74 コスプレバトル2

「えっ、どうしたの?」

「こ、来ないでっ」

「来ないでって」

 俺が困惑していると、中野がふっとため息をつく。

「やっぱり、若宮くんの性欲に満ちた視線に身の危険を……」

「おいそのノリやめろってば。どうしたの本天沼さん」

「私、こういうの初めてで……恥ずかしくて……」

「大丈夫だよ。中野も石神井もコスプレ済みだし。本天沼さん、チャイナドレス絶対似合うと思うけど」

「に、似合ってるか似合ってないかじゃなくて……」


 そう言いつつ、手を頬に当てながら本天沼さんが姿をあらわす。


 それは中野とは違う、青いチャイナドレスで……よく見ると、いやよく見なくても、その丈がとても短いことに気付く。色白かつ、思いのほか肉付きのいい太ももがあらわになっており、視線を奪われてしまった。


「本天沼さん、そ、それはっ」

「なるほど、ミニ丈ね」


 驚いて言葉を失う俺をよそに、中野はしげしげと本天沼さんを見つめる。股下10センチ程度しかなさそうな丈を下に引っ張り、少しでも脚を隠そうと奮闘しているが、伸縮性のある素材ではないので、もちろん全然できていない。


「店員さんに似合うの聞いたら、『長い丈は大人っぽい女性が似合うし対決だとアンタに勝ち目はない。だから短い丈で勝負すべき』って言って、それでこうなって……せめてショート丈にしたかったんだけど……」

「ほう……」


 エチエチすぎる光景に、俺はそう漏らすのが限界だった。長い丈は大人っぽい女性のほうが似合うというのは、出典元不明なキュレーションアプリに載ってそうな信憑性に乏しい主張だと思ったが、顔を真っ赤にしながら言う本天沼さんを見ていると、情報の真偽なんてもはやどうでもよくなってくるのも事実だった。


「なんでこんな目に……私、制服のスカートも長くして、タイツはいて、なるだけ肌を出さないようにしてるのに。しかも、インナーパンツも履いてないのに今日……」


 ……てか、本天沼さん、中野の情報を秘密を探るために、俺にパンツくらいだったら見せてもいいと言ってたよな。いや、どう考えてもその照れ方だと「パンツくらい」じゃないでしょ。


 とはいえ、女子が恥じらう姿は男子の大好物。容姿の好みは人それぞれだが、恥じらう女子を見てときめかない男子などいない。なるほど、そう考えると結果的に本天沼さんの良さを見事に発揮していると言えるだろう。


「その店員さん……グッジョブだな」

「ちょ、ちょっと若宮くんっ!」


 好評だったのが予想外だったのか、本天沼さんはさらに顔を赤らめる。


 そして、中野も驚いたようにこっちを見る。


「若宮くん、グッジョブってなにかしら」

「グッジョブはグッドジョブ、いい仕事したって意味だ」

「それはわかるのだけど。どういう意味でグッジョブって言ったのかってこと」

「えっとそれはその……」

「どう見ても、私のほうがチャイナドレス着こなしているでしょ?」

「いやそういう意味かよ」


 てっきり、エロい目で見てるのを糾弾されたのかと思いきや、違ったらしい。


 すると、中野は腰に片手をあて、もう片方の手を首の後ろに添え、妖艶なポーズを取ってみせる。体を少しひねったことで、さらに体のラインがでて、高校生とは思えない色気を感じさせた。


「これでも私のほうがグッジョブじゃないって言える?」

「中野ってホント負けず嫌いだな……まあ似合ってるって意味では中野のほうが上かな」

「でしょう」


 ふっと満足げな笑み。


「……でも、男心的には本天沼さんが上だな」

「はっ?」

「えっ、若宮くん?」


 俺の言葉に、中野が眉をぴくつかせ、本天沼さんはパッと表情を輝かせる。


「中野はたしかに着こなしてるけど、自信満々すぎる。その点、本天沼さんは自信なさげだけど、恥ずかしそうにしてるのがいい」

「ちょっと若宮くん。これって着こなしの勝負なのよね? なぜあなたの趣味嗜好が反映されてるのかしら」

「失礼な。これは俺の趣味嗜好ではなく、全男子の総意だ。そうだよな、石神井」

「……いかにも」


 石神井が神妙な表情でうなずく。


 それを見て、本天沼さんは嬉しそうな困ったような表情をして、さらに顔を赤らめる。


「そこまで言われると逆に困る……」

「あ、ごめん迷惑だった?」

「ううん、迷惑じゃない。でも、迷惑じゃないから迷惑というか」


 彼女は首を勢いよく横に振った。なるほど、よくわからない。よくわからないってことだけはわかると言うべきか。


 女心は難しい。


 と、そんなことを思っている間にも、俺たち3人のやり取りを見ていた中野は、ふうっと大きなため息をつく。いつもより大きく、不満の程がうかがえる。


「全男子の総意だなんて。若宮くんの趣味なだけでしょう?」

「でもべつに採点基準事前に決めてないよな? 高寺がなんとなく言い出しただけで」

「えーと……まあ、たしかにルールは決めていなかったかしら。私としたことが、詰めが甘かったかもね」

「かもな」

「悔しいけど、ここは彼女の勝ちでいいわ……あれ?」


 なにかを思い出した様子だった。


「ん、どうかしたか?」

「そう言えば、高寺さんどうしたのかしら」

「たしかにあいつまだだな……」


 そんなふうに高寺の話をしていると、曲がり角から高寺がひょいっと顔を出した。


「やーやー、みんな。お待たせー」

「高寺さん、遅いじゃないの」


 中野がぎろっと睨むと、高寺は困ったようにたははと頭を掻く。


「りんりん、ごめちね。なんてゆーか、思いのほか大胆なドレスでさ、あたしと言えどちょっと勇気がいって」

「大胆?」


 中野が首をかしげると、高寺がこちらに姿を見せる。黒を基調としたチャイナドレスで、白や赤などの花の模様が刺繍された豪奢な出来。赤茶色の髪とよくマッチし、非常に似合っている。ノースリーブになっており両腕が外に出ていて、健康的な雰囲気も出ていた。


 そして、ここからが重要なのだが……胸元がざっくりと空いており、豊満なバストがはっきりと出ていたのだ。


 高寺が動くたびに、ドレスからはみ出た谷間が、波打つように小さく揺れる。例えるなら、それは柔らかいプリンの表面のよう。言うまでもなく、俺の目はそこに釘付けになるが、まじまじと見られるものではないのですぐに目を逸らす。


「こ、高寺っ!!!」

「あ、あたしが選んだものじゃないもんっ!! 店員さんが、『アンタはこれが似合うからこれにしろ。他のじゃ絶対に勝てないから』って」

「あ、それ私のときも選んでくれた店員さんだ。絶対そうだ」

「そ、そうなんだ……やー、でも、あたしが対決するわけじゃないのにな……困った」


 本天沼さんの言葉を受け、もじもじする高寺だが、正直、俺としては困ったなんて言わないでほしかった。


 なぜなら、本当に困っているのは俺のほうなのだから。


 Aから順に指折りして、手が2個目に確実に突入しているであろうサイズ感のバストを見せられて、平然としていなければならないのは難しいし、本音を言えば凝視したい。が、それをするとマズいのもわかるので、視線を向けることができない。


 中野の鋭い視線を背中に感じたこともあり、平静を装って目を逸らしてみるが、そんな俺に高寺は質問を投げかける。


「若ちゃん、どうかな? あたし、似合ってる?」


 俺は深い深呼吸をすると、意を決して石神井にこう告げる。


「石神井、お前の票を俺にくれ」

「いいよ」


 なんのためらいもなく即答した石神井に、中野は事態を理解できないという様子で口をあんぐりとさせる。


「ちょっと若宮くん、票の譲渡なんてルール……ルールはべつに決めていないけれど」


 そうだ、ルールはべつに決めていないのだ。


 そして、俺は苦しみに満ちた表情で、今までの人生のなかで確実に一番難しかったであろう決断をくだした。


「チャイナドレス対決は……勝者、高寺!」

「……えっ、あたしっ!? ウソっ!!?」


 こうして中野と本天沼さんの対決は、中野の2勝1分けで幕を閉じたのだった。


 なんだこのグダグダな展開は。

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