃないわ。私は常に適正な評価をくだしているだけ。それが自分自身であってもね」


 そんなどうでもいい会話を繰り広げていると、横から視線を感じる。


「おい若宮。俺のことは無視か?」


 石神井が、あろうことか嫉妬の炎をメラメラさせながらこっちを見つめていた。とても残念だ。なんで中華街に来てまで男に嫉妬の炎を燃やされないといけないのか……中華街は関係なかった。


 石神井はなんか男性用の黒いチャイナドレスだった。イケメンかつ高身長なので普通に似合っている。黙っていれば読者モデルが仲間たちと中華街に遊びに来て、おふざけでコスプレしちゃいましたーとか言ってもバレないと思う。


「中野さんの隣にいるのに、俺の存在は目に入らないのか?」

「似合ってるぞ、石神井」

「質問に答えずに似合ってるって言うのは、やましい気持ちがあるからだな」

「うん、似合ってる。やっぱ石神井は見た目だけなら格好いいな似合ってる」

「……そんなに似合ってる?」


 似合ってるのごり押しでなんとか押し切れたようだだった。


「おお、いい感じ。さすが石神井って感じ」

「そっか。ほんとはパンダの着ぐるみにしようかと思ってたんだけど、残念ながら子供用しかなくて」

「うん、大人用がなくてマジ良かった。知らない人のフリする手間が省けた」


 安堵の表情を浮かべて喜ぶ石神井をテキトーにいなしていると、


「あ、あの……」


 か細い声がする方向をたどると、曲がり角からふっと本天沼さんが顔を出していることに気づく。


「あ、やっと来た」

「本天沼さんはどんな感じ?」


 しかし、石神井と俺が声をかけると、本天沼さんは顔を赤らめ、ふいっと曲がり角の向こうに隠れてしまう。

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