68 本天沼舞の執着心2
「若宮くん……あの、その……パ、パンツくらいだったら、見せてあげてもいい、よ……?」
目を逸らし、頬を赤らめながら放たれたその言葉に、俺は思わず声が漏れ、一瞬頭がパニックになった。
そして、本天沼さんより10倍は大きな声を出してしまったせいで、周囲の生徒たちがこちらをバッと見る。きっと、俺が脈略なく叫んだように見えたことだろう。必死で自分を落ち着かせながら、声のボリュームを下げ、俺は本天沼さんを見つめる。
「ちょ、ちょっと急になにを……」
「だって若宮くん……全然教えてくれないんだもん」
「それはそうだけど」
いじらしく俺を見上げる本天沼さんの顔は、面白いくらいに赤く染まっていた。
「でも、にしてもなんでパン……見せるって?」
「なんでって……」
「まさか、俺がそういう人間に見えたっ!? そういうのに乗る人間に見えてた!?」
「違うっ! そういうことじゃなくて……んと、私にとって、その辺りは、た、大切に守ってきたものだから……」
言葉を発するごとに、本天沼さんの息は絶え絶えになる。今や顔だけでなく、白い首、白い手まで真っ赤に染まっており、大胆発言とのギャップがすさまじい。スカートの裾を握る手にはぎゅっと力を込められていて、それによって裾が少しあがって、白い肌があらわになっている。
それを見ている俺の顔も、温度が急上昇してるのを感じる。ヤバいヤバいこれ。なにこの頭のおかしい展開。
「大切に守ってきたものなら、なんで見せようとするんだよ」
「だって価値のあるものじゃないと、取引にならないかなって」
「取引て」
「私にとって価値があるものでも、若宮くんにとっても価値があるかはわかんないけど……でも私、これまで真面目に生きてきたから、パンツも中野さんの秘密1個分の価値くらいにはなるかなって」
「そこまでして知りたいのか、君は」
その問いかけに、本天沼さんはコクンとうなずく。目をうるませ、頬を蒸気させたその表情はとてもかわいいが、動機がトチ狂いすぎだ。人の秘密を知るためにパンツを見せようとするなんて、完全にどうかしてる。もはや、お小遣い稼ぎのためにパンツ売る家出JKのほうが気持ちがわかりそうだ。
「普通の人はね、何回も聞いたら教えてくれるものなの」
「普通の人は何回も聞いてきたりしないからね」
「でも若宮くんは教えてくれないから取引というか」
「その取引にこっとはドン引きだよ。いずれにせよ、俺はパン……それじゃ俺は動かないから」
「パンツじゃ動かない……あ、もしかしてブラ派だった?」
「そういう意味じゃなく。あの、聞くけどマジでそういう意味だと思った?」
「いや今のは冗談」
「それ聞いてちょっとだけ安心したよ。ちょっとだけね……」
普通の人は何回も聞けば折れて教えてくれると主張する本天沼さんだが、そもそも何回も何回も人づてに誰かの秘密を聞こうとすることが普通じゃないかは気付いていないようだった。
話すようになって最初の頃こそ、優しそうな文化系女子って感じのイメージだったけど、石神井と仲いいだけあって頭おかしかった。想像の何倍もおかしかった。好奇心のためにパンツの視聴権を売るとか、一体なにを抱えればそんなふうになるのっていう感じ。
しかし、である。
いくら頼まれても、どんな交渉を持ちかけられても、残念ながら俺から話すことはない。人の秘密を話さないのは、俺の矜持のひとつなのだ。
「中野がいいって言えば話すけど、そうじゃないと俺からは言えない。これはもう決めたことだから」
そう言うと、本天沼さんは静かにうなだれる。
何度頼まれても自分のことではないので、そう伝えるしかなかった。俺は自分のことに関しては聞かれれば何でも答える男だがーートラウマになっている痴漢事件のことであってもだーー一方、他人の秘密は拷問されるとかじゃない限り、言わない性格なのだ。
○○○
我が学校では週に一度、1時間だけLHRの時間がある。略さずに書くと「ロングホームルーム」だ。
ホームルームは毎日放課後に10分程度あるものの、それだけだと行事関係はなかなか決められないので、LHRの時間に一気に決めることになる。
「えーっと、今日はですねうん、来週末に迫った遠足の班分けをしてもらおうかなと」
担任の野方先生がそう宣言すると、一気に教室のなかの空気が変わった。と同時に、仲の良い生徒と目配せしあい、一緒に行くメンバーを確保する動きがはやくも始まる。
遠足における班決めは、普段の関係性がはっきり出るイベントだ。教室ではなんとなく一緒にいるメンバーでも実際に仲が良いとは限らないため、人数の制限がある班決めでは誰かがあぶれたりする。そして、それはその後の関係性にも影響を与える。
野方先生によると、今回の遠足の行き先は横浜。神奈川県民にとって、今さらなんの新しさもない場所だが、今年は秋に遠方への修学旅行が控えているので、妥当なチョイスではある。遠くに行く前は近くに行ってバランスを取るというのは、どこの中高にも共通する不文律だ。きっと、そうしないと教師のうちの誰かが死んでしまうとかなんだろう。知らないけど。
野方先生によると(その2)、1班5人で、同じクラス内で構成する感じらしい。この時点で、クラスよりも部活に友達が多い人の顔に落胆の色が浮かんでいた。
「来週のこの時間までに5人決めておいてくださいね」
そう言うと、野方先生は別の議題へと移る。
しかし、生徒たちの頭のなかには班決めのことしかもうないようで、先生の話は誰も聞いていない。
さて、俺はどうするか。チラッと左の席の中野に目をやると、とくに変わった様子もなく、いつも通り教科書を広げて自習をしていた。遠足という多くの生徒が浮き足立つイベントを前にしても、彼女はなんにも思っていないようだった。
……てか、ホームルーム中はさすがに自習するなよ、おい。
○○○
その日の昼休み。
俺たち3人は屋上に集まっていた。
もともと中野が野方先生からカギを奪い、ひとりで過ごしていた場所だがいつしか俺が居座るようになり、最近、高寺が加わった感じ。屋上が開放されていないことは全校的に知られており、近づく人もいなかったので、昼休みを過ごす場所としてはかなり快適と言える。
中野はサンドイッチを片手に教科書か参考書で勉強。俺はその近くで自炊した弁当を食いながら読書。そして高寺はそんなふたりに話しかけつつ、購買で買ってきたパンを食べる……という過ごし方だ。
が、この日は違った。高寺がなにやらとても話したそうな顔をして、勉強中の中野のことをチラチラ見ていたのだ。
「どした?」
「いやその……」
「もしかして遠足のことか?」
「なんでわかるの! エスパー!?」
「いや見てたらわかるだろ」
「若ちゃん、あたしのこと見てたんだ……ドキドキ……」
そんなことを、わざとらしく頬に手を当てながら言う。言葉、仕草の両方があざといが、不思議とそう感じさせないのが高寺らしい。あざとさじゃなく、アホさなら感じるけど。
「りんりん、あの、話あるんだけど……」
そして、そんなふうに話しかけた。すでに一緒に遊園地を訪れたりしているとは言え、学校行事ではまた違った緊張感があるのか、誘うのに勇気が要るらしい。
だが、勉強しているときの中野の集中力はすさまじい。少し離れたところから話しかけたこともあり、まったく聞こえていない様子でサンドイッチ片手に教科書を熟読していた。 なので俺は高寺にアドバイスを送る。
「高寺、緊張してるのはわかるがもっと大きな声で話しかけないと。ハムロテ中はほとんど周りの音聞こえてないぞ?」
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