72 遠足バトル2
俺たちは各々、スープや具材を決めつつ、カップにデザイン。
そして、少し歩いたところにあるコンビニに入り、お湯を注いで、赤レンガ倉庫近くで食べることにした。残念ながら「カップヌードルミュージアム」は持ち帰り前提であり、屋内では食べられないのだ。
「じゃー、まずは舞ちゃんからで!」
高寺が声をかけると、ゴクリと、緊張した面持ちで本天沼さんがツバを飲み込む。海風吹くこの場所で、黒髪というより暗色と呼ぶに相応しい髪をなびかせるその様子は、おしゃれなPVとかで出てきそうな爽やかさだが、実際は中野の秘密を知るための対決なので、全然爽やかではない。
「見た目はこんな感じで……」
「ほぅ」
「これはひよこかな?」
「いや、虫じゃないか若宮」
「ふっ」
「あ、あんまり見ないで……」
カップ麺の横に描かれていたのは、おそらく色合い的にひよこのイラストだった。お世辞にも上手くはなく、小学校低学年レベルの画力なのだが、黄色のマジックで塗り潰れていたのでなんとか判別できた。
「中は……こんな感じです!」
本天沼さんも画力のなさは自覚しているようで、話を切り替えるようにカップ麺の蓋を開けた。
見ると、スープはチリトマト。具材はチェダーチーズとキムチ、ガーリックチップス、ひよこのかまぼこ、というラインナップだった。
トマトスープとキムチで赤いビジュアルだが、チーズで上手に緩和されている。しかし、ガーリックチップスが入っていることもあり、ニオイはかなり香ばしい。
「なるほど、結構攻めたんだな本天沼さん」
「あたし、地味にトマトスープのって初めてかも!」
「キムチとガーリックか……この後、もしキスすることがあったら……」
「いや、ないから石神井。そうやってチラチラ俺を見るな石神井」
ビジュアル面の感想をつぶやくなか、中野はひとり余裕の表情だった。すでに勝利を確信しているのかわからないが、内容かぶりとかはしてなかった模様。
ということで、俺たちは本天沼さんオリジナルのカップ麺を一口ずつ食べていく。
「……あ、こういう味なんだ」
「えっ、思ったより全然おいしい!」
「俺もこれタイプかも。まあ若宮ほどタイプではないけどな」
「なんで俺をカップ麺と並列してんだよ」
なかなか新しい組み合わせと思いきや、チーズとトマトが入っていることでどことなくピザっぽい風味もあり、意外と食べやすかった。というか、正直かなり美味しい。
想像以上の高評価だったが、それでも中野は余裕綽々な表情を少しも崩さなかった。
「中野、すげえ平然としてるけど……」
「当然でしょう? だって、彼女は勝負の本質をまったく理解していないからね」
「……??」
挑発的な視線を受け、反射的にムッとする本天沼さん。
それを優雅に受け止めたうえで、中野はゆったりとした口調で続ける。
「新しいものを作ろうとする気持ちはわかるわ。だからこそトマトというあまりみんなが食べ慣れてない味を選んで、そこにキムチ、チーズ、ガーリックと濃い味のものを選んだ。でもね、本当に人が好きなのは『完全に新しいもの』ではなく『新しく思えるもの』なの。だからこそ、私はこれよ」
そう言うと、中野は自分のカップ麺を俺たちの前に出す。外のデザインはシンプルだがセンスが良く、カップヌードルのロゴが紺、水色、黄色の3色で塗りつぶされている。本当にこういうデザインのカップ麺がありそうに思える出来だ。
蓋を開くと、食べ慣れたシーフードの香りが漂ってきた。トッピングはカニカマ、エビ、コーン、そしてネギ。既製品のシーフード味はカニカマにイカなので、なるほど少し豪華に思える。
実際に食べてみると、当然ながら既製品のシーフードに近い味なのだが、キャベツではなくネギが入っているので、いつもとは違ったコクが醸し出されていた。
「うん、やっぱシーフードは美味しいな。テッパンだ」
「あたしもよく食べるんだけど、エビとカニカマっていいね。魚介の旨みがより強まってるというか」
「うん、やっぱ若宮はいいな。あ、間違えたシーフードはいいな、だった」
「どういう間違え方だよそれ」
そんな感じで、中野と本天沼さんのオリジナルカップ麺の食べ比べが終了した。
本天沼さんの顔に、ふたたび緊張の色が戻る。
「てなわけで、あたしたち3人が美味しいと思ったカップ麺は……せーのっ!!!」
高寺のかけ声を合図に、俺たち3人は一斉に指さす。3本の人差し指は3本とも、中野のほうを向いていた。
「そ、そんなあ……3分の3とか……」
さすがに予想外だったらしい。本天沼さんががっくり肩を落とすが、待ち受けていたかのように、それを中野がポンポンと叩いた。
「いやー、本天沼さんのも悪くはなかったんだけど、ちょっと個性強かったというか」
「あたしはひよこかなあ。かわいいんだけど、カニカマと違って味に変化出るわけじゃないから、そこがちょっとマイナスだったかも」
「俺は……やっぱキスを」
「まあでも美味しいは美味しいし、好みもあるから! 次の勝負にいこ?」
本天沼さんが目の端に涙をじんわり浮かべ始めたので、俺は石神井の発言を打ち切ってそう言った。
黙ってうなずく本天沼さんを、中野は勝ち誇った様子で眺めていた。
○○○
次にやって来たのは中華街。の中にある、一軒の中華料理屋だった。
店のなかに入ると、高寺がまたしてもあまり上手とは言えないドラムロールをする。
「次は勝負は……ドゥルドゥルル、ドゥルドゥ……肉まん・餃子作り対決ですっ!!!」
「肉まんと餃子な」
「ちょっと若ちゃん! もっとテンション上げてって!!」
「うす」
「このお店は肉まんと餃子を作れるんだけど、今回はりんりんと舞ちゃんに肉まんと餃子を作るのを競ってもらいたくて」
「勝負ポイントはどこなのかしら」
中野が問う。横にいる本天沼さんもうなずく。
「いい質問です。んと、まずはスピード。そして出来上がりの綺麗さ。包んだときは大丈夫でも、蒸すと開いたりするからね。で、あとは美味しさ」
「美味しさ? 具や皮は同じなんだよね?」
「それがそうもいかないんだよ。餡の詰め方とかで蒸しあがりが変わるし、肉汁がこぼれるとジューシーさもなくなるんだよね」
「へえ詳しいんだね」
「中華街は長崎と神戸のに行ったことあるんだよ。ママのお仕事の都合で」
本天沼さんの質問に対し、高寺はちっちっちと人差し指を振りながら答える。その様子は自信に満ちていて、なんだかテレビ番組の進行役のように見えてきた感も……あれ、この子、ママのお仕事って言ったよな?
たしか父親が会社を経営しているとか言ってた気がするが、母親も忙しく働いている感じなのか。共働きなら、金持ちなのも余計に納得がいくところだ。
「そんなことよりはやく始めましょう」
しかし、中野が口を挟んだことで、俺が口を挟む機会も消失する。
お店の中国人の店員さんに作り方を教わったところで、中野VS本天沼さんの5分1本勝負が始まった。
「よーい……どんっ!!!」
高寺の号令とともに、中野と本天沼さんが具と皮に手を伸ばす。両者一歩も譲らぬ戦い……と言いたいところだが、想像以上にすぐ結果が出た。
まず本天沼さん。喋りのスピードがゆっくりなのは知っていたが、料理でも同じらしい。ゆっくりと具を皮のうえに乗せ、でも少し足りず、少し足し、また少し足し……というのを繰り返している。作業は丁寧だが、とにかくゆっくりだ。
一方の中野はと言うと、スピードも正確さも申し分なしだった。適量の餡を皮の上に載せると、するすると皮を包んでいく。まるで、皮が手のひらになじんでいるかのような手さばきだ。餃子のヒダは綺麗で、肉まんも素人とは思えないほどの完成度。十数秒ごとに、形の揃った肉まん、餃子が次々と生まれていく。
え、なにこいつ、餃子と肉まん作るの上手くね? サンドイッチ、いつもわりと酷い見栄えだよな……??
中野の手さばきはプロから見てもなかなかのもののようで、店員の中国人が驚嘆の声をあげる。
「ナンデコンナニ上手ナノ……」
「いやー、俺たちが聞きたいです」
「彼女、モシカシテ経験者……!?」
「いや違うと思いますけど……中野、今までに中華料理屋でバイト…」
「ないわ」
「ないそうです」
食い気味に放たれた中野の答えを、俺は店員さんに返す。手つきに一切の無駄がない中野だが、気を抜くつもりはないらしく、喋ってる時間も惜しいようだ。
そんなこんなであっという間に5分が終了。結果、本天沼さんが肉まん1個、餃子3個を作っている間に、中野は肉まん10個、餃子20個を作ってみせた。もうこれプロの腕前だろ。そして本天沼さん遅すぎ……肉まん1個に3分って逆にどうやったらかかるのそんなに……。
蒸し上がったものを見ると、その差はさらに開いていた。本天沼さんが時間をかけて頑張って作った肉まんは、握力が弱かったせいか完全に包めておらず、開いてしまったのだ。 一方、中野の肉まんと餃子はビジュアル的にも完璧で、店頭で販売されているものと言われても絶対にわからない感じ。
「中野、なんでお前こんなに上手いんだよ」
「物作り系はなんでも得意なのよ。生まれつき、職人気質なんでしょうね」
特別なことはなんにもしてない、という感じで中野は話すが、物作りと言っても役者と餃子・肉まん作りは違うはず。さすがに無理がある。
「……アナタ、モシ良ケレバウチノ店コナイ?」
「遠慮しておきます」
中野がスカウトを秒速で断ったその1分後、俺、石神井、高寺の3人は、みな中野に票を投じた。これで中野が2勝。3試合目を待たずして、中野の勝利が決定することとなった。
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