71 遠足バトル1
遠足当日。
俺たちを含む2年生徒は溝の口駅高架下にある、ロータリーの近くに集まって教師たちの点呼を受けていた。
「えーっと、遠足の行き先は横浜ですが、着いたあとは、指定の区間の中であれば自由行動です。これは修学旅行を見越して、班できちんと行動する練習ですね、うん」
野方先生の話をまとめると、
①行き先は横浜だが、基本的には自由行動
②ただ校外学習なので、あとでレポートを提出する必要がある
③その要件は「文化について記述している」ということ
という感じ。丸一日自由行動になる、修学旅行を踏まえたうえでの諸々のルールだったが、横浜自体が歴史ある街なので、ショッピングセンターに行くとかしない限り、つまり普通に過ごしていれば提出したレポートが不可になることはなさそうだ。
そんなことを野方先生が声を張り上げて説明していたワケだが、遠足でウキウキしている生徒たちにその声はまったく届かず。
そして、それは話を聞いていないのは俺たちの班も同じだった。
「中野さん、私が勝ったら3人が仲良くなった理由を教えてもらうからね」
「もちろんよ。女に二言はないわ」
「ふふ。頼もしいね」
中野の言葉に微笑むと、本天沼さんは高寺に顔を向ける。
「高寺さん、勝負すっかり任せちゃってたけど、大丈夫?」
「もちもち! あたしに任せてたら大船だよ!」
そう言いつつ、高寺は親指をグッと立てた。
この後、どこに行ってどんな対決になるのか、俺もまだ把握していない。勝負を公平なものにするため、高寺が独自にチョイスをし、ふたりに事前情報を与えないようにしているのだ。
「で、石神井くんは若ちゃんと一緒に判定員ね。あたしもやるから」
「3人でやれば、引き分けになることもないからね」
石神井がそう言うと、高寺と楽しみだねーと笑い合う。
しかし、自分の秘密がかかっている中野は、そんな高寺の様子に若干イラついている様子。そんな温度差のある光景を見ていると、危険なニオイしか感じなくて、俺も言葉が出ない。
一方、本天沼さんは勝負が始まる前だというのに気合い十分で、さっきからずっと横で深呼吸を繰り返していた。
つまり、遠足が始まる前から、俺たちの班はすでにもうカオスな雰囲気だった。遠足の目的は協調性を高めることとか言うけど、崩壊しかけている。石神井と本天沼さんはさておき、高寺はもうちょい空気の読める子だと思ったんだけど……りんりんに友達が増えるのが嬉しくてテンションがおかしくなっちゃったんだろうか。
そんなことを俺が思っているとはつゆ知らず。高寺が他の面々に耳打ちする。
「ねえみんな、今日占い行かない? 桜木町ってとこにめっちゃ当たるって占い師さんがいるらしくて。『桜木町のババア』って呼ばれてるらしいんだけど」
「桜木町のババア? 桜木町の母とかじゃなく?」
「うん、桜木町のババア」
言い間違いかと思って聞き返すが、高寺はスマホ画面を見せてくる。石神井と本天沼さんがすぐに食いつき、俺がそこに続く。そこにはHPのトップページが写っていた。一昔前の、ちょっと古くさいページだ。
「的中率が驚異の99.9%で、業界では有名な人なんだって」
「『桜木町のババアのホームページへってようこそ』って書いてあるね。地獄への入り口かな?」
「石神井くん、またお口が過ぎてるよ? レディにその言い方はないでしょ?」
「そうだね、俺としてことが。まるで桜木町のババアが地獄の先にいる閻魔大王であるかのように言ったけど、違ったね。地獄の門番だ」
「考えを改めたっぽく、暴言を重ねるのはやめよう、ね?」
相変わらずな感じのふたりのかけ合い。一般的にかけ合いは「ボケとツッコミ」だが、このふたりの場合は「ボケ感のある暴言とツッコミ感のある暴言」で、本質的には「暴言と暴言」。どっちも同じである。
次に、高寺が「ENTER」ボタンを押すと、紫色のサングラスをかけたおばあちゃんのイラストが浮かび上がった。
そして、数秒遅れるようにして自己紹介や料金、アクセスなどが表示される。簡素な作りのHPだが、それだけに上のほうに掲げられた金色の「桜木町のババア」の文字が目立っている感じだ。
「こう、自信満々で自分のことババアって言ってると、逆にババアが一種のブランドのように思えてくるから不思議だね。もしかすると、他の母たちに埋もれないように差別化をはかってるのかも。つまり、このババアはマーケティングするババアなんだね。なるほど、死期は近くて意識高いってか」
石神井がとんでもない暴言を放ち続けるが、それも好奇心の裏返しなのだろう。本天沼さんもしげしげと見つめており、唯一興味がなさそうなのは中野だけだっ……と思いきや、少し離れたところから覗き込むようにして見ていた。
スッと近づくと、彼女は小さくビクッとなった。
「な、なによ……??」
「なにってなにも言ってないんだけど」
「黙って近づかないでもらえる?」
「もしかして占い、興味あるのか?」
他の3人がHPを見てキャッキャしてるのを確認しつつ、小声でそっと尋ねると、中野の顔が少し赤らんだ。
「興味なんかないわ」
「お、強がってる強がってる」
「強がってなんかない、ホントだから。自分の未来のことを他人に聞くなんてナンセンスだし、それに未来って自分で変えられるものだからどうとでも言えるというか……もし、過去を変えられるって言うなら、その占い師は信じるけど」
「それができたら占い師やってないと思うぞ」
完全に興味がないワケではなさそうだが、同時に信じてはいない様子だ……まあ、運に人生を左右される世界にいるんだから、興味ゼロってワケでもないだろうな。
とはいえ、今日はあくまで遠足。
そして、もはや俺以外の全員が忘れていそうだが、中野と本天沼さんの対決が控えているのだ。
「高寺、たぶんだけどそんなとこ行ってる余裕はないと思うぞ」
「ふへっ?」
「今日は遠足で、べつに遊びに行くワケじゃないんだぞ? それに、中野と本天沼さんの勝負はどうする」
「……あ」
高寺はあからさまにハッとして、ブンブンとうなずく。
「そ、そうだよねっ! 勝負のが大事だよね、うんっ」
占いに心を奪われてはやくも忘れていたらしい高寺に、中野が小さくため息をつくのが後ろから聞こえた。
○○○
電車を乗り継ぎ、程なくして俺たちはみなとみらい駅に到着した。
この駅は改札のある地下4階から地上まで長いエスカレーターが続いていて、その間が吹き抜けになっているのが特徴。のぼっていく途中は、眼下に飲食店やアパレルショップを眺めることができ、なんていうか洗練度がスゴい。みなとみらい駅は、ガチの横浜市民以外の神奈川県民にとって、何度訪れてもテンションがあがる場所だったりするのだ。
最初の戦いの舞台は、そんなみなとみらい駅から歩いて5分ほどのところにある、「カップヌードルミュージアム」だった。
正式名称は「安藤百福発明記念館」。
チキンラーメンやカップヌードルを開発したことで知られる日清食品の創業者、安藤百福の業績をたたえるために建設された企業博物館だ。
(ここを押さえておけば、レポートは安泰だな……)
高寺のチョイスに、俺は内心安堵していた。きっと彼女はなんにも考えていなかったのだろうけど、一発目から非常にレポート向きな建物だったのだ。ある意味、この辺の学生の校外学習の定番スポットと言え、よほど教師の頭がおかしくなければ、突き返されることもない。
謎肉を思わせる茶色く四角いフォルムの建物に入ると、俺たちは3階に向かった。そこで、高寺から対決の内容が発表される。
「最初の対決はドゥルドゥドゥルルルル……ばんっ! オリジナルカップ麺作り対決ですっ!」
あんまり上手くないドラムロールで高寺が高らかに宣言する。それは、この建物に入ったときに予想した競技内容だった。
じつはこの「カップヌードルミュージアム」では自分オリジナルのカップヌードルを作れることで知られる場所。「スープは4種類から1種類を、具材は12種類から4種類を選べる」という仕組みで、味の組み合わせは全部で5460通りもあるそうだ。
正直、トッピングよりスープの影響が大きいだろうし、実際それぞれの味にちゃんとした違いが生まれるのかは不明だが、いずれにせよ、差がつけられないことはないだろう。カップそのものも自分でデザインするからな。
競技内容を理解したのか、本天沼さんが気合いに満ちた表情でつぶやく。
「カップ麺作り対決か……私、料理は苦手じゃないから、がんばらないと」
おっとりした見た目でそんなことを言うので、俺は内心ときめいてしまう。俺自身、料理はそこそこ作れるが、料理上手な女子への憧れってどうしてもあるからさ……たぶんそこはもうDNAに記載されてるんだと思う。手料理とか憧れるし、エプロン姿とかも普通に見てみたい。
一方の中野は肩すかし感があったようで、高寺にこうつぶやく。
「対決とか言うから一体どんなことをするのかと思ったけど。これなら特別緊張することもなく、簡単に勝つことができそうね」
「んぐっ……それってどういうこと?」
「やってみればわかるわ」
中野が冷え冷えとした笑顔で軽いジャブを入れると、本天沼さんはわかりやすく食いついた。
さて、勝負はどうなるのか。続きは次話。(雑な締め方)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます